学校で新聞にある科学の記事を切り取れっていう課題が出されたんですけど、
科学って具体的にどんなことですか?

私が考えている科学が新聞にはなさすぎて、なんだかよく分からなくて。
得に身近なものや新聞にのるような内容ではどんなものがありますか?
こんな質問でなんか凄い恥ずかしいんですが、どなたかお答えお願いします。

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A 回答 (9件)

科学とは物事を調べるための考え方(手法)だと思います


ある意味どんなものでも、科学的に考える事は出来ます
なので、新聞の記事は読み方(考え方)次第では科学になりうるのかな?
オカルト好きな人が「あなたは科学を信じているの?」なんて陳腐な台詞を吐く人がいますが、科学は信じるものではありません
まずは、科学とは何ぞや?と言う事から考えて見てはどうでしょうか

参考URL:http://web.archive.org/web/20010331122449/www.ge …
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言葉の意味を、改めて辞書で確認してみました。


【科学】
(1)体系的であり、経験的に実証可能な知識。
 物理学、化学、生物学などの自然科学が化学の典型であるとされるが
 経済学、法学などの社会科学、心理学、言語学などの人間科学もある。
 (広辞苑より)

つまり『ある事象を統計的に裏付けて、他の人にも理解できる方法を確立したもの』
と言えると思います。

科学による産物は、私たちの身の回りに満ちあふれています。

『蛍光灯はどうして光るんだろう』
『水に入った光はどうして曲がるんだろう』
『CDからどのようにして音が出るのか』
『なぜ健康のために野菜を食べると良いと言うのか』
『天気予報でどうして明日の天気が判るのか』
『なぜテレビは映るんだろう』

と、考えだしたらきりがありませんね…

何かについて、誰もが納得する答えを見つようとすることは『既に科学している』
と言えると思います。

新聞にだって、H2Aロケットのような宇宙開発、温暖化防止のための対策、地震予知
新型省エネカー発表など、材料はいくらでもありますよ…
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この回答へのお礼

皆様、こちらでまとめてお礼をさせていただくという失礼をお許し下さい。
皆様のご回答とても参考になり助かりました。
課題も何とか間に合いそうです^^;
本当にありがとうございました。

お礼日時:2005/04/09 20:34

自然哲学から派生した、一学問です。

19世紀初めにサイエンスとなずけられました。

仮説を理論により打ち立て、それを実験によって検証する学問のことです。

20世紀になって技術との境があいまいになってきました。もともとは別のものでしたが、総力戦時代になり、国家が科学を必要としたことから融合が進みました。
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「科学」とは,



「客観的普遍的に事象と解釈とを1対1で結び付けるもの」

です.
これを具体的に言えば,下記のみなさまがおっしゃられることになります.

だから,歴史や文学でも「人文科学」と表現されます.

でもおそらく学校の意図は,こんな広義の科学ではないでしょうね.
「自然科学」・・・自然を解明・解釈しようとするもので,
「理学」とも呼ばれます.
それを応用した「科学技術」を形成する活動は「工学」とも呼ばれます.

このあたりでしょうか.
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bluebenchさん、こんにちは。



科学とは、この広大無辺な宇宙のあらゆる現象を観察し、
無数に設定されている宇宙間の諸法則を、
ひとつひとつ発見していくことだと思います。

そうして、その法則に従うことが、人間の幸福につながるようになっているわけです。
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http://www.asahi.com/
の「サイエンス」を見れば
他の人の回答を理解できると思います。

参考URL:http://www.asahi.com/
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最近ではひまわり6号(H-2A型ロケット)の打ち上げなんてニュースがありましたが、ひまわり6号ってどういう人工衛星だかわかりますか?何をする目的で、宇宙空間のどこを飛んでいるんでしょう?これも科学の分野です。



ニュースによれば今年はスギの花粉が去年の30倍も飛ぶそうです。スギの花粉はどんな時に多く飛び、人間の体にどんな影響を与えるか知っていますか?これも科学の領分ですね。

インドネシアのスマトラ島沖のインド洋の海底で、再びマグニチュード8.5(一説によると8.7)の地震が起きました。これは関東大震災の何倍のエネルギーの地震だか知っていますか?昨年の12月26日に、今回の地震の震源地の近くで地震が起き、津波でなんと30万人を越える人命が失われました。今回の地震では不幸中の幸いながら、大津波という事態は避けられたようです。なぜでしょう?これまた科学の分野です。

