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佐伯 今毛人(さえき の いまえみし)(719~790)は、奈良時代の公卿。名は今蝦夷とも表記されます。
寺の造園に優れた手腕を発揮したそうです。

名前の蝦夷・毛人が気になります。
当時、大和朝廷が東国を征討し、その地の野蛮人と思われていた人たちを蝦夷・毛人と呼んでいました。
今の感覚でいえば、蝦夷・毛人という呼び方は人種差別のよう気がします。

質問は、当時、佐伯 今「毛人」・「蝦夷」と名付けても、別に気ならなかったのでしょうか?

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A 回答 (3件)

「すごい人」と聞くとどのような人だと思うでしょうか。


”すごい”というのは”すごむ”と同じ語源で、すごむはおどす、すごいはおそろしいという意味がもともとの意味です。これが転じて(おそろしいほど)優れていることを”すごい”と言うようになり、さらに転じてはなはだしい様をいうようになったものですね。

当時の、名前に”えみし”などを用いるのは、そのような感覚だったようです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
えみしは、<(おそろしいほど)優れていることを”すごい”と言うようになり、さらに転じてはなはだしい様>のような感覚だったのですね。

お礼日時:2021/11/07 17:44

差別にはそれほど敏感ではなかった


と思われます。

当時は身分社会ですから、差別が
あるのは当然です。

生まれた時から、全体がそう
なっています。

だから、殊更差別された、した、なんて
現代人的な感覚は無かったのだと
思います。

日本などは、倭国ですよ。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<殊更差別された、した、なんて
現代人的な感覚は無かった>のですね。
ただし、名前に(少なく文化的に)劣った人たちの名前を付ける心情が理解できません。
倭については、最近、別の考えを持っています。

お礼日時:2021/11/08 10:45

年貢、貢物は屈服した、証しに納める物です。


その要求に応じないで、納めなければ、軍勢を送り、征討になります。
年貢、貢物を納めれば、人種が何であろうと、朝廷には関係がないのです。
奈良時代の大和朝廷として、体制を整えて、国創りが始まったばかりです
熊襲、蝦夷、渡来人、中国や朝鮮半島からの亡命者、等々、ごっちゃの
時代です、人種差別などは、ないですよ。

民俗学者柳田国男が日本民族は山の民、海の民、北の民、南の民から、
成ると発表しましたが、当時の歴史学者はせせら笑ってました。
日本の各地から、縄文、弥生時代の遺跡が発見され、柳田国男の説が
現実を帯びて来てます。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
現代でも、先進国の西洋人には親しみ・信頼などのランクが高く、後進国のアジア人には低いですね。昔も、同じように先進の<渡来人、中国や朝鮮半島からの亡命者>はランクが上で、後進の<蝦夷>は下、と思います。人種(文化によるも含め)差別はあったと思いますが。

お礼日時:2021/11/07 17:54

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