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古代でペルシア人と呼ばれる人たちが、現代になるとイラン人と呼ばれるのは何故ですか。また、イラン人と呼ばれるようになったのはいつ頃でしょう。できたら教えてください。

A 回答 (2件)

古代あのあたりにペルシャという国がありました。


その頃はペルシャ人ですが、その後イランという国家が同じ土地に建国されてからイラン人と呼ぶわけです。
我が国で古代では倭人とか大和人と言っていたのが明治以後日本人というようになったのと同じです。
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まずペルシア人=イラン人ということではなく、イラン人の中にペルシア人が含まれます。


イラン人の約半分がペルシア人のようです。

イラン人と呼ばれるようになったのは国家としてのイランができた1935年からだと思います。

かつては外国からはペルシアと呼ばれていましたが、1935年3月21日に「イラン」に改められました。
その後、1979年4月1日にイラン革命により現在の「イラン・イスラム共和国」が成立しています。

(ただし、イラン=「アーリア人の国」と言う意味なので、イラン人=アーリア人とすれば、国家としてのイラン建国前にも存在したと言うことになりますが・・・。)

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9% …
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Qイラン(ペルシャ)とアラブの国々の間の歴史と関係

中東=イスラム教=アラブ人と漠然と思っていましたが色々な民族と宗教があると知り歴史と関係を知りたくなりました。非常におおざっぱに分けると、この地域にはイラン(ペルシャ人、ペルシャ語、シーア派)とイラク、サウジ、エジプト等(アラブ人、アラビア語、スンニ派)の2つがあって両者はかなり違うものだと理解しています。
さらに理解するために両者の力関係と歴史を簡単に教えてください。(歴史年表を見てもよく理解が出来なかったので)
例えば日本と韓国の関係では、古くは朝鮮を経由して日本に技術や文化が伝えられるなど交流があったが、年代が進むと、朝鮮に出兵、併合など日本の方が武力、経済力が強くなって現在に至ります。
その結果、朝鮮側は反日感情は強くなるが経済上重要な客でもありスポーツなどでも強く意識している。日本側は被害をこうむっていないのでそれほど歴史も学ばないし、意識していない。
両国は個人レベルでは普通にお互いの国を旅行して楽しむことなどつながりも強い、こんな感じで
イランとアラブの国のざっくりとした関係を知りたいです。

Aベストアンサー

No.2です。

キリスト教で金貸しは忌むべき職業だったので、
キリスト教圏ではユダヤ教徒が金融を支配しており、
政治的影響力が強いので、イギリスは三枚舌外交を
し、アメリカは現在もイスラエルを支援しています。
第一次世界大戦で、イギリスのアラブ独立の約束で、
アラブは支配するトルコ帝国に反乱を起こしたのに、
ユダヤ人がイスラエルを建国し、パレスチナ入植で、
アラブ人は土地を奪われたので、アラブ人はイスラエル
を支援し続けるアメリカをアラブの敵と憎んでいます。

かつて王政だったイランは、社会主義・ソ連の脅威から、
アメリカの援助を受けて欧米化・民主化が進んでいた為、
ホメイ師など反欧米のシーア派宗教指導者が怒って、
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イランは、昨年のアラブの春のようにイスラム革命が波及
する事を恐れた周辺のアラブ国家との間に溝ができ、国境
争いしていたイラクがイランに侵攻(イラン・イラク戦争)。

クウェートはイラン・イラク戦争でイラクを支援していましたが、
石油価格暴落で財政的に苦しむイラクは、石油増産を続ける
クウェートに侵攻。
同じく石油増産する親米のサウジアラビアは、イラクの侵攻を
恐れ、国防の為に国内に米軍基地を設置。
イスラム圏で、イスラム国家を攻撃する為の米軍基地設置は
裏切り行為。
なので、アメリカは貴重なアラビア半島の基地を維持する為、
イスラエルを擁護するように、サウジ王政を擁護しています。

No.2です。

キリスト教で金貸しは忌むべき職業だったので、
キリスト教圏ではユダヤ教徒が金融を支配しており、
政治的影響力が強いので、イギリスは三枚舌外交を
し、アメリカは現在もイスラエルを支援しています。
第一次世界大戦で、イギリスのアラブ独立の約束で、
アラブは支配するトルコ帝国に反乱を起こしたのに、
ユダヤ人がイスラエルを建国し、パレスチナ入植で、
アラブ人は土地を奪われたので、アラブ人はイスラエル
を支援し続けるアメリカをアラブの敵と憎んでいます。