科学とは、数学、物理学、化学、地学、生物学、気象学、天文学、工学、情報科学など、さまざまなジャンルから形成されている学問です。これらの学問は、日常生活における出来事から世界的な大事件まで、様々なニュースに関連してきます。
一見、科学のニュースというとノーベル賞の発表の時以外は関係ないのかと思ってしまいがちですが、それだけではなくいろいろな出来事が科学のニュースとして新聞に出てきます。
他にもたくさんありますが、どうか後は自分で探してみてくださいね。
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こんばんは。

「科学技術」という言葉はきいたことありますよね?科学というのは基本的に「自然をじっくりみつめる」ことを言います。技術は「自然を利用搾取」することをいいます。ですので、科学と向き合うのなら、最近の自然保護の向きの話でしたら大丈夫ですよ!!
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こんばんは。

「科学技術」という言葉はきいたことありますよね?科学というのは基本的に「自然をじっくりみつめる」ことを言います。技術は「自然を利用搾取」することをいいます。ですので、科学と向き合うのなら、最近の自然保護の向きの話でしたら大丈夫ですよ!!
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Q科学とは何か?

「科学」のカテゴリーにすべきか迷ったのですが、どちらかというと「科学哲学」的な質問かなと思い、こちらで質問させてもらうことにしました。

さて、内容ですが「ズバリ科学とは何でしょうか?」です。
あるいは、「どういったモノが「科学的に証明された○○」となるのでしょうか?」と言い変えても良いかもしれません。

例のTV番組、「あるある大事典」の捏造問題で昨今再び「科学的○○」なるものを「エセ科学」と糾弾しようとする記事もちらほら見かけるようになりました。
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/health/story/20070206jcast200725361/

しかし、そもそも「科学的に証明された」とはどういったことを指すんでしょうか?
私は安易に、「観察をして仮説を立て、それを実験によって再現性を確認できたら、科学的に証明された」と思いこんでいたのですが、、、。
しかし、これだと「実験による再現性の確認」が出来ない「人文科学分野や社会科学分野」は科学とは呼べなくなると気づきました、、、。

では、科学の本当の定義って何なんでしょうか?
あるいは、人文科学や社会科学は「科学」と呼べるモノなのでしょうか?
因みに、私はWikiを読んでも今ひとつピンときませんでした。
もしかして、案外いい加減に使われてたりします?^^;

参考のWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95

「科学」のカテゴリーにすべきか迷ったのですが、どちらかというと「科学哲学」的な質問かなと思い、こちらで質問させてもらうことにしました。

さて、内容ですが「ズバリ科学とは何でしょうか?」です。
あるいは、「どういったモノが「科学的に証明された○○」となるのでしょうか?」と言い変えても良いかもしれません。

例のTV番組、「あるある大事典」の捏造問題で昨今再び「科学的○○」なるものを「エセ科学」と糾弾しようとする記事もちらほら見かけるようになりました。
http://news.www.infoseek.co...続きを読む

Aベストアンサー

アメリカでほんの20数年前に、裁判レベルで「創造論」と「進化論」が争われました。
「創造論」とは要は聖書の記述こそが正しいとする主張し、世界は神によって創造されたとします。
従ってビックバン理論や生物の進化などはまやかしだと主張します。
そして創造論者は、彼らの創造論も学校で教えられなければならないとして
(つまり、世界は神の言葉によって創造されたことを「科学的事実」として教えられなければならないとして)、
「創造論-偽科学」と「進化論-科学」の対立が裁判にまで発展したのです。
そして、この裁判はなんと合衆国最高裁判所にまでもつれ込んだのです。
裁判の詳細は省きますが、その過程で「進化論」側が持ち出した科学の定義によれば、

「(1)自然法則に沿っていること。(2)自然法則にしたがった説明ができること。(3)経験によって検証が可能であること。
(4)結論はあくまで仮説であること…そして(5)反証できること。」

とされています。(マイクル・シャーマー『なぜ人はニセ科学を信じるのかII』(ハヤカワ文庫)p.81)

