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1. だって その観念の神をドローンとしてのように飛ばし如何ようにも想像力を翔けめぐらせ好きなようにあやつることができると思っているのが その人間――シュウキョウ人――だから。

2. それが テツガクだと思っている場合 敵対心のくすぶるかぎり 科学のチカラで工夫してやれるところまではやりつくしやり抜く――そのようにシュウキョウに賭けているよう。

3. だから対話でコーナーに追い詰められ思考に窮した最後には ののしりの爆弾を放って自爆する結果となる。

4. でもそれでもなお 観念の神のふところにいだかれていて――あるいはむしろその繭の中にくるまれていて――安心だと思っているかも知れない。

5. 神は・普遍神は――つまり ほんとうの神は―― 観念や人間の思考を超えている場ないしチカラであるからには 人にはきよらかなおそれを持つようにさせる程度のはたらきにとどまる。神を人間があやつれるはずがない。

☆ どうでしょう。

質問者からの補足コメント

  • よい対話を持てることが出来ました。

    みなさんに BA を差し上げるという・よく考えると言葉だけのざんねんな恰好にならざるを得ないことをお伝えしなければなりません。

    今後ともよろしくどうぞ。

      補足日時:2022/03/19 05:20
教えて!goo グレード

A 回答 (9件)

人によって思い描く神が同じである場合もあれば違う場合もあるということを前提に据えた上で、賛同します。

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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 賛同
☆ なんですか。初め読み始めたとき 懐疑派かなと一瞬思いましたが 言わば全体観に立って 哲学としての神論を見据えておられるのかなと思いなおしました。ありがとうございます。



いろんな切り口があると思いますので そういった個々の主題を取り上げ考え問い求めていこうと思っています。

お礼日時:2022/03/15 05:27

度々熱いお礼ありがとうございます。



嫌味では無くてこちらも熱く回答します。

そもそも神というのが超自然ないし超経験というのも
人類の「思い込み」ではないでしょうか?

