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岐阜県大垣市から名古屋まで一泊二日間で朝鮮通信使のルート観光してきたのですが、
簡単に旅程を書き出すので飲食店含めて
そこに行ったのなら、ここもまわれば良かったじゃん!とかいうのがあれば色々教えてください。
一日目、
大垣市で金生山化石館見学。
お昼ごはんはサガミホールディングスのサガミ大垣市店で煮込みウドン食べました。
昼食後、大垣城公園見学。そこから墨俣一夜城見学。そして清洲城見学。
名古屋に入って宿泊の東横イン栄店にチェックイン。
夕食は串カツの『六迷館』さんで食べた後、名古屋オデンの『咲串おかげ屋 栄女子大店』さんでオデン食べました。
二日目、朝食後に名古屋城と熱田神宮見学。
お昼ごはんは市内の中村区にある喫茶店『ツヅキ』さんで名物のウィンナーコーヒー含めてサンドイッチなど。
午後は名古屋港水族館脇の南極観測船見学。
夕食はステーキチェーン店『あさくま』さんで食べて帰りました。
ざっとこんな感じですが、ご意見アドバイスありましたらお願いします。

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A 回答 (1件)

https://ja.biwako-visitors.jp/spot/detail/178?ac …
https://www.omi8.com/omihachiman/local-history/i …
滋賀県内は、京都から大津で昼食休憩、中山道をとおり守山で一泊します。その後、野洲の小篠原で中山道から分岐した道をとおり、八幡で昼食休憩、彦根で一泊し、鳥居本で再び中山道と合流し、美濃、現在の岐阜県に入ります。この小篠原から鳥居本、約42キロメートルの道が朝鮮人街道です。
陸路に入ってから、通信使は中山道や東海道という宿場の整備されたいわゆる江戸時代の主要街道を通るのですが、小篠原から 鳥居本だけは外れてしまいます。その理由は定かではありません。 慶長5年関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康がこの道を通り上洛したことから『吉例の道』であること、中山道沿いの武佐、愛知川、高宮の宿場町では、通信使のような大人数の接待ができない、琵琶湖を望む風光明媚な景色を見てもらえないなど、諸説ありますが、譜代藩で徳川将軍家の信頼も厚い井伊家の城下町彦根に滞在させるため、その手前に宿場町ではないが富裕な在郷町八幡で昼食の対応ができるというのが有力であると考えられます。また、さきにも話しましたが将軍家が京に向かうときもこの道を使っていたこともその理由のひとつと考えられます。
そのため、この道は御所街道や上洛 街道ともいわれます。
「大垣市名古屋観光」の回答画像2
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