上記の定義はまぁ妥当な科学の定義だと思います。
先の回答者の方が広義の科学と狭義の科学を区別されていますが、
たとえ人文科学であっても、あるひとつの研究結果(歴史の捉え方にしろ、文学作品の様々な解釈にしろ)が
「科学的」に再考することが可能な訳です。
(まぁ文学作品などに一つの絶対的な解釈は存在しないので、その意味で自然科学的な意味での証明とは異なりますが。)

長くなってしまいましたが、質問者様が言う「科学的に証明された」とは、上記の定義の過程が繰り返し検証され、
これはどうやら間違いなさそうだと認められたときに「科学的に証明された」となるわけです。
そして、その証明もいつか誤りだったと証明される可能性を孕んでいるのです。

今回の「あるある」の問題に限って言えば、私見では「科学かエセ科学か」ろいうより、捏造という倫理的な部分が問題なのです。
納豆云々は検証すれば事実が判明されるはずなのに、その検証を(送り手も受け手も)行わず、
視聴率のために捏造したためこれだけ問題になったのだと思います。
情報操作が当たり前の今日において、テレビなどで流されるものは事実であるという誤った観念が広まっているために、
今回の問題はよけいに大事になったのでしょう。

アメリカでほんの20数年前に、裁判レベルで「創造論」と「進化論」が争われました。
「創造論」とは要は聖書の記述こそが正しいとする主張し、世界は神によって創造されたとします。
従ってビックバン理論や生物の進化などはまやかしだと主張します。
そして創造論者は、彼らの創造論も学校で教えられなければならないとして
(つまり、世界は神の言葉によって創造されたことを「科学的事実」として教えられなければならないとして)、
「創造論-偽科学」と「進化論-科学」の対立が裁判にまで発展したので...続きを読む

Q科学の種類について

最近科学に興味をもったのですが、科学の種類が多く何がどの様な分類となるのかが分かりません。
理系も出ていませんので、科学といわれる物には何があり、何に分類されるのか教えていただきたいと思います。

私が小学から高校までで学んだことから思っているのは、

理科が科学の基本である。
科学には「物理学」「生物学」「地学」「化学」の分類がある。
量子力学は物理学の一種である。
力学は物理学の一種である。
自然科学は??
情報科学は??

という感じででいまいちわかりません。
もっと色々な種類の科学があるとおもいますので、できれば全部知りたいと思ってます。
またその種類がどんな分類なのかも教えていただきたいと思います。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「科学」と言うのは,
事象と解釈との間に普遍的な一対一対応を見出そうとする思考法としての手段(科学的思考法)と,
それから得られた知識体系のことを意味するものですので,
前者の意味では分類されるものではなく,また,後者は幾らでも分類出来てしまいます.

違和感もありながらも,科学的思考法は人文学や社会学も対象とすることも
可能ですので,人文科学や社会科学なんてものも成立してしまいますので,
自然科学だけが科学ではありません.

また,その思考対象によって幾らでも○○学などと細分化出来てしまいます.
例えば科学研究費を申請するときに自分の分野を分類する指標として,
参考URLのようなものが定められています.
これが日本国が定めた一応の科学の分類とも言えますが,
実際にはもっと細かく分類されていろいろ呼び名があります.
しかしこの中には,科学的思考法でで得られた知識体系を用いようとする
活動も含まれます(なんとか工学などは特にその傾向が強いです)ので,
両者は厳密に異なる活動ではありますが,境界は複雑かつ曖昧なものだと思います.

参考URL:http://www.jsps.go.jp/code_18/code_a.html

「科学」と言うのは,
事象と解釈との間に普遍的な一対一対応を見出そうとする思考法としての手段(科学的思考法)と,
それから得られた知識体系のことを意味するものですので,
前者の意味では分類されるものではなく,また,後者は幾らでも分類出来てしまいます.

違和感もありながらも,科学的思考法は人文学や社会学も対象とすることも
可能ですので,人文科学や社会科学なんてものも成立してしまいますので,
自然科学だけが科学ではありません.

また,その思考対象によって幾らでも○○学などと...続きを読む

Q科学と科学技術の違いを教えてください。

科学と科学技術の違いを教えてください。

科学と技術の違いとは?

