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キャラクターを登場させるだけ登場させて、一部のキャラクターしか活躍しない&初登場以降一切出てこないキャラクターがいるのは何故ですか?
なんのために登場させたのでしょうか?

そしてストーリー展開も意味不明なのが多いですよね。
スサノオは「オロチを倒してまでゲットした嫁とこの出雲で暮らしていくんだ!」てなったのに、次に登場したら根の堅州国にいるし。
クシナダは?離婚したんすか?みたいな。

どうですか?

A 回答 (11件中1~10件)

もう一つ書かせて。


天照大神は10万5千年
その子の天忍穂耳尊は1794300年
その子のニニギ尊は318542年
その子のヒコホホデミ尊は637893年
その子のウガヤフキアヘズ尊は836042年
合せて1792477年。

こんな細かくどうやって数えたのかな。
分かる。質問者さんへ。
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旧約聖書に出てくる人は長寿ですね。



アダム900歳。ノア600歳。
モーゼに来てやっと120歳。

本当にあんなに生きてたのですかねえ。
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だから、根のカタス国が出雲なんでしょう。


離婚なんかしませんよ。
愛する妻です。
スサノヲ尊は浮気者。
あちこちに妻はたくさんいます。
当時、高天原に天照大神、出雲にクシナダヒメ、
ほかに新羅とか、日本だけでなく、広く海外にも飛翔して
各地で妻を得てその土地土地を領土にして
経営していきました。
長生きですね。
曾孫に自分の娘を妻に送ったりとね。
「旧約聖書と古事記をちょっと読んだだけの、」の回答画像9
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話が逸れてごめんなさいね。

小説や映画・ドラマの脚本の書き方の指導で、切り捨てるものの大事さを教えてます。

 登場人物の一人一人に人生がありますけど、それを全て盛り込んだら物語は脱線しまくりで、とても読んでられませんね。
 また、主人公など主要な登場人物について、物語の資料として、子どもの頃からの履歴を詳細に設定しておくこともよく進められます。それは、例えば、冷酷だけど女子どもには残酷になりきれないという性格の登場人物を設定したとして、登場人物が現在の境遇にいる子ども時代の経験まで掘り下げておくと、なるほどこういう経緯で主人公はこんな性格になったんだと、物語にリアリティが出てきます。ただ、それを全て物語りに盛り込むとテーマが逸れてしまいます
 だから、物語は作者が読者に伝えたいテーマに沿って、必要な事柄を拾い出し、テーマと無関係なものを切り捨てて描写します。

質問に戻ります。
①全ての登場人物についてその人生を書いていたら一冊にまとまりきれませんね。物語のテーマもぼけてきます。
②古事記の場合、神武天皇からニニギノミコト、更に高天原の神々へと系譜を繋いで、天皇家の統治の正当性を訴えるというテーマがあるんじゃ無いですか
③②のテーマに沿って、①の多数のキャラクターの中から必要なキャラクターの、テーマに必要なエピソードだけを選んで記述してあるのだと思います。

ちなみに、古事記に興味があったら、安彦良和さんのマンガ「神武」や「ナムジ」を読んでみてください。古事記に登場する人物たちが歴史物の筆致で描かれています。古事記に著される人物に想像を膨らませていくとこんなキャラクターになるんですね
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%8 …
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数多い神話・伝説の中から取捨選択した継ぎ接ぎの寄せ集めですからね。

それはそれはツッコミどころが満載でしょう。
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旧約聖書ですが、現在の聖書批評学では「一人の著者が全部書いたわけではない」と言う事が分かっています。

これは旧約聖書の最初の巻である創世記から最後の巻であるマラキ書までを一人で書いたわけではない、と言うだけでなく、例えば創世記自体も一人の著者が書いたのではなくて複数の史料を編纂して作られた事が明らかになっています。複数の史料から作られているわけですから、同じ書の中でも記述が矛盾している場合があります。

cf:旧約聖書の最初の五巻である創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記は「モーセが一人で書いた」と言うのが古来からの伝承であるため、この五巻を特別に「モーセ五書」と呼んでいます。もちろん「モーセが一人で書いた」と言う説を現在でも信じているのはよほど保守的な信徒や学者だけだと思います。
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さて、はじめに契ったとおりにクシナダヒメを手に入れたハャスサノヲは、宮を作るにふさわしいところを出雲の国に探し求めたのじやった。


そして、巡り歩いた果てに、須賀というところに到り着くと、「われはここに来て、心がすがすがしくなったことよ」と仰せになった。
それで、そこに宮を作って住まわれることになったのじゃ。それゆえに、そこを、今に至るまで須賀と呼んでおるのじゃ。
この大神がはじめて須賀の宮をお作りになった時に、まるで宮を包み込もうとでもするがごとくに、まわりから雲がわき立ちのぼってきての。それを見たハヤスサノヲの口をついて、喜びの歌があふれ出たのじやった。
その歌というのは、こうじや。
八重にも雲のわき立つ出雲の八重の垣よ
共寝に妻を篭めるに八重の垣を作るよ
そのすばらしい八重の垣よ
知っておろうが、今も妻呼ばいの祝いに歌われておるからのう。
さて、ハャスサノヲはクシナダヒメと結ばれ、隠所に秘めごとをなされての、生んだ神の名はヤシマジヌミというのじゃ。
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福音書と言うのは、その時の信者が思いを込めた報告書の様なものです。


聖書は様々な信者から福音書を集めて、その内容を集約したものです。
あのユダも福音書を書いています。
当時はユダの信奉者もいたのです。
残念ながらユダの福音書は聖書に反映されていませんが。

キリスト教が教会を設立するようになり、様々な福音書の中から自分達の教義に合うものをまとめ上げたものが聖書です。

それが行われたのがキリストが死んでから300年~400年後なのです。

元々、キリストは教会自体を作ろうとも考えていませんでした。
教会を作ろうとしたのはパウロです。

パウロもユダヤ人ですが、当時、ローマの市民権を持ったからり裕福なユダヤ人でした。
キリストと同時代に生きていた人ですが、キリストとは面識が無く直接教えを請うた事もありません。

現在のキリスト教に繋がる礎は、パウロが作ったようなものです。
正確言うならキリスト教でなくパウロ教と言える程です。

ナショジオとか観ると、キリスト教の発祥歴史とかよく分かりますよ!
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旧約聖書に出てくる人間は適当に出てる印象がある。

古事記は歴史陰謀説がある。よってどこまで信じて良いのか分からない。
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この回答へのお礼

ありがとう

無駄に多い兄弟とか謎いですよね。

お礼日時:2022/06/12 14:21

主役を際立たせたいからですよ。



旧約聖書とは言いますが、作られたのはキリストが死んでから数100年も経ってからです。
当時の教会の方々の思惑が入っているからです。

古事記に至っては原書もなく写本されていましたが、その写本も「乙巳の変」で燃えて無くなっており、何度か書き換えられています。
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この回答へのお礼

ありがとう

書き換えたときに自分で考えたことを書いたやついるだろうなぁと思いました(笑)

お礼日時:2022/06/12 14:20

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