そして現在科学で超越した現象を行うのが神だとしても、その神は蜃気楼のように永遠に届かないと思います。

あ、つまり人類の科学技術が進んで宇宙旅行が当たり前になり、他の惑星に移住するのが当たり前になっても人類は更なる宇宙の不思議に直面するでしょう。

その超自然とは具体的に何を指すのか?
もはや蜃気楼です。

よくわからない現象、科学では解明できない現象が神の仕業であっても、
人類が進化すればわからなかったものも科学で解明していきます。

 私は神は否定してませんが、そもそも神の定義なんぞは人類なんぞにできないというのが自論です。

>☆ いいえ。定義は 哲学です。神論です。

→哲学に詳しくありませんが、そもそも哲学とは今現在も解明されてない真理の追求であっても、やはりこれも神と同じく蜃気楼だと思ってます。

頑張って蜃気楼にたどり着こうと前進しても、蜃気楼は更に遠ざかります。
永遠にたどり着かないのです。

>★ これが神だ!と言える定義も無いのです。
☆ ありました。

→いや、それはその人によっての心の中の神の定義ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

★ ~~~
度々熱いお礼ありがとうございます。

嫌味では無くてこちらも熱く回答します。
~~~
☆ 情報交換に努めています。


★ そもそも神というのが超自然ないし超経験というのも
人類の「思い込み」ではないでしょうか?
☆ 主観は主観ですね。共同主観だと言っても。

いちおう ひとりの人の主観に発し多くの人がそれをみとめ合意に達しているとは思います。


★ そして現在科学で超越した現象を行うのが神だとしても、その神は蜃気楼のように永遠に届かないと思います。
☆ もし神が人間の世界にハタラキカケをおこなったとしたら しかしながら〔神じたいが見えないだけでなく〕そのハタラキカケも じつは 人びとの受け取りと解釈によってマチマチになります。

したがって結局としては その現象をめぐってすでに神とそのハタラキカケといった部分はむしろ棄ててしまって 現象のみを分析した科学的見解のほうが 有益だとなると思います。

神というのは 人びとが意識において神の観念から自由になっているときにこそ 隠れて秘かにハタラキカケているのかも分かりません。


★ あ、つまり人類の科学技術が進んで宇宙旅行が当たり前になり、他の惑星に移住するのが当たり前になっても人類は更なる宇宙の不思議に直面するでしょう。
☆ 科学の進歩をめぐってそう言われています。


★ その超自然とは具体的に何を指すのか?
もはや蜃気楼です。
☆ 《隠れたる神: デウス・アブスコンディトゥス》という捉え方をおすすめします。


★ よくわからない現象、科学では解明できない現象が神の仕業であっても、
人類が進化すればわからなかったものも科学で解明していきます。
☆ ですから 神のシワザは――たとえ信じていても――忘れたほうがいいのだと考えます。科学は科学という領域で探究するのがよい。


★ 私は神は否定してませんが、そもそも神の定義なんぞは人類なんぞにできないというのが自論です。

>★ これが神だ!と言える定義も無いのです。
☆ ありました。

★ →いや、それはその人によっての心の中の神の定義ではないでしょうか?
☆ わたしの定義についてのご批判は 承っていませんが。

★ 定義できない;心の中だけの蜃気楼だ
☆ というコメントは その発言じたいが 蜃気楼かも知れません。

お礼日時:2022/03/15 05:23

再現性は物理の領域です。

ガリレオは「宇宙は神の言語、数学で記述さている」と言いました。初めてサイエンスで再現性の実験科学をした人です。なぜ再現性が可能か ? 落体の速度を初めて数値で、記述したからです。再現性とはそういうことです。ちなみに神の創造は数学で記述されている。サイエンスは現象の仕組みを捉える学問です。その仕組みの設計は神が数学で記述してると考えています。サイエンスはキリスト教自然神学の上に建っています。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ サイエンスは現象の仕組みを捉える学問です。その仕組みの設計は神が数学で記述してると考えています。サイエンスはキリスト教自然神学の上に建っています。

☆ 設計者は 《無い神》だと言う人がいても おかしくない。無神論自然神学。

《有る神》と重ね合わせになっている。かも。・・・

お礼日時:2022/03/14 21:03

「それはおかしい。

そんなことを言ったら
 すべて人間の発言は 《・・・と、人間が、思考している茶番》
 になっちゃう。」
   ↑
そうです。
だからこそ、「再現性のある証拠」が必要なのです。
それが出来ない所が、「哲学の限界」だと思います。


「思考の内容を 経験合理性にて推論を追いつつ
 その筋道にかんして妥当かどうかを判断するのが よいはず。」
   ↑
「妥当か否か」の判断基準は、また「個人の思考」ですか?
「常に再現性のある証拠」が求められ、そして、常に、
哲学は、それを提示できない。


「たいていの辞書は 神について《超自然ないし超経験》
 と捉えています。」
「たいていの辞書は――熟慮の結果――しるしていますよ。」
   ↑
あら、「辞書」を信じて、自分で考え、生み出すことは
しないのでしょうか?
「哲学」というのは、辞書でするものですか?

私は、無知だから、自分の言葉で、語りたい。
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この回答へのお礼

☆☆ 「・・・そんなことを言ったら
 すべて人間の発言は 《・・・と、人間が、思考している茶番》
 になっちゃう。」
   ↑
★ そうです。
だからこそ、「再現性のある証拠」が必要なのです。
それが出来ない所が、「哲学の限界」だと思います。
☆ №4のお礼欄にしるしたわたしの定義(①~⑥)をごらんになってください。

限界に挑戦しています。再現性は無理ですが 概念の思考〔による説明〕と経験現実とは対応していると思います。


☆☆ 「思考の内容を 経験合理性にて推論を追いつつ
 その筋道にかんして妥当かどうかを判断するのが よいはず。」
   ↑
★ 「妥当か否か」の判断基準は、また「個人の思考」ですか?
☆ そうです。しかも 人間の思考とその表現は 互いに自由に経験合理性によって妥当か否かを判断することができます。


★ 「常に再現性のある証拠」が求められ、そして、常に、
哲学は、それを提示できない。
☆ ですから つねに認識や思考の次元でながら挑戦しています。


☆☆ 「たいていの辞書は 神について《超自然ないし超経験》
 と捉えています。」
   ↑
★ あら、「辞書」を信じて、自分で考え、生み出すことは
しないのでしょうか?
☆ たいていの辞書を書いた人たちと わたしの定義とは 合っていると言ったまでです。

相対的なもの・つまり仮説だということですが 多くの主観が一致したばあい 共同主観(常識)として 取りあえずみとめられます。


★ ~~~
「哲学」というのは、辞書でするものですか?

私は、無知だから、自分の言葉で、語りたい。
~~~
☆ 語ってください。わたしのように。

