一般的に他動詞は「を」(例:りんごを食べる)を目的語としてとりますが、頼る・噛み付く・頼むなどは「に」(例:親に頼る・腕に噛み付く)をとるのはどうしてですか? 誰か教えてくださーい。

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A 回答 (1件)

●最も簡単な解決方法は、「それらは他動詞ではない」と言うことでしょう。


 ナイーブな定義では、「他動詞とは目的語を取るもの」「目的語とは<を>で導かれるもの」となります。
 そもそも、何故、「頼る・噛み付く・頼む」を他動詞だと判断されたのですか?
 他の2つはともかく、「噛み付く」は自動詞と呼ぶのが自然のような気がします。

●ところで「頼る」「頼む」は、「親を頼る」「親を頼む」「親に仕事を頼む」とも言えます。
 ある動詞が「を」をとるのか「に」をとるのかは、その動詞の意味の問題とも言えます。上手く説明できませんが、「読む」という動詞の意味は「を」という助詞を接続できるインターフェイスを持ち、「従う」という動詞の意味は「に」を接続できるインターフェイスを持つのです。従って、「親を頼る」の「頼る」と「親に頼る」の「頼る」は違う意味の動詞なのです。
 実際、ある動詞が、どのような助詞を取るかは、全くその動詞に依存し、自動詞・他動詞と簡単に分類するだけでは説明できません。例えば、現代語では「AをBに持ち替える」と言いますが、古くは「BをAに持ち替える」とも言いました。これは、「持ち替える」という動詞の性質が変化したからでしょう。また、英語の他動詞"regard"は、「~を見る」という意味も「~に関係する」という意味もあります。これも"regard"の意味の問題といえます。

●もっとも"regard"の例は、英語の「目的語」概念と日本語の「<を>に導かれる単語=目的語」概念の相違とも言えます。
 しかし、そもそも「目的語」「他動詞」という概念はラテン文法のための「格」概念を英文法に適合するように書き直し、それを日本文法に無理に当てはめているので、ある程度の有用性はありますが常に妥当する概念ではありません。
 そこで、日本語に限って問題を再構成すると、「を」とは何か?「に」とは何か?という点を考えねばなりません。
 この点、山田孝雄は、「を」とは「動的対象」であり、「に」とは「静的対象」であるとします。これで全てを説明できるわけではありませんが、一つの解答例と言えましょう。つまり、「親<を>頼る」という言葉のイメージは「東京で一旗あげようした息子が、事業に失敗し田舎の親元に身を寄せるため、上野駅から汽車で帰る」という動的なイメージがあり、「親<に>頼る」という場合「家でごろごろしていた道楽息子が、博打で借金し、親に泣きつく」という静的なイメージがあるのです(?)。

●解答になっているか心配ですが、言語というものは「目的語」概念ひとつとっても奥が深く難しいものです。
 しかし、カテゴリカルに「目的語=を」と考えず、「~に頼る」を他動詞だと感じた感覚は鋭いですねぇ。
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Q「やばーい」「まじやばーい」

最近TVを見ていて思いますが、美味しい物を食べた若い子が、美味しいの表現を「やばいよー」「まじやばーい」と言っていますが、どう思いますか?美味しいでは駄目なのかな?

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「やばいよー」「まじやばーい」
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上品に言えば
「実に美味しい」
「実に美味しゅうございます」
「とても美味しいと感じます」
のような表現になるでしょうが、
「わ~っ! おいしいっ!!!」という(特に若い女性の)気持ちを表現するものとして市民権を与えても構わないでしょう。
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解説お願いします。

Aベストアンサー

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 1000-100=900

80円のりんごをx個、130円のりんごをy個買ったとすると
りんごの個数は
 x+y=10 …①

りんごの代金は
 80x+130y=900 …②

この①、②を連立方程式として解きます。
①より
 y=10-x …①’

これを②に代入して
 80x+130(10-x)=900
 80x+1300-130x=900
 400=50x
 x=8

80円のりんごは8個買っています。

QA列(名前)    B列(数量) りんご      5 バナナ      6 りんご      3

A列(名前)    B列(数量)
りんご      5
バナナ      6
りんご      3
スイカ      4



上記の様な表があるとします。
例えば
りんごの個数だけをエクセル関数を使って割り出す方法ご存知ないでしょうか?