Aベストアンサー

先の質問であなたをからかったものです。

あなたはからかわれた自覚があるかもしれません。
そこからさらに、からかわれた理由を追求し(科学)、
からかわれないような文章を書きたい(技術)と考えたかもしれません。

科学と技術はそういうことです。

Q科学が進歩した例を教えてください!(急ぎです!)

こんな時間ですが急ぎでお願いしたいです!すみません!
他にもこのような質問はいくつかお見かけしたのですが、私が理解できなくて、分かってないのにまとめとして提出はできないので、わかりやすくお願いします・・・!

このレポートでわたしにとってのわかりやすいかなと思うのは、
こんな科学が発展したから、こんなことが可能になったよ!のような感じです。
たとえば医学が発展したから救える命が増えました、のようなものです!
できれば細かくお聞きしたいです・・・!

わかりにくい文章で申し訳ないです!
回答お願いします!!

Aベストアンサー

ちょっと長く書きます。
科学の進歩というのは、複層的なものです。

たとえば、印刷という技術は1450年グーテンベルクが印刷機を発明し、本を大量に安く作れるようになりました。本を安く大量に作れる、ということは、それまで本を読んだことがない人達も読めるようになったわけですが、本を読んだことが無い人たちは、そもそも「文字が読めない」のです。

本が大量に印刷された後、何が起きたかというと、聖書が大量に印刷され、各地の教会で配られ、特に若い世代を中心に聖書を使って文字を読む、ということが行われました。つまり15世紀を境にしてヨーロッパでは識字率が向上し、それが大航海時代に海図を読んだり、天測したりという人々を大量に作りだし、その後の植民地支配時代の幕開けとなっていったのです。

現代でいえば、面白いのはコピー機です。特に日本や中国の漢字文化圏ではコピー機の登場はパソコン並みの威力がありました。
元々、英語などのアルファベットを使う国では、文章をコピーするのはそれほど難しいものではありませんでした。タイプライターがあるからです。昔の手打ち式のタイプライターは女性の花型職業で、文章をコピーするためにはカーボン紙を神の間に挟んで打つことで、3枚から5枚ぐらい複写できたのです。
一人が最初の原稿を5枚一度に打ってコピーし、次に5人で5枚打てば25枚のコピーが2回の手間で出来てしまいます。しかし、日本語のように漢字を使う国はどうしようもありませんでした。

それが変わったのがコピー機です。コピー機のおかげで自由に資料を複製することができるようになりました。FAXも同じように使えるため、今でも日本の会社にはコピーとFAXがあるのが普通です。
外国から見ると「これだけITが進んでいる日本でなぜFAXがまだあるの?」と驚かれるのですが、日本語(漢字)の都合上、パソコンで打つだけではダメな時がたくさんあるのです。
ああ、これは、技術の進歩というより、文化的な限界のほうですね。

じゃあ、もう一つ人工衛星について、
人工衛星の技術の最初は、戦争中にドイツが開発したV2ロケットにあります。このロケットはドイツからイギリスまで飛んで攻撃できるため、ドイツが開発しドイツの敗戦後は技術と技術者がアメリカとソ連(ロシア)に移っていきました。戦後、アメリカとソ連が宇宙競争できたのは彼らドイツ人が居たからです。
このロケットの能力を高めると、宇宙まで飛んで行けるわけで、まず人工衛星を運ぶ技術ができたわけです。

次に人工衛星のアイデアですが、これはアーサー・C・クラークというSF作家が考えだしています。この人のおかげで人工衛星を使った国際通信などができているわけです。

逆をいえば、人工衛星を使った通信はアイデアが先にあって、技術があとからやってきました。パラボラアンテナ(お椀型のアンテナ)は人工衛星に使うために開発されたのが最初です。
これによって、国際間の宇宙中継ができるようになり、日本で初の人工衛星を経由した国際中継はアメリカからのものでした。実はこれにはエピソードがあり、日本初の国際宇宙中継はケネディ大統領暗殺シーンだったのです。

今では、どこでも誰でも地球の裏側の出来事が見られるようになっていますが、日本での最初はかなりショッキングなものだったのです。

あ、そうそう、実は「地球が青い」というのはガガーリンが宇宙遊泳してから初めて分かったことです。人々が「青い地球」を知ったのはもっと遅く、アポロ計画で月から地球を撮った写真が公開されてからです。有名なアニメである鉄腕アトムには、このアポロ以前の地球が出てきます。白黒テレビの時代の鉄腕アトムの最終回、アトムが原子爆弾を太陽に投げ込むのに地球を振り返ってみるのですが、まだアポロ計画以前だったため、なんとなく青く塗られたボールで表現されていたのです。

