御存知の方はいないかと想いますが・・・・
実在したフランケンシュタイン博士の実験記録等が載っているホームページ等ありましたら教えて下さい。

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A 回答 (2件)

もしかしましたら、15世紀~16世紀にかけてのスイスの医学者、錬金術師のパラケルススのことでしょうか?かれの作ったホムンクルスの事が少し記載されてますご参考ください。



参考URL:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%db%a5%e0%a5%f3 …
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フランケンシュタインはメアリ・シュリーの創作なので、実在はしませんが、


近い人はアンドリュー・クロスでしょうか。

参考URL:http://www.voynich.com/crosse/
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この回答へのお礼

有難う御座います^^
確かに名前は違った??かもしれません・・・
拝見させて頂きましたが、少し違うようでした・・・
実際に赤ん坊とかを人体実験していたはずでその時の研究ノートのスケッチとかがありました・・・
でも、本当にありがとう^^

お礼日時:2005/03/13 18:18

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Aベストアンサー

僕も映画を見ましたが、そのシーンについては思い出せません。
で、『アバウト・ア・ボーイ』でフィーチャーされた作品を調べてみましたが、
フランケンシュタインは二つありました。

Bride of Frankenstein (1935)
Young Frankenstein (1974)

前者はモノクロ、後者はカラーなので、それで絞り込めるかと思います。

参考URL:http://us.imdb.com/Mlinks?0276751

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ご存知の方教えてください。

Aベストアンサー

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後に、西洋では7世紀から三人とされ、次のような名が当てられています。
メルキオール Melchior (黄金-王権の象徴、青年の姿の賢者)
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Aベストアンサー

服装に関しては以下のサイトなどどうでしょうか?
http://www.bb.em-net.ne.jp/~maccafushigi/

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%AE%A4

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『太閤素生記』では秀吉の幼名を「猿」とし、また秀吉の父が亡くなったとき、秀吉に金を遺した一節に「父死去ノ節猿ニ永楽一貫遺物トシテ置ク」とある。また松下之綱は「猿ヲ見付、異形成ル者也、猿カト思ヘバ人、人カト思ヘバ猿ナリ」と語っている。毛利家家臣の玉木吉保は「秀吉は赤ひげで猿まなこで、空うそ吹く顔をしている」と記している。秀吉に謁見した朝鮮使節は「秀吉が顔が小さく色黒で猿に似ている」としている(『懲毖録』)。ルイス・フロイスは「身長が低く、また醜悪な容貌の持ち主で、片手には6本の指があった。目が飛び出ており、シナ人のようにヒゲが少なかった」と書いている。また、秀吉本人も「皆が見るとおり、予は醜い顔をしており、五体も貧弱だが、予の日本における成功を忘れるでないぞ」と語ったという。秀吉が猿と呼ばれたのは、関白就任後の落書「まつせ(末世)とは別にはあらじ木の下のさる関白」に由来するという説もある。また山王信仰(猿は日吉大社の使い)を利用するため「猿」という呼び名を捏造したとの説もある。

信長が猿と呼んだかどうか記録に無くとも、以下の通り多くの文献に秀吉は猿のような風貌をしており、多くの人々から猿と呼ばれていたことが記載されている。 よって、直属の上司である信長が秀吉を猿と呼んだことは想像に難くない。

『太閤素生記』では秀吉の幼名を「猿」とし、また秀吉の父が亡くなったとき、秀吉に金を遺した一節に「父死去ノ節猿ニ永楽一貫遺物トシテ置ク」とある。また松下之綱は「猿ヲ見付、異形成ル者也、猿カト思ヘバ人、人カト思ヘバ猿ナリ」と語っている。毛利家家臣の玉木吉保は「秀...続きを読む

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書籍、Web・・・何でもかまいません。なるべく、原文で正確な掲載を望んでいます。

