進化論が全く正しかったとします。

それで、人類種が全滅したとすると、その時、人類が存在した意味は何でしょう?

「神のみぞ知る」以外で教えて下さい。

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A 回答 (17件中1~10件)

そもそも人類が存在する意味は無意味です。


意味を考えるようなおごり高ぶった思想をするようなおろかな存在が人間です。

すみません,質問者様を非難しているわけではありません。
原因があるから結果がある。
ただそれだけのことで,
結果(意味)のために原因が生じることはありません。

目の前に石があったとします。
人為的に置かれたのでないとすれば,そこに石がある意味はありません。火山が瀑発したから,川のながれに押されたから,などがそこに石がある原因で,その原因のために結果として石がそこにあるわけです。
石をそこに置くために火山が爆発したのではありません。

人間も同じ。
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この回答へのお礼

やはりそうですか。 御回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/04/05 23:48

ちょっと質問者さんの望むものとは違う回答になってしまうかもしれませんが、現在の進化論の考え方によると、「人類が滅んだとすれば、それは環境に「適応」できなかった為だ。

」ということになると思います。それ以上でも、それ以下でもなく。

もし進化論に興味をお持ちならば、「進化と人間行動 長谷川寿一 長谷川眞理子 共著 東京大学出版会 発行」をお勧めします。進化論の考え方について分かりやすく書いてありますよ。

この回答への補足

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皆様ありがとうございました。
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補足日時:2005/04/15 18:22
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。

質問とは別と考えていただいてもよいのですが、疑問がありまして「自然淘汰は必然なのか?」という問題です。 「そんなの当たり前」と考える人達も多いようなのですが、私としては学ぶほどわからなくなってしまった所です。 私的には副題になる所です。

お礼日時:2005/04/13 23:18

貴方のお返事を読むと多分にエコロジーに影響されていると見えます。

 あるいはガイア仮説でしょうか? 下に書かれている人達の意見にも散見されますが人類を地球上の癌細胞のごとく考えるのは間違いだと思います。 また人類が滅んだ後に、より優れた生物が現れるという考えも「進化」という言葉を間違って受け取っておられる気がします。 あくまで環境に適応する為の変化であって、知性もその一つの要素に過ぎません。 自然を絶対視する環境保護の行き着く先は原始人の生活への逆戻りであり退化といえるでしょう。

自然との共存とはごく新しい考え方であり、何年先かには別の考え方が正しいとされるかも知れないのです。 私が言った「知性ゆえの滅亡」というのは知性から生まれた副産物、核戦争や環境破壊による滅亡ではありません。 知性そのものがあるが故の滅亡です。 現在、日本では年間三万人超の人が自殺しています。 欧米など先進諸国ほど発展途上国に比べ自殺の割合が高いのです。 これは何を意味するのでしょうか? 知性が無ければ生存欲求の本能のまま生きて行けたものを知性あるが故に自滅したと言えないでしょうか?

人は未知を知りたがる生き物です。 およそ自分が生きる事に何ら直接影響を及ぼさない事象であろうと知りたがります。 山の向こうに何があるんだろうという素朴な疑問から、宇宙誕生や未来まで拡大して考えます。 (おそらく貴方も私も)そして自分の存在意義、ひいては人類の存在意義までを問いかける時、知り過ぎた為に自己を矮小な存在と思い込み自滅を選ぶのではと考えるのです。 産業革命以降、科学は次々に謎を解明し技術を開発して、地球上に秘境は消え去りました。 また空の上、海の底、果ては宇宙まで進出してきたのですが、その科学の発達も、もうこれ以上は人知では解明する術がないという所まで来るかも知れません。 知性の発展がこれ以上望めなくなった事を知ったその時、人は絶望するでしょう。 個としての自殺も絶望から生じます。 ならば種としての人類も…

実は私は「人類を卑小化して考える思想」には賛同したくないのです。 自然を破壊する地球の癌細胞なんて考えれば、当然の帰結として人類は滅亡した方が良いとなるからです。 だからと言って、一度手にした文明を手放す事など出来るはずもありません。 人類は知性と言う武器を手にしたからこそ地球生命の頂点に立っているのであり、今までの滅亡した生物が自然環境の激変により滅亡したが故に、自然を支配する事により滅亡を免る存在であると思いたい。

私は人は知性ある故に地球の管理者となるべく生まれた、それこそが人類の存在意義だと考えます。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。

質問とは別と考えていただいてもよいのですが、疑問がありまして「自然淘汰は偶然なのか?」という問題です。 「そんなの当たり前」と考える人達も多いようなのですが、私としては学ぶほどわからなくなってしまった所です。 私的には副題になる所です。

お礼日時:2005/04/13 23:34

>進化論が全く正しかったとします。



その進化論とはダーウィンの古典的進化論を指すのですか? それともネオ・ダーウィニズムを指すのでしょうか? 
一般に知られている進化論(中学校で学習する範囲)として定義してお答えしますと「知性」というのも獣の爪や牙、あるいは恐竜の巨体、鳥の翼と同じく生存の為の糧の一つでしかありません、
もし滅ぶ時があるとするなら恐竜がその巨体ゆえに滅んだごとく、その知性ゆえに滅ぶと思われます。

