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『他力本願な人』というのは、どのように出来上がるのだと思いますか?

・育てられた親自身が、他力本願な考え方の人だった
・そのため、それが普通=それがダメなことだと認識していない
・楽を覚えてしまった
・それを、ダメなことだと窘められる機会がなかった
・他力本願な考えだと自覚していない

等々、色々あると思いますが、心理学的にどうなのでしょうか。

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A 回答 (17件中1~10件)

お礼をいただきまして、ありがとうございます。

No.12です。

>何様(苦笑)?
誤解されたようですが、質問者様のことでも、一般論でもなく、自分の経験によって導き出された結論です。
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この回答へのお礼

だからこその「何様?」なんですけど。
尚、誤解などしておりませんので。
そんな人間じゃございませんっ!!!
ほんと、どこまでも失礼で自意識過剰な人ですね(呆)。
最悪!

お礼日時:2022/05/25 03:47

本来仏教用語だった「他力本願」とは異なる、【現代での一般的な意味】で考えた場合、仕方なく他力本願になってしまったケースで考えると…




育っていく中で、自分で何かを考えて始める前に、その時の自力だけでは対応できない原因か何かがあって、


「他者が自分のために何かをしてくれることを期待すること」から抜け出せないような追い込まれる状況が続いてそうなってしまった、という印象を持っています。


自分の意思で何かを決めて努力をすることを始める前に、最初の発想の段階で圧迫され続けたために、自分で努力して達成すること自体できないまま育ったから、とか。



どこかで【物事を自分で受け止めて、自分の責任だと自覚しつつ、自分で決めて始めて、自分の努力で成し遂げた】という経験を積んでいくと変わるもの、だと思っています。



幼いころ、私は他力本願なところが多かったのですが、些細な物事から自分の生活や何かを決める際に「実験してみよう」という感覚で行動するようになって変わってきた気がします。



結果が良くても悪くても、「こうなるということを知った」という経験値にしてきた、というか。



でも、時には人に任せたり、期待することもあってもいいとも感じています。
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他力本願とは他人を利用する事です。

究極の処世術です。と自分は思います。
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お礼ありがとうございます。


生きづらさの解消方法ですか。

私は小さな成功体験の積み重ねをすれば、できるのではないかと思います。
日常のことから、自分で考えて行動してみる。他人のしている事と比べてみる。
今は、ネットで調べられる。

できるだけ他人を褒めて、自分がした事をみせて評判を確かめる。
そして、自分にはこうした法がいいけれども、その人はこうなんだと理解する。

他にも方法があるかもしれませんけれども、誰でも失敗はするので、できなくても悔やまないことです。
むしろできないことは、他力本願を利用する。できることからする。
誰も大谷翔平にはなれませんよ。
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うまくいったら自分や気に入った人の手柄、


うまくいかないと気に入らない人のせい、
忙しいとそういう考えになりがちと思います。
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心理学というより、基本は親の躾や環境的な問題です。


遺伝などの根本的な性格や、質問にもある細かな要因も当然関係しますが、
それらは大雑把に言えば環境的な問題でしょう。

心理学的にどのように出来上がるかは、それらを細分化して、無数にあるそれらの各状況を分析して……という事にもなるので、細かい事をあげだすとキリがない、それこそ分厚いページの論文とかになるのだから、端的に言える事ではありません。
そういう論文などを望んでいるのならともかく、此処に質問しているという事は、より端的な回答を望んでいると思われるので、そういう意味で答えへ近づく為の方向を間違えています。


外国人でも日本で育って、その外国の言葉を使用する機会がない人は日本語しか話せません。
神の教えが日常的な常識として育てられた人や、周囲の環境などの問題から現実逃避する為に、存在しない神の教えを盲目的に信じる人達も世の中には億単位でいます。

それらと同じ事で、それを打ち破って自力で…というのは、何か相応のキッカケなどがなければ困難な事でしょう。

中にはそうではなかったけれど、自力で頑張り過ぎて、色々な面でポッキリ折れてしまったために、その反動からそうなってしまった人もいるでしょう。
特に日本は頑張り過ぎて自分を追い込んだ挙句に自殺に…という人も多いので、
何やってもダメだ → だったら自分は何もしなくても…… → 他力本願な人
という感じの人も生産されるのではないでしょうか?