お礼日時:2022/03/13 22:03

追記:宗教と言うのは便利で、人間の不安、迷い、未知の世界について、


神のもと明確に答えてくれます。

神がこうおっしゃった。神がこう決めたの前に、理屈も何もありません。

まー、天動説が間違えでしたがw
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この回答へのお礼

★ 宗教と言うのは便利で、人間の不安、迷い、未知の世界について、
神のもと明確に答えてくれます。
☆ いえいえ。ただの気休めだと思いますが。


★ 神がこうおっしゃった。神がこう決めたの前に、理屈も何もありません。
☆ 想像は自由です。世界の事実ないし人間の現実に合っているかどうかは 別です。



★ まー、天動説が間違えでしたがw
☆ 宗教の回答は 飛躍しすぎです。

お礼日時:2022/03/13 21:53

お礼ありがとうございます。



そもそも「神」の定義自体が、定まった定説も無いのです。

各々が思う「神」の定義に乗っ取って議論しても、分かり合うことは無いでしょう。

そして神の定義が一致するとすれば、それは宗教になると思います。

そう。私の神の考えは私の妄想です。
でもそもそも神という概念自体が不確定要素が強い。

これが神だ!と言える定義も無いのです。
実は「神」なんてものはいないという話も、その人が指す神の定義が違いますから(^^;

だから人の心の中にそれぞれの神が居るのもある意味で正しい。
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この回答へのお礼

★ そもそも「神」の定義自体が、定まった定説も無いのです。
☆ ① 超自然ないし超経験――まとめて 非経験の場またはチカラ――のことです。

② 非経験の場は 仮りの思考内容として《絶対性ないし無限》という概念で説明される。

③ 認識としては 経験事象が可知(既知および未知)そして不可知(知り得ないと証明された未知)であるのに対して 非経験の場ないしチカラは(つまり 神は) 非知(知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ)です。



★ 各々が思う「神」の定義に乗っ取って議論しても、分かり合うことは無いでしょう。
☆ 前項の定義を利用してください。


★ そして神の定義が一致するとすれば、それは宗教になると思います。
☆ いいえ。定義は 哲学です。神論です。

経験合理性にもとづく思考から飛躍した想像をもまじえてオシへをつくるのが 宗教です。


★ そう。私の神の考えは私の妄想です。
でもそもそも神という概念自体が不確定要素が強い。
☆ ④ 絶対性を 擬人化して絶対者と言う場合があります。

⑤ あるいは この絶対者は その全知全能のチカラによって相対的な経験世界をつくった創造主であると言う場合もあります。

⑥ ①②③が 基礎であり基本です。


★ これが神だ!と言える定義も無いのです。
☆ ありました。


★ 実は「神」なんてものはいないという話も、その人が指す神の定義が違いますから(^^;
☆ わたしの定義を批判してください。


★ だから人の心の中にそれぞれの神が居るのもある意味で正しい。
☆ それは――つまり 主観として神をどう捉えそれをどう受け容れるかは―― 良心・信教の自由です。

基本の定義を基礎として おのおの主観が思い描く神の像はあるかと思われます。それはそれで とうとく大事な神観だと思います。

お礼日時:2022/03/13 21:51

「 神は・普遍神は――つまり ほんとうの神は―― 


 観念や人間の思考を超えている場ないしチカラであるからには 
 人にはきよらかなおそれを持つようにさせる程度の
 はたらきにとどまる。神を人間があやつれるはずがない。」
  ↑
「神=普遍神=観念や人間の思考を超えている場ないしチカラである」

