映画「赤ひげ」を境に黒沢明監督と俳優・三船敏郎が袂を分けたと聞きました。
その原因とか経過を教えて下さい。

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A 回答 (1件)

キネマ旬報社から出ている「黒澤明集成」などを頼りに、自分なりに推測してみました。


三船敏郎は「トラ・トラ・トラ!」〔1969年トラブルにより撮影断念〕の問題について次のように語っている。
~黒澤さんに対して今回の不始末をしでかした同じ人物が前に『暴走機関車』という、ジョセフ・E・レビン・プロの映画のことを、黒澤さんのところに、もちこんだことがあった。この時のこともぼくは、アフレコやなんかで、アメリカに年間二・三回往復していた頃で、いろいろ聞いていた。アメリカ側の出版物には「黒澤監督の『暴走機関車』は製作費百万ドル、スタンダードの白黒」と出ている。レビン側の発表としてね。それが日本に帰って来たら、「八百万ドルでカラー・70ミリだ」という。「向こうで聞いてきた話とだいぶ違うな」「だけど大丈夫なのかな」なんて思っていたら、あれは流れてしまった〔1966年の話〕。…で、黒澤さんの問題がこじれてから、私がFOX側〔「トラ・トラ・トラ!」の製作会社〕から正式に申し入れを受け…FOXの日本支社長が来て「〔山本〕五十六役で出てくれないか」という。それに対して、ぼくは「いま入院中だし、その間の事情もよくわからない。結局、黒澤さんの問題がもめているようだけれど、その問題を円満に解決していただきたい」ということ。それから「私は一応三船プロダクションの代表で、いま社員からスタッフを含めて百二十人ぐらいの人間が常時いるから、自分が役者としてだけ演技を切り売りして、かせぎに行くわけにはいかない。日本側の製作を全部三船プロに一任するという形であれば、三船は山本五十六役を引き受けるだろう」と答えたのです。…「これは黒澤さんが二年も三年もかかって、二十六回も改訂して、たいへん苦心して書かれた本だ。黒澤さんはいつでもそういう場合、あらゆるカットが頭の中に入っている。これは黒澤さん以外に撮る人はないのじゃないか」ということで、あくまでも黒澤さんに演出させていただきたい、と申し入れた。~〔「黒澤明集成3」.三船敏郎近況を語る〕
結果的には、黒澤明は「トラ・トラ・トラ!」の監督から下りることになり、三船敏郎も出演することはなかった。そして、三船敏郎は「風林火山」完成披露パーティでの自らの発言について、次のように説明する。
~「出演者にしろうとばかりを使ったことがやはりこういう結果になる一つの原因だったのじゃなかろうか」…「しろうとを使ってけしからん」などとは、言っていません。プロの俳優として、「挑戦状をたたきつけられたのと同じだ」みたいなことは言った。役者仲間で「われわれは無視されたのか」みたいなことは言っていましたから。そして、ぼくとしては、黒澤さんと一緒に二十年間もやってきた人間だし、みんなが等しく心配しているんだ、ということを声を大にして言いたかったのです。…黒澤さんにぼくたちは辞表を出したわけでも、絶縁状をたたきつけられたわけでも何でもない。旧交をあたためようじゃないか、という気運が高まっています。一部の雑誌が「不仲説」なんておもしろがって書いているが、何にもありはしません。…そして、一日も早く「黒澤健在なり」という作品を、発表していただきたいと、元黒澤組のみんなが、思っているんです。~〔「黒澤明集成3」.三船敏郎近況を語る〕
そして、1969年6月24日「黒澤明よ映画を作れの会」が開かれる。発起人は三船敏郎、黒澤プロの松江陽一、黒澤組のスクリプター・野上照代である。参加したのは、黒澤明と旧黒澤組のメンバー。三船のあいさつ「とにかく、ある人物のために、こんなに気心のしれた仲間が、疎遠になってしまっていた。疎遠になれば疑心暗鬼も生じてくる。でも、今はみんな、何のこだわりもありはしません。黒澤さんが作品製作をはじめられれば、いつでもはせ参じさせていただきます」それに対して黒澤はこの三日間で原稿用紙七十枚のシナリオを書いたと言い、五本の作品の構想をたてたと話す。そしてさらに「三船君にも、現在の彼にふさわしい役で、何をやってもらうべきか、いろいろ考えました。ギリシア悲劇から戯曲から小説まで、古今東西の本をいろいろと読んだ。そして、最もいいものを選んだつもりでいます。これも、いい作品になるでしょう」と言いながら、最後にこんなことを言った。「『トラ・トラ・トラ!』で、僕は素人の、社会人の出演者たちを使いました。そして、この、社会生活の年輪を経てきた素人の人たちの演技が、プロの俳優生活で年数を経てきた人たちの演技を、はるかに上回る質の高いものだったことを、どう考えるべきか。これは、大変重要なことだと、僕は思います。…『トラ・トラ・トラ!』の僕の撮影したフィルムは、その意味で、みんなにぜひ、見てもらいたいものでした。今までの僕の監督生活の中でも、びっくりするほどの、いいものだった」〔「黒澤明集成3」.動き出した黒澤プロダクション〕
よりリアルなものを求めようとした黒澤が今や「世界の三船」となったリアリティを欠く三船敏郎から離れていくのは、自然なことだったのかもしれない。結局、「赤ひげ」の次の作品となったのは「どですかでん」〔1970.〕で、ここでは黒澤映画初めてのカラー作品ということで、鮮やかな色彩と共に、今までの物語性豊かな黒澤映画とは全く違った世界が繰り広げられていく。群像劇であり、特別な主役は登場しないこの作品に三船敏郎は不要である。その次が「デルス・ウザーラ」〔1975.〕で、これはソ連映画でロシアの話だから、当然三船敏郎の出番はない。次が「影武者」〔1980.〕。黒澤明久々の時代劇である。