などなど……要するに、
親の躾や生まれた環境によって基本的にそうなるのが第一の大きな要因で、
その後の人生の環境などで、挫折して折れたりする事などがあれば、更にそうなりやすくなる、という感じだと思われます。
それは、他力本願な人、だけではなく、その人の全ての性格に当て嵌まる事で、根本的な事です。

心理学云々は、それらの細かな要因を一つ一つ……という事だし、それを端的過ぎるレベルで纏めるとすれば、
精神的に弱いから、という事に成り、それこそ根性論的な解釈にもなりかねません。
端的に纏められるものなら纏めた方が良いが、纏められないものを無理やり纏めると言葉足らずにしかならないのだし、その方向性を間違えると明後日の方向にも行きかねません。
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親の愛に疑いを持った子供がその様になるのかもしれません。


他力本願と言う言葉の意味について調べてみました。

〇URL「他力本願と自力本願の本当の意味とは?」
https://www.shoukyouji.or.jp/blog/oshie/tariki_j …

また、他力本願の方の特徴などを書いたものもありました。

〇URL「他力本願な人の6つの特徴と対応方法とは?」
https://the5seconds.com/tarikihongan-20215.html

他力本願とは「教えに従って成就しなさい」と言うのが本来の意味
であり、独学(自力)での効率の悪さを教えたもののようです。
つまり、お手本を作ろうと頑張っている(優れた専門家)人がいる
のに自己流を良しとするのは宜しくないと教えるものであり、一般
で使われるのと逆の意味の様です。

そして他力本願(一般での意)の方の特徴にあるのが自己肯定感の
低さです。この二つの参考文献から浮かび上がるイメージは、

「親の真似(お手本=本来の他力本願)をすることに抵抗を感じて、
 戸惑ってしまった(自己肯定感を得られない)子供」

です。そういう幼少期を経た人物像が浮かび上がります。

本来の仏教(浄土宗等)の考え方は、

「お手本を利用して効率よく結果を得る」

事を言っているのですから、これに関連した問題と捉えるべきだと
思いました。

そこから分かるのは、
私たちが良く使う自力や自立という言葉は(その成立過程を考える
と)、親や他の大人の真似をして成功体験を経たために生じるもの
だと思います。

もし、身近の大人である親を拒絶したとしたら?
自立を支える力が身に付かず、ずっと自信をもてないでしょう。
処理しきれない怒りが常にあり、他者に責任を取らせたいと言う欲
求が生じるはずです。

「俺は…自分を否定するのを受け入れる代わりに、
 面倒を見て貰う(愛情を示して頂く)という取引をずっと昔に
 したんだ。確かにそれでうまくいくから不満は無い。
 でも自分は頑張っちゃいけないって気がして苦しい。
 そんな事をしても無駄な人間なんだってレッテルを貼られたよう
 で悔しい。理不尽に感じる。でもすぐに気力が萎えてしまう。
 そうだ…俺は誰かに壊されたんだ。だけど誰も謝ってくれない。
 誰かが理由を説明して俺に謝罪してほしい。
 嘘でも良いんだ。前に進みたいから。」

こんな感じがしているのではないでしょうか。

これは私の仮説ではありますが、
一般で言う他力本願の方の特徴は、親をお手本にできなかった(親
の愛を疑った)子供が本来の他力本願(お手本に沿って成長し力を
得る)を成し得なかったため生じたのではないかと思います。

これは若い人、恵まれなかった人全体に言いたい話ですが。
親や親の世代を悪く言うのだけは行けません。
しかしもし、自分の親が自分を愛してくれていなかったかもしれな
いと言うのならば、

「親に愛されたかったけど、そう感じられなかった。
 そのせいなのか何時も頑張り切れない。
 自分はどうしたらいいだろうか?」

とちゃんと説明をすることです。
恥ずかしい事ではありません。
いまや多くの人が抱えている悩みでもあります。

しかし、そういった部分を相談する前に、憎まれ口を聞いてはいけ
ませんよ。親の代わりに自分のお手本に成ってくれる人は沢山いま
す。その人に向けて人間を愛していますと伝える事です。(その様
に見える様に頑張ってみる)

