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Ww2では原爆が落とされた事により、戦争が終結に向かいましたが、もし原爆がどこにも落とされなかったらどうなっていましたか?

今世界史のレポートを書いているのですが、ふと気になりました。
私の予想では、戦争がもっと長引き原爆以上の死者数が出るか戦争がただ長引き、空襲により原爆と同じような状況のなると思います。
皆さんはどう思いますか?

どちらにせよ使わないに越した事はないのですが、、、

A 回答 (7件)

1945年の時点では、ソ連は原爆を実用化していない。



>もし原爆がどこにも落とされなかったらどうなっていましたか?

ソ連の参戦で終結している。長引きもしない。
その場合はアメリカ軍が日本に向かうのがソ連の侵攻後になるので、
北海道がソ連領になっていたかもしれません。


史実でも、降伏の理由は原爆ではなくソ連の参戦です。

当時の日本は原爆以前から条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。
しかし、アメリカは原爆を使用する準備の時間を稼ぐ為に、曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇の地位への保証がない)を出すことで、日本が降伏できないようにしました。
(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、トルーマンはこの部分を変更しています。)

ただ、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えるこになるので、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)


日本は↑のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はできませんでした。
(実際連合国は、そのような戦後処理も考えていました)

更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が激昂し、政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。
そうなると、日本が朝鮮やドイツのような分断国家になって、朝鮮半島ではなく日本が米ソ対立の最前線になるかもしれませんでした。
そのような事態はアメリカも望んではいませんでした。


降伏については、原爆の影響もありますが、最も大きかったのは講和の仲介を期待していたソ連が裏切って参戦してきたからです。
これで、最後の望みが消えました。

その後の終戦までの経緯は↓




アメリカが日本に原爆を使用したのは、以下の理由によります。

ア:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
イ:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

「ア」についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

ア1:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

ア2:警告無しの使用の決定
トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。
(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)


原爆の被害については、あれほどになったのはアメリカが事前に空からビラを巻いて警告したのに、日本軍が回収して見せず、避難をさせなかったという主張もあるようです。
しかし、私はそれにも賛同できません。

アメリカが空襲前にビラを捲いていたのは事実です。

しかし、それには 何 故 か 【広島】と【小倉】は入っていません。
(小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。)

そして、長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。
(アメリカはこの事を隠していますが)

そして、捲かれたビラには広島と小倉は記されていません。
「Ww2では原爆が落とされた事により、戦争」の回答画像3
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それは、2つの問題を分けて考えてみましょう。


まず、総力戦で敵軍が殺傷力の極めて大きい新兵器を握った以上、必ず我々を殺しに来るということです(限定戦争なら話は別だが)。それは戦争の残酷な現実です。「人道的ではない」などのヤワな意見は退けられるということです。
その「必ず」を回避するために日本が取れる方策は、おそらく一つだけでした。ポツダム宣言を受諾して降伏すれば、もう原爆は落とせません。しかし、あろうことか日本は同宣言を「黙殺」しました。原爆が完成済みなことは、確(しか)と知っていなかったし。

それ以外のケースとして、日本が方策を取らなくても、米軍の技術的なトラブルなどで原爆が使えなくなった場合を考えましょう。
私たちは当然日本の肩を持ちますから、「原爆投下が無くても日本は間もなく降伏していた」と言いたがるのですが、いいえ、当時の日本は冷静な判断ができる状態ではありませんでした。ソ連参戦の後も、北海道を捨て石にしてでも、降伏の決断ができずに戦争は長引いたでしょう。ご質問者がおっしゃる通り、「戦争がもっと長引き原爆以上の死者数が出るか戦争がただ長引き、空襲により原爆と同じような状況のなると思います」。

これについては、「日本降伏は時間の問題だった」とあいまいなことを言う人もいます。しかし、時間の問題とは「すでに見通しがついていて、近いうちにそうなること」ですね。近いうちって、具体的にいつなんですか? 数日中? 数週間後? そのあいまいさを、米軍に突かれたんですよ。
ただし、私はアメリカの肩を持つ気はありません。空襲(無差別爆撃)も原爆投下も国際法違反です。米軍は原爆が完成するや否や(1個目のトリニティ実験が成功するや否や)、日本に十分な猶予を与えず投下作戦に突き進みました。「時間の問題」だからと言って、日本が降伏するまでしばらく待つような気はなかったのです。

1945年8月15日の玉音放送(終戦の詔書)は、「敵は新たに残虐なる爆弾を使用して」と原爆に触れていますが、ソ連参戦には触れていません。やはり、降伏の決断は原爆が契機でした。
ネトウヨさんは、ソ連の参戦で終結していると断言するのですが、ネトウヨより天皇のお言葉のほうが信用できます。
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アメリカ軍は千葉県の九十九里浜に上陸すると言われており


九十九里浜に穴を掘り、小さな子供には爆弾を入れた
リュックサックを背負わせ戦車がきたら爆発させる特攻を
計画していました
それを超えた戦車やアメリカ兵に対しては女性は竹槍で戦う覚悟でした

サイパンや硫黄島でも最後は手榴弾で自殺を命令されていました

「生きて虜囚の辱めを受けず」、アメリカ兵に捕まったら死ね
と言うことです
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日本が降伏したのは原爆ではなく、講和の仲介をすがっていたソ連が参戦して完全手詰まりになったからです。


従って、原爆投下の有無に関係なく同じタイムテーブルで日本の降伏は確定事項です。
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歴史に「もしも」はありません。

 そんなくだらないレポートを提出させるような教師の授業はボイコットしましょう。
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当時、ソ連も原爆開発を進めていました。


アメリカと競っていたのです。

原爆がなくても日本は戦争遂行能力がなくなっていましたから、降伏は時間の問題でした。

ただ、戦後の力関係を考えたとき、アメリカはソ連より優位に立ちたかったのです。

そこで、原爆の実戦使用ということで、実験もせず広島と長崎に原爆投下したのです。

予想よりも甚大な破壊力にアメリカも驚愕しました。
その当時は、まだ放射能の影響は良く分かっていませんでした。

もし、アメリカが原爆投下を控えていたら、ソ連が北海道に原爆投下をしていたと思います。

で、ソ連優位で戦後処理が進んだでしょう。
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日本の降伏は、時間の問題。

降伏が遅れたことにより、ソ連が分け前を強く要求。北海道を独立国にして、ソ連支配下にするぐらいの動きはあったかも。
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