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「いう」と「ゆう」

シニアです。「日本語の乱れがー」とか「国語教育がー」などと言いたいわけではありませんが、しばらく前からずっと気になっているので皆さんの意見をお聞かせください。単なる好奇心です。

最近、ここでも「そういう」と書くべきところを「そうゆう」と書く人がだんだん増えてきたように思います。

以前は小学生など子供が使っていたのですが、最近は高校、大学生、若い社会人などにも目立つようになってきました。

皆さんはどう思われますか?
皆さんの身の回りにも増えている感じはしますか?
日本語として定着するのでしょうか?

以前はいちいち間違いを指摘していましたが、そのうち「ああ、これはラインの影響なんだ」と気づきました。

つまり、ラインには「話し言葉と書き言葉の区別がない」のです。

私たち大人も、書くときは「そういう時は…」「そういう人は…」などと書きますが、言葉として喋るときは「そうゆう」と発音しています。

ラインの場合、そういう区別をすることはなくて「喋るように打つ」のが普通でしょうから、それで「そうゆう」が増えてきたのかな、と。

もちろんプライベートな会話ですから相手にニュアンスが伝わりさえすればそれでいいのです。私は物書きのはしくれですから、ギャグを書くときは昔から「そーゆー問題じゃない!」なんて書いたりします。

しかし、それに馴染みすぎると、ビジネス文書や公的文書を書くときに困らないのかなあ?と思います。

それとも、若い世代は「友達同士の会話と敬語」を使い分けるように、自然に使い分けを身に着けていくのでしょうか?

あるいはそのうち「そうゆう」も正規の日本語として定着するのでしょうか?

私は、日本語は(というより言語は)生き物だと思っています。
今どき「御座候」とか「ござる」なんて言わない。蝶々を「てふてふ」とも書かない。(これは逆になぜてふてふと書くようになったのかその経緯が知りたい)

これと同じように、時代が変わったのだからそれに合わせて言葉も変わって行って当然だと思うし、口うるさく矯正してもしきれるものではないだろうと思います。

しかし、その反面、「何もそこまで時代に迎合する必要はないじゃないか」「今のところ、正しい表現としてはこちらなんだよ。それを知らないで使うと目上の方には失礼だよ」といったことを、少々うるさく思われても教えていったほうがいいのか、ふと戸惑うのです。

これは「いいか悪いか」の話ではありません。皆さんのご意見を聞かせてください。

また、若い方も「私たちはこういう感覚で使っている、使い分けている」といったご意見を教えていただけると幸いです。

教えて!goo グレード

A 回答 (15件中1~10件)

>話し言葉と書き言葉の区別がない


なかなか鋭い指摘だと思います。

この質問コーナーでも、何を言いたいのか分からなくて注意すると逆切れされてばかりいます。
例えば、「金利が下がるときのデメリットとメリットを教えてください。」と書かれていて、「主語が抜けている、誰のデメリットとメリットなのか聞くと、ちゃんと読めバカ、文章から読み解く力がないのか両方だよ。」
こんな感じです。

書いてもいないのに分かるわけがなく、自分の文章のまずさを反省しないんですな。
また、両方という答え方も辺で、銀行のメリットは利用者のデメリットとなる事が多大であり、相反するものと理解していない。
最近は、日ごろのうっぷん晴らしに、変な文章を書く人間を注意するのを趣味とすることにしました。
コロナで出かけられない日が多くなったので、他の趣味が減ってしまいました。

電話でもある会社の某氏に伝言を頼むと「はい分かりました。お伝えします」。
「自分の会社の人間にお伝えしてどうするんだ。申し伝えますだろう」といった感じです。
言葉は文化ですから変化するのは仕方ないですが、やはり程度問題です。
テレビが重要な役目を持っているので、その辺を考えて欲しいと思います。
美味しいものを食べて「ヤバイ」・・・だったら、食べるな!
今はアナウンサーでも早急を読めなくて「そうきゅう」と言っていますね。
・・・どこに何を投げるんだ。
いや、同じような思いしている方がいらっしゃって良かったと言っていいのかどうかですが。
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この回答へのお礼

すみません、長大なお返事を書いたのですが、どうしても送信できず、これから書き直す気力もなく…(泣)要点だけ書きます。

おっしゃるようなバカは確かに腹が立ちますが、それとは別に「友達や家族と話すときのライン」と「不特定多数の未知の人に当てて書く文章とでは自ずと説明しなくてはならない情報量に桁外れの差がある」ことがわからない、というか普段あまりにラインに浸りすぎていてそのへんの感覚が麻痺している人も増えてきたのかな、とは思います。