かつて王政だったイランは...続きを読む

Qイランとイラクの違い。 違うはずなんだけども、とっつきにくくて 困った

イラク=古代メソポタミア文明=千夜一夜物語=アラビア語またはクルド語=アラブ人=処刑されたフセイン大統領=イスラム教徒=原油埋蔵国

イラン=ペルシア帝国=ペルシア語=ペルシア人=ホメイニ師=イスラム教徒=原油埋蔵国

違いはあるんですけど 取っつきにくくて…
外国人が もしかすると日本人と中国人を区別できないんですから
私も イランとイラクって同じようなもんという認識でも良いかしら。
理系へ進んだので、学校離れて ん十年たっても こんなオンチで 困ったなあとおもっています。
民族衣装も違うはずですよね
日本の子どもが花嫁ごっこする時みたいに白い布かぶって輪っかで止めているか、ターバン巻いてるか、 …あれ、インド人と似ていたっけ?
でもどちらもきっと顔立ちは
黄色人種なんだけど日本人に比べるとやや浅黒い肌 
黒髪 黒くて濃い!眉、ひげ
ばっちりした!目 黒い瞳
ですよね。

オンチの私に 両者は 「感覚的」に違うんだ!て納得させるご回答
どうか 宜しくお願いします。

Aベストアンサー

1番です。

イランがアジアの国という件につきまして、疑問があります。
イランの人種は、コーカソイドの中の東方アーリアン系人種に属します。
言語的にも、アーリアン系のペルシャ語で、北インドなどとの共通点はありますが、中国や日本などの言語とも人種とも異なり、むしろヨーロッパ系の人種・言語などに近い性格です。
イラン人は、当初カスピ海北方から黒海周辺にいましたスキタイの一族とされています。
それが南下したのがペルシャ人で、インド方面に行ったのがアーリアン系のインド人、東方に向かったのがソグド人(現在のタジク人)、西方に向かった人達はよくわかっていませんが、フン族やアバール族などだと思えます。

また、イラン人を特徴づける最大のものが、イスラム教シーア派だという事です。
イスラム人口の10%ていどがシーア派ですが、シーア派のほとんどがイランとその周辺に居住しています。
シーア派は、スンニ派とは異なり、部族や個人でのイスラム法の解釈を禁止しており、信者は、イマーム(イスラムの宗教指導者)か、イスラム法学者の最高権威の指導に従う事になっています。
(そのため、ホメイニのイスラム革命が成功するのですが)

イスラム法の最高権威(現在ではハメネイ)が、積極的に動けば、イラン国民は、一致して行動する事になります。
逆に最高権威が民主的な考えの人ですと、一挙に民主化が進む可能性があります。(パーレビ時代のように非常にゆるい戒律になる事もあります)
シーア派は、極端から極端へと変化する可能性があるのです。
スンニ派では、そのようなイスラムの最高権威を認めませんから、部族ごとのまとまりがつかなくなってしまいます。
(現在のイラクのように)
スンニ派では、慣例(スンニ)が重視されるため、改革ができにくい構造になっています。

中央アジアに関しましては、古代ではイラン系のソグド人が優越していましたが、中世ころ(唐やイスラム帝国の時代)から、トルコ系が優越的となり、現在に至っています。
中央アジアにおいて、ペルシャ系はタジク人だけで、最も人口の多いウズベク人をはじめ、カザフ人、キルギス人、トルクメン人、中国のウイグル人、カラカルパク人など全てトルコ系になってしまっています。
そのため、ペルシャを語る時、中央アジアが除外されるのはしかたのない事なのです。

ちなみに、クルド人は、イラン系の民族で、ペルシャ人にイラン高原を追われて現在の地域に移りました。
(クルド人は、ペルシャの前のメディア王国の支配民族とされています)
クルド人が最も多いのは、トルコ共和国で、クルド問題はトルコの最重要問題になっています。
イラク国内のクルド人とイラン国内のクルド人も両国と敵対関係にあり、状況は複雑です。

1番です。

イランがアジアの国という件につきまして、疑問があります。
イランの人種は、コーカソイドの中の東方アーリアン系人種に属します。
言語的にも、アーリアン系のペルシャ語で、北インドなどとの共通点はありますが、中国や日本などの言語とも人種とも異なり、むしろヨーロッパ系の人種・言語などに近い性格です。
イラン人は、当初カスピ海北方から黒海周辺にいましたスキタイの一族とされています。
それが南下したのがペルシャ人で、インド方面に行ったのがアーリアン系のインド人、東方に向か...続きを読む