つまり、技術の進歩というのは、最終的に人類の知覚を変えてしまうのです。最初に書いた印刷は「誰でも文字が読める」という変化をもたらしました。これによって誰でも文字で遠くの人でも意思疎通が可能になったわけで、今のインターネットやLINE並みの大変化だったといえます。

また地球の姿を多くの人々が見たことで、戦争の規模が縮小された、という意見があります。「宇宙船地球号」という取替の効かない星に私たちは住んでいるのだ、という意識が芽生えたと言われています。昨今の温暖化問題に対する意識も「青い地球」という意識が下敷きになっているのです。

この意識の変化を支えているのが、技術です。

ちょっと長く書きます。
科学の進歩というのは、複層的なものです。

たとえば、印刷という技術は1450年グーテンベルクが印刷機を発明し、本を大量に安く作れるようになりました。本を安く大量に作れる、ということは、それまで本を読んだことがない人達も読めるようになったわけですが、本を読んだことが無い人たちは、そもそも「文字が読めない」のです。

本が大量に印刷された後、何が起きたかというと、聖書が大量に印刷され、各地の教会で配られ、特に若い世代を中心に聖書を使って文字を読む、ということが...続きを読む

Q哲学と科学の違い

哲学と科学の違いとは何ですか?教えて下さい

Aベストアンサー

科学は哲学の一分野です。

科学も哲学も、ある種の「問い」に答えようとする活動です。
でも、迷子の子猫ちゃんの名前を問うような問いでは面白くない。一回しっかり検討しておけば、後々に使えるようなのが面白いし重要だ。それで、何らか普遍性・再現性があるように見える現象を捉えて、その背後にある(かもしれない)本質、つまり法則を見つけ出したいというのが一つの到着点です。(例えば「法則なんか、ない。」なんて答も、あんまり役に立たないですけど、法則を主張したことには違いないでしょ。)そうすると「問い」を作り出すこと自体が哲学に含まれてきます。つまらん問い、どうしても答えようのない問い、答の出る問い。問いの内のあるものは問うたとたんにもう答が出てますし、答がまとまらない問いもあるだろうし、どう答えてもおかしくなるような仕掛けが入った問いもあります。
そういうものを見極めるにはどうすりゃいいんですか?ちゅう問いもアリです。

科学では、(ネタや発想をどこから持ってくるかは別として、)最終的に「科学的方法」という形式に従って法則を記述し、実証しなくては落第です。

哲学では、方法を科学的方法に限ったりしません。それどころか、何にでも一般に通用する方法というものはないと考えている。科学とは相反するのかというと、とんでもない。そうじゃなくて、科学を含むんです。科学で解決される問いはいっぱいありますからね。新しい方法を開発するのも哲学の内だし、その方法で手に負えない問いを出して見せるのも哲学。

最も成功した哲学の代表選手は、やっぱり理論物理学でしょう。11次元空間で記述される(まだ詳細不明の)理論から導かれる10次元空間における沢山の物理理論、という描像。物に質量が生じる機構とそれに関わる未発見の粒子、という描像。これらは紛れもなく形而上学ですよ。直接実証できる見込みなどありませんからね。
 科学においては、何かを実験的に実証した、と言うことがある。ですけど客観的には、実験はただの統計の偏りを示しただけのこと。そこに理論から演繹された予言との一致を見て、「少なくとも辻褄はあってる」と言っているに過ぎない。だから確かな例外が一つ出れば全てがひっくり返ります。だからこそ、世の中的には「既に実証済み」と思われてる理論・法則が、いつまで経っても研究の対象になっています。

下記URLでも似たようなこと書いてますんで、ご参照下さい。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=53553, http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=12863

科学は哲学の一分野です。

科学も哲学も、ある種の「問い」に答えようとする活動です。
でも、迷子の子猫ちゃんの名前を問うような問いでは面白くない。一回しっかり検討しておけば、後々に使えるようなのが面白いし重要だ。それで、何らか普遍性・再現性があるように見える現象を捉えて、その背後にある(かもしれない)本質、つまり法則を見つけ出したいというのが一つの到着点です。(例えば「法則なんか、ない。」なんて答も、あんまり役に立たないですけど、法則を主張したことには違いないでしょ。)そ...続きを読む

Q科学技術の進歩は必ずしも人間を幸せにしないのではないか?