と、人間が、思考している茶番。

「人間の思考を超えている」と定義したのは、人間。

詰まり、個人の「妄想」が、そのように定義すれば、
「不合理を合理的に、錯覚させられる。」と思った
茶番に過ぎない。

うだうだと屁理屈をこねようが、証拠一つ提示できない。

そうだ。「人間の思考を超えている」とすれば、
追跡から、逃げられるかもしれない。

お笑い。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


☆☆ 「神=普遍神=観念や人間の思考を超えている場ないしチカラである」

★ と、人間が、思考している茶番。
☆ それはおかしい。そんなことを言ったら すべて人間の発言は 《・・・と、人間が、思考している茶番》になっちゃう。

思考の内容を 経験合理性にて推論を追いつつその筋道にかんして妥当かどうかを判断するのが よいはず。



★ 「人間の思考を超えている」と定義したのは、人間。
☆ たいていの辞書は 神について《超自然ないし超経験》と捉えています。そう定義したのは むろん人間です。



★ 詰まり、個人の「妄想」が、そのように定義すれば、
「不合理を合理的に、錯覚させられる。」と思った
茶番に過ぎない。
☆ ・・・ぢゃなくて どの推理が不合理かを説明するのよいのでは?


★ うだうだと屁理屈をこねようが、証拠一つ提示できない。
☆ どこが《屁理屈》かを 明らかにするのが 自由なあるべき批判です。


★ ~~~
そうだ。「人間の思考を超えている」とすれば、
追跡から、逃げられるかもしれない。

お笑い。
~~~
☆ 超自然ないし《人知を超えている》と たいていの辞書は――熟慮の結果――しるしていますよ。

お礼日時:2022/03/13 21:37

追記:例えば神という存在自体も実は自分が「神」であるという自覚無しかもしれないと妄想したことがあります。

人間から見て「神」に等しき存在もまた、我々は誰が創ったのか?という疑問を抱く、、、。

つまり、永遠ループです(笑)
「神」の「神」もまた「神」を求めるw
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この回答へのお礼

★ 例えば神という存在自体も実は自分が「神」であるという自覚無しかもしれないと妄想したことがあります。
☆ うむ。でもそれは その神という方に訊いてみないと 分かんないですよね。

妄想でなくても 保証のない推理や忖度にとどまる。


★ 人間から見て「神」に等しき存在もまた、我々は誰が創ったのか?という疑問を抱く、、、。
☆ あぁ。それは もう主観において観念の想像をとめどなくおよぼして行く世界ぢゃないですか。


★ つまり、永遠ループです(笑)
「神」の「神」もまた「神」を求めるw
☆ たぶんそれは 悪無限なる(切りのない)想像の過程ではないかと。

水掛け論になるかも知れませんが 想像や思想はそれとしてきちんとしまっておいたほうがよいにのではないでしょうか。

お礼日時:2022/03/13 21:29

この宇宙は神の体内の一部。


これが儂の持論じゃ!
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


☆☆ 4. ・・・観念の神のふところにいだかれていて――あるいはむしろその繭の中にくるまれていて――安心だ
☆ これでいいのだ・・・といった意味(ご見解)でしょうか。


たぶんそれは 汎神論のような神観でしょうか。神即自然を言うスピノザのごとく。



どうなんでしょう?
☆☆ 1. ・・・その観念の神をドローンとしてのように飛ばし如何ようにも想像力を翔けめぐらせ好きなようにあやつることができると思ってい
☆ ますか? 宗教家としてその神を説いてまわりますか?


相手と自由に対等な立ち場で対話をするぶんには 問題ないと思いますが。

お礼日時:2022/03/13 21:22

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