学生時代のバイト先にパキスタン人の人がいました。
そこでは食事が出たんですが、
彼は宗教上の理由で豚を食べることができないからという理由で、
一切そこの食事をとりませんでした。
実際、豚が入っていなくても「信用できない」と言って。
いつも自家製のカレーとナンを持ってきていて、
食堂で僕らと並んで一緒に食べていました。

そこで、思うんですが、
宗教上の理由で自分が豚を食べないのは分かりますが、
周りの人が食べているのをなんとも思わないのでしょうか?
というか、宗教上、食べさせておいていいのでしょうか?
食べないのには理由があるはずですよね。
(確か「豚は神の使い」だったかな?)
それなのに食べさせていいんですか?
やっぱり宗教って、信じるものだけが救われるのでしょうか?
そもそも「宗教」てなんなんだろう?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

興味がありましたのでお答えします。


さて、そのパキスタン人の人は、忠実に自分の信じる教えを守っている訳ですから、周囲にどうこう言っても仕方ない場合もあります。
仏教でも基本的に肉類はダメな筈ですがそれは出家なさっている方が自分の教えを(規律)を守ってしている事なので無宗教の人に食べてはいけないと言っても、
効果は薄いでしょう。ですが、本当に相手の事を思い相手の立場を考えて計らいをかけることは良いと思います。
宗教によっては、牛はダメだが豚はいいとか、蛇はダメだが亀はいいとか。
その土地の風習や、時代背景で大きく違いますので、貴方が無宗教もしくは、他宗教に入られているのであれば、それを実行しなくても問題ありません。
そこでもし、食べてはいけない。何故なら○○だからだ。と、言って口論になればそれが他者を認めない宗教戦争へと発展してしまうのでしょう。
宗教という提議は難しいものです。ハッキリ言って国が教えてくれる訳ではないですから。自分で学ぶか、宗教に入信するしかありません。
でも、自己流で学んだものは偏った見解でものを考えてしまい正しいものかどうかは自分では判断できません。
私もそうならないようにいつも心掛けていますが、まだまだ精進が足らず大変です。
    • good
    • 0

宗教と言うのは押し付ける物ではありませんし、また他者とは異なる道徳観念であっても自分が信じている事である為に遵守しなければいけない物です。


道徳観念と言う事では地域の独自性と言う物にも似た事で、例えば…カレーに醤油を掛けるのが普通と言う土地があったとして、その土地の出身者が別の土地に行った時に、彼の行為を気味悪がったりしてパージしてしまうような物です。
宗教と言う物はその数だけ設定されているルールがあります、そのルールは自己やそれを信奉している人の間では絶対に犯さざる物です。ところがそれを他者に押し付けるとしたらどうなるでしょう? 自分の道徳観念を押し付ける人間って(まぁ、中年以降に多いですが)いますね? その人間に対しての反感のような物があり、今まで宗教はその異教徒同士での殺し合いを行っている訳です。

パキスタン人の彼自身は自分が信じているからそのような行動を取っただけですから、あまり目くじらを立てなくてもいいんじゃないですか? 日本ほど信奉の薄い国では異質に取られるかもしれませんが、他国では宗教は生活の一部になっているんですから。

この回答への補足

>パキスタン人の彼自身は自分が信じているからそのような行動を取っただけですから、
>あまり目くじらを立てなくてもいいんじゃないですか?

目くじらなんか立てていませんよ。
どっちかというと、こっちが悪いことしてるような気がしてしまいます。

「豚を食べるとけがれる」ということのようですが、
(「けがれる」というのがどの程度のものか分かりませんが)
僕らの日常で言ったら「麻薬に手を出している」に相当するくらい
ヤバイことだと思うんですよね。
そうしたら、黙って見ていていいのかなって思うんですよ。
赤の他人ならともかく、
友人が麻薬に手を出したりしたら、ほっとかないと思いますが。
「自分の宗教を信じろ!」とは言わないまでも、
「よくないことだからやめとけ」とは言いそうなもんだけど…。

補足日時:2001/09/10 11:51
    • good
    • 0

>宗教上の理由で自分が豚を食べないのは分かりますが、


>周りの人が食べているのをなんとも思わないのでしょうか?