ちなみに私、早急を「さっきゅう」ではなく「そうきゅう」と言ってしまってること、よくあります(汗)

お礼日時:2022/05/14 21:50

>>リテラシーがあれば、ネットニュースからでも有用な情報は抽出できる


@できません!! 新聞を読んだ事の無い文盲にありがちな誇大妄想です。
貴方が言う『抽出』とは、単なる「つまみ食い」でしかありません。
百歩譲って『抽出』出来たとしても、「選別」できる能力は貴方にはありません。

>>(私のリテラシーは新聞記者並みです)。
@あなたの返事には、リテラシーの「リ」の字すら感じられません。
私に対して、あなたの無知・無能・無教育振りを曝け出しただけです

>>ここが大きな問題になっているとは思うのですが…。
@そうです。 貴方の学力不足が「大きな問題」なのです。
猛省を促します。
「「いう」と「ゆう」 シニアです。「日本語」の回答画像15
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この回答へのお礼

あの、私、長年取材ライターをやってまして、新聞記者たちと一緒に仕事してたんですけど…

お礼日時:2022/05/16 18:31

個人的に、正直これは自分で文字を書くか、キーボードで書くかの差です。


例えば5chなどは文章で「会話」をしています。
だってLINEで友達同士で
明日は、何処へ行きますか?
なんて言い方はしません。
明日どこ行く?
と言うのが主流です。
論文とかでそうゆうとか書くのは
ほんとのやばい人です。
伝わりずらかった、すみません。

By10代
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この回答へのお礼

ありがとう。
まあ、そういうのはとっくに下で出てる話題なんだけど、答えてくれてありがとう。

でも、あなたの世代でも「論文でそうゆうとか書くのは本当のやばい人」という感覚がわかって本当によかった。

お礼日時:2022/05/16 17:09

国語教育の不備を憂えることもありますが、若者の場合「話し言葉」と「書き言葉」に違いが理解できていません。


普段から新聞を読まなくなってる事が原因です。
私は国語学者では無いので、これ以上は申し上げ致しかねます。
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この回答へのお礼

新聞が万能だとも思わないのですが(だから私は新聞を読まなくなったことが原因、とあなたのように特定、断言する気もないのですが)、大きな要因になっていることは間違いないように思われます。

とはいえ…私も今は新聞を購読しておりません。
何しろ新聞はニュースが遅い。
リテラシーがあれば、ネットニュースからでも有用な情報は抽出できる(私のリテラシーは新聞記者並みです)。
ここが大きな問題になっているとは思うのですが…。

お礼日時:2022/05/16 16:47

いろいろな問題がからんできそうです。


 こういう大きな枠組みの話にコメントするのは腰が引けて、傍観していました。
 肝心な点に関するコメントが見当たらないので口を挟みます。
 話が長くなりそうなところはリンクを張ります。
 リンク先をご確認ください。

 まず、「いう」を「ゆう」にするのは、個人的にはとても許容できませんが、必ずしも間違いとはいえないようです。
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%A8%80%E3%8 …
===========引用開始
出典:デジタル大辞泉(小学館)

ゆ・う〔ゆふ〕【▽言う/×云う/×謂う】 の解説
[動ワ五(ハ四)]「い(言)う」の終止・連体形を「ユー」と発音するところから、「ゆ」が語幹と意識されてできた語形。終止・連体形以外で「ゆわない」「ゆった」などと言うこともあるが、本来の言い方ではない。
===========引用終了
 このデジタル『大辞泉』という辞書は、新しい言葉をどんどん採用する傾向があるので、ほかの辞書にはまだこのような記述はないと思います。
 こういうのはちょっと困る、定着などしてたまるか、と思いながら、もう間違いとはいえないでしょう。
 
>ラインには「話し言葉と書き言葉の区別がない」
 なぜLIME限定なのかは疑問です。No.11のかたがひいている「文化審議会国語分科会」の記述を見ても、〈電子メールやSNS……〉にしています。
 LIMEだけではなく、SNS全般にいえることでしょう。ビジネス関係でない電子メールも同様と思われます。ただ、LIMEが一番手軽なツールなので、その傾向が顕著だとは思います。
 話し言葉と書き言葉の区別がないのは、ある程度しかたがないでしょう。たとえば昔の中学生の手紙のやり取りにもそういう傾向があったはずです。
 ネットや電子メールの普及がどれだけ日本語を破壊しているのかは、いろいろな機関が調べているでしょうね。いろいろ独特な文法がある気がします。
【日本語の誤用について】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12073745070.html

