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街中を歩いていると、人の視線が気になる、こと/とき、が多々ある。
↑上の一文ですが、「こと」と「とき」ならばどちらが入る言葉として、正しいあるいは適しているでしょうか?

A 回答 (8件)

>「人が沢山いる街中や電車内等々では大きい声を出してはいけません。


その/そのような/それらの/そういった/この/このような/これらの/こういった
状況では、周りの空気を読んで行動することが大事です。」
「人が沢山いる街中や電車内等々」を指す指事語として、どの指事語が正しいでしょうか?
街中や電車内等々、と複数あるため、
それらの状況、でしょうか?

1.
場所に関して「等々」という表現がされているので、

×その
×この

のように単数を表わす言葉は不適切。

2.
また、

△それらの
△これらの

の場合、《人が沢山いる街中や電車内》以外の場所は排除されるため妥当とは言えない。

3.
◎そのような
◎そういった
〇このような
〇こういった

など、曖昧性を含んだ言葉が適切です。
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#5です。


ちょっと難しいので自信はありませんが、おそらく以下のようになるかと思います。

1.「それは私には分からない(です)。」

この「に」は「評価の基準を表わす」という用法。
「は」は、それを強調する用法の係助詞。

・(他の人はどうか知りませんが)私を基準とすれば分からないです。

というニュアンス。

2.「私には、一つ、○○さんのご意見をいただきたいことがあります。」

この「に」は「所在を表わす」という用法。
「は」は、それを強調する用法の係助詞。

・私(という場所)には、一つ、○○さんのご意見をいただきたいことがあります。

というニュアンス。
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この回答へのお礼

お答えいただきありがとうございます。

さらにひとつ追加です。

「人が沢山いる街中や電車内等々では大きい声を出してはいけません。
その/そのような/それらの/そういった/この/このような/これらの/こういった
状況では、周りの空気を読んで行動することが大事です。」
「人が沢山いる街中や電車内等々」を指す指事語として、どの指事語が正しいでしょうか?
街中や電車内等々、と複数あるため、
それらの状況、でしょうか?

お礼日時:2021/10/12 23:24

「人の視線が気になる」のを「こと(事態)」として捉え直すか、「とき(時)」として捉え直すかで意味が異なり、どちらが正しいのかという問題ではありません。



話者の対象の捉え方の相違です。■
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#3です。



>これは、「他人の視線が気になること(私の顔、私の靴)を私が持っている」と言い換えられると思うんです。
この点はいかがでしょうか?

おっしゃりたいことはわかりますが、その心配は不要です。
そのように受け止める人は基本的にいません。

その意味の場合は、

・人の視線が気になるところ(または「もの」)が多々(いくつか)ある。

のように表現します。

>状態に重点を置くならば「人の視線が気になる状態に多々なる。」とすればよいと思うのですが、それは変な感じですし。

「人の視線が気になることが多々ある」

「ことがある」は、
❶ 経験を表す。
「壱岐には一度行った━」
❷ 状況の違いに応じて、そういう事態が起こる意を表す。
「度が過ぎると罰せられる━」(明鏡国語辞典)
https://sakura-paris.org/dict/%E6%98%8E%E9%8F%A1 …
のように解釈してもよいでしょう。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

ひとつ、追加でご意見をいただきたいことがあります。

1.「それは私には分からない(です)。」
2.「私には、一つ、○○さんのご意見をいただきたいことがあります。」
1の「私には」と2の「私には」はそれぞれの文中での役割は同じなのでしょうか?
つまり、1の「私には」も2の「私には」もそれぞれの文中での役割として主語になるのか、1の「私には」は主語だが、2の「私には」は所在になるのか、とにかく1と2で「私には」がそれぞれの文中でどういう役割なのかを教えていただけないでしょうか?
どちらでも同じ役割なのでしょうか?

お礼日時:2021/10/12 21:53

「こと」(事)、「とき」(時)はどちらも形式名詞です。

多くの場合どちらを使ってもいいようです。「こと」は事例。「とき」はケース・場合。
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どちらも正しいし適している。


意味的にも大差ないので、あまり考えすぎないほうがよろしいです。
どうしてもというなら、自分の感覚が下記のどちらに近いかで使い分けると良いでしょう。

1.人の視線が気になることが多々ある。
⇒人の視線が気になる【という状態になること】が多々ある、と言いたい場合。
人の視線が気になる【状態】に重点を置きたいとき。

2.人の視線が気になるときが多々ある。
⇒人の視線が気になる【時間的局面】が多々ある、と言いたい場合。
生活している時間の中で発生する人の視線が気になる【時間】に重点を置きたいとき。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

人の視線が気になることがある、だと
人の視線が気になるような「こと(自分の顔や自分の服、自分の靴、その他)」がある、というように、人の視線が集まるような「何か」を自分自身が持っており、またそれに人の視線が集まるのを認識している、というようにも読んで取れないでしょうか。
つまり、他人の視線が自分の持っている何かしらに向けられている、ということです。
これは、「他人の視線が気になること(私の顔、私の靴)を私が持っている」と言い換えられると思うんです。
この点はいかがでしょうか?

状態に重点を置くならば「人の視線が気になる状態に多々なる。」とすればよいと思うのですが、それは変な感じですし。

お礼日時:2021/10/09 19:55

「気になることがある」


「気になるときがある」
これはふつうに置き換え可能で、どちらも問題ないと思います。

「~したことがある」
「~したときがある」
後者のほうは違和感があります。

こんな説があります。
  ↓
http://www.asahi.com/area/tokyo/articles/MTW2016 …
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これ両方とも同じ意味ですし、


両方ともよく使いますよ。
どちらでもいいかと思いますよ。
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