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戦前に年齢を満年齢で言うことはなかったですか?

A 回答 (4件)

団塊の世代です、成人式は数え歳で故郷の北海道で、満年齢で


勤務先の横浜と、二回しました。
今は、数え歳でする事は無いですね。
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太陰暦から太陽暦に変更された。


太陰暦は正規の12カ月以外にうるう月が加わって1年が13カ月もある「年もあったので、満年齢での誕生日がいつなのか分からない年が多かった。
だから全員の誕生日を元旦にして祝う数え年を採用していた。満年齢が分かりにくいので便宜的に開発された仕組みだろう。

太陽暦でも、うるう年(4年に1回しか4月29日が発生しない)の問題はあるものの、4年に1日だけのことだ。
大半の人がきちんと自分の誕生日が明確にわかるようになったので、満年齢に制度的には満年齢に移行した。

しかし、急に長年の慣習である数え年をやめられるほど人間はロジカルに出来ていない。
明治になっても、正月は家族全員そろって皆の誕生日を祝う慣習はそう簡単には止むことが無かった。

結果として、明治生まれの人々が元気なうちは、自分の年齢は満ではなく数えを中心に記憶し、日常的に使っていくことになる。

制度的には「満年齢」になったので、「満年齢」を言うことは当然あった。しかし、意識は数え年中心なので、数え年から引き算して満年齢をを云うような人がかなり多かったと思われる。
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下記のサイトの様に、明治時代に、太政官布告や、年齢関係の法律で、「満年齢を使用する」としたが、実生活では「数え年」の使用が多かった。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E3%81%88 …

実生活では「数え年」の使用とは、「何年ごと」という場合は数え年、「学年、早生まれ/遅生まれ」も数え年です。
さらに、「子供の祝い」、「厄年」、「長寿の祝い(還暦だけが満年齢)」、「葬式のあとの年忌」なども数え年です。




> 戦前に年齢を満年齢で言うことはなかったですか?

全述の様に、戦前は法律的には「満年齢」なので、公文書などは「満年齢」を使用したと思われます。

しかし、昭和30年前後のころまで実生活では「数え年」を使っていて、「満年齢」と「数え年」とを使い分けをしていました。
だから、アラカン(アラウンド還暦)のあたり以上の年齢なら、「満年齢」と「数え年」の説明や変換が出来ると思います。

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「お年取り」という言葉も、死語になったかなー。

「数え年」は、全員が大晦日から元旦にかけて、1歳を加えるので、大晦日にはお年取りという料理を食べる風習・しきたりがありました。

お年取りという料理の「メインメニュー」の食材は魚で、東日本ではサケ、西日本ではブリを使いました。
https://www.google.com/search?q=%E5%B9%B4%E5%8F% …
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多分「満年齢」と云う言葉が 一般化していなかったと思います。


従って、「年齢」=「数え歳」の筈です。
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