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朽木の家系は関ケ原の戦いのときに、西軍石田三成を裏切って、東軍徳川家康に寝返った家のうちの一つです。
通常、こういうことをやった家柄は処罰を受けて、おとりつぶしなどにあっているはずなのですが、
朽木氏だけはなぜ、福知山藩をもらうという贅沢な待遇を家康からしてもらっているのですか。
意味が分かりません。

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A 回答 (5件)

> 通常、こういうことをやった家柄は処罰を受けて、おとりつぶしなどにあっているはずなのですが、



ただの誤解か、ただの妄信です。
小早川秀秋もそのような目にはあってないです。
小早川秀秋は、『関ヶ原の闘い』で西軍方を裏切ったとして世間の嘲笑を受けたものの、戦後の論功行賞では備前・美作・備中東半にまたがる、播磨国の飛び地数郡以外の旧宇喜多秀家領の岡山55万石に加増・移封された。
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御殿様は家臣など多くの人を抱えている、彼らを守る為に、弱肉強食の


時代、有利な方に付く・味方するのは、当たり前でしょう。
又、総大将は味方の兵の犠牲を最小限に、したいですから、お互いに
利があるのです、新たに加わった家臣の人となり、技量を見極める、
眼力がないと、総大将は務まりません。

軍師と呼ばれる人の役割の大きな部位はここに、有ります。
山本勘助は敵対していた真田家を説得して味方につけ、上杉謙信を
跳ね除け、信濃攻略に成功して、武田家は領土拡大に成功しました。
黒田官兵衛は、味方に付ける攻略に長けていたので、秀吉は重く
用いました。
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小早川家だって最初は優遇されている。


そもそも島津もそうだが、会津征伐に向かった家康に合流しようとしながら、石田・大谷などが挙兵したために家康軍に合流できなかった諸大名も多かった。

その後、家康は多数の書状を全国の大名に送っている。家康としては、西軍を裏切る、少なくとも積極的に参戦しない諸将たちの算段を付けたうえで、関ケ原の戦いに臨んだわけだ。
実際のところ、関ケ原で積極的に西軍のために戦った、少なくとも戦おうとしたのは、宇喜多、小西、石田、大谷、安国寺くらいだった。

ある意味、朽木等は関ケ原では戦況を日和見したかもしれない気配はあったが、最終的には決定的な場面で家康との約束通り西軍を裏切ったのだから、家康に褒賞されたのは当然だろう。
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西軍石田三成を裏切ったからこそ厚遇されるのですよ。



家康は石田三成との決戦にそなえて、西軍の武将に裏切るよう依頼をしているのです。ですので家康の依頼のとおり行動したのですから、厚遇されるのが当然でしょう。
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順序がどうなんでしょう?


裏切って→贅沢な待遇だったのか、
贅沢な待遇を約束されて→裏切ったのか…
後者だったら問題無さそうに思いますが。
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