Aベストアンサー

ネットで見つけました
完全に正確なのかはわかりませんので、書籍で確認してください


(追而書)其方儀、万事我等より生れ勝り給ひぬと見付候得ハ、不謂事なから、
     古人の金言名句ハ聞給ひても失念之儀あるへく候、親の言置事とあら
     は、心に忘れがたく可在哉と如此候、
一、大将によらす、諸侍迄も義を専に守るへし、義に違ひてハ、たとひ一国二国
  切取たりといふ共、後代の恥辱いかゝわ、天運つきはて滅亡を致すとも、義
  理違へましきと心得なは、末世にうしろ指をさゝるゝ恥辱ハ在間敷候、従昔
  天下をしろしめす上とても、一度者滅亡の期あり、人の命はわすかの間なれ
  は、むさき心底努々有へからす、古き物語を聞ても、義を守りての滅亡と、
  義を捨ての栄花とハ、天地各別にて候、大将の心底慥於如斯者、諸侍義理を
  思ハん、其上無道の働にて利を得たる者、天罰終に遁れ難し、
一、侍中より地下人百姓等に至迄、何も不便に可被存候、惣別人に捨りたる者ハ
  これなく候、器量・骨柄・弁舌・才覚人にすくれて、然も又道に達し、あ
  つはれ能侍と見る処、思ひの外武勇無調法之者あり、又何事も無案内にて、
  人のゆるしたるうつけ者に、於武道者、剛強の働する者、必ある事也、たと
  ひ片輪なる者なり共、用ひ様にて重宝になる事多ケれハ、其外ハすたりたる
  者ハ、一人もあるましき也、その者の役立処を召遣、役ニたゝさる処を不
  遣候而、何れをも用に立候を、能大将と申なり、此者ハ一向の役ニたゝさる
  うつけ者よと見かぎりはて候事ハ、大将の心にハ浅ましく、せはき心なり、
  一国共持大将の下々者、善人悪人如何程かあらん、うつけ者とても、罪科無
  之内にハ刑罰を加へ難し、侍中に我身は大将の御見限り被成候と存候得者、
  いさミの心なく、誠のうつけ者となりて役ニたゝす、大将はいかなる者をも
  不便に思召候と、諸人にあまねくしらせ度事也、皆々役ニたてんも立間敷も、
  大将の心にあり、上代とても賢人ハ稀なる者なれハ、末世には猶以あるまし
  き也、大将にも十分の人はなけれハ、見あやまり聞あやまり、いか程かあら
  ん、たとヘハ能一番興行するに、大夫に笛を吹かせ、鼓打に舞ハせてハ、見
  物なりかたし、大夫に舞ハせ、笛・鼓それゝゝに申付なは、其人をもかへす、
  同役者ニて能一番成就す、国持大将の侍を召遣候事、又如此候、罪科在之輩
  ハ、各別小身衆者、可有用捨事歟、
一、侍者驕らす諂らハす、其身の分限を守をよしとす、たとへは五百貫の分限に
  て千貫の真似をする者ハ、多分ハこれ手苦労者なり、其故は、人の分限ハ天
  よりふるにあらす、地より沸にあらす、知行損亡の事あり、軍役おほき年あ
  り、火事に逢者あり、親類眷属多き者あり、此内一色にても、其身にふり来
  りなは、千貫の分限者、九百貫にも八百貫にもならん、然るにケ様の者ハ、
  百姓に無理なる役儀を懸るか、商買之利潤か町人を迷惑さするか、博奕上手
  にて勝とるか、如何様にも出所あるへき也、此者出頭人に音物を遣し、能々
  手苦労を致すニ付、家老も目かくれ、是こそ忠節人よとほむれは、大将も五
  百貫の所領にて千貫の侍を召遣候と目見せよく成申候、左候得ハ、家中加様
  の風儀を、大将ハ御数寄候とて、華麗を好ミ、何とそ大身のまねをせむとす
  る故、借銀かさなり、内証次第につまり、町人百姓をたおし、後者博奕を心に
  よせ候、さもなき輩ハ、衣裳麁相なれハ、此度の出仕ハ如何、人馬小勢にて
  見苦敷けれは、此度の御供ハ如何、大将の思召も、傍輩の見聞も、何とかと
  思へとも、町人百姓をたおし候事も、商賈の利潤も、博奕の勝負も無調法な
  れハ是非なし、虚病を構へ不罷出候、左候得者、出仕の侍次第々々にすくな
  く、地下百姓も相応に華麗を好ミ、其上侍中にたおされ、家を明、田畠を
  捨て、他国へにけ走り、残る百姓ハ、何事そあれかし、給人に思ひしらせん
  とたくむ故、国中悉貧にして、大将の鉾先よハし、当時上杉殿の家中の風儀
  如此候、能々心得らるへし、或ハ他人の財を請取、或ハ親類縁者すくなく、
  又ハ天然の福人もありときく、加様之輩ハ、五百貫にても、六七百貫のまね
  ハなるへき也、千貫の真似ハ、手苦労なくてハ覚束なし、乍去これ等も分限
  を守りたるよりハおとり也と存せらるへし、貧なる者まねをせは、又々件の
  風儀になるへけれは也、
一、万事倹約を守るへし、華麗を好む時ハ、下民を貪らされハ、出る所なし、倹
  約を守る時ハ、下民を痛めす、侍中より地下人百姓迄も富貴也、国中富貴な
  る時ハ、大将の鉾先つよくして、合戦の勝利疑ひなし、亡父入道殿ハ、小身
  より天性の福人と世間に申候、さこそ天道の冥加にて可在之候得共、第一ハ
  倹約を守り、華麗を好ミ給ハさる故也、惣別侍ハ古風なるをよしとす、当世
  風を好ハ、多分ハ是軽薄者也と常々申させ給ぬ、
一、手際なる合戦ニて夥敷勝利を得て後、驕の心出来し、敵を侮り、或ハ不行儀
  なる事必ある事也、可慎々々、如斯候而滅亡の家、古より多し、此心万事に
  わたるそ、勝て甲の緒をしめよといふ事、忘れ給ふへからす、
   右、堅於被相守者、可為当家
   繁昌者也、
  天文十年五月廿一日                氏綱(御判)




『神奈川県史』資料編3古代・中世3下
小澤富夫編『武家家訓・遺訓集成』 ペリカン社

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(追而書)其方儀、万事我等より生れ勝り給ひぬと見付候得ハ、不謂事なから、
     古人の金言名句ハ聞給ひても失念之儀あるへく候、親の言置事とあら
     は、心に忘れがたく可在哉と如此候、
一、大将によらす、諸侍迄も義を専に守るへし、義に違ひてハ、たとひ一国二国
  切取たりといふ共、後代の恥辱いかゝわ、天運つきはて滅亡を致すとも、義
  理違へましきと心得なは、末世にうしろ指を...続きを読む


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