Qゲルマン民族の大移動となったフン族はなぜ・・

歴史の勉強していくと何故?何故?と疑問がわいてきます。またそれを知った時
すっきりします。ゲルマン民族が移動することによって、ヨーロッパに変化が起きましたが、ではそのフン族がいきなり西方へ移動してきたのは何故でしょうか?
いろいろ調べてみましたが・・ゲルマン民族大移動の原因で出てくる程度、しかも
それまでおとなしくしていたのに、いきなり移動したようなニュアンスです・・
どなたか、ご存知のかた教えてください。

Aベストアンサー

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っていますから西進するしかなかったのです。  こうしてヴォルガ川にたっし、さらに西進しました。  これには気候の変化説、疫病説など諸説もありますが正確なところは不明です。  この時代の移動速度は緩やかなものでした。

そこには既に東ゴート族が居住していましたから彼らを略奪、抵抗する者を殺しました。
この情報はすぐに東、西ゴート族に伝わり、かれらフン族の残酷さ、騎馬戦術の脅威が過大に誇張されて伝わったため、パニックが起こりゴート族の西方への大移動が起こって次々とゲルマン民族などの大移動が伝播したのです。  この頃は草原の確保より略奪が目的に変化していてフン族の移動は迅速で警報が間に合わない事もよく起こりました。

アッチラというフン族の王が出現し部族をまとめてから、その攻撃力はすさまじいものとなり現在のフランス、イタリアまで侵略された位です。

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っ...続きを読む

Qイラン人とトルコ人の関係は

会社のイラン人がトルコ人を見下す発言をやたらとします。
私は最近までドイツに半年滞在していたのですが、それを知ったイラン人は「(ドイツにはトルコ人が多いそうだな・・)トルコ人からどんな嫌な目にあったんだ?」などの質問をしてきます。
実際のところトルコ人は良い人たちが多く、楽しい思い出ばかりです。

ここでお聞きします。
イラン人とトルコ人は過去に何かあったのでしょうか?

Aベストアンサー

現在、世界のアヘン生産の87%はアフガンで行われています。
そして、その最大消費国はヨーロッパやアメリカですが、密輸ルートと
して大きいのはアフガン-イラン-トルコ-欧州というルートです。
http://www.news.janjan.jp/world/0605/0605144390/1.php

10年ほど前にトルコに旅行に行った際に、現地の女性に知人を通じて
私たちのガイドを頼みました。
彼女と一緒にイスタンブールのアヤソフィア寺院を訪れた際
笑いながら歩くイラン人の2人組を見た彼女が、
「イラン人は、早くこの国を出て行ってほしい」と小声ながらも
激しい口調で言った事を忘れることはできません。

昔から、トルコは中東(イラン・イラク等)と西欧を結ぶ架け橋でした
交易品で有名なのが香辛料ですが、当然麻薬もトルコを通じて運ばれ
ました。
現在、トルコはEU加盟を希望していますが、イギリスなどは反対して
います。
大きな理由は、宗教面と並んで犯罪や麻薬がEU内に持ち込まれる事も
含まれます。

欧州に追いつきたいという強い目標を持つトルコは、自国が麻薬の主要
ルートだとよく知っています。
しかし、欧州と中東の交易で栄えてきたトルコにとって、それを
排除するのはたやすい事ではありません。
それを排除するのは、日本からヤクザを無くすぐらい難しい事です。
麻薬ルート等の闇経済は、トルコ経済を支える要素でもあるのです。

先の女性は、風貌は白人系で(少数派の)キリスト教徒でした。
彼女にとって、トルコが欧州に近づくのは悲願でしょう。
それを阻害する麻薬、そしてそれをトルコに持ち込むイラン人。
そのイラン人を彼女が毛嫌いする本当の理由は、
オスマン・トルコとかサファビー朝とかいった大昔の歴史よりも、
現在のトルコ人の理想と現実との葛藤にあるのです。

イスラムの国で中東に位置しながらも「脱中東・親欧州」を
目指し西欧にすり寄る。そのくせ、麻薬ルートになっていることから
脱却できないトルコ人。
そして、諸悪の根源を自分たちに押し付ける身勝手な彼らに
イラン人がかなり侮蔑的な感情を持つのも理解できます。

現在、世界のアヘン生産の87%はアフガンで行われています。
そして、その最大消費国はヨーロッパやアメリカですが、密輸ルートと
して大きいのはアフガン-イラン-トルコ-欧州というルートです。
http://www.news.janjan.jp/world/0605/0605144390/1.php

10年ほど前にトルコに旅行に行った際に、現地の女性に知人を通じて
私たちのガイドを頼みました。
彼女と一緒にイスタンブールのアヤソフィア寺院を訪れた際
笑いながら歩くイラン人の2人組を見た彼女が、
「イラン人は、早くこの国を出て行ってほし...続きを読む


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