 個人的には「話し言葉と書き言葉の区別がない」以前に、文頭や改行後の1字下げがないことが、いまでも気になります。
 あるいは若い世代のSNSのやり取りには文末の句点(マル)があるのが異様なんだそうです。古〜い日本語には句読点はなかったようなので、このあたりは先祖返りかもしれません。
 ネットでは話し言葉が優先だとしたら、体育はどうする、女王はどうする、近年話題の雰囲気はどうするなんて話も出てきます。

>若い世代は「友達同士の会話と敬語」を使い分けるように、自然に使い分けを身に着けていく
 ある程度は自然に身につけていくと思います。でも、全体のレベルは限りなく下がる気がします。社会人がビジネス文章で、「ゆう」だの、意味不明の小文字などを使っているのを見て、愕然としたことがあります。

>私は、日本語は(というより言語は)生き物だと思っています。
 それを否定する気はありません。
 ただ、言葉はもっと長いスパンでかわっていくもので、そういうスパンで考えるべき問題でしょう。ネットの普及で日本語が急速に変容することには強い危機感を覚えます。
【普通においしい〈6〉……確かに言葉はかわっていく】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12678760455.html
===========引用開始
 こういう「従来の意味」に加えて「新し目の意味」が加わった言葉は要注意だろう。
 まず、「言葉変わっていくもの」ってのは事実だとは思う。でも安易に同調する気にはなれない。
 このテーマは何度か書いているので、下記を引用して逃げる。(←オイ!)
【「ウチの奥さん」の是非 言葉はかわっていくものだから……?】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12397014034.html

 もうひとつ注意しなければならないのは、派生形のこと。
 新しくて便利な使い方が出てくると、日本語を知らないヤツほど飛びついて、微妙に違う使い方がドサドサ出てくる。そのため、使った人を問い詰めない限り、どういう意味で使っているのか真相はわからない(泣)。
「大丈夫」あたりが典型だろうか。
【「大丈夫ですか」考 日本語〈1〉~〈3〉】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12365585116.html
===========引用終了

 ついでながら……。
 中島みゆきさんは『わかれうた』の中で
「ひとごとにいうほど」と歌っていました(開始40秒ぐらい)。ネットで聴けるカバーは軒並み「ひとごとにゆうほど」ですが。
 歌で「いう」を聴いた例はほかにありません。
https://www.dailymotion.com/video/x6wzsb5
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
言葉というのはもっと長いスパンで変わっていくもの、というのは大いに賛成です。短期のはただの「崩れ」ですので…。

ライン限定、という話ですが、私が思うのは「電子メールは推敲ができる」という点でライン(カカオなどもあるのは承知ですが、あえて代表的なものを)と大きく違っていると思います。

電子メールにはそれなりの歴史があり、手紙とそっくり互換するものとも思いませんが、一応は手紙文化の影響を大きく受けています。

送信する前に推敲ができるのです。

一方、ライン文化というのは会話をベースにしています。

ここ「教えてグー」を見ていてわかるのですが、若い人(二十代以下、特に女性)の感覚を見ていると、数時間以内に返信がないと「既読無視。脈なしですか?」などと平気で聞いてきます。

私が驚いたのは、27歳の女性で、「ある男性と会った。また逢いましょうとラインして、既読になっていたが返事がない。脈なしですか?」という質問でした。

聞いて見ると、「現在午後三時。昨夜夜中の12時に相手にまた会いましょうのラインを送って、まだ返事がない」というのです。

そんなもん、既読無視の範囲に入るのか。リアルタイムで返事をしないといけないのか、という話です。

こういう人が少なくない。これは、電子メール文化とはもう分けて考えるべきです。

思うに、電子メールは手紙文化から、ライン文化は直接会話と電話会話の中間的な文化から来ているのだと思います。

会話なのだから、いちいち手紙的な文法なんて守っていられない。これはわかります。

討論会などを見ているとわかるのですが、一流の文化人でも、討論するときの文法はむちゃくちゃです。とてもアナウンサーのようにはいかない。

お礼日時:2022/05/16 17:04

「そういう(然う言う)」は、「ソーユー(sôyû)」と発音するのが一般的ですね。


「ソウイウ(souiu)」と発音する人はたぶんいないでしょう。

・歴史的仮名遣い 「さういふ(然う言ふ)」
・現代仮名遣い  「そういう」
・現代語の発音  「ソーユー(sôyû;sōyū)」

『精選版 日本国語大辞典』
 https://kotobank.jp/word/%E7%84%B6%E8%A8%80-2042 …
そう‐いう さういふ 【然言】
〘連体〙 (副詞「そう」に、動詞「言う」が付いて一語化した語) そのような。そんな。そうした。
※洒落本・遊子方言(1770)発端「くどかずともじきにそふいふ調子だによって直に出来る」
※妄想(1911)〈森鴎外〉「自分は〈略〉幾度も此苦痛を嘗めた。さういふ時は自分の生まれてから今までした事が、上辺の徒ら事のやうに思はれる」


日本語発音アクセント辞典でも、「そう(然う)= ソー」、「いう(言う)= ユー」となっています。

『NHK日本語発音アクセント新辞典』
 https://www.nhk.or.jp/bunken/book/irregular/acce …
『新明解日本語アクセント辞典 第2版』
 https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd1 …


--------

“そういう”わけで、発音に忠実な表記にこだわるなら、“そーゆー”と書くのが自然といえるかもしれません。

しかし、第二次大戦後の仮名遣いでは、発音主義を掲げながら部分的に歴史的仮名遣いの名残りをひきずっています。仮名遣いの細かい決まりがけっこう難しい、そこが問題です。
小学校で「そーゆー」ではなく「そういう」と書けと教えられても、ほとんどの児童は「丸覚え」するしかないのではないでしょうか。
おとなになって、遊び心でわざと「そうゆう」「そーゆー」などを新感覚として楽しんでいるふしもあります。
「ってゆーか」という言葉がはやったのは30年ほど前でしたか。近年は「てか」「つか」などと約まって定着してします。

いずれにしても、特定世代の仲間内で新しい言葉遣い・新しい表記が行われるのはとくに問題ないと個人的には考えています。
ただし、フォーマルな場面で仲間内以外の誰にでも伝わる前提で使われない限り、です。「ことばは生きもの」と称して、仲間内でしか通じない一時的なことばを何でもかんでも「間違いではない」と主張するのは間違っていると考えます。
新しい言葉が短期間で廃れることも多いでしょう。定着して「ふつうのことば」になるなら、それもよし。そうやって日本語は変化し続けてきたわけです。


藤原定家・契沖・本居宣長など多くの先人の業績を引き合いに出すまでもなく、日本語の音韻を仮名でどのように書き表すかという問題は奥が深く、永遠の課題のような気がします。

国立国会図書館デジタルコレクション

『仮名文字遣 附 定家卿口伝』
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992941/62

本居宣長 著『字音仮名字用格』
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/993103

明治以降もいろいろ議論され、その成果を踏まえて、戦後も仮名遣いの議論が続いています。

■ 現代かなづかい_(昭和21年内閣告示第33号)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A …

第6 ウ に発音される ふ は,う と書く。
 例
  あらう (洗<アラ>ふ)  まう  (舞<マ>ふ)    あう (合<ア>ふ) 
  かう  (買<カ>ふ)   うたう (歌<ウタ>ふ)   しなう(撓<シナ>×ふ) 
  いう  (言<イ>ふ)   くう  (食<ク>ふ)    すう (吸<ス>ふ) 
  ぬう  (縫<ヌ>ふ)   ゆう  (結<ユ>ふ)    くるう(狂<クル>ふ) 
  あらそう(争<アラソ>ふ) うけおう(請負<ウケオ>ふ) 
  おもう (思<オモ>ふ)  あやうい(危<アヤフ>い)

第10 ユ の長音は,ゆう と書く。
 例
1,いう を ゆう と書くもの
  ゆうじん(友人<イウジン>) ゆうげん(幽玄<イウゲン>)  ゆうびん(郵便<イウビン>)
  ゆうわく(誘惑<イウワク>) りゆう (理由<リイウ>)   しょゆう(所有<シヨイウ>)
  ゆうぎ (遊戯<イウギ>)  ゆうぜん(悠然<イウゼン>×) ゆうりょ(憂慮<イウリヨ>)

2,いふ を ゆう と書くもの
  とゆう (都邑<トイフ>×)

3,ゆふ を ゆう と書くもの
  ゆうがた(夕方<ユフガタ>)

