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16世紀以降の中国の様子について。

なぜ多くの銀が中国に流入していたのですか?
その際に疑問になってくるのが「一条鞭法」というものです。詳しく一条鞭法についても教えて頂きたいです。

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A 回答 (2件)

一条鞭法は16世紀の中頃から徐々に始まり、


1580年代の万暦帝の頃に全国に普及した、
明の新しい税制である。

複雑な内容をもっているが、まとめると
「あらゆる賦税と徭役を一本化し、徴収を簡素化し、銀納にしたこと」
と言える。

これによって両税法は行われなくなり、戸の等級で労役を割り当てることもなくなった。

この税法を運用するためには、課税対象である人口と
土地の面積を掌握する必要があり、そのために張居正の改革の時に
全国的土地丈量が行われたのであった。

 一条鞭法は、銀の流通の浸透、大土地所有の進行、
商品作物の発展に伴う地主と佃戸(小作農)の関係の変化、
などに対応した税制改革で、
唐の両税法の施行と並ぶ中国税制の大改革とされている。

なお、このとき賦税(土地税)と徭役(人頭税)の区別がなくなった
わけではなく、いずれも銀納となったのであり、

次の清の18世紀の新税制である地丁銀制度によって、
徭役(丁銀)が土地税(地銀)に組み込まれて消滅し、
近代的な税制へと移行する。

一条鞭法は地丁銀制度の先駆的な形態であった。



☆両税法 とは。

http://www.y-history.net/appendix/wh0302-117.html
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その時代、中国は大幅な輸出超過が続いたからです。

どの国も中国の産品を欲しがったが、中国の方では別に欲しいものがないといった感じ。となれば輸出産品の代金として銀が中国に集中する訳です。それで銀の流通量が増えたことを背景に、一条鞭法で何でも銀に換算して銀で税を納める仕組みが生まれたのでした。
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