現実に「考える」という行為と「思い悩む」という行為にどれだけの差があるというのでしょう。 そして生存という種として最低限の本能すら知性で乗り越えて自ら命を絶つ者がいるのです。
人類種の知性は厳しい自然環境を自分とって快適にする事によって生存圏を拡大していきました。 これはそれまでの生命種が自然環境に左右されるのに比べて大きな進化です。

そして個別の情報を言葉と文字によって後世に伝達する「知識を共有」する術を得た事でしょう。 私は宇宙人も神の存在にも関心がありません。 有史以来、人は人の営みの為に神という概念を必要とした。 また宇宙人やUFOの決して立証される事がないのにもかかわらず、話題になり続ける事から見て戦後の社会に「人類以上」の存在が必要となったのでm新たな神として必要とされているのではと考えます。

さて様々な化石から過去の生物の存在意義を問うのは、知性ある人間だけです。 人類滅亡の後の世界の主役が「知性ある生命」ならば、彼らによって人類の存在意義が付与されるでしょう。 しかし「知性ある生命」でない場合は、ただ歴史に埋もれるだけです。
恐竜は滅亡して、その存在が認知されるまで6500万年を要したのです。 まだ人類の知性が及ばない深い地の底で、あるいは海の底では認知されない(存在意義を付与されない)生命があるかも知れません。 

ここで人類種の存在意義は知性ある人類種のみ付与する以外にないのでは… とも思いますがね。 もしあるとすれば、その知性から生じた様々な知識の宝庫を次の主役にバトンタッチする事でしょうか。

進化論や科学について分かりやすいサイトがあったので参考までに

参考URL:http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/parad …
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

>もし滅ぶ時があるとするなら恐竜がその巨体ゆえに滅んだごとく、その知性ゆえに滅ぶと思われます。
人類種の知性は自己生体内環境の要求を優先させて”気持ちいい事(=幸せ)”を実現する様に働き結果、現在の社会集団という寄生構造を発現させていると思います。

最近の人類種の活動は大木を倒し、地中から石炭・石油(・将来はメタンハイドレード)を掘り出し、地球上気体Co2成分を増やして地表を暖かくするんですよね。 それで人類種が窒息死全滅したら、「ある種の生物が再び」繁栄する環境ができると思います。
やがて再び知性生物が現れたとしても、同じ事を繰り返すだけの知性生物なら要らないと思うのです。

進化は次にどういう知性ある生命体を出現させるのでしょう?

お礼日時:2005/04/13 12:40

進化論の意味とに存在理由とは別のものではないかと思います。

存在理由という言葉は不思議な言葉で、
物事は理由がないものだけが存在できるということのようです。人類という前に個人だって、どうせ死んでしまうのだからという言い方をすれば,故人の存在理由というのもまた難しい問題です。おそらく故人は消滅することが存在理由なのだと思います。生きている人は理由がないから存在できるわけで,理由が分かったとたん、その人は存在しなくなってしまうはずです。自分探しなどという言葉も危険な刃物のような言葉だと思います。分からないからこそ存在が可能であるというのは,水をH2Oであると理解するのと同じで、水は消滅してしまいます。水質汚染が問題になるのは水が水として存在していたときにはありえないことでした。人間の科学は,あらゆる物の「存在」を急速に消滅させています。代わりに理由だけがやたらに存在しています。子供が学問離れしている理由の一つは,学問が対象を消滅させていることの弊害を本能的に察知しているからではないかと思います。
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この回答へのお礼

>存在理由という言葉は不思議な言葉
空即是色

面白いです。 子供に”遊ばせる”術を大人が知らないのかもしれませんね。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/08 21:37

人類が存在した意味・・・。


人は自分が種として特別だと考える生き物だからついつい自分に意味を求めたがる。自分を特別だと思いすぎる。実際は自然界でみれば一つの種にすぎず、環境に適応するために他の種と同様に適応進化してきたにすぎない!

という回答はすぐに思いつきますが、この回答をテーマにして更に考えてみました。

自然界で見れば一つの種に過ぎない。
これは人間がこれまでに身に付けてきた知識からくる観点だと思います。

人類を特別と思ってはいけない!人類が得た知識によるおもいっきり人類の主観でみた世界では人類も他の種と同等の存在なのだから・・・?