第14 ソ および ゾ の長音は そう,ぞう と書く。
 例
1,さうをそうと書くもの
  はなそう(話<ハナ>さう)  かえそう (返<カヘ>さう)  ちらそう (散<チ>らさう)
  あそう (浅<アサ>う)   そう   (然<サ>う)    そうじ  (掃除<サウヂ>)
  いっそう(一双<イツサウ>) そうが  (爪牙<サウガ>)  そうちょう(早朝<サウテウ>)
  そうい (相違<サウヰ>)  そうこ  (倉庫<サウコ>)  じゅうそう(重曹<ヂユウサウ>)
  そうねん(壮年<サウネン>) たいそう (体操<タイサウ>) そうもく (草木<サウモク>)
  そうどう(騒動<サウドウ>) そうとう (争闘<サウトウ>) そうしつ (喪失<サウシツ>)
  そうしき(葬式<サウシキ>)

■ 現代仮名遣い(昭和61年内閣告示第1号)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A …

4 動詞の「いう(言)」は,「いう」と書く。
 例
  ものをいう(言)  いうまでもない  昔々あったという
  どういうふうに  人というもの   こういうわけ


そういえば、明治33年(1900年)から小学校の国定教科書に、長音を「ー」で書き表す「棒引き仮名遣い」が制式に採用されていました。例えば「学校」は「がっこー」と書くような仮名遣いです。ただし漢語(音読み)だけが対象だったかも。
明治41年(1908)に廃止されました。

次に大きく改訂されるとしたら、棒引きなどを含めて完全に発音主義を貫くほうがよいと思います。
時期的には、明治維新や太平洋戦争を上回るほどの社会的大変革が起きたときかもしれません。

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>ラインには「話し言葉と書き言葉の区別がない」のです。

文化審議会が「打ち言葉」という新しいコミュニケーションの概念を提唱して話題になりましたね。

「分かり合うための言語コミュニケーション(報告)」について
 平成30年3月2日 文化審議会国語分科会
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodoh …
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2 分かり合うためのコミュニケーション
(1)コミュニケーションは受け止め合うこと

◇「打ち言葉」でのやり取りが広がる
 なお,電子メールやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス Social Networking Service:日々の記録やメッセージの交換などを通じて,友人・知人や,趣味や生活環境などに共通点を持つ人たちと,インターネット上で社会的なつながりを持つことを目的としたサービス)などのテキストのやり取りは,文字に表すという点では書き言葉に入る。しかし,互いのやり取りが比較的短い時間で行われ,一回のやり取りで交わされる情報量も少ない媒体においては,話し言葉に近いものも多く用いられる。こうした,話し言葉の要素を多く含む新しい書き言葉を,本報告では「打ち言葉」と呼ぶ。「打ち言葉」は,主にインターネットを介しキーを打つなどして伝え合う,かつてはなかった新しいコミュニケーションの形である。
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私は長く日本国外に住んでいるので、最近使われるようになった日本語に違和感を覚えることがよくあります。

あまりに多いのでひとつひとつ挙げはしませんが、不快に感じるものも多くあります。

しかし掲示板などで言葉遣いが気になるなどと言う意見があると、「言語は進化するもの」「古代日本語に戻りたいのか」「あなた自身の言葉遣いは完璧なのか」などと批判されるのが常です。

たしかに言語は変化し進化するものですが、過去も新しい言葉の全てが取り入れられてきたわけではありません。長い言語の歴史の中で新しく出てきた言葉は批判されたり嫌われたりもして、それでも残った言葉で現在の日本語が形作られてきました。もし新しい言葉だからといって全て取り入れていたら日本語は混沌とし、一貫性をなくして使いにくい言語になっていたかもしれません。

新しい言葉の批判は言語の進化を妨げるのではなく、望ましくない変化については受け入れないとことでむしろ進化に寄与します。ですから各自が良くないと思う言葉は遠慮なく批判しましょう。この言葉遣いは次世代に受け渡す日本語としてふさわしいだろうかと考える、それが重要なことだと思います。

ご意見をということなので私見を書かせていただきました。
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私はラインを使ったことがないし、おそらく見たこともないのだと思っています。

