【初月無料キャンペーン中】gooドクター

1987年東西ベルリンの壁の前で野外ライブを デビッド・ボウイは行いました。実はボウイはこの時、スピーカーの4分の1を会場の聴衆ではなく、後ろ側、つまり壁の向こう側の東ベルリンに向けていました。壁の向こう
側に届くボウイの声を聴こうと、東ドイツの若者たちが集まり、その数5千人。立ち去ることを命じる警察と衝突し、逮捕者も出ました。そして、この2年後、自由を求める人々のエネルギーが壁を突き崩すことになり、ボウイの死後、ドイツ外務省が「グッド・バイ、デヴィッド・ボウイ。壁の崩壊に力を貸してくれてありがとう」と異例のツイートをし、感謝の弔辞を送りました。
話は飛んで未だに分断国家の近くの半島。首都ソウルは国境の、すぐ近くにあります。(故に、愛の不時着が成り立つ)南側の人、日本の在日ロッカーでも(ボウイはイギリス人,数十年前はドイツ人と殺し合いをしていた)ボウイの様な、カッコいい人はいないのですか?訳のわからない和製英語の歌ばかり歌ってないで?因みに私は日本人で隣の半島の民族は大キライです。しかし、それは国に洗脳されているだけで市井の人たちの罪ではありません。大国の都合で同じ民族が分断されるのは悲劇です。日本も、そうなる可能性が有りました。

gooドクター

A 回答 (4件)

>壁がなくなった時、沢山の人たちが西ドイツに雪崩れ込んでいます。

(これも映像が残っている)東ドイツが社会主義国として民衆に支持されていたなら矛盾しませんか?

あのね、無限ループに付き合う気はないよ。そこは一番最初に回答している。
「東ドイツもそこそこ酷いものでした」ってね。でも、北朝鮮程酷くはないってこと。

あなたの価値感には、絶対善と絶対悪しかないの? それこそ「私とは、見解が違い過ぎます」なのかもしれないけど。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

私も、する気はありません。東ドイツが「そこそこ」酷い、と思っている人とは平行線ですから。

お礼日時:2021/10/23 14:58

>貴方の見解だと射殺される様な選択をした方が悪いと言う事ですか?



はい。公知されていましたし、前例もありますから。

私が西ベルリンにあった、恐らく私営の博物館では被害に逢った人のパネルが数多くありました。「東は全く逃げ道がなく、それでも死をかけて壁を越えようとして、年数千人以上死んでいるのか」と聞いた覚えがあります。あなたと同じく、現地に行くまで北朝鮮並みと思っていたわけです。

結論は「年に数回壁の間を駆け抜けようとして命を落とす。でも年を経るごとに減ってきた。ほとんどは昔の話」、「彼らだって他の出国手段は知っていたはずなのに」でしたよ。

ちなみにそういうエリアというのは世界中にあります。そこにわざわざ侵入して「悪くない」というのは政治体制に依らず、不思議な主張としか思えません。

>年間4人は、とるに足りない人数って事でしょうか?

公知されていたし、前例もあるから、冒険する人は年平均4人程度だったのでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

旧東ドイツは、そんなに悪い国じゃなかった。危険を、侵して亡命(命をかけた冒険)したので殺されも仕方ない」と言う事でしょうか?それなら何故
ボゥイーの歌が聞こえてきた時、あんなに混乱したのでしょうか?(映像も残っている)
壁がなくなった時、沢山の人たちが西ドイツに雪崩れ込んでいます。(これも映像が残っている)東ドイツが社会主義国として民衆に支持されていたなら矛盾しませんか?

お礼日時:2021/10/23 14:26

>西ドイツに亡命しようとした人たちは100人以上(子供含む)、国境警備隊に射殺され



わざわざ壁の間を駆け抜けたとか、検問でばれて逃走を図った人達ですよね。壁は38年間存在しました。死者は136名です。年あたり4人程度。これをどう捉えますか? 現実としては「他にも出国手順はあったのに、相手に発砲を許す場所で強硬選択したから」ですよ。

>秘密警察による密告制度が取られ言論の自由なんて、一切ありませんでした。それでも「自由が溢れている国」ですか?

「言論の自由がない」というのは言論を元に罰せられるということ。萎縮する空気は言論の自由とは別。イメージで語らない。イメージで印象操作を試みない。

内務省が国民情報を事細かに収集していたことは事実。でも、北朝鮮のように発言をもって収容されることはありませんでした。シュタージは実に狡猾で、ネタを集め利用できるときに利用していました。

国外への移動も同じ。年金受給年齢に達すれば西ドイツへの移住は容易でしたし、職がない状態で投獄された後は容易に西ドイツに移住できました。一番簡単なのは職場で党の委員に嫌われて職を失うことです。

西側への旅行はハンガリーの方が開放的でしたし、自営小企業の設立ではユーゴスラビアの方が許容されていましたが、「東ドイツが今の北朝鮮のようであった」ということはありません。

西側の人が東ドイツを訪れるのも査証さえ取れば難しくなく、査証も簡単に取れました。移動中の制限も精々宿泊場所ぐらいです。ベルリン日帰りならチェックポイント・チャーリーで数千円を払うだけ。

既に消滅している国なので経験してこいとは言えないのですが、中欧、東欧を一緒くたにして捉えない方が良いです。ましてや、今残っている社会主義を標榜する中の人権抑圧国家と同じに捉えるべきではありません。既にサンプルが少ないので実物を見る機会も少ないのですが、イメージで凝り固まって語るのは、事実を知っている者からすれば滑稽です。

何をしても罰せられないことが自由だと規定するならば、その国はソマリアとかISですね。そこの武装勢力の長であれば相当しますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。貴方の見解だと射殺される様な選択をした方が悪いと言う事ですか?年間4人は、とるに足りない人数って事でしょうか?
私とは、見解が違い過ぎます。

お礼日時:2021/10/23 13:56

北朝鮮の38度線近くに見える町は「宣伝村」という「北朝鮮だって豊かな暮らしをしているんだもん」という虚構を宣伝するための装置に過ぎません。



38度線の韓国側から幾らスピーカを向けようとも、北朝鮮人民には聞こえませんし、あまりに露骨であれば、北朝鮮が南に向けている宣撫スピーカでがなることでしょう。

北朝鮮は東ドイツのように自由な国ではありません。東ドイツもそこそこ酷いものでしたは、北朝鮮と比べれば「自由が溢れている国」です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。西ドイツに亡命しようとした人たちは100人以上(子供含む)、国境警備隊に射殺されて、秘密警察による密告制度が取られ言論の自由なんて、一切ありませんでした。それでも
「自由が溢れている国」ですか?

ボゥイーも、既に巨万の富を持つスーパースターでした。別に他国の為に、そんな事をしなくても良かったのです。暗殺される可能性もあったと思います。
他のミュージシャンも口では批判した人もいましたけど、実際に行動したのは彼だけです。

お礼日時:2021/10/23 12:23

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

gooドクター

このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング