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アメリカの占領統治は、イラクやアフガニスタンでは失敗しましたが、なぜ日本では、成功したのでしょうか?

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A 回答 (10件)

日本がすでに民主主義国家だったからです。



日本人は敗戦前の日本と戦後の日本は「民主主義が大きく変わった」と思っている人が多いですが、日本は戦前からすでに普通選挙で国政が決まる民主主義国家でした。

なのでGHQが来て、ある程度の手直しをしたとしても、天皇制が変わらなかったことも含めて日本人には大きく影響しなかったのです。

またアメリカ人は「占領統治」を「植民地化して搾取すること」だとは考えていないので、純粋に「民主化」を推進したのがGHQの基本政策になっています。

だから日本でのGHQ占領統治はそれこそ「憲法改正」程度で済んでいるわけです。

それに対してイラク・アフガンは全く違います。
イラクは独裁政権だった国を最初から民主国家にするための統治方法の変更をもくろんでアメリカ政府がけん引しようとしていますが「民主主義」と言う認識そのものがない地域でこれを根付かせるのにはものすごい時間がかかるわけです。


またこの「民主主義を根付かせること」に失敗したのがアフガンで、アフガンは元々タリバンが統治していて市民(というか民主主義がないから庶民)がそれなりに支持していたものを、アメリカがタリバンを追い出して親アメリカ政府を作りました。

親アメリカ政府は民主主義を原理としたもののイスラム法も維持したため、アメリカ式の民主主義はまったく根付かず、その結果タリバンに人材が供給され、結果的にタリバンの再攻勢によって米軍は撤退、民主政府は崩壊することになったわけです。

アメリカに限らず、他国を統治する場合、その国の癖が必ずでます。イギリスの植民地統治とフランスの植民地統治はかなり差がありましたし、日本による台湾や朝鮮の統治も日本式でした。

アメリカは占領統治を行うと必ず「民主化」を行います。占領統治が成功するかどうかは「占領した地域の民主化の度合いがそれなりに進んでいるかどうか」で決まるのです。

なのでイラクはこれからどうなるか未知数ですがアメリカは多分早々に諦めて撤退してしまったのだと思いますし、アフガンは20年ぐらいの親アメリカ政権でも女子の識字率が30%程度しか上がらないぐらいイスラム保守の状態で民主化には程遠かったので結局タリバンの支持者が減らなかった、ということになります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。大変勉強になりました。目からウロコが落ちました。

お礼日時:2021/12/21 07:11

逆ですね。



成功したのは、日本だけです。

つまり、日本が特別、例外だった
のです。

それに米国が気が付かず、日本と
同じようにやって、ことごとく
失敗しています。

では、どうして日本は成功したのか。

諸説ありますが、色々な理由が重なった
結果だと思います。

1,上のモノには従う、という国民性。

2,武士の国だから、負けると潔く
  従う。

3,天皇を押さえた。

4,西洋のようなレジスタンスという
 考えに乏しい。
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当時の日本は典型的な中央集権国家だったからです。


各地に県が置かれて自治体首長も存在し、国会もあって全国から選挙で選ばれた者が議員になる制度もありましたが、廃藩置県から始まって、明治新政府と旧幕府勢力との長い内戦の結果、日本は強力な中央集権国家になったのです。
そのために、アメリカ軍司令官が最高位に座り、統治することに、さほど混乱はなかったことがあります。

それに比して、イラクやアフガニスタンはイスラム教徒が多い国です。もとより、イスラム社会は国家というより、部族単位で統治するのが普通であり、国家の国境線は、そんなイスラム社会を無視した欧米が勝手に引いた線で作られたものです。
この欧米人が作った国境線のなかで、部族同士が勢力争いをし、それに勝った部族長が、あるいは部族長同士の話し合いの結果、選ばれた者が、その国の長となっていた国です。
だから、アメリカが、あるいはその傀儡政権が、国をまとめようとしても、部族長をまとめる能力は全くありませんでしたから、国としてまとまるわけがないのです。
アフガニスタンの政府軍がタリバンの攻勢の前に、あっさり撤退したのは、各部族のなかに浸透していな政府軍は、はじめから浮いた存在で、全く戦力にならなかったことは、ジャーナリストが指摘していました。
イラクのフセインは、自身はスンナ派であり、バース党なるものを作り、従来のイスラム教義とは違う方向にあって、国内多数派のシーア派とは激しく対立しておりましたが、それを合理主義による手際よさと、警察力で抑え込んでいたのです。

「天皇を死刑にせず、その地位を守ってくれたから」だとは、それは本当に令和の時代の人の感覚。昭和の感覚は失われたとつくづく感じ入ります。昭和天皇を支持している者は、今でいうところの「上級国民」階級と、ある種の宗教信仰者以外はいなかったのが、昭和の現実です。
それは世界でも同様で、王族外交はもっぱら、当時の皇太子(今の上皇陛下)の役目でした。
当時の自民党政府は、それを何とか打開したく、フォトと呼んでいた、当時としては随分と高いコストをかけて、皇族の生活風景や公務を中心にしたオール写真誌を発行して、あらゆる行政機関の窓口、待合場所などに置いていたものです。少しでも国民のなかに、皇室に対する好意、親近感が生まれることを期待してのことです。
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そりゃ、日本はポツダム宣言の受諾により、事実上の「無条件降伏」だからで。


連合国側に、正式に占領統治権を委ねたことが最大因子でしょうけど。

ただ、当時の日本が、無条件降伏を選択した「時代背景」もあるでしょうね。
WWⅡの終戦をもって、戦争や終戦の形も、かなり変化したと言いますか。

たとえばベトナム戦争でも、アメリカが原爆を投入していれば、かなり展開は変わってたと思いますし。
太平洋戦争でも同様で、こちらはアメリカが原爆を投入しなければ、終戦はもう少し先だっただろうし、現在の国際情勢も、ソコソコ違ってたと思います。

少なくとも、それなりの規模の国家間で、国家の存亡をかけて、徹底的に戦争するなんてのは、現時点ではWWⅡが最後です。

そう言う観点で言えば、日本の占領統治は、前時代的な終戦で、イラクやアフガンは、現代的な戦争の終結の形です。
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日本の占領統治は破綻する前にいろいろあり、その影響を大きく受けた形で独立にまで至った感じなので、イラクやアフガニスタンなどの占領統治と単純に比較して良いものなのかは疑問符が付きます。



イラクもアフガニスタンも占領統治下で一般市民が経済的にそれほど豊かにならなかったから不満を抱え、それが反政府勢力が伸長する原因となりました。
占領統治下の日本では朝鮮特需を含む戦後の経済成長で多くの一般市民の生活が改善され、戦前から続いてきた経済的不満が概ね解消される傾向にありました。
不満が改称される傾向にあるときには統治体制を破綻させようと考える人は少なくなります。

イラクやアフガニスタンでの占領統治では旧勢力を排除したことで旧勢力につながる人達が不満を募らせ、それが混乱を広げる原因になりました。
日本の占領統治でも公職追放などがされたのですが、すぐに「逆コース」になり、日本国内の多くの旧勢力が占領体制に協力するようになりました。
戦後東西冷戦が激化して米国は日本を共産化の防波堤にする必要に迫られたとか、朝鮮戦争にまで至る異常事態に対応するのが精いっぱいで日本社会を作り変えるどころじゃなくなっていったとか、そういうのがその原因ではありますが、結果として占領統治下の日本では旧勢力による悪影響が少ない傾向にありました。
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1.戦争の動機と


2.イラク・アフガンと日本の国民性の違い

日米戦は日本が仕掛けた戦争で、敗戦で一時期GHQに統治されたが米国を恨むより、戦後復旧に力を注いだ。

イ・アは反米のフセイン政権が大量破壊兵器保有を理由に、米側が一方的に爆撃。結局核兵器は見つからずも、フセイン死刑で米国が勝利宣言。

その後、イラク新政府樹立も治安が悪く米英軍が治安維持のため留まりイラク国内での活動を続けた。これがイラク統治。

一方的に国を破壊された、イラクはその後、米国への恨みでテロを繰り返すはめに……国の立て直し派よりも、恨み派の力が強く未だに国情が不安定のまま。
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日本人は御上さまさまの民族だから

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戦前の日本政府は国民を騙すことで戦争を始め


戦争を続けていました

天皇は神様でもなく、アメリカもイギリスも悪者ではなかった
事に気付いたからでしょう

戦前の民主主義は今の民主主義とは全く違います
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一つは日本には天皇がいるからです。

天皇陛下が受け入れるのならと、当時の国民はGHQを受け入れました。それに対してイラクやアフガニスタンはそうじゃない。ばらばらの内戦状態で全く治まらなかった。
2つ目は、日本国民の民度が高く、戦前から民主主義だったことです。これもイラク・アフガニスタンには当てはまりません。
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戦争で負けたからでしょう。

 アメリカ軍の圧倒的な物量、レーダーなんかの科学技術に負けたことがわかっていたので、反抗する気が起きなかった。
東京大空襲や原爆で何万、何十万も殺されたのに、恨みの前に圧倒的な力の差に諦めたのでしょう。
また、GHQが比較的温和な政策だったので、日本国民が安心して従った。特に天皇を戦争犯罪人にしなかったのが大きいかも。
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