本当に人類は他の種と同等なのだろうか?人類が得た知識で見る世界への主観とは本当に正しいことなのだろうか?もし我々人類が宇宙人がつくったゲームの主人公だとしたら我々は自分は本当は特別でゲームの主人公という意味があり、しかも地球を破壊するという目的のために操作されてる、偶然でもなんでもなく意図して造られた意味ある存在かもしれない・・・。

まあ、ここまでいくとさすがにあれですが、我々に意味があるかないかはなんとも言えませんね^^;
人類が存在することに意味があるとは言えないけどないとも言えない、でもそのあるかないか分からない意味を求めることに対しては意味があると思います。
自分が宇宙人のオモチャだったらびっくりですもんね。
自分のことなんだからやっぱ気になるし意味もありますよ^^
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この回答へのお礼

オモチャであれば、飽きたら捨てられるだけですよね。
私はどちらかといえば、実験・観察の対象であるモルモットの様に思ったりします。 だいたい分かってしまったところで破棄されるんですよね。
それで、次の実験段階に入って別品種の実験・観察をする。

それにしても宇宙人は何を実験していて、次はどういう計画を持っているのでしょう。

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/08 11:48

意味とは誰が付与するものでしょうか?私は人類だと思っています。

だから、人類が全滅したあとでは意味がないでしょう。人類が全滅していない今、その意味について考えるべきだと思います。
人類が存在した意味をつくることに意味があるかはわかりませんが、例えば、ロボットや人工物をつくって人類がいた証拠をつくっておくことです。何らかの痕跡をつくっておくのです。
しかし、それは誰のために?
それは我々人類のためにです。人類が全滅したあとの何者かのためではありません。
それでは、何のために?
それがわからないから、さらにわからないことをしているのです。
最後に、進化論が全く正しいというのはどういうことでしょうか?進化論の適用範囲というのは実は我々人類が到達できる範囲ではないでしょうか?人類がいなくなった後のことまでも説明する意味とは何でしょうか?それは進化論だけに限ったことではありません。
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この回答へのお礼

厳密に確立した体系の事ではなく、その有意性による意義の主張でなく、関係範囲の仮説ではなく、
現実として子供の疑問に答えられなくて「困っている」のが実情です。

>それがわからないから、さらにわからないことをしているのです。
正直、立派な大人の発言だと思います。 御回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/06 23:33

#5 です。


あれはちょっと不真面目すぎたかなぁと思ったので、ちょっとだけ真面目な回答を追加しておきます。

地球の歴史を調べると、何度も天変地異(巨大隕石の衝突など)により大絶滅が起こっていたのですが、それは次に繁栄する種が生まれる環境を整えるということにつながっています。
だから全滅した後に人類が作り出した環境を利用して繁栄する種(例:ダイオキシン類で代謝をする生物)が生まれれば、彼らには過去の巨大隕石の衝突や植物が光合成を行うようになったのと同じような意味を持つことになるでしょう。
しかしそれは人類社会には何の意味もありませんから、現在生息している種(人間を含む)の生きていける環境は大事にしなければいけません。

この回答の元ネタ:新井素子・著「緑幻想―グリーン・レクイエム2」(SF小説です)
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この回答へのお礼

#5は不真面目だったんですか! ですが他の方の回答とも繋がっている気がしますので、いまさら冗談で「できた」は無いと思いますよ。

>環境は大事にしなければいけません
冷静になって、つまらない(ですが人類にとって重大な)事を、お考えな訳ですね

なるほど、回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/04/06 23:25

人類が滅亡したとき、「私」という意識は、他の適合するobjectへ移動するでしょう。

その場所は地球ではないところで、銀河系のどこかか、あるいは銀河系以外のどこかにと思います。犬や猿という動物群でも人の死には悲哀を持つといわれています。人類は人の死について墓を立て、その存在をたたえてきたように、地球は仮の住みかとしてあると考えると思います。そして、その人類が滅亡した時、それは「地球」という惑星が人類の生命を保持するに十分な環境ではなくなったという点で、DNAの配列や螺旋なども地球で住むための生命的な構造という意味では、不適合になっているのです。そのため、体を借り物にできなくなった私はどこか他の借り物を探しに行かなければ成らないかもしれません。
 人類が滅亡したとき、その意味とは、地球が用意している借り物のぬいぐるみが風、火事などで吹き飛ばされ、瓦解したと言う意味で良いと思います。人類が存在する意味がなくなったことは、神が人類をその悪事から滅亡へ追いやったなどということではなく、新しい建物を建てるために、前の建物を壊すことに近いと思います。
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この回答へのお礼

>犬や猿という動物群でも人の死には悲哀を持つといわれています。
全くそのとおりだと思います。

>体を借り物にできなくなった私はどこか他の借り物を探しに行かなければ成らないかもしれません。
元々「私自身が借り物」なので元の存在へ返るんですよね。

子供の頃はSF好きでした。 アドバイスありがとうございました。

お礼日時:2005/04/06 21:36

遺伝子の発見から染色体の発見へ,DNAの発見,脳,神経細胞,伝達物質.


原子から原子核,陽子や中性子の発見.クォーク説から超ひも理論,そしてM理論へ.
一般相対性理論,ブラックホール,宇宙の再電離,宇宙の晴れ上がり,ニュートリノの晴れ上がり,電弱統一,一次相転移.


我々は,人類の存在になんとか意味を見つけたいと願っています.
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この回答へのお礼

御助言ありがとうございます。

お礼日時:2005/04/06 12:30

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