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日本の刑法では有名な渋谷の交差点で停車中殺すつもりはなく、おどろかそうと思って、急発進してブレーキをする予定だったけど、失敗して多数の人がなくなった場合、
驚かそうと思って殺すつもりはなかったなんて言い分は認められますが、(認められば、殺人罪ではなく業務上過失運転致死又は、危険運転致死の罪で懲役)私はなぜ、認められのか納得していません。(殺人罪にならないのか納得できていません)
みなさんはこの国の考えに賛同していますか、賛同しているなら理由をお願いします。

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    過失致死罪の罪が軽すぎますよね。刑法の理論、罪状なんてある意味どうでもいいので、罪に対する結論の妥当性があればいいと個人的には思っています。

    過失致死罪の罪が軽すぎます、同感です。この質問もしてないと思います。

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/12/05 05:15
  • どう思う?

    国は、根柢の考えとして、有名な渋谷の交差点で停車中殺すつもりはなく、おどろかそうと思うこと(いたずらっ子を) (個人的にはいたずらっ子ってある意味反社会的な人間だと思ってますが)をある意味認めているということですか?

      補足日時:2021/12/07 15:09
  • どう思う?

    当たり前ですが、いたずらっ子を法律で規制できません。

    犯罪を犯したときに、今回のケースで殺人を犯したいて驚かそうと思っての言い分が通用するのがおかしいと思っています。例えば、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのと驚かそうと思ったとでは話が違いすぎます。交差点で驚かそうと思ったのはまったく社会に必要ないし、無駄な動きなので、ブレーキ踏み間違えとの話が違うのに、言い分が通るのがおかしいと思っています。

    No.7の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/12/07 20:58
  • どう思う?

    ビンタしただけでもそれで死んだら殺人罪について 
    ビンタしただけでもそれで死んだら殺人罪とはなんでも言わないです。察してください。話すと3分で終わるのですが、文章だと言えないので。私としては社会常識、正義、公正さに基づいた妥当な結論を
    言っているつもりなのでビンタしただけでもそれで死んだら何でも殺人罪とは言わないです。
    日頃テニスの為にスマッシュを磨いていて、どのぐらい力をついたか試したみたくなり、うらみとか理由はなく友達になんの前触れなくビンタしたらそのまま倒れて結果的に死んだ場合私の意見なら殺すつもりがなかったとしても殺人罪になります。なぜなら、どのぐらい力をついたか試したみたくなったのは自分勝手で、そんなことを思うこと、すること自体がおかしいからです。
    嘘を普段からついていてそれを直すために普通にビンタした場合はそれで死んでも私の意見としては殺人罪とはならないです。

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/12/07 22:42
  • どう思う?

    それはそうなんですが。確かに、感覚でいう1例ですがうそつく人間がいなけれな履歴書の学歴のところはなくてもいのですが。
    どんななことがあってもも人を殺したら、刑法に書いていなくでもだめだなくらいわかります。
    自分の感覚で判断しているとありますが、自分の感覚がどんななことがあってもも人を殺したらだめという感覚が刑法とおなじなら自分の感覚で判断しているも同じだといえます。(正義、公正さが身に着けて入れば)普通、刑法とわたしの共通するのは公正さ、筋道、正義です。だから大体は同じ結論になります。
    刑法を作っているのも人間です。もしかしたら、自分の子供が殺されていないから死刑はよくないといっている人が刑法に関わっているかもしれません。(自分の子供が殺されてそれでも死刑廃止すべきという人は今ところ聞いたことがないですし、もしかしたら自分の子供が殺されたら死刑制度に賛成に回るかもしれません)

    No.8の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/12/07 23:40
  • どう思う?