 なので、{「ああ、これはラインの影響なんだ」と気づきました。
つまり、ラインには「話し言葉と書き言葉の区別がない」のです。私たち大人も、書くときは「そういう時は…」「そういう人は…」などと書きますが、言葉として喋るときは「そうゆう」と発音しています。ラインの場合、そういう区別をすることはなくて「喋るように打つ」のが普通でしょうから、それで「そうゆう」が増えてきたのかな、と。}には、コメントできないのですが、ラインが使われるようになる前から、テレビの中では、発音として、「なんでやねん」「……じゃん」「おおそうかぁ」「そんなんじゃねー」「おかーさん」「ちっこい、でけー」「いいよ/ええよ・よかったよ/いかった/えかった」「ほーむらんおー/ほーむらんおお」「おーせんしゅ」「おーさか/おーつ/とーきょー/おーたく/おーさき」「おまえら/おめーら」「ごーまん/ずーずしい」を聞き慣れていたと思います。  これらを、「カナ表記」するときに、発音とは異なる形に表記したのでは、話しにならないです。
絵本や漫画、アニメでも、小学生向けの物語でも、《基本とする表記は、発音に近いもの》になる、そうせざるをえないでしょう。
昔(?)は、標準語の使用が半強制で、方言や地方色のある言い回し、男の子語・女の子語・流行語・若者言葉・業界用語・仲間言葉・符丁のような「語り手の個性・属性・気分を表現する表記」は避けられていた時期があるようです。 でも、このような表記ルールを、実際の慣習や文芸の中に持ち込むのは、無理でしょう。 
日常的に読むマンガや小説にごく普通に氾濫している「発話者の状況・心情などを適切に表現できる表記」が、一般化するのは、当然のように思います。
それと、記憶の曖昧さも関係していると思います。 いばらき/いばらぎのようなのも、おおてもん/おうてもん、王や大、通、往、行を漢字でなくローマ字入力するときに、しょっちゅう戸惑います。
https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_ …

私は、時代が変わったのだからそれに合わせて言葉も変わって行って当然だと思うし、以前の固定表記を共通・標準とする方式がそもそも、言語文化としては不都合なものだったのだろうと思います。
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この回答へのお礼

なるほど…

お礼日時:2022/05/14 21:44

そうですね、



おっしゃるように「言葉」は生き物ですからどんどん変わっていきます。
とりわけ話し言葉にそれが顕著ですね。
いつの時代でも話し言葉が先に変化していき、書き言葉がついていく感じです。

私も「話言葉」をそのまま「書き言葉」というのは抵抗がありますね。
「そうゆう」とか「私わ」などという言葉は気色悪いです。

しかし、そのうちに定着していくでしょう。
それが50年後なのか100年後なのかはわかりませんが……。

なお「てふてふ」は平安時代には「てふてふ」と発音していたそうですよ。
でも、中世の発音はハ行は「HA・HI・HU・HE・HO」ではなく「FA・FI・FU・FE・FO」なのです・

ですから宣教師の手紙などでは日本をNIFONと書いています。
古代はハ行は「PA・PI・PU・PE・PO」と発音していました。

日本の国名が「にほん」「にっぽん」とふたつになった遠因でもあります。
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この回答へのお礼

なるほど!
長い歳月の間にはこういうドラスティックな変化もしていくわけですよね。
そうしてみれば書き言葉の話し言葉化現象なんて可愛いものかもしれませんね。

お礼日時:2022/05/14 20:01

高校の時、作文や読書感想文の宿題がでたとき、おかしな表現をした提出物があると先生が直してました。

個々にではなく、こういう時はこのように書くなどクラス全体に対して。段落の最初は1マスあけるなど、本来なら小学校で習っていることです。

今の先生はそういうことをしないのかなと思っていました。
「こんにちわ。」とか、わざと使っているのでしょうか。

文は人なりと言いますから、私はきちんと書きたいと思って気を付けています。

日本テレビのアナウンサーが「言葉については私たちは最後の砦だと思っている。」と言ってました。
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この回答へのお礼

そうですね、最後の砦。いい言葉です。

最終的に言葉が変わるならそれはそれでいいししかたのないこと。永遠に守り続けようったって、私たちはそのうち死んでしまいます。

しかし、だからといって安易に迎合するべきではないと思います。

年老いたチャンピオン。遠からず引退しなくてはならないのは明らか。
しかし、だからといって安易にルーキーにチャンピオンの座を明け渡すわけにはいかないのです。譲りはしない。俺を倒していけ。こうやって壁となることでルーキーは学び、鍛え、実力でチャンピオンの座をもぎとる。

そうすることで、ルーキーは「大切なこと」を知り、それが形を変えながらも受け継がれていく。
それがシニアの、年長者の役割なのかなとも思います。

たとえ「頑固」「老害」と言われても…。

お礼日時:2022/05/14 19:45

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