日本にいると理解不能でしょうが、イスラム教などでは宗教が
生活全ての規範となります。人付き合いもビジネスも結婚も全
てが宗教の決まりに沿って行われます。

そうなると周囲全てが同じ宗教を持つ人達だけならば問題ない
のですが、異なる宗教を持つ人や無宗教の人たちがいる環境で
暮らすと、慣習の違いからいろいろと問題が出やすくなります。

そこでトラブルを避けるために、「他人の生活慣習には口をはさまない」
という知恵が出てくるわけです。


>やっぱり宗教って、信じるものだけが救われるのでしょうか?
>そもそも「宗教」てなんなんだろう?

これは難しい問いですね。
一生を掛けて追求すべき問題でしょう。
    • good
    • 0

食事中において宗教、人種等、差別につながるような


議論は多くの国でタブーとされています。
だから、そのパキスタン人が「うわっ、こいつら、こんな
気持ち悪いもん、よく食べれるなー」と内心思っていようが
口にすることはできないんですね。

韓国では犬の肉を食べるお店が多数あります。だから犬を見て
うまそうとかいう発想があるんですが我々、日本人には理解できない
ですよね。でも、それを食べている韓国人の前で「かわいそー」とか
「気持ち悪い」なんて言えないですよね。それと同じことだと
思います。

もっとも、豚料理をパキスタンで商売しようとか、堂々と食べたり
したら、白い目で見られるのは当然のこと、最悪、袋だたきにあって
しまいます。この問題は日本でのできごとだから、そのパキスタン人は
何も言わないだけです。その国に入ったらその国の文化を尊重するのは
どこの国でも当たり前の常識です。あくまでも尊重するのであって
感化されるわけではありませんけどね。この辺は日本の「郷に入りては郷に従え」
と少し違うところですね。

ちなみにイスラム教で豚を食べないのは「豚は不浄の生き物」だからです。
「神の使い」はヒンドゥー教の牛のことですね。
    • good
    • 0

「自分さえよければ」=「自分さえ戒律を守っていれば」と言う意味でしたら、ある意味そうです。

だって、違う宗教では戒律も違いますから。「自分と違う他の宗教を信仰している人は、私の信仰している宗教の神様は助けてくれないが、本人の信仰している宗教の神様が助けてくれる」と考えられるから。但し、ある程度物の分別が付く人なら、と言う条件が付きますが。分別が付かないと戦争の原因になってしまいますけどね。まあ、宗教が原因の戦争も良くあることです。複数の宗教の聖地であるエルサレムの取り合いとか…。

ちなみに、豚を食べない宗教は「イスラム教」で、理由は「豚は汚らわしい物」とされているからです。また、「ヒンズー教」では「牛は神の使い」とされているので、食べません。「仏教」では、本来は「殺生を禁じる」ために、動物性の物は一切口に出来ません。

> そもそも「宗教」てなんなんだろう?
下手に書くと大論争を起こしそうなので…(^^;
    • good
    • 0

こんにちは!


わたしの学生時代の友人(インドネシア人)も、豚肉を食べませんでした。豚肉を食べると、穢れると言っていました。
でも、わたしも含め、他の信仰もしくは国籍の人々が豚肉を食べることに関しては、確かに何も言いませんでしたね。それは「自分さえ良ければ良い」というよりも、お互いを尊重するという印象の方が強いです。
まあ、もともとは、イスラム教もユダヤ教の流れを汲む宗教ですから、突き詰めれば、キリスト教と派生した元は同じという事です。だから、それなりに尊重しているのではないでしょうか?

「そもそも宗教ってなんだろう?」というご質問は壮大すぎるので、簡単には語り尽くせないし、わたしは力不足です。
また「信じるものは救われる」については、その宗教の在り様と、信仰する人の在り様にもよると思います。
よく悪い例にオウムが出されますが、悪い宗教はもっと他にもたくさん存在するはずで、例えば、物腰の柔らかい態度で日曜日の昼下がりなどに他人への迷惑も考えず、家々のチャイムをならすエホバの証人のものみの塔は良い宗教かと言えば、信仰しているご本人達は、人生の全てをかけた信仰なのでしょうが、興味がないと何度も訪問を断っている人間にしてみれば、ただただ迷惑な宗教でしかありません。また、彼らは、輸血拒否を主張し、輸血して命が助かったにもかかわらず、命を助けてくれた医師を、恩知らずにも訴えたりしています。感謝の心など、そこには存在しないんですね。輸血して穢れるのなら、どうしてその後、自殺しないのでしょうか?信仰とは、自分が求め、自分で選ぶものだとわたしは思います。何度も断っているのに「押し売り」してくるのは、良い宗教ではないと思えます。