黒澤明は「影武者」のキャスティングについて、次のように言っている。
「新鮮なものを作りたいんで、オーディションを行なって自由に選んでゆきたいと思っています。日本映画を再建するためには新しい人を育てなくちゃあ。それをこの機会にやってみたい。一つの作品で新しい俳優さんを発掘して、ある程度まで育て上げることは不可能でないと思うんです。で、それを今度全面的にやろうと考えています。」〔「黒澤明集成」.ドキュメント「影武者」〕

「影武者」については、勝新太郎から仲代達矢への主役交代という事件があったのは有名な話です。その際、緒方拳、原田芳雄の名前もあがったといいますが、スケジュールがとれたことと「はじめての人とは時間がかかる」ということで、黒澤映画とは馴染みの深い仲代達矢に決定したということです。この時にも、三船敏郎の出番は考えられなかったと思われます。それぞれの年齢を考えると、勝新太郎は1931年生まれ、緒方拳は1937年生まれ、原田芳雄は1941年生まれ、仲代達矢は1932年生まれ、ですが、三船敏郎は1920年生まれです。武田信玄の役としては少々年をとり過ぎているのではないでしょうか。しかも、三船敏郎の場合、「グランプリ」〔1967.〕「レッドサン」〔1971.〕「ミッドウェイ」〔1976.〕「1941」〔1979.〕「将軍」〔1980.〕というように、「赤ひげ」〔1965.〕以降は主役こそ余りないとはいえ、アメリカ映画への出演が続いています。とても「影武者」に出ることなど考えられなかったと思われます。「トラ・トラ・トラ!」でアメリカ映画の監督から下りざるを得なかった黒澤監督としては、心中複雑なものもあったでしょう。山田洋次の話によると、晩年の黒澤明は、若い頃の彼とは正反対の作風であった小津安二郎の映画をしみじみと懐かしむように観ていたと言います。志村喬から三船敏郎へと主役が変わった黒澤明の気持ちの中には、三船敏郎の動作が今までの日本の俳優と比べて驚くほど速いということがありました。その流れから「隠し砦の三悪人」〔1958.〕「用心棒」〔1961.〕「椿三十郎」〔1962.〕という優れた活劇も生まれました。しかし、黒澤も年老いていくに連れて、より静かで優しい世界に惹かれていったのだと思います。そんな小津的世界には三船敏郎は不要なのです。「夢」〔1990.〕で小津映画の支柱となっていた笠智衆が重要な役を果たすのも決して偶然ではないと思います。
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この回答へのお礼

とても興味深い話し、有り難うございました。

お礼日時:2001/09/06 14:37

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 みなさん、スーパースターなのは間違いないと思います。
 昔の映画を見てしびれてしまいます。
 (かっこよくて)

 実際のところ、格としては誰がNO1でしょうか?
 