Aベストアンサー

SUMIF関数を使用します。
りんごの合計を表示したいセルを選択し、関数一覧からSUMIFを選択します。
「範囲」にはA列の名前を全て選択、「検索条件」には"りんご"と入力、「合計範囲」にはB列の数量を全て選択すると、りんごの合計が表示されます。
直接入力するなら、りんごの合計を表示したいセルを選択し、「=SUMIF(A1:A4,"りんご",B1:B4)」と入力してもOKです。

Q誰かお願いいたします。 小論文書いて下さい。例は 暗記することについてあなたの意見を述べなさいです。

誰かお願いいたします。
小論文書いて下さい。例は 暗記することについてあなたの意見を述べなさいです。

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No2です。 大変長らくお待たせしました。 オリジナルです。


   効率の良い、暗記の方法

暗記とは、何も見ないで、口に出して覚える記憶方法の一つです。「歴史」は暗記科目と言われます。ですが、ただ闇雲に丸暗記しようとしても上手くいくものではありません。今回は、どうしたら効率良く暗記できるか考えてみました。
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気が散ると、頭に入りません。耳栓を使用して、外部の音を遮断することで、効果が上がります。自分の声が頭の中に響きます。いつもと違う状況が、暗記を助けてくれるでしょう。
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参考書を買って来ただけで、勉強した気になってしまう人があります。読んでいるときは、暗記を助けてくれますが、書いて覚えようとすると、書くという作業をしている間は、手が動いているだけで、暗記をしているわけではありません。黒板の文字をノートに書き写しても、頭には残っていません。記憶を定着させなければ。
指は、第三の目と言われることがありまます。暗記したいところで、指先を押さえるのも有効でしょう。
読んで理解した後は、目をつぶってください。一度、視界を遮断することで、記憶が定着します。
倒立して、頭に血液を移動させてください。その状態で、音読してください。脳が活性化します。
ずっと机の前に座っていては、血液の流れが悪くなります。身体を動かして記憶しましょう。本を歩きながら、あるいはスクワットしながら読んでみるのも良いでしょう。
私は、夏休みの間、これらのことを実践してきました。2学期の成績が急成長することをお約束します。みなさん、ご期待ください。

No2です。 大変長らくお待たせしました。 オリジナルです。


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長文です。(しかも複数質問あります)

いま、デス・エデュケーションの日本での実践例を探しています。
海外の例は分かりやすく本にまとめてあったりするのですが、日本ではデス・エデュケーションがまだマイナーなためか、なかなか見つかりません。
というか、調べていけばいくほど、デス・エデュケーションが何なのかが分からなくなってきています。
というのも、日本でのデス・エデュケーションの実践例を調べていると、どうしても「いのちの授業」ばかりが出てくるのです。(映画化もされてる豚のPちゃんの授業や、ニワトリを育てて食べる、など)
いのちの授業を、そのままデス・エデュケーションと捉えていいものかと悩んでいます。
デス・エデュケーションとは、つまり「死への準備教育」ですよね。その広い意味での目的は、「死を通して生を考える」ことなんだそうです。海外では「よりよく死ぬためによりよく生きていこう」なんてまとめに持っていくことも多く…。その、「死を通して生を考える」というのは、いのちの授業に当てはまりますかね?当てはまる気がするような、微妙にずれてるような…とにかく考えすぎてちょっと混乱中です(笑)

そしてそして、肝心の学校教育での実践例なのですが。本当になかなか見つかりません!なので。

質問その1:「いのちの授業」=デス・エデュケーションと考えていいでしょうか。
質問その2:みなさんはデス・エデュケーション(いのちの授業でもいいです)を受けたことがありますか。
質問その3:受けたことがあるなら、それについて出来るだけ詳しく教えてください。(都道府県名、小中高いつだったか、どのような教材を使ったか、どのような内容だったか、など何でもいいです!)
質問その4:受けたことがあっても無くても、デス・エデュケーションの実践例を知っている人はいくつでも何でも書いてください(出来るだけ詳しく)!

質問多くて申し訳ないのですが…何とか助けてください!!!もう…崖っぷちです(笑)

長文です。(しかも複数質問あります)

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Aベストアンサー

回答1
「いのちの授業」は、生命を大切にし、せっかく生まれてきたのだから自殺を考えず、寿命を全うして生きなさい、という考え方いいのでは。
大切な授業だと思います。
回答2
ありません。「デス・何とか」は初めて知りました。
回答3
テレビ「金八先生」で似たような授業があったように記憶しています。
回答4
実践例は、残念ながら存じません。

※全くのしろうとの回答でお役に立ちませんで申しわけありません。


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