暇人の質問をお許しください。

私は、今、数学や物理学、機械製図の勉強をしている者ですが、最近、人間の幸せは科学の進歩とはイコールではないのではないかと強く思っています。

1、例えば、自動車を開発して人間はA地点からB地点 まで早く移動する事が可能になったはずですが、排気 ガス、交通事故、車社会のために子供たちが外でのび のびと遊ぶ自由を奪ってしまったなど考えられないで しょうか。

2、また、パソコンの開発により、人間は大量の仕事を 効率よく短時間で処理する事が可能になった。本来な らば、その余った時間は自分の時間を得られるはずな のに、逆に仕事量が増え、トータルで考えれば、以前 より仕事量は変わらないか、以前より増えたのではな いか?

3、イネの品種改良で、害虫や寒さに強いイネを作り出 して、以前より人間の飢えなくなったことは多分幸せ な事だと思いますが、その結果、人口爆発によって地 球上の人類全員分の食糧を供給できないのでは?

4、僕はイヌ、ネコの方が人間より幸せそうに見えるの ですが、だとしたら人間が作り出した科学技術や哲学 や文明は何の為だったのでしょうか。

科学技術の進歩で幸せになるのならば、21世紀より20世紀の人間の方が不幸であり、20世紀より19世紀の人間の方が不幸だったのですか?そんな事は無いと思います。

科学技術の進化は功罪いずれもありますが、功<罪ではないかとの思いにとらわれています。
しかし、今、僕が利用しているインターネットも科学技術ですよね。

長文すみません。
僕は、気楽に哲学や科学を語れる友達がいないのです。

皆さんの率直なご意見、ご批判を是非お聞かせください!

暇人の質問をお許しください。

私は、今、数学や物理学、機械製図の勉強をしている者ですが、最近、人間の幸せは科学の進歩とはイコールではないのではないかと強く思っています。

1、例えば、自動車を開発して人間はA地点からB地点 まで早く移動する事が可能になったはずですが、排気 ガス、交通事故、車社会のために子供たちが外でのび のびと遊ぶ自由を奪ってしまったなど考えられないで しょうか。

2、また、パソコンの開発により、人間は大量の仕事を 効率よく短時間で処理する事が可能に...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。

 人間の幸せは科学技術の発展とイコールではないのではないか、ということですが、もちろんつながりません。正確には、第1に、物質的豊かさは満たされることは、精神的豊かさを満たすことにはならないということです。
 第2に、科学技術の進歩には、たえずマイナスの要素がつきまといます。具体的側面でも、思想的側面でもそうです。こういうのを専門的には、「逆機能」と呼びます(社会学)。

1、例えば、自動車を開発して人間はA地点からB地点 まで早く移動する事が可能になったはずですが、排気 ガス、交通事故、車社会のために子供たちが外でのび のびと遊ぶ自由を奪ってしまったなど考えられないで しょうか。

 自動車の開発によって、移動が効率的にできるだけでなく、ヒトとモノの輸送がスムーズにおこなえるようになった結果、経済的発展だけでなく、人々の可能性が拡大されている。これは順機能です(つまりメリット)。
 しかし、みなが便利さを追求した結果、車は大衆化し、大量の排気ガスをはき出しました。結果はご存じのように、環境破壊・交通事故など人災を創造するなど、逆機能(デメリット)をもたらしています。


2、また、パソコンの開発により、人間は大量の仕事を 効率よく短時間で処理する事が可能になった。本来な らば、その余った時間は自分の時間を得られるはずな のに、逆に仕事量が増え、トータルで考えれば、以前 より仕事量は変わらないか、以前より増えたのではな いか?