 個人的には三船敏郎が一番好きではありますが。

Aベストアンサー

こんばんは

芸術的感性とかセンスには自信がないですが、
この3人なら、単に3人の役者としての格の順位ではなく、アクや質の違いを感じます。
従いまして、回答としては役者の格に違いはないと。
補足として以下が私的評価です。

三船敏郎: 1920年4月1日生まれ。(Wikipediaより、以下同様)
役者として生まれつき素質をもった人。監督にも恵まれた人。

鶴田浩二: 1924年12月6日生まれ。
役者としては大根、 修羅場を生き抜いた魅力

高倉健:  1931年2月16日生まれ。
役者としては大根、 生きざまの魅力

以上、 全くの独善的イメージです。

Q三船敏郎をイメージしたキャラを教えてください

俳優・三船敏郎をイメージしたキャラが出てくる作品を知っている方は教えてください。
ジャンルは漫画、アニメ、ゲーム、映画など問いません。

例)漫画:『NARUTO』ミフネ、『ソウルイーター』ミフネ
  アニメ:『新テニスの王子様』三船入道、『勇者特急マイトガイン』ショーグン・ミフネ
  ゲーム:『ウィザードリィ』MIFUNE、『ファイナルファンタジーX』アーロン
といった具合です。


自分ではいくつか発見しましたができる限りまだまだたくさん知りたいので!
卒論で必要なデータなのでどうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

アメリカのバラエティショー、サタデーナイトライブでのジョン・ベルーシによるコント「Samurai Deli」
http://en.wikipedia.org/wiki/Saturday_Night_Live_Samurai

Q三船敏郎について

 私は二十代男なのですが、半年ほど前から三船敏郎にドップリ浸かってしまいました。映画は観ますが、普段TVはあまり観ません。記憶が曖昧ですが三船敏郎の娘が変??なタイミングでTVに出てきたのを覚えています。綺麗な方だと思いましたが、このパターンの場合「創価学会」とすぐに思ってしまうのですが、どうやらそうみたいですね。
 そこで質問です。私の周りに創価の人(親族含め)はたくさんいますが、その人達は有名人を宣伝代わりによく勧誘してきます。が、三船敏郎の名前は全然聞いたことはありませんでした。これは故人だからですか?世代の差でしょうか?三船敏郎自身あまり創価に関与してなかったのでしょうか??
どのような回答が来ても男として三船敏郎に憧れ続けますが(笑)

Aベストアンサー

学会員です。

ご推察の、3点の通りです。
今は、「氷川きよし」や、「久本雅美」のほうが、影響力があると思います。

ちなみに、個人的に「有名人を、勧誘の時宣伝代わりに使う」のは、卑怯な気がしますので、しません。
自分の姿を、見てもらいます。

三船さんは、抜群の存在感で、「映画スター」として大好きです。
信仰など、個人のプライベート的なことは、どうでもいいです。

Q三船敏郎さんは何故『スター・ウォーズ』に出演しなかったのですか?

ホントかウソか分かりませんが、ハン・ソロやオビ・ワンの役で三船さんにオファーがあったとか無いとか。
個人的には、傑作『1941』では無く、『スター・ウォーズ』に出演してダース・ベイダーと戦って欲しかったです。おそらく、一撃でベイダー瞬殺してしまうでしょうね(笑

Aベストアンサー

当時の三船さんは日本映画界の大御所です。
もちろん黒澤作品によって世界でも知られていた名優(だからこそ起用しようとしたわけですが)。
一方のルーカスはまだ世界的には全く無名の若手監督。いくらハリウッドとは言え、脚本を見ただけでは意図は伝わらないしB級にしか見えないでしょう。他のキャストを見ても分かるでしょうが、いわゆるスター俳優は1人も居ない作品ですからね。
*ハリソン・フォードもこの時点では全く無名です。

当時の背景を考えると三船さんが断っても何の不思議もありません。

QSWのハン・ソロと三船敏郎さんについて

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先日SW3を観たのですが、改めてこっちの役のほうが三船さんに近いと感じました。

Aベストアンサー

「スターウォーズ」の原典は、「隠し砦の三悪人」ですから、ここでの役柄から言えば、姫君を守る立場の三船敏郎=ハン・ソロとなるのは当然のことと思います。オビ・ワンはルーク・スカイウォーカーを導く師に当たるような存在ですから、黒澤時代劇の役柄で言うなら、志村喬〔「七人の侍」の勘兵衛〕に近いかと思います。三船敏郎が黒澤映画において、師のごとき存在を演ずるのは最後の出演作「赤ひげ」ぐらいです。

