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「曰く言い難し」で有名な一節に出てくる「浩然の気」についてご質問いたします。
「浩然の気」自体は、心に疚しいところが無ければ、勇気も出てくるみたいな話で、そこまで難しくないのですが、その後の孟子と公孫丑との問答で告子の言として引用されている部分、
「言に得ざれば、心に求むるなかれ」
「心に得ざれば、気に求むるなかれ」
の部分が意味が分かりません。

「中国の思想(3)」徳間文庫の訳では、
「人の話が判断できないとき、心の中で無理やり納得しようとするな」
「心の中で判断できないとき、気によって無理やり納得しようとするな」
となっていました。
これ、本当にそういう意味でしょうか?

しかも、
「人の話が判断できないとき、心の中で無理やり納得しようとするな」
というのは「間違っている」と孟子は告子を批判しています。

これはどういう意味なのでしょうか?

(そもそも、この現代訳はあっているのか、という疑いも持っています)

A 回答 (3件)

>「不可」とはどういうことなのでしょうか?


物事には順序と言うものがある。このことわりには逆らえない。
この支配から抜け出すには仏陀さんのように解脱しかない。

分からないものは分からない。
昔、中国の田舎者が都会に出て、都会人の歩き方をまねて歩いていた。
しかし、しまいには、前の歩き方さえも分からなくなって、
はいつくばって田舎に帰った、と韓非子にある。
人間には自己がある。それを支配しているものは感性である。
自己が望むのならばの話だが自己を成長させよ。
そのためには、良い刺激を受けよ。そして、順序を追え。
新約聖書にある。神は望めば与えてくれる。
しかし、前準備が足りなくて遭難することがある。
順序を追わなくて急いだからである。いいか、その時は誰も助けてくれない。

分からないものは分からない。順序を追え。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ただ、「心に求むるなかれ」が「不可」ということとの関連性がよく分かりません。
「心に求める」ということなのでしょうか?

お礼日時:2021/10/17 23:52

>人の話が判断できないとき、心の中で無理やり納得しようとするな


小林勝人の訳では「なぜなら、そのために心が動揺するからだ」と、あります。「そうすれば、心が次第に物事に動揺しなくなる」と、あります。

>心の中で判断できないとき、気によって無理やり納得しようとするな
小林勝人の訳では「心の中で納得できぬことがあっても、気力に助けを借りて無理やり分かろうとあせってはいけない、というのは宜しい」と、あります。

孟子は世間一般では気力が尊ばれるが、実は志がその者を支配していると言いたいのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

最終的に言いたいことは、なんとなく分かるのですが、

「人の話が判断できないとき、心の中で無理やり納得しようとするな」
が「不可」とはどういうことなのでしょうか?

お礼日時:2021/10/16 15:06

日本は、戦後80年


ベトナムが、戦後40年、あと40年
アフガンが、これから80年
言いたくないですけど
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