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三上章は、この「は」をどのように捉えていたでしょうか?
係助詞?それとも副助詞?

質問者からの補足コメント

  • 措定と指定の原理批判

    については明日コメント予定。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/01/22 00:00
  • 措定と指定の原理批判

    を読んだが、特に目新しい点はなかったですな。
    ただ、ちょっと気になったのが「個別的判断」について。
    つまり三浦は三上言うところの主格補語(ガ格)を個別的判断だと言っていることになるのかねえ。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/01/24 22:47
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A 回答 (5件)

>>何でも読めばよいというものでもないような気はしますね。



読まずに話は始まりません。

たまに読むと、全くピント外れの誤読というのも困りものです。

ま、誰とは申しませんが。(笑)
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ま、それは敢えて否定しませんがね。(笑)

お礼日時:2022/01/28 17:21

>>つまり三浦は三上言うところの主格補語(ガ格)を個別的判断だと言っていることになるのかねえ。



その通りです。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2022/01/28 17:09

No.2 のお礼に応えて



>>三上が捉えた主語の定義に妥当性があるか否か、という点に焦点を当てる必要が出てきそうです。

当たり前田のクラッカーです。
そして、そこに焦点を当てた多くの批判がなされています。
何を今頃寝惚けたことを!!!
文法書を読んだことが全くないのですね!!!

それ以前に、まずは『象は鼻が長い』を読み、彼の言語観、文法観を理解することが第一です。それなしに、あれこれ軽薄な主観(思い付き)を並べても始まりません。

君が大雑把、粗雑に理解したと誤解している言語過程説に比し、どのような言語観、文法観であるかをまず理解しましょう。

そもそも三上の本一冊【も】読まずに、「は」「が」論を云々したり、三浦つとむの「は/が」論を云々するその軽薄さに開いた口が塞がりません。

その程度のレベルで、言語、文法を口にするのは恥さらし以外の何物でもありません。

グダグタ言う前に、まずは、質問の答えを謙虚に受け取り当該著作と関連研究書を読み理解を深めて下さい。

それが読めなければ、まず読めるようになることが第一です。
それを読めずに何を一体云わんとするのか????

下手の考え休むに似たり(へたのかんがえやすむににたり)。■
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>グダグタ言う前に、まずは、質問の答えを謙虚に受け取り当該著作と関連研究書を読み理解を深めて下さい。

ご教示ありがとうございます。
しかし、いくら万巻の書を読んでも一向に理解に至ることのできない方もおられるようでして、何でも読めばよいというものでもないような気はしますね。
ま、誰とは申しませんが。(笑)

>下手の考え休むに似たり(へたのかんがえやすむににたり)

ま、これも誰にとっても言えることでして。これも誰とは申しませんが。(笑)
そのために質問掲示板があり回答者がいるわけですから、回答するなら、それなりの分別をわきまえていただければ有難いですね。

お礼日時:2022/01/22 15:20

大澤真幸による纏めを紹介しておきましょう。



 日本文法において、主語の代わりに縦横無尽に活躍するのは、「ハ」という係助詞だ。「象ハ鼻ガ長イ」の「象ハ」は主語ではない。「象について言えば」と話題を提示しているのである。「X(エックス)ハ」の本務は提題である。
 「本務」と言うからには兼務がある。先の文の内容は、「象ノ鼻ガ長イこと」と言い換えられる。ここに、もとの文にはなかった「ノ」という助詞が顕(あらわ)れる。ということは、もとの文では「ハ」が「ノ」を代行しており、そのため「ノ」が隠されていたのだ、と三上は解釈する。「ハ」の兼務は、「ガノニヲ」といった助詞の代行である。
 本務と兼務では、呼応(どこに係るか)が異なる。「象ノ」は「鼻」という名詞に係っている。しかし、「象ハ」は文末まで勢いが及ぶ。呼応を誇張すれば「象ハ鼻ガ長イナア」となる。一般に兼務は短く厳密に係り、本務は大きく大まかに係る。
 兼務の係りが短いのは、事柄の論理的関係を示せば使命を終えるからだが、本務の係りはなぜ大まかで大きいのか。提題が本当は「Xハ?」という問いだからだ。問われている段階ではXがどうなるか未定なので、係りも大まかだ。そして問われた以上は、答える方は最後まで言い切らなくてはならないので、文末まで大きく係るのだ。「Xハ云々(うんぬん)」は自問自答である。

https://book.asahi.com/article/14367259

また、

上林 洋二
措定文と指定文 : ハとガの一面

なども参考にして下さい。
これらに対する批判は、

三浦つとむ
助詞「は」の金田一的解釈
(『認識と言語の理論 第三部』)

「は」と「が」:措定と指定の原理批判
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=8824 …

など。■
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

主語の定義を三上と同じに捉えている筆者の説なので、こうした内容になるのは自然でしょうね。
三上が捉えた主語の定義に妥当性があるか否か、という点に焦点を当てる必要が出てきそうです。
つまり、「本務である提題」を主語と捉える視点もあるかもね、ということです。
いずれ質問すると思いますので、その際はまたよろしく。

お礼日時:2022/01/21 23:58

次の質問で、「日本語に主語はいらない」の主張に従って、「は」は主題です。

と言った直後に、「象は鼻が長い」の「が」は「主語です。」と答えるのも、変な話ですね。改めて「象は鼻が長い」を読んでこの「が」を突き止める必要がありそうですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>改めて「象は鼻が長い」を読んでこの「が」を突き止める必要がありそうですね。

同感です。
腹案がありますので、いずれ質問を経てます。
その際はまたよろしく。(笑)

お礼日時:2022/01/21 23:29

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