 このことは情報社会化と名付けられた現象です。順機能はあなたのおっしゃる通り。結果的には、経済・政治・文化的領域において、さまざまなメリットがもたらされています。インターネットのネットワークの力は、国家や企業などが有力な情報を独占していた事態から救っただけでなく、さまざまな世界市民が結びつき大きな勢力となっているというのは事実としてあります。
 逆機能については、説明はいらないでしょう。いろいろ思いつくはずですから。


3、イネの品種改良で、害虫や寒さに強いイネを作り出 して、以前より人間の飢えなくなったことは多分幸せ な事だと思いますが、その結果、人口爆発によって地 球上の人類全員分の食糧を供給できないのでは?

 これは農業の産業化と関わっています。品種改良という市場は、いまや大企業のものです。
 農業系企業は、品種改良しては地元の農家へと売り込み、必死に営業しています。基本的には、ファッションのブランド戦略と何ら変わりないと思います(笑)
 品種改良の重点は、たしかに育てやすさ(害虫などに
強い)という点もありますが、もう1つは「おいしさ」にあります。企業では、トマトであれば、トマトの甘さを数倍にすることで、おいしいトマトを作り上げてしまいます。正直なところ、人間の舌の感覚でおいしいものに作り上げているので、普通のトマトはこれにかないません。ですから、歯止めはききません。
 ただ食糧供給危機は、すでに発生しているといえるでしょう。とりわけアフリカではそうです。品種改良の問題は、遺伝子組み換え大豆がそうであったように、元々自然であったものを改変するわけですから、健康上の害を及ぼすような逆機能は生じるでしょう。
 とはいえ、この場合は明らかにわれわれの感覚では、順機能が大きいですね。


4、僕はイヌ、ネコの方が人間より幸せそうに見えるの ですが、だとしたら人間が作り出した科学技術や哲学 や文明は何の為だったのでしょうか。

 極端な動物学者たちは、イヌ・ネコをはじめ、動物園という存在を忌み嫌っています。それは、本来動物たちには動物たちが生きるべき空間の広さというのが、あるはずだからです。大草原をかけめぐるべきトラは、檻のなかに閉じこめられ、彼らの身体に影響を及ぼしていないはずがない…と。
 実は、人間もこれと似たような状況です。人間自身もおのおのが生きるべき空間や時間というものがあったはずです。しかし、人間をはじめ動物には、高い適応能力があります。少々の環境の変化には動じないというものです。
 科学技術の発展は、人間の社会的環境をめまぐるしく変化させました。かつての哲学者・科学者は、進歩という「大きな物語meta-narrtive」に大きな夢を抱き、その可能性を信じていました。しかし、そうしたhumanism(人間中心主義)は、たとえば「環境」という視点に欠如していました。結果はご存じのとおり。
 こういうことを、かのカール・マルクス(社会主義思想の根本的提唱者)は「疎外」と呼びました。疎外とはいくつか意味がありますが、その1つは、「人間自身は、自らの生み出したものに対して対立する」ということです。
 たとえば、核爆弾です。これは、人類と科学技術が生み出した最強の兵器です。いまや人類を崩壊させかねないものを、人間自身が生み出してしまったのです。核に関しては、ご存じのとおり日本においては悲しい歴史があります。人間が人間自身が生み出したものによって、自滅する。なんともバカらしい話です。
 

→ 科学技術の進歩で幸せになるのならば、21世紀より20世紀の人間の方が不幸であり、20世紀より19世紀の人間の方が不幸だったのですか?そんな事は無いと思います。

 こうした観点は、さまざまな呼び名がありますが、一般的にはダーウィン思想を起点として「進歩史観」といいます。つまり、「野蛮から文明」へ、「宗教から科学」へ、などなど、世界が悪いものから、より良き方向へと移っていくという考え方です。
 今では、これはほぼ否定されていますが、ほんの少し前まで、過去においてはこれはきわめて有力な発想でした。マルクスは封建制→資本主義→社会主義という時代のパラダイム転換があると本気で考えていました。しかし、マルクスは産業化がもつ多大な影響力を十分に分かっていなかったのです。つまり、科学技術の進歩。
 それは無理もなく、20世紀以降の急激な科学技術の進展など誰も予想していなかったといういうべきでしょう。
 また日本においても、福沢諭吉は日本は野蛮から脱して、西欧の文明化へと早急に到らなければならないと述べています。これは植民地化されることへの懸念でもありました。
 ある意味で、科学技術の世界的進歩は、自衛の強制でもあったかもしれませんね。
 こうした進歩史観は、今ではほぼまったく否定されるか、改変されています。


