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時代劇等で江戸の町並みに良く柳の木が生えていますが、あれは実際にそうだったのでしょうか?
また江戸時代に町内に生えた草木は誰が管理していたのでしょうか?

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A 回答 (4件)

ヤナギというか枝垂れヤナギなら



シダレヤナギが街路樹として好まれた主な理由は、①耐水性が非常に強い(水位が高く冠水することの多い低湿地でもよく育つ)、②挿し木で容易に殖やせる、③日照と水にさえ恵まれれば成長が非常に早い、などの特長があるためです。
このため市街地が海に近い低湿地に発達し、掘割りや大小の池沼に囲まれた江戸では、水辺を代表する樹木としてマツとともにシダレヤナギが盛んに植えられました。

シダレヤナギは夏はたっぷり葉を繁らせて日陰をつくり、冬は落葉するうえ枝が細いので地上まで日光がとどく(東京あたりでは昨今の温暖化の影響で真冬でも葉が落ちないのですが)という街路樹としての優れた適性があり、また排気ガスなどの公害にも比較的強い樹木です。
しかし戦後、都市の街路樹としては植栽本数を大きく減らしてしまいました。銀座の柳並木もイチョウやプラタナス等に植え替えられ、一時表通りから姿を消していました(1990年代以降銀座のシンボルとして再び植樹が始まっています)。

>江戸時代に町内に生えた草木は誰が管理していたのでしょうか?

江戸に限れば幕府が町民に委託していたと思われます。
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幽霊の掛け軸などでは、柳との組み合わせですから、実際にそうなのでしょう。


個人所有ではないので、その町内で共同管理だと思いますが。
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幽霊の掛け軸などでは、柳との組み合わせですから、実際にそうなのでしょう。


個人所有ではないので、その町内で共同管理だと思いますが。
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今は、堤防には桜の木が増えていますけど


昔は、水辺と言えば柳の木という感じですね

柳は水辺でも生育できる性質があり
さらに根が深く張るので堤防の強度を上げる効果もありました

『江戸時代に町内に生えた草木は誰が管理』
江戸の町人町は基本的には自治ですからね
町年寄りなどの町役人が、町内からの資金を使って管理していたのでは無いですかね
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