よく、文系の大学生の就職の場合、就職試験で通り、面接試験を受けると聞きますが、面接で企業が見るのは大学時代にどのような活動をしていたのか、ということと本人のコミュニケーション能力だと聞きます。

同時に、大学の成績や学部・学科の内容はほとんど気にしないと聞きます。成績や学業の内容ではなくて、重視されるのは就職試験・面接におけるアピールということになりますよね。
しかも、「大学生活での経験」については、「例えばバイトで重要な仕事をした経験」とか「海外旅行をして自己を見つめなおした経験」とか、「サークルや部活動で指導的地位を勤めた」、「資格の有無」などだといいます。

思うのですが、これらって、例えば○○大学法学部に行かなくたって、経験しようと思えばできることですよね。それこそ、専門学校でもいいわけです。「大学」本来の学業よりも、学業に付随している部分のほうが遥かに評価対象のような気がします。学業が本業である学生の「学業」の部分(成績や卒業研究)よりも、前大学的な「人格」とか「個人的経験」を重視するなら、【そもそも就職を考える人は、大学には「合格」さえしてしまえばそれで良くて、講義やゼミにまじめに参加するのではなく、課外活動に専心没頭した者のほうが向いている】ということになりませんか?

学府である大学で、学業ではなくて、課外活動や資格、コミュニケーション能力を重視するのなら、大学は「入ってしまえばそれでいい」ことになりませんか?

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A 回答 (3件)

No.1で書かせてもらったbascavilです。



たしかに、不愉快ですなあ。就職活動なんかしてますと、「リクルーター」という年齢の若い人(OBとか)と接するわけですが、話をしてても教養のかおりなんかしないアンちゃんみたいなのばかりなわけです。学歴はしっかりしているんですが、人間としての内容が無い。こういうのが、可愛いと思われるし、こういう人は自分みたいなのが好きなわけですな。

で、「学問に研鑽した人間はむしろ不利」というわけではないわけです。学問の内容が問題にされないだけで、コミュニケーション能力・柔軟性(要するに若いということ)を雇う側が持っていると考えればいいわけです。だから、重要なのは「若さ」なんです。大学の学問自体は企業の慣習とは違うので、役に立たないわけです。頭は良い・その上で純白で空っぽなのがいいわけですから、必然的に「新卒採用主義」になります。新卒採用主義(大学での成果は問わない主義)によって、大学は「この年齢までに卒業していなければならない」という期限がうまれますから、必然的に18歳での受験競争が激化することになります。

例えば、「高校卒業して、いったん働き、そこで学問の必要性を感じて、大学に入る」という選択肢は不利以外の何者でもないわけです。大学での学問は評価の対象ではないからです。単なる経歴上の傷になるだけなのです。企業としては、遅くとも24歳までに卒業していないと大卒者ではないわけです。

アメリカも昔はそうでした。というか、大学など不要!少しでも早く実社会で学ぶべしという風潮がずっとありました。ただ、凄い移民社会で人間の質の判定が難しかったこと、長い不況で、上の人間が使いやすい人間よりも、有能な即戦力を社会が求めたことによって、この状況が変わったわけです。アメリカは非常な学歴社会です。年齢に関係なく大学での学位が威力を持ちます。さっきの例で十分サクセス・ストーリーを狙えるわけです。もちろん弊害もあるでしょうけどね。

日本も余裕がなくなってきましたから、社員の一生の丸がかえが難しくなってきたので、純白少年をゼロから教育する余裕がなくなってきたので、当然、大学での成果が意味を持つようになっていく傾向にはあるでしょうね。ただ、その反映として、大学での学問は、「直接役に立つ」学問になっていくでしょうね。純学術的なことは、学者のみがやることになるでしょう。アメリカなんかも、経営学部や工学部なんかは、ピカピカの校舎ですが、文学部、歴史学部なんかはボロボロの校舎です。まあ、それでもいいんですけどね。