また、以前何かで読んだことがありますが、何かにつけお金を要求してくるかどうかが良い宗教かどうかを判断する目安だとありました。

わたしは、人との巡り会いや、自分の生きる環境の中で、今、仏教に興味をもち、勉強をしています。信仰というよりは、勉強という段階です。そこには、人としてあるべき道が説かれています。
ただ、信仰があるかないかで、人生の彩りが変わってくるのは間違いないと思えます。
tomikou0000さんも、「そもそも宗教って何だろう?」と疑問に思われたら、まずは興味が持てそうな易しい宗教関係の本から読んでみて下さい。歴史上、宗教はいかに人間の生活に影響を与えてきたか、驚きの連続だと思います。

参考URL:http://islamcenter.or.jp/PorkInhibitionJP.htm
    • good
    • 0

>周りの人が食べているのをなんとも思わないのでしょうか?


>というか、宗教上、食べさせておいていいのでしょうか?

宗教によるので、良いって言うことはないと思います。
その考えがエキサイトして、紛争になった例は過去に少なからずあると思います。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q宗教上の理由による装飾具の装着にかんして

カテゴリがどこか分かりませんので問題があれば移動もしくは削除お願いいたします。

ふと疑問に思ったのですが何らかの宗教上の理由でネックレス(ロザリオとかのようなもの)とかブレスレットなんかをしているとします。 これは装飾品ではなく宗教上の理由ですよね その装飾具を外すのはその神様の前(たとえば神殿とか)だけでなければ外してはダメってのがあるとします。
たとえばその装飾具をしている子が学校等でアクセサリーをつけてくるな はずせ!と言われたとした
場合それは宗教上の理由であるという意味で外さなくてもいいのでしょうか?
日常は制服に隠してて分からないとしても体育のときやプールなんかだと隠しようがないですよね?
信者にとってこれを外すのはアレルギー持ちの人にそれを食べろと同じような禁忌ですよね
プールなんかで外さなかった場合欠席となり単位とかってどうなるんでしょう??

Aベストアンサー

これは、学校では普通に認めますよ。宗教上の理由だけではなくて、民族の文化の違いというのもあるでしょう? 例えば、スペイン人の女の子なんかは、幼少時からピアスをしています。もちろん学校にもしてきます。そういうのは、文化の違いですから、学校としてとがめ立てすることはありません。
宗教上の理由では、キリスト教系の新興宗教で、七夕集会に参加できないとか校歌を歌えない、運動会で騎馬戦や棒倒しに参加できない、なんてのがあります。こういうのは、公立学校の場合全て認めますし、代替措置で単位も認めます。今は、そういう時代です。

Q宗教法人税

こんな時に宗教法人税をかければよいと思うのはアホでしょうか?

Aベストアンサー

こういう時に限らず、課すべきですね。

あとパチンコ税も。

Q宗教について

こんにちは。
よろしくお願いいたします。

相手(友達)の誕生日を祝ってはいけない宗教というのはありますか。

友達は宗教に入っていますが、なぜか誕生日の日だけ機嫌が悪いです。
ただ、嫌われてるだけでしょうか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 誕生日が祝ってはいけないは知りませんが
宗教によって何も食べてはいけないと言う日がある宗教もあります。
カルシュームが足りないと人はイライラしますからね。

Q何んていう宗教?

僕の彼女が宗教に入ってるらしいんですが、何んの宗教やっているの?と聞いても教えるとあなたもその宗教にはいらなければいけない、、、、、っていうのです。教えてもらった人が入らないと教えた人に悪い事がおきるらしいです。どなたかこれだけで分かる方いらしたらどうか教えてください。ちなみにその宗教は四国八十八ヶ所を回るらしいです。あと秋に会合があるみたいです。このままだと結婚もできません。と゜うか僕をたすけてください。

Aベストアンサー

そんな彼女早く別れたほうがいいです。
自分も入信すればいいとか思っているなら大きな勘違いですよ。

若いと結婚は二人の事と思いがちですが、両家のDNAが交じり合い
結びつくということを考えてください。
そのような思想に凝り固まっている彼女の家族もそうなのでは?
あなたが自分の親族と一切縁を切るなら別ですが。

なにを信じるか彼女の自由ですが、人にも言えないようなものは、
宗教とは言えないでしょう。宗教とは人の道を説くものであって、金儲けや
人を惑わすものではないはずです。

特に迷信めいたものを信じる彼女は、この先そのような物に振り回され、だまされやすく、とても人生のパートナーとはいえません。自分がカバーすればいいと思うのは過信です。

