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ソ連や中国では、地主から農奴を開放するために共産党革命が起こり農地開放しました。
日本の小作人は、農奴ではなく、職業選択の自由もあり、働く場所を求めて地主に土地を借りて住む場所を用意してもらって農業で生活をしていたと聞いていた物で、賃貸契約だとすれば、不動産業だと思うのですが。
なぜ日本では、日本と全く違うソ連や中国の事例を持ってきて、悪い地主の搾取されていた可哀想な農奴であったかのような被害者アピールが横行しているのですか?
戦後民主主義って、へんじゃないですか?

A 回答 (4件)

いや。

日本の場合。自身の財産である大土地所有を、安倍総理のお爺さんによって、安値で強制的に戦後買い取られ、小作人に無料で配っただけの話。今、その小作人が土地もった金持ち。
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戦前の日本は農業国であり、農業が国の経済の多くを担っていた。


地主は大きな力を持っていて、小作人の立場は大変弱かった。
こうしたことから戦前の日本では、様々な問題を抱えていたことは確かなことなのだが、日本政府はこうした戦前の経済状況が戦後もずうっと続くと思ったようなのだ。
この先を見通す目の無さとGHQの思惑とが重なって、農地を強制的に小作人に分け与えるという愚かとしか言いようのない決断を下すことになったのだ。
アメリカは、元々狭い農地しか無いのに、これを小作人に分配すれば日本では農業が成り立たなくなり、日本はアメリカの属国となるしか無いと思ったようだ。
実際、その後の日本の農業は農地が細切れ状態になったことから極めて貧弱なものとなり、農業では食えないという状況が続くことになった。
この点ではアメリカの思惑通りになったのだが、その後に日本では工業に重点を置く政策を採らざるを得なくなり、これが大成功してしまったためにアメリカの思惑は外れてしまったが、戦後の殆どを政権政党として君臨していた自民党が、アメリカのポチとして生きていくという決断をし、それを続けてきたために、結果的にはGHQの思惑通りになったとも言える。
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>日本の小作人は、農奴ではなく、職業選択の自由もあり、働く場所を求めて地主に土地を借りて住む場所を用意してもらって農業で生活をしていた



違います。そんなことじゃない。小作人は、土地を担保に高利貸しから借金したが返せなくなって土地を取り上げられた自営農なのです。高利貸しは、高級官僚・戦争成金・新興事業家・政商といった連中で農業経験などありません。土地を取り上げたが、自営農をそのまま小作人として耕作を続けさせるしかなかったのです。農民の窮乏化には、地租改正・堕胎禁止令・殖産興業など明治政府の多くの政策が原因として関わっています。昭和東北大飢饉において娘身売りに欠食児童と言われた。誰が売って誰が買ったか。小作人が売って寄生地主が買ったのです。寄生地主は小作人を収奪し、小作人は小作争議に明け暮れた。近代化の矛盾のしわ寄せが小作人に押し寄せた。そうした問題を解決する為に、官僚は戦前から農地改革の準備を進めていました。
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その認識は史実と違います。


下記を読んでください。

https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0138.html
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