新生活を充実させるための「こだわり」を取材!!

スローライフについて、真剣に考えています。
当方60歳、4月から無職になりました。夫婦2人暮らしです。

実際にスローライフを実践している方や、移住した方の、実際の生活で良かったこと•困ったこと等をお聞かせ願いたいです。
アドバイスも含めて、どうぞよろしくお願いします。

教えて!goo グレード

A 回答 (3件)

No.2 です。



【 日本人との付き合いについて 】
当地に暮らす日本人の方々には、以下のような4タイプがあります。

① 日本企業・機関の駐在者
② 留学生
③ 当地で起業した方、当地企業・機関に就職した方
④ アメリカ人と結婚して暮らす家族

① の方々は、一般に固まって日本人村を形成して暮らすのを好み、周囲のアメリカ人とも他の日本人ともあまり交流しない傾向があります。

② の人々は、学生と言う狭い社会からほとんど出てくることはなく、現地のコミュニティーに姿を見せることもありません。

③ と ④ の日本人の方々は、何らかの接点があれば交流があったりします。
その接点には、教会や子どもの学校、日系の店舗などで出会う、などというのがあります。

私が暮らす地域にもいくつかの日系企業の工場が進出してきていますし、大学には日本の大学や企業からの研究者もおり、その総数は数十家族にはなるでしょう。
しかし、ウチの町に限って言えば、③ と ④ の仲間がウチを入れて5家族住んでいるだけで、私たちが当地で付き合いのある日本人はそれが全てです。
日常的な仲間の付き合いは断然アメリカ人が多くなっています。

私たちがアメリカに住み始めたのも日本人がほとんどいない地域でした。
当時は『そんなもんだ』と割り切るしかなくそれに慣れちゃいましたから今が特に寂しいということはありません。

それにネットが普及した現在では日本のテレビはリアルタイムで普通に見れますし、日本の方々とも無料で電話やビデオ通話もできます。
日本食ブームの恩恵で、当地のような田舎でもバリエーションは少ないですが日本の食材も手に入りますから『日本恋しい病』にかかる心配もなくなってきました。

【 移住してよかったこと 】
私たちはアメリカを志向しましたが、移住で考えることは、どこに向かうにせよあまり変わらないように思います。
特に老後を考えた場合はこんな点ではないかと思います。

・自然環境の良さ
・自然災害の懸念がない
・生活インフラの充実(安定)
・日常生活上の利便性
・文化的環境の良さ
・医療と社会福祉サービスの良さ
・人づきあいのしやすさ
・治安と風紀の良さ
・地域社会に余裕がある
・活気ある地方社会

我々はこういったものに具体的な希望を列挙し、いろいろな候補地についてそれを評価して住む場所を決めました。
以下では、実際にそうして選んだ今住む町について、どんな評価をしたのかを紹介してみます。

・自然環境の良さ
・自然災害の懸念がない
・生活インフラの充実(安定)

私の個人的価値観では、スローライフはゆったりした快適な自然環境の中にあると思っています。
『老後は田舎で』と考える方々はの多くはそう思われると思います。

しかし、快適とは言ってもリスクアセスメントは大事です。
平素は快適でも、ありうる非日常時には危険に変わるものなどはいくらでもありますから。
我々はそんな点も可能な限り考えました。

私が暮らす地域は、日本の東海地方とほぼ同じ緯度で四季があります。
『南部』と呼ばれる地域なので夏は暑く長いですが、その中でも北部なのできつい暑さはありません。
逆に冬の寒さもひどくなく、雨も適度に降るので緑が豊富です。

町は半径 200 キロ以上の森に覆われた平野の中、どちらの方向にも隣町までは 50 キロ以上離れているポツンとある感じのところです。
すがすがしさや静寂さ、ありのままの自然などの環境は申し分ないと感じています。

私が『ゆったりした快適な自然環境』と表現した中身がこれです。
一方のリスクアセスメントは以下の様なものです。

ここには特に風土病もなく、危険な動物・虫・植物などもありません。
大都会や工業地帯、砂漠や海からは遠く離れており、PM2.5、大気汚染、砂嵐、塩害などの心配はありません。

地震のないこの地域で考えなければいけない自然災害は、雨・風・雪氷によるものです。

夏にはハリケーンが毎年通りますが、海から 300 キロ以上離れていることや西に山脈があるため当地に勢力を保ったまま来ることはありません。
北にも山脈があるので冬の寒波も北部のようにひどくはありません。