「親の様に見える人には憎しみをぶつけてきちゃいました。」

と言う人は、それが八つ当たりであり、機会損失であるということ
に気づきましょう。お手本とする人は成長と共に変えていかないと
行けません。最初は親かも知れませんが、その後もどんどん変わっ
ていきます。

最初の一歩で躓いてしまい、
心が止まってしまった方もいるでしょう。
しかし、怖がらずに、親をスキップして別の大人に師事するのは普
通の事です。全ての大人を疑わない様に信じて進みましょう。

「親に愛されている様に感じなかったので、
 親の真似をしたり、
 親をお手本にするのがどうしてもできなかった。
 だから自分には欠陥があるという気がしてならない。
 自分はダメな奴なんでしょうか?」

と聞いてみてください。
絶対に違うと誰もが言うはずです。
(まあ、そうじゃない人もいるでしょうから。
 そういう人はお手本にしなければ良いだけです)

これは私だけかもしれませんが。
子供の頃に思ったのは、

「すべての大人を自分の親として考えてもいいんじゃないか?
 自分の親は好きだけどダメな人かもしれないし。
 自分の親を好きになれないかもしれないけど。
 他の子のお父さんやお母さんだって親みたいに接してくれる
 ときがある。全部とか何時もは無理でも。
 時々は(甘えるのを)許してくれるし。
 だったら、全部や何時もを求めないで、
 小さくして沢山集めれば、自分の親だけの時より、親が沢山
 いたことにならないかな?」

他の大人でもいいんじゃないか?
と言う発想転換は間違ってなかったと思っています。

「たった一人に沢山求めなければ良い。
 だけど沢山の人に小さく求めるのは意外とうまくいく」

これは恐らく正しいと思います。

他力本願として嫌われているのならば、
一人にお願いする事を小さくして軽くし、
その代わりに沢山の人に分けてお願いしたら如何でしょうか?
もしこれが出来たのなら、立派な大人であると思いますよ。

私は自分に甘いとか、甘やかされたと言われて育ちました。
しかし、何とかなるものですよ。

ただし、それには発想転換による大逆転が必要です。
そして、それらは同じ苦労をした先輩を真似て成就するんです。
(本来の他力本願)

心を閉ざすくらいなら、自分と同じ生い立ちの人(先輩方)を
探し、「どうやったんですか?」と聞くほうがいいでしょう。

正に、今あなたがしている様に。
今後は意識して、そうするのをお勧めします。

以上、ご参考になれば。
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親が俗にいう、物分かりのいい子を褒めて育ててしまったため。


子供が自分で考えてしたことを叱って、親のいうことを聞く子を褒めていた。

親が主導権を握りたい人の子供に多いのではないかと思います。
独裁国家の国民も陥りやすいのでは?
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この回答へのお礼

あまりに自分の育てられ方そのもので、驚いてしまいました。
そう、他力本願に育ったのは、私です。

そう、親は、子供を自分の思い通りに動かすことしか考えていない(子供だけじゃないかも…)。
それに沿わないものは、全て“ワガママ!”と全否定。
主導権を握りたいのか…

あっ!
ありがとうございました。
他力本願から脱却したい(涙)
生きづらくて仕方がないので…

お礼日時:2022/05/23 13:58

率先して行った事、良かれと思って行動した事、等を何度も、何度も否定され、馬鹿にされ、「何もするな」、「立っていろ」、「迷惑だ」、「判断するな」と言われ続けると、自発的に行動する=他人へ迷惑をかけると考えるようになり、他人を頼るようになりました。



あとは、他人よりも知能が低く、だからと言って認定を受けるほどでもないから、まともな人に頼った方が良い方向へ行くとも考えています。
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この回答へのお礼

>他人よりも知能が低く、だからと言って認定を受けるほどでもないから、まともな人に頼った方が良い方向へ行くとも考えています。

何様(苦笑)?

お礼日時:2022/05/23 15:23

ただ単に、自立心が欠如しているだけのことです。

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この回答へのお礼

持論ですか?
薄過ぎて、何も伝わらないっす。

お礼日時:2022/05/23 13:59

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