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人間の証明とは何でしょう?

人間とは何でしょうか?

何がどうなら人間の資格がないと思いますか?

我々は楽観しとけばいいのでしょうか

それとも大問題に対して今より更に良い方向に変わって行かなければならないでしょうか?

人間の大問題とは 何でしょうか?

A 回答 (2件)

限りなく大きなテーマでありますね。

人類学はこれを追求するために生まれたようなものです。

ご存じのとおり、あらゆる学は細分化している。近年のめざましい進歩はそこから生まれたが、総合の学はほとんどない。ゆえに、「人間とは何か!?」というような大きな問いに接すると、統一見解を出すことができないのである。人類学は当初、そうした状況に一石を投じるために生まれた。細分化した学のさまざまな知見を取りまとめ、「人間とは何か!?」という問いに答えを与えるものとして誕生したのであります。

ところが、その人類学が、細分化しはじめている。

生物としてのヒトを扱う自然人類学。社会や文化を扱う文化人類学。先史時代の人類を復元する先史学や考古学。これは世の趨勢だから仕方ないことなのだが。総合の学としての人類学の空気を知る、数少ない世代なのかもしれない。

「人間とは何か!?」であるが群盲象をなでるというが、これを普通に論じたのでは専門知識に拘泥して広がりを持つことができない。この巨大なテーマを扱うために、対象を限定しました。文系、ないしは一般の人。要するに専門外の人であります。そのことが、広範な題材を扱うことを可能にしたのです。言いかえればこの書き物は、総合の学としての人類学の本分に戻ったということができます。

一般向けゆえに、わかりやすいし、おもしろい。アリストテレスの自然哲学にはじまり、中世キリスト教の創造説、ダーウィンの進化論、20世紀の遺伝子の発見などに接することで、人間が人間に対する考え方を時代や社会状況に応じて変化させてきたことを知ることができます。

たとえば、人間とサルとの近似は古来より指摘されてきました。ギリシャの哲人(アリストテレスも含む)はこれを、「サルは人まねをしている」と考え、キリスト教では「サルは人のできそこない」だとしています。「サルはヒトと同じ仲間」という考えは、ダーウィンの進化論とともに生まれたが、そのダーウィンの意見も、現代では毀誉褒貶の波にさらされています。

こうしたたさまざまな人間観にふれることで、現代の問題も古代の思想と地続きであることを知ります。答えは変わっても、「人間とは何か!?」という問いは不断に投げかけられてきたことを知るものです。

興味深い話題は尽きないが(なにしろ一般向けであるから、興味が持続できるような仕掛けがあちこちに設置されている)、印象に残ったのは「なぜ人間には『毛』がないのか?」という問いかけだったことです。

理由はいくつか考えられます。ひとつは「人間の祖先はサバンナで生活していた」こと。強い日差しが照りつけるサバンナでは、汗による体温調節が必須です。汗をかくことで体温をコントロールしようと考えれば、体毛は邪魔なものでしかない。それゆえ体毛がなくなった、というきわめて合理的な説明であることです。

もうひとつは、「毛がない」というそのことが、警戒色の役割を果たしていたのではないか、という指摘であります。たとえば毒チョウや毒ガエルはたいがい派手な色に彩られているが、あれは「毒がある」という事実と派手な色彩を捕食者にセットで記憶してもらって、以降同族が襲われないようにするため。毛がないのも同じであります。遠くからでも「ああ人間だな」と識別できる。チンパンジーが簡単な道具を使うことでもわかるように、ヒトの祖先も捕食者が近づけば棒で追い払うぐらいのことはしていただろうとおもいます。無闇に近づくと危険な存在だったこと。無毛を警戒色とする考えはそんなところから生まれました。

おもしろいのは、どちらも科学的に説明することが難しいことです。人間がサバンナに生活していたことは化石その他数々の証拠によって裏づけられているので間違いないが、サバンナに生活する動物で体毛があるのはいくらもあるし、同じサバンナに暮らす霊長類であるヒヒに体毛があることも説明できないのです。警戒色に至っては、なんの証明もない。要するに、汗説も警戒色説も、仮説──もっといえば想像の域を出ない考え方なのであります。

ハッキリと述べてはいないが、人間は「進化をやめていない動物」である。たとえば、カバは、ワニは、ペンギンは、千年前も今と同じ生活を送っていたでしょう。彼らは進化をやめてしまっているか、その速度が感知できないほどに緩慢なのです。

だが、千年前の人間と現代の人間では、暮らしぶりがまるでちがっている。それを「進化」と呼んでしまうと否定したい向きもあろうが、変わっていることは誰もが認めざるを得ない。そんな動物は人間だけです。

今後はどの方向に変わっていくべきだろうか。 じつは人間が「変わる方向」をコントロールできた試しは一度もないのですが、過去を知ることで、「進むべき方向」を考えるよすがにはなるでしょう。それは、今後の人類の道標となるものです。

人間とは何か!? 大きすぎる問いはなくなったわけではないが、答える能力を失いかけているだけなのです。
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この回答へのお礼

Thank you

人間は永遠を目指す。永久循環や進化するフィードバック

存在自体見かけは50年前とそうは変わらないけれど

人間の意識や精神は相当変わった。

昔は小店であんパンを売ってた程度だったが 今はセブンイレブン、ローソン、ファミリーマート等など彼方此方にコンビニがあり、非常においしいものやたばこやよく使うような日常品、文具や雑誌なども売っている。

スマホの普及で人々の情報や娯楽、経済活動も変わった

車や船舶、飛行機や新幹線も変わった

全てが変わって行く中で 変わらないのは真実・真理だけです。

毛が多いのは虫除けとか怪我除けではないでしょうか?

お礼日時:2022/02/08 19:55

難しいことは分からんが、人間の証明は森村誠一の小説。

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この回答へのお礼

ありがとう

懐かしいですねえ。野生の証明とか。

お礼日時:2022/02/08 19:31

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