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「人生は修行」と言いますが、親は子供に修行させたかったんですかね?
何故、必ず苦しみや辛さを味わう修行をさせたがるのでしょうか。ドSなんですかね。「喜びや幸せもある」という反論が予想できますがそんな保証が何処にあるんですかね。仮にそれを味わったとしてもその先には必ずまた苦しみや辛さが待ってますよね。

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A 回答 (21件中1~10件)

子供の存在そのものが、親にとっての喜びや幸せだからだと思います。

もちろん、喜びや幸せは他にもいろいろありますが、親にとって第一ではないかと。


最近、子供の存在についてそのように感じないまま親が起こした事件を見かけることがあります。あるいは、現実によって、その喜びや幸せを壊してしまうような行動をした事件も見かけます。苦しみや辛さに負けてしまった事件というか。



子供に修行させたいかどうかということ以前に、親側が人生の修行をある程度積んで、苦しみや辛さを乗り越えてから親になるというプロセスの方が本来求められるものではないかと感じることがあります。



子供は生きていく中で苦しみや辛さも体験すると思いますが、いずれ大人になって、命の尊さを感じられるようになったときに、自分の子供の存在を喜びや幸せに感じられるようになる、という命の流れがあるのだと思います。



生きているうえでの苦しみや辛さを経験してから感じる「喜びや幸せがある」という話なのだと思います。



私は45歳独身男性で子供はいませんが、同い年の親友の男性、祖母や両親や親族の人たちの言葉や話を通じて、人生についてそのように感じていることを知りました。
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昔、漫画で見たことあります。


死んだ人の話なんですが、天国へ行く人は全員、あの仏像のお釈迦様と同じ顔に成形するという話です。
そこで、順番待ちをしていた一人が、それを悲観して自殺した?。
すでに死んでいるのに自殺?、矛盾する話なんですが。
幸せの基準が人によって異なるだけなんです。
それと、質問内容。
・・・・・よね。
なんですね、これに対する直接の回答は、「そうです」、「違います」のどちらかしかありません、それ以外は質問に対する回答ではありません。
では、質問に対する回答します「違います」。
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>何故、必ず苦しみや辛さを味わう修行をさせたがるのでしょうか。


それはその人による感じ方でしかないですよ
努力と苦労を同じ意味にとらえてる人もいます。

絵を描く仕事の人なんて努力も苦労もない。
ゲゲゲの鬼太郎の作者なんて好きなことやって金までもらえて笑いが止まらんとおっしゃってます。

要はとらえ方。
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価値観の差です。

 分かりますか? 

だから「人生は修行」と言いますよ。
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あなたがこの世に産まれてきたのは400億分の1の確率だそうです。


あなたは生きてきて笑ったことはないんですか?
そもそも、この平和な日本に産まれて、毎日当たり前にお金さえ払えば食べ物が与えられる環境にいることが幸せなんですよ。
世界のおよそ半分は貧困層で毎日100円以下の生活をしてます。
さんまの生きてるだけで丸儲けは間違ってないと思います。
まぁ、辛さも幸せも感じる事が出きるなんて幸せであってなにも感じなくなったら終わりかな。
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不味い物を食わなきゃ~



旨い物の味もわからないからね


不味い物をたべさせないと
旨いものが当たり前だと勘違いさせないためかなぁ~
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それは格言であって、親が子に課しているものではありませんよ。


生きる上では、さまざまな苦しみや辛さに遭遇しますが、それを乗り越えることで、対抗する術を学んで進んでいくんです。
そういう苦しみや辛さに対して、ただオロオロ、右往左往するばかりの人は常に人のせいにしますが、それは自分自身のことです。
親が課すものではなく、遭遇するものです。
自分を成長させるための修行と考えなさいって意味です。
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No2です。


お礼読ませていただきました。

オロシポン酢牛丼さんのお礼を他の方のも読ませて頂きました。
オロシポン酢牛丼さんは、恐らく「何故親が子どもを作ろうとするのか?」という疑問があるのかなぁ…と思いました。

本能、という言葉一つで片付けてしまうには、あまりにも簡単過ぎて納得がいかないという感じなんでしょうか?

オロシポン酢牛丼さんの根底にあるお気持ちというか、疑問がなんとなく分かる気がします。

かくいう私も、希死念慮があり、人生に苦しみしかないと思っていたので、何故親は私を産んだのだ、と憎んでいた若い日がありました。
「生まれたことや、育ててくれた親に感謝しろ」なんて言われても、「親は親のエゴで勝手に産んだのに、こっちは産んでくれなんて頼んでねぇわ!」と1ミリも納得行きませんでした。

世の中には、「家庭を持つ事が幸せ」「子どもがいることが幸せ」などの刷り込みなのか、はたまた、先に子どもを作った親の方々がそう語るからなのか…。
まだ子どもが居ない人達はそこに希望を抱いて子どもを作ろうとします。
ある意味自分が生きた証にもなるんでしょうね。
精神的にも、本能的にも。

あとは、自分自身が順風満帆に育てられたり、幸せに愛情たっぷりに育った人達は、自然と子どもが欲しい、自分も子どもを作って、伝えられた愛を子どもに伝えたい、と思うんだと思います。
たくさんの愛情を受けて、次はそれを分け与えたい。
誰かを愛したいと思う、欲求のために自然と子どもを作ろうと思うんだと思います。

ただ、私のように捻くれていたり、愛情不足で育った方というのは子どもを作ることに自信がない人や、色々考えてしまう人もいると思います。
人生が苦しければ苦しいほど、生まれてくることが幸せとは限らない、という思考に至ると思います。

まだまだ道中にいる、おぼつかない足で親になろうとするのは分からない、との事でしたが、そういう風にまず考えるに至らない人がたくさん居ます。
それに、人間は完璧にはなれないので、例え死ぬ間際になっても、未熟な部分はあると思いますので、それを言ってたらいつまで経っても子を持てないでしょ…ともなりそうな気がしました。
子を産み、育てることでしか、学べない愛や事柄があるので、いつもおぼつかない足で親になるしか選択肢はないのかなと思いました。
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初めまして



人生の捉え方は人それぞれで、細かく考えれば人の数ほどの捉え方があるのではないでしょうか

人生は修行・・・という考え方もその中のひとつだと思います

その修行を決定したのは親ではなく自分自身だと思いますよ

人は生まれる前に、自分が生まれるかどうか、どんな目的で生まれるか、その目的を遂行する為の計画、その準備・・・すべてを自分自身の選択で選び、すべての計画を立て、その人生計画の協力者(両親を含め)を得て生まれて来るのだと思います

しかし、その記憶は生と共に失われ、なかなか計画通りには人生は進みません

その自分自身の計画を覚えているのがあなたの感情(魂)だと思います

自分のもともとの人生計画に近づけば、人はワクワクします

だから、ワクワクや喜びを目指して人は進んでゆくのだと思います
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「人生は修行」と言いますが、親は子供に


修行させたかったんですかね?
 ↑
そうです。
修行して、親より高い場所に
昇って欲しいのです。



何故、必ず苦しみや辛さを味わう修行を
させたがるのでしょうか。
 ↑
自分を越えて欲しいのです。



ドSなんですかね。「喜びや幸せもある」という反論が
予想できますがそんな保証が何処にあるんですかね。
 ↑
保証などあったら、修行になりませんヨ。



仮にそれを味わったとしてもその先には
必ずまた苦しみや辛さが待ってますよね。
 ↑
そうです。
そうやって、悟りをえるのです。
ニーチェの、永劫回帰です。
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