    主観ともとれますが、ところどころどうも筋道が通っていない気がしています。それは刑法を作っているのが人間だからです。
    正義、公正さがあれば絶対日本の刑法は犯罪者側によっているとは絶対に言われないはずです。
    例えば、うそについたら刑罰を決める場合、一回目のうそついたら注意でなくいきなりケツバットだとすると厳しすぎないかなと思いますが、本質、方向姓はあっているので個人としてそういうものだと割り切って勉強に集中できるののですが、どうも今の刑法はわたしだけではなくどう納得できない筋が通っていない気がします。

      補足日時:2021/12/07 23:49

A 回答 (9件)

更に補足について、


法理論寄りの話になりますが。

質問者さんの言い分は分かります。
殺意がどうあれ、何らかの害をなす目的でとった行動が原因で死者が出たなら、それは殺人に等しいと言うことですよね。

道理としては確かにそう考えても良いと思いますが、それはどちらかと言うと応報刑の考え方です。
教育刑主義の観点から考えると、過失であればやり直せる可能性が高いのです。
なので、条文もその考えに沿っています。
そこはその国の犯罪に対する考え方の違いなのだと思います。


刑法は万能ではありません。
質問者さんが仰る通り人間が作ったものだから。そして運用するのも人間だから。
更には、物事には複数の立場からの見え方があるからです。
個人的にも結果だけ見るとこれはどうなの?と思うところもあります。


罪刑法定主義の話が出ていますが、
これは正義…というよりは、権力から見た私人に対する公正さを示す考え方です。

私人が私人を罰するという行為は、一人の考えで人の自由を奪いかねない行為であり、許されるものではありません。
なので、国が公正に私人を裁く権利を有しています。

国が私人を裁く権利を有すると言いましたが、国が暴走し、勝手なイチャモンで好きに取り締まって良いのか?
という問題が出てきます。
中国ではチラホラ聞く話ですね。

憲法はこの問題に重きを置いて、国を縛っています。
国が暴走しないよう、法律が悪用されないようにする立場。治安を強力に守るよりも、どちらかというと国民の自由を守る側の立場をとっています。

なので刑法は類推解釈を禁じ、
条文の解釈を正確に適用しなければならないとされています。


刑罰とは、人の人生を左右するものです。
間違いがあってはいけません。
第三者である国が人を罰するには、それなりの客観的根拠が必要なのです。

犯罪者の言い分が通っている訳ではなく、
検察側の言い分を通すために、犯罪者の悪意を完全に証明する必要があるのです。


No.2で書かせていただいた通り、
今の日本の法は「秩序を守る」ために存在します。
可哀想な人を助ける為でも、被害者の恨みを晴らすために存在するものでもありません。

多分、私も身内が同じ目にあったら、憎しみに駆られ、犯罪者を死刑にしろと叫ぶかもしれません。
自暴自棄になり、自ら手を下す事がないとも限りません。

でもそれは最早、「秩序」とは別次元の話になってしまうのです。
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そもそも補足に書いてある「社会常識、正義、公正さに基づいた妥当な結論」と言うのはどうしてそう言えるんでしょうか。

結局は「法律の条文は一切無視して自分の感覚で判断している」と言う事でしかないのではないでしょうか。そう言った態度は法治主義、罪刑法定主義を根本から否定する由々しき姿勢であって、近代国家においては絶対に許されるべきではないと思います。罪刑法定主義が否定されたら、どんな事をやったら罪に問われるのか、またどんな刑罰を受けるのかを事前に知る事が一切不可能になるので。
この回答への補足あり
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補足についてですが、


反社会的な人間を規制する法律は無いと思います。
つまり、現状では残念ながら法的に認められていることとほぼ同義です。

反社会的な人間は、それだけでは捕まりませんが、故意又は過失で人を死なせたら罪になります。

なので、反社会的な人間より厳しい処罰であると言えます。


法律が全然追いついていないのです。
刑法やそれに準ずる法律って、間違いがあったり悪用されたりするは絶対にあってはならないものなので、グレーに対抗しようとしても多分難しいのですよね…。


悪戯で大事件を繰り返す輩も、
反社組織もさっさと処分されるようになってもらいたいものですね。
この回答への補足あり
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補足について追記ですが「過失傷害罪の刑罰が軽過ぎる」と言うのと「殺人罪にするべき」と言うのは別に論じるべきです。

刑罰が軽過ぎると言うなら法律を改正して量刑を重くするか、またはそれ相応の量刑の罪を新設すればいいのであって、必ずしも殺人罪にする必要はないと思います。
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この回答へのお礼