こういうふうに、大学での学問や学生のあり方は、企業社会の要請によって変化するんですなあ。ただ、「大学を出なければ、よい仕事は望めない」という傾向自体は、強まりこそすれ、弱まることはないでしょう。ただ、「新卒採用主義」の後退により、大学での勉強の価値は増えていくでしょうね。
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>同時に、大学の成績や学部・学科の内容はほとんど気にしないと聞きます。



そんなことはありませんよ。
普通の会社では、やはり成績は関係しますし、学部も気にします。
上場会社の数は山ほどありますので、「確かに学部・成績不問」という会社も中にはあるということでしょう。

大学はペーパー試験中心で選考しますが、会社は面接中心ですので、逆にさきに大学名や、学部、大学での成績でふるいにかけておく必要があります。
でないと、人事がオーバーワークになりますから。

まぁ、素材としての大学新卒という考え方は、終身雇用を前提にしておればこその話ですから、今でしたら何もわからん新卒を手取り足取りという余裕がなくなっている会社が多いことは事実です。
経理にまわすなら、せめて日商1級はとっておいてとか。関連科目で可とるようなアホは要らんとか、事前に釘をさされることはあります。
人事としても、こいつここにまわしても長続きしないでつぶれるだろうなというのはこわくて配属できませんから、成績+面接時の反応+本人の職種に対する希望+人事としてのシビアな目を加味して採用してゆきます。
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まあ、おっしゃるとおりですね。



これまでの日本企業にとっては、大学入試がいわば1次試験だったんです。つまり、大学入試に通るということは最低限の知能の保証だったわけです。大学のランクが知性のランクとされました。
そのうえで大学入試後は、4年間遊ばせて、頭の中身を空っぽにして、「使いやすい」「教育しやすい」人間になるようにして欲しいというのが企業社会の要請でした。そして、卒業にさいして、以下のように、枠を決めて審査します。

一流大学→幹部候補
中堅大学→中堅幹部候補
三流大学→前線の兵隊

つまり、日本の大学が入ってから楽だといわれてきたのは、実は企業社会の要請でもあったわけです。だから、文系で大学院にいくと就職が難しかったのもこういう理由ですね。「使いやすさ」を基準に人間をとるわけですから、知能が高くて、ないかつ空っぽな人材が良かったわけです。これを反知性主義といいまして、アメリカも20世紀初頭まではそうでした。

で、これが最近では通用しなくなってきたわけですね。これからは変わるんでしょうね。もっともそれがいいかというとわかりません。今度は、企業は大学にもっと即物的な「役に立つ」勉強をすることを要求し始めましたから、哲学、歴史学みたいな学問をすることがマイナス(これまではプラスでもマイナスでもなかった)に評価されちゃうかもしれません。

いずれにせよ、これまでの体育会系原理はそろそろ終焉をむかえるでしょうね。
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この回答へのお礼

そうなんですか・・・なんか腹立たしい論理ですね。だったら大学ではなく、職業訓練校、もしくは自社の研修施設(入所試験を課すことで大学入試と同様の役目)を使って、鍛えればいいと思いますね。大学は「学問」の府であることを根底から否定するような話ですね・・・。

じゃあ、学問に研鑽した人間はむしろ不利ということになるのですか?どうも納得できません。まあ、ここで怒ったって仕方ないですけどネ。

>これを反知性主義といいまして、アメリカも20世紀初頭まではそうでした。

そうなんですか。アメリカも「20世紀初頭まではそうでした。」とありますが、過去形ということは今のアメリカは違うのですか?

>で、これが最近では通用しなくなってきたわけですね。これからは変わるんでしょうね。

通用しなくなってきたということは、現在の学生は、やはり大学でも学業にしっかり取り組むことが要請されるようになってきた、ということですか?

引き続きお願いします。

お礼日時:2005/04/04 06:34

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