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こんにちは。
切れ味が無くなったと感じるのは、きわめて主観的な問題なので正解を求めるのは無理だと思うのですが、私の見た記憶から私なりの考えをお話しすれば、まず最初に三船敏郎の殺陣を見たのは1970年の「座頭市と用心棒」で、当時私はまだ中学生でした。
この映画では剣の使い手として、勝新太郎、三船敏郎、岸田森の3人が出てくるんですが、勝新太郎の華麗な立ち回りと岸田森の鮮やかな立ち回りに比べて三船敏郎の殺陣は特に印象に残りませんでした。
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Aベストアンサー

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http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007091500005&genre=M1&area=K10

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Aベストアンサー

黒澤映画の成功こそすべて。しかしその作品的成功は三船敏郎さんなしでは成り立たないほどの「一体感」にあります。「酔いどれ天使」のヤクザ役に滲む動物的な躍動感と弱さ。「羅生門」の盗賊役が示す圧倒的な美しさと滑稽さ。「七人の侍」の野武士役が発散するあふれる生命の発露。「蜘蛛巣城」の武将役が体現する様式と戯画すれすれの迫力。「用心棒」の浪人役が醸し出す凄みとユーモアの共存。「天国と地獄」の富豪役に集約される豪胆さと小心。まさに不出世の映画俳優です。
作品「生きる」の成功は世界共通の普遍性を持っているためで、それはカフカの小説があるように、「役所」及び「役所勤め」というイメージがどこの国でも同じように理解されていることを証明しています。役所勤めの人には甚だ迷惑なことですが。
作品「赤ひげ」についてはその世界的成功イメージを知りません(確か映画賞を取ってるんですね)。個人的には映画として立派な感じを受けながら(特に瞬間的な情景の映像美)、その根源に黒澤映画に期待する「生命力のけたたましさ」を観ることができず、私にとっては好きな作品ではないのが残念です。しかし、三船敏郎及び黒澤明の偉大さを感じることができる映画であり、私の知らないもっと大きな範囲で成功しているのかもしれません。

黒澤映画の成功こそすべて。しかしその作品的成功は三船敏郎さんなしでは成り立たないほどの「一体感」にあります。「酔いどれ天使」のヤクザ役に滲む動物的な躍動感と弱さ。「羅生門」の盗賊役が示す圧倒的な美しさと滑稽さ。「七人の侍」の野武士役が発散するあふれる生命の発露。「蜘蛛巣城」の武将役が体現する様式と戯画すれすれの迫力。「用心棒」の浪人役が醸し出す凄みとユーモアの共存。「天国と地獄」の富豪役に集約される豪胆さと小心。まさに不出世の映画俳優です。
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Aベストアンサー

こんにちは、三船敏郎ホントかっこいいですね。僕も大好きです。

名優ロバート・デ・ニーロが本人を前にして、子供のように緊張でひとことも話せず、今はわかりませんがスピルバーグの邸宅の玄関には三船が筆で”すてぃーぶん・すぴるばーぐ”と書いたどでかい表札がかざってあったそうです。

で私のオススメです。

『独立愚連隊』(1959年 東宝)

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87925

チョイ役ですが大いに笑わせてくれます。

『日本のいちばん長い日』(1967年 東宝)

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=142154

阿南陸相を演じられています。薄い光が差し込む縁側での切腹シーンは男三船ここにあり!という名シーンです。

この二作品は、昨年亡くなられた岡本喜八監督の作品です。岡本監督と三船のコンビは黒澤作品とは違った味わいがあります。チェックしてみてください。

『男はつらいよ 知床慕情』(1987年 松竹)

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=150205

これも断然いいです!

書いてて自分も三船作品をみたくなってきました(笑)

こんにちは、三船敏郎ホントかっこいいですね。僕も大好きです。

名優ロバート・デ・ニーロが本人を前にして、子供のように緊張でひとことも話せず、今はわかりませんがスピルバーグの邸宅の玄関には三船が筆で”すてぃーぶん・すぴるばーぐ”と書いたどでかい表札がかざってあったそうです。

で私のオススメです。

『独立愚連隊』(1959年 東宝)

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87925

チョイ役ですが大いに笑わせてくれます。

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Q黒沢明とロスプリモス

ちょっと古いのですが、『黒沢明とロスプリモス』というグループの現在の活動内容が分かるウェブサイトをご存じの方がいたら教えてください。
活動はしているようなので、お姑さんが一度ディナーショーがあれば行ってみたいそうなのですが、そんな情報が載っているサイトが見つかりません。どなたか教えてください。

Aベストアンサー

現在はただの「ロス・プリモス」になってます。
メンバーにはすでに黒澤明さんはいないようですね。
オフィシャルHPに今後のコンサートのスケジュールが出ていました。

参考URL:http://www.los-primos-j.com/


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