それは同意見です。どっちにしろ妥当な結論であれば。過失致死罪が軽すぎるのはけっこうな人思うのでは。それなのに(罪刑法定主義は当たりまえですが、)過失致死罪の上限が軽くすぎる。これは刑法の立法者のほうの考えが主観的ではともいえるのでは?
法律は説明が足りないので、語弊を招いていてもしょうがないも含めて、刑法をやっていて100パーセントの人がおかしいと思ったことがある(二つの意見があって反対派の方が自分の意見を除く)というのが日本の刑法です。
罪刑法定しても、理論だけでなく作った人が普段から筋を通った人(例えばの1例の感覚ですが死刑廃止を訴えている最中自分の子供が殺されても今更あとひけないでなく自分の信念で死刑廃止といえる人とか)人がが作らないとねって感じです。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2021/12/15 08:17

他の質問でも書いたと思いますが、現状における殺人罪とは基本的には「死なせようと思って人を死なせる事」または「死んでも構わないと思って人を死なせる事」となっています。

質問時様の殺人罪の案では極端な話「ビンタしただけでもそれで死んだら殺人罪」と言った話になりかねません。運用方法については疑念が持たれるようなケースもあるでしょうが、基本的には現状の殺人罪は妥当だと思っています。
この回答への補足あり
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みなさんはこの国の考えに賛同していますか、


 ↑
この国といいますが、この事例において
殺人を認めている先進国は無い、と
思います。



賛同しているなら理由をお願いします。
 ↑
感情的には賛同出来ませんが
法理論としては、故意と過失は峻別
せざるを得ず、仕方が無いかな、
と考えています。

問題の本質は、過失犯の刑が軽すぎる
ことです。

厳罰化が犯罪抑止に有効か、について
は議論がありますが、
過失犯には有効であることが実証
されています。
この回答への補足あり
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質問文の事例が当てはまるかどうかは分かりませんが、少なくとも他の質問であったような事例で「人を死なせたら問答無用で殺人罪」と言うのは明らかにおかしいと思います。

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法的な解釈は納得できますが、道理・運用については納得できません。




海外の法の概念についてはよく分かりませんが、日本の法は「秩序を守る」ために存在します。
別に可哀想な人を助ける為や被害者の恨みを晴らすために存在するものではありません。

日本の刑罰は、「更生させて社会復帰させる」事を目的としています。
教育刑の考え方です。
この考え方自体には賛同できます。

欧米の「罰」の概念からくる応報刑ではないので、刑罰は軽めですし、刑期中に社会復帰のための技術を身に付けることもできます。

質問の例だと、「反省して再発させないよう教育し直して、再び社会貢献させよう」と言う理屈です。


でも、個人的には限度があるだろう…とも思います。

質問の例は、くだらない理由で人が亡くなっています。
頭も回りませんし鈍臭さもあります。
これは更生が望めるものなのか…。

人が死んだ事実があって、前に人後いるのにアクセルを踏もうという意思もあります。
尚且つ人格も判断力もまともではありませんから、更生も期待できません。
処分で良いのではないでしょうかね。


別の例を出しますが、
それが窃盗と懲役を繰り返す者だったとしても、更生できていませんし、社会の秩序を乱し続けている訳ですから、その者も社会復帰は不可能です。
こういう例も処分で良いとすら思えるくらいです。
教育刑主義だからこそ。

自分で言ってて過激だとは思いますけれどね…。
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強固な殺意と殺害準備は刑を重くする要素のようですが、その反対に、殺意なく殺してしまうとか、行き当たりばったりに殺してしまったというのが刑の軽減を考慮する事情になるということが、納得できません。



怒りだけで殺害に至るような暴走機関車のような性格や、「つい、殺してしまった」なんてのは普通の社会生活を送っている人には、ありえない要素です。

酒や薬物による人事不省で犯罪というのも、他人に盛られたのならともかく、自身の意志によるものなので、刑の軽減や無罪を考慮する事情になるのも納得できません。

質問文にある例でも納得はできません。

急な飛び出しに対処しきれない(というか30km/h以上で走っていれば、飛び出しを0秒で検知して瞬時にブレーキを踏んで0cmで制動しなければ無理)のに、車両側が悪いとか、それも納得できません。

道路上の橋から身投げされて運悪く跳ねてしまった運転手さん、前方不注意の過失とか検事から言われたそうです。結局は過失なしで無罪になったそうですが、弱者の違反は一切問わないという風潮にも納得できません。
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