ただ、冬季にまれに氷雨の害を受けることがあります。
なので、それへの備えは必要です。
我々は北の方に住んでいる時に氷外の経験があるので、そのための準備はしています。
具体的には、それなりの家の選定と、日本の地震への備えのような物品の備蓄などです。

一方、この町のような緑に覆われた地域には激しい上昇気流は生まれません。
なので、竜巻がタッチダウンすることはありません。
また、森の木々が盾になり、家が強風の害を受けることもありません。

森の下はなだらかな低い丘がちの地形です。
地盤は鉄分を含んだ赤い粘土質で、人の力ではスコップが食い込まないほど固いその地層はかなり厚いものです。
街はそんな丘の中腹以上を使って形成されているので、水害や土砂災害の危険はありません。

生活するうえで、水、エネルギー、交通、通信、物流などのインフラが安定していることは、災害の危険がないのと同様にとても重要です。

ウチの町の周りには、丘の間に大小の湖沼や河川がたくさんあるのでこの地域が渇水することはありません。
地下水をくみ上げる必要もないので地盤沈下の心配もありません。

アメリカは国土が広いので、送電線や道路などはそれが長い分、嵐で寸断されることが時々起きます。
そんな時には経路を切り替えて復旧させたりしますが、それでも一時的に使えなくなることは起きてしまいます。

この町はそのために町独自の火力発電所を持っています。
これはこの町が世界的にも優れた医学部を抱えた大学を中心としたところなので、その病院や研究施設の電力を絶やさないために用意されました。
おかげで遠くから送られる電力だけで暮らす周辺の町では停電が起きても、この町でそれはおきません。

・日常生活上の利便性
・文化的環境の良さ
・医療と社会福祉サービスの良さ

田舎への移住では自然環境とのトレードオフを考えないといけないものがこれでしょう。
我々はそれを両立できる町を探しました。

すでに記したように、この町は他の町からは離れています。
半径5キロに人口約5万という町ですから、日本ならさしずめ過疎の町になりそうです。
ところがここはそうではありません。

町は州立大の旗艦校を中心にしており、人口の6割がそこの学生や研究者。
大学は学生が3万人近いというマンモス総合大学なのです。

それも、日本にこそ知名度はありませんが、世界大学ランキングでは東大と比肩し、現役のノーベル賞学者もいる優れた研究大学です。
なので街はインテリジェンスに富み、実に若々しく活気があります。

町は 50 年ほど前、ここを『世界中の優れた学生・研究者・教員がここで勉強・研究・仕事がしたくなって集まってくる町』にすることを目標に州と組んで町興しを始めました。
その結果できた町にはこんな特色があります。

・大都会に劣らない商業や娯楽の施設
・優れた大学の特性を生かした高いレベルの社会福祉施設やサービス
・先見性の高い都市計画で作られた使い勝手の良い町の構造
・徹底したパークアンドライドシステム

これをひと口に言うなら、田舎の快適な自然環境と都会的な生活や文化の両方を享受できる、です。
具体的にはこうです。

しっかり考えられた都市計画では、住宅地にアクセスする公道は森を隔てて住宅地の外をめぐるように配置され、住宅地には住民の車しか入ってこないようになっています。
なので、住宅地の中の散歩は森の中を歩くような感じでとても静かです。

一方、ショッピングエリアには大都会にあるようなお店が並んでます。
立派な劇場・映画コンプレックスもあり、ブロードウェイやラスベガスの公演が定期的に来たり、有名なタレントの地方巡業などもよくやっています。

野球・フットボール・サッカーなどのスタジアムやバスケットボールアリーナ、ゴルフコースも整備され、プロや大学リーグの試合が毎週のように行われています。

町の中心部は古い街並みや大学施設が保全された地区になっており、それを生かして銀行や飲食店などで賑わっています。

パークアンドライドのシステムでは早朝から深夜まで、街中を縦横に走るバスが町の機関で頻繁に運行されており、それはすべてタダです。

なので、散歩の途中でフラッとバスに乗り、ダウンタウンに行ってカフェでお茶をしたり、町の外縁にあるショッピングエリアで食事や買い物をするなんていうのも気軽にできます。
このためにこの町は少し税率は高いですが納得はしています。