 時代は、「科学技術の進歩」という大きな夢を抱くときから、「いかに科学技術をもちいるか」という再考のときへと移っています。
 世界は、近代への反省を求められ、修正せざるをえなくなっています。功罪はありますが、だからといって基本的に科学技術を捨てることはできないのが現状です。
 
 ある論者は、科学の進歩は、人間の進歩を意味するのではなく、退化であるとしています。というのは、かつての全生活を担っていた人間のほうが、肉体的にも精神的にも高い能力をもっていたからです。今われわれが用いている科学技術のなかで、どこか人間は進化したように見えるのですが、実際はより高度な人工物が溢れているだけです。

 科学技術を捨てることができないのは、われわれが退化したがゆえであるともいえます。社会は、いまや巨大な科学技術とそれに基づいた市場なくして、生きられないのです。都市が突然機能停止するなら、人間は暴走し収奪しあうでしょう。彼らには、作物を育てる技術も、木の実をとる技術も、火をおこす技術もありません。

 とすれば、やはり科学技術の放棄ではなく、科学技術の利用について、より正しい方向性を考え、導いていくほかないといえます。

 こんにちは。

 人間の幸せは科学技術の発展とイコールではないのではないか、ということですが、もちろんつながりません。正確には、第1に、物質的豊かさは満たされることは、精神的豊かさを満たすことにはならないということです。
 第2に、科学技術の進歩には、たえずマイナスの要素がつきまといます。具体的側面でも、思想的側面でもそうです。こういうのを専門的には、「逆機能」と呼びます(社会学)。

1、例えば、自動車を開発して人間はA地点からB地点 まで早く移動する事が可能になった...続きを読む

Q化学と科学の違いとは?

化学と科学の違いについて、解りやすく、詳しく教えてください。

Aベストアンサー

まず、化学はchemistryの訳語、科学はscienceの訳語です。

科学とは、辞書によれば
>一定の対象を独自の目的・方法で体系的に研究する学問
のことで、さまざまな学術的活動の総称です。
狭義では自然科学を指し、物理学、化学、生物学、地学、数学などを
含みます。
広義では社会科学(社会学、政治学、法学、経済学など)と人文科学
(哲学・言語学・文学・歴史学など)をも含みます。

化学は、上記のように、その科学の中の一部門で、
>物質の構造・性質や物質間の変化を研究する学問
のことです。
要するに中学・高校の「化学」の授業で習うようなことを扱う学問です。

口頭で化学と科学を区別する場合、化学は「ばけがく」と読まれます。
(科学は「かがく」としか読みません)

Q理性の対義語は?

理性の対義語はなんというのでしょうか?

感性。感情。本能。

このうちのどれかですよね?(違ったら教えて下さい)
また違っている残り2つの対義語はなんなのでしょうか?

よく理性に対して比較するもの(?)として書く事が良くありますよね?
そういうときにどれだか分からなくてよく困る事があるので教えて下さい。

Aベストアンサー

【理性】をどう捉えるかって事により、対義語はかわってきます。
(皆さんのご指摘のように)
感性、感情、本能とれも文脈によっては、使えるでしょう。

ここでは、上記以外の対義語を上げましょう。
哲学的でありますが。。。『本性』(ほんせい、ほんしょう)です。

人間が、社会活動や学問等や教育で身に付けるものが「理性」とするなら、
それに対して、人間が生まれながらにして有しているとされるものが「本性」です。

「本能」に意味合いは近いですが、
「本能」のほうは、動物的な習性として語られる場合があるのに対し、
「本性」のニュアンスは、人間の倫理の有無について語られる場合が多いです。

Q有機物と無機物の違いはなんですか?

稚拙な質問ですいません。
有機物の定義とはなんでしょうか?
無機物とどこで線が引かれるのでしょうか?
有機化学と無機化学の違いはなんですか?
髪の毛は有機物?無機物?
ご教授ください

Aベストアンサー

有機物とは基本的に生物が作るもので炭素原子を含む物質です。また、それらから派生するような人工的で炭素を含む化合物も有機物です。ただ、一酸化炭素や二酸化炭素は炭素原子を含みますが無機物に分類されます。
無機物とは水や空気や金属など生物に由来しない物質です。

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む


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