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国鉄民営化する時に、北海道東日本西日本東海九州四国と、まとめて1つの会社にしなかったのはなぜですか?

A 回答 (6件)

全国一つの会社だと、国鉄の赤字の清算が難しかったから、です。



当時の国鉄は大きな赤字を抱えていて、「国鉄の資産で国鉄の赤字を補てんする」という目標がありました。また当時の国鉄は組織が巨大すぎて、サービスも悪く、職員にはいくつも労働組合があって、ストライキばかり行い、国民からの評判はかなり悪かったのです。

そのため、分割民営案を進めた当時の首相中曽根康弘氏は「地域密着型で分割民営化」を最初からイメージしていて、当時の鉄道管理局単位で分割することも検討したようです。

 しかしこの案だと「自前路線を持たない管理局がある」ということになり、また管理局は30局もあって、いくら地域密着型とはいえ、長距離列車に影響がでることや、首都圏・関西圏そして新幹線をもっている都市の管理局は確実に黒字、地方の小さい管理局は赤字覚悟という事にもなりかねないということで「大都市の需要で地方まで運営できるようにする」ということで今の6社(+貨物)になったのです。

特に苦労したのは「日本一の黒字路線である東海道新幹線をどうするか?」で、首都圏と関西圏をつなぐ中部地方は在来路線が弱いので、新幹線の黒字で在来線を維持できるように東海道線は中部会社に、首都圏は黒字なので赤字を抱えている東北地方を含め、また東北・上越新幹線の連続性を考慮して富山県や長野県などを含めて関東東北会社に、関西も山陰地方を含め、九州・四国・北海道は各島の中で完結するように分割したから6社になったのです。

で、分割した各会社は「地域で必要な人員」を割り出し、国鉄では禁止されていた不動産屋駅ナカ店舗などの関連事業に余剰人員を振り替えることにしました。それでも余剰とされた職員(多くが組合活動家)は清算事業団所属にして事実上クビを切ることができたのです。

もし、全国1社だったとしたら、このような動きは取れなかったでしょう。
地域をしぼったからこそ「余剰人員」と言う考え方が生まれ、また組合を分断したからこそ「関東の団体交渉に他の地域から応援をよぶ」というような活動を阻止できたわけです。

実際若い人は知らないですが、国鉄末期の組合の一部はストライキだけじゃなくテロ活動にも関係していて、特に有名なのは1985年の「国電同時多発ゲリラ事件」です。
 これは国鉄千葉動力車労働組合のストライキに合わせて中核派が信号ケーブルを切断して回ったもので、首都圏と関西圏の国電は全部止まってしまったのです。

なので分割民営化はこういう膿を出すのにも必要で全国1社だと「名前が民営化しただけなのに、なんで人員整理できるんだ!不当解雇だ!」と組合が騒ぐのでやらなかった、と言う部分もあります。ただし、当時の自民党内には「全国1社で民営化」という意見もかなり強かったようです。

結果として、このゲリラ事件は国民に「国鉄の中にはろくでもない奴らがいる」ということを知らせる結果になり、中曽根首相の分割民営化案への追い風になっていき、その結果JRは今の姿になったわけです。
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国鉄が解体されたのは、全国的に1つの会社だった弊害が酷かったためです。

それぞれの地方の事情に合わせて事業計画しないと、全国一律だと赤字を垂れ流すばかりになるからです。
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それでは国鉄と同じことになるだけだから。


つまり地域ごとの特性を考慮したダイヤ作りや事業企画ができず、赤字を垂れ流して倒産・・・となるだけだから。
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誤)6社


正)7社
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全国の一社独占は望ましいことではありません。


複数作って競争を促すことも目的の一つになります。
ただ、独立したら採算が取れない地域もあり、苦肉の策でした。

郵便事業の民営化では、貯金、保険、配達に分割されました。
各社全国が対象なので、これは水平分割、です。
JR各社は、地域ごとの縦分割と言えます。
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正確には、JR貨物を加えて6社ですね。


分割した理由としては、JR北海道と四国は最後までおんぶに抱っこは覚悟。残る4社は、何とか自立できるだろうとの目論見が有ったからだよ。
実際に、JR東日本、西日本、九州の3社は、株が公開できるまで漕ぎ着けましたから。
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