・人づきあいのしやすさ
・治安と風紀の良さ
・活気ある地方社会

当地のこれらの様子は住民のインテリ度の高さとやる気のある若者が作り上げています。
こればかりは『具体的に何を指している』というようなものではありません。

私の移住地はこんなところです。
このアメリカの田舎は、良い自然環境と楽しめる生活環境を手に入れられる稀有なところと思っています。

あぁ、忘れました。
ここの大学の医学部は、一般家庭に対する日常的医療サービスの分野では全米一と言われています。
それと、町の住民はバスの他、老人・病人・障害者などは街に頼むと町の中の移動に町のハイヤーを無料で使えます。
そんな点から、この町は全米で老後を過ごすのにいい街のひとつに挙げられています。

お尋ねいただいた説明はこれでいいでしょうか。
長文、失礼しました。
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この回答へのお礼

あなたに会えてよかった

お手数をお掛けして申し訳ございませんでした。
いろいろな視点で移住先を検討されたとのこで、私も大変参考になりました。ありがとうございました。
私なりに、少し時間をかけて同じような視点で移住地を見つけたいと思います。
本当にありがとうございました。
回答者様がこれからもお元気で充実した生活ができますよう祈念いたします。

お礼日時:2022/05/16 09:36

私はプロファイルに記したような田舎暮らしの当年 68 になる隠居爺です。


一昨年夏にリタイアし、スローライフをはじめました。
だからスローライフ歴2年目を終えるところですね。

家族は子どもを入れて暮らしています。
子どもを持つのが遅かったので、子どもはまだ大学院に残っており、家から通学しています。
とは言っても、研究のスポンサーからは報酬もいただいているので、実質的には巣立っています。
暮している町に大学があるので家に居るというだけですから。
来月からは伴侶としたい相手と隣町で同棲をはじめたいと言ってるので、そうなると我々も直に夫婦二人だけとなります。

田舎暮らしという事で周囲に喧騒がありませんから、ここでの暮らしは名実ともにスローです。

朝起きて家じゅうのカーテンと窓を開け、のんびり朝食を取り、鉢植えの草花に水をやり、昼食後に住宅地内を散歩・・・

そう言ったことの間の時間は、インターネットで新聞を読み、ここのようなところの投稿に目を通したり、気が向くとコメントをしたりしています。

その他は趣味三昧です。
小さい時から多趣味なので、することには事欠きません。
カミさんも似たようなものです。

私たちは当地に移住してきましたが、それはプロファイルにもあるように、他の方々とはかなり違う経緯からでした。

今暮す場所に最終的に移住してくるについてはいろいろやりました。
ココがとても満足しているという裏には、そのためにやってきたことが大きくかかわっています。
たぶんそういう方はあまりいないと思うので、紹介してみようと思います。
この話を自慢と取る方もいらっしゃいますが、私としては、そういう努力をしてみてはどうですかという事を言いたいと思っているものですから。

私は東北の山合の名も無い寂れた寒村の生まれ育ちで、カミさんも九州と離れてはいますが、小さな田舎町の出身です。
どちらも多い兄弟の末っ子なので、田舎に残るという選択肢は採らずに都会に出、それで知り合いました。
共通の趣味の一つに旅行と言うのがあり、国内や海外を休みのたびに貧乏旅行をしていて、アメリカの生活に憧れました。
それとは別に、私が今でいうIT分野を専門にしていて、アメリカの先端技術に憧れがあったこともアメリカに来て見たいと思う理由でした。

ただ、そう考えていた 1980 年代の時代は1ドルが 200 円台だったり、今のように格安航空券だのビザなし渡航などと言うものは、そんな言葉さえない時代でした。
なので、個人で移住などと言うのは考えられるものではなく、それでもあこがれていましたから、アメリカに仕事で派遣してくれるような会社を選んで就職したりしてました。
最初に入った会社にはその芽がないとわかると、当時としてはまだ一般的ではなかった転職などもチャレンジしたりし、下手な鉄砲を撃ちまくってました。

そうしているうちに、当時勤めていた会社がある新技術の研究開発でアメリカの機関と共同の事業を起こすことになり、幸いその一員に混ぜてもらえることになり、念願の当地に来ました。

そこにはもうひとつの幸運がありました。

私がアメリカの技術にあこがれたのは、大学に入ってすぐに出会った、当時のアメリカの先端技術の教科書に感激したからでした。
私は小さいころから電気工作のマニアで、オーディオアンプやアマチュア無線の送受信機なんかを自作して楽しんでました。
そんな私でしたので、その教科書が紹介する半導体やコンピュータ、ソフトウェアや高度な通信技術には驚き、とりこになったのです。
ただ、そんな先端技術はまだ大学では教えていなかったため、私はそんな本を買い込んで同額で勉強していました。
『もうひとつの幸運』とは、当地に来てそれを使う機会に出会えたのです。

当地に来て、私は仕事そのものは淡々と進めていました。
そんな折、当地のパートナーの仲間が困っている事案があるという事を聞きつけました。
彼らは私たちとの仕事とは別に、ある研究開発をしていました。
そちらの仕事を進める彼の手下君が技術的な壁にぶち当たっているというのです。
聞いて見ると、それはちょっと高度なもので、いくつかの工夫をしないと実現できないことを私は知っていました。
なぜなら、それが独学で勉強していたことの一つだったからです。

途中の話は飛ばしますが、結果として私は問題を解決してあげることが出来ました。

それは彼らの組織にとってはかなり大きな成果につながったようで、手伝ったことなどすっかり忘れた頃、私は当地の仲間の機関のずっと偉い人に呼ばれました。
そして、礼を言われたあと、とんでもないご褒美をいただきました。

それは、『日本の会社の顔色など気にしなくても、好きなだけアメリカに居られるようにしてあげる』というものでした。
今の私たちはそれでここに暮らしていられるのです。

それでも私たちは日本の会社から離れずに仕事を続けました。
ただ、どんな経路で、どんな風に伝わったか知りませんが、このことは日本の組織にも伝わったようで、それから先、私は結構好きなように仕事をすることが出来るようになりました。

その筆頭がリモートワークを組み入れた働き方でした。
今でいうテレワークです。
テレワークはコロナ禍の今でさえ流行ってますが、私が始めたのはそれをよりはるかに前の、ネットが普及し出した20年ほど前でした。

その結果、住むところは会社の事業所とは無関係に選ぶことが出来ました。
それをうまく使い、カミさんとはいろいろなところに暮らしてみました。
一番暮らしたいところを探すためです。

基本的にはアメリカの中でいろいろ試しました。
ニューヨークの大都会、全米一貧乏なミシシッピの小さな町、極寒のアラスカ、豪雪の五大湖岸、ハリケーン銀座のルイジアナ、大平原のカンザス、テキサスの砂漠、温暖なハワイ、庭にワニの出るフロリダ、山の中のバーモント、高山のユタ、活気あるカリフォルニア、歴史香るカロライナなどなど・・・

仕事柄、3~4か月取引先に入り込むこともあったので、そんな滞在場所も入れると、日本各地、欧州や東南アジア、オセアニアなんかのたくさんの町も経験しました。

そんな経験からカミさんと議論して決めた要件で探し出したのが今暮らす町でした。

自然環境、文化的環境、利便性、自然災害、社会的安定性、社会福祉や治安・風紀レベル、日本との行き来や食材などの入手性・・・などなど、ここではとても紹介しきれないほどの項目について、具体的に、どうでないといけない、こんなのはだめ、と要件を決め、候補をそれこそ星の数ほど挙げて比べて決めました。

いい点はいろいろありますが、それを総じて表すのが『全米で安心して老後を暮らせる町』の一つだという事ですかね。
悪い点もないわけではありません。
その最たるものは『周りよりだいぶ税金が高い』ということでしょうか。

ここまでの紹介に文字数をだいぶ使ってしまいました。
スローライフの中身はまだお話ししてませんね。
でも、それを求め、マジに到達したと思っているのですが、それにはその前段階が大変と言うのをわかっていただきたくて今回はそちらの説明に集中しました。

『例えばどんないい点があるか』のようなところにご興味があれば、追加で紹介はできますのでおっしゃってください。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
回答者様のこれまでの生き様大変面白く読まさせていただきました。
私の場合、日本を離れる選択肢がございませんので、外国とはいきませんが、移住に対する思いや考えが理解できました。
アメリカ生活では、日本人の方とも接する機会はたくさんあるのでしょうか?
お言葉に甘えて、良かった点等追加でお話しいただけますでしょうか?
ご面倒をおかけして申し訳ございません。

お礼日時:2022/05/13 13:58

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