あなたは彼女を取り戻したいと思うでしょうが悪い事はいいません、
忘れなさい。
深追いすればするほどあなたが苦しむ事になるでしょう。

私の兄は出て行きました。死んだ者としています。

Q宗教と道徳について。

外国で無宗教と言ってはいけない・・・と聞いたことがあります。
宗教=道徳という考えがあって、無宗教は道徳を持たない人と見なされるから、ということらしいですが・・・

でも、どうして外国の人は宗教と道徳を一緒にして考えるのでしょうか?
私の考えとしては、宗教と道徳は別物だと考えているので、
無宗教でも必ずしも道徳や常識のない人とは思いません。
人としてやってはいけないこと(殺人など)は、宗教に関係ないと思っています。

ちなみに、私の宗教の概念とは、神に対する信仰や厳しい戒律のことです。
道徳は、日常の中で使われている常識などです。

Aベストアンサー

 ANo.3です。まぁ、私の言いたいことはすでにお答えくだすった方もいらっしゃいますが、少し疑問が残っていらっしゃるようですのでもう少しだけ。


>>余談ですが、一つの宗教のみを信じるという感覚もよく理解できないのです。

 それも多くの日本人が共通して日本人がもつ宗教倫理の一つの考えのように思います。これは、日本にそもそも備わっていた文化を受け入れることに抵抗が少ない土壌の影響もありますし、私は仏教とですから仏教系のことから言わせてもらえば聖徳太子の作った(歴史学的にはそうともいえないようですが・・)『十七条憲法』の第十条の中には
「心の怒りを断って、表に怒りを見せることは止めて、他者が自分と違うことを言っているからといって怒ってはいけません。人にはそれぞれの心があります。その心にはおのおのが大切にしたいものが違うのです。相手が正しいとすれば、私が間違っている。逆も然り。意見が違ったとき私が必ず正しいとは限らない。相手が必ず間違っているとは限らない。お互いに正しいことも言うこともあれけれども完璧じゃない間違うこともある弱い一人の人間(凡夫)なのです。どちらが正しくてどちらが間違っているか、誰が完璧な判断ができるだろうか。(筆者訳)」
という言葉があります。このように日本人はどちらが正しくて間違っているかに対して非常に寛容であり、どちらの意見も聞く耳を持つ公正な態度というものが美徳とされます。こういった判断は成否をはっきりさせる文化を持った西洋人には理解できないでしょうね。ただ、「日本人が一つの宗教にこだわりたくない」という理由はこれだけではないと思います。戦前の国家神道やオウム事件というものに対しての拒絶反応という爪あとということも考慮に入れておかねばなりませんね。


>>日本でも宗教的行事をしており、完全な無宗教ではないことが分かりますが、
>>自分の中にある常識に宗教が関わっている・・・ということが実感できずにいます。
>>本当に仏教や神道、儒教の影響を受けているのだろうか?て・・・

 だから「市民宗教」なんですよ。何か特定の宗教ではなく、常識になってしまっているということです。lenji777さんは直接宗教と関わっていないから影響を受けていないということかと思いますが、間接的なかかわりは誰しもが持っています。たとえお寺に行ったことがない神社に言ったことがなかったとしても。これがいい例かは分かりませんが、言葉なんかでも仏教から生まれた言葉を日本人は無意識のうちにかなり使っています。「経営」「自然」「ぜんざい」「無垢」「敬礼」「学生」「生徒」「授業」「実際」「意識」「ガキ」「決定」「上品」「下品」「子孫」「邪魔」「愚痴」等々枚挙にいとまがありません。「落語」「講談」「浪花節」や「茶道」「華道」「香道」日本の芸能と呼ばれるものも仏教の影響下にあるわけです。J-POPだって、源流をたどっていけばお経の読み方、またはキリスト教のゴスペルまでさかのぼれると思いますよ。こんな風に日本人は間接的にでも関わりがあることは否定できないと思います。

 ここからは四方山話と読んでください。私が思うにこういったものを知らずにいるというのは怖いことだなって思うことがあります。宗教は良くも悪くも人を染めていきます。たとえそれが市民宗教であったとしてもです。こういったものを意識せずに付き合うということは無意識の差別を生み出すのではないかと思います。アメリカの研究結果ですが、キリスト教に熱心な地方ほど人種差別が強いという調査結果が発表されたことがあります。こういった研究結果を見ますと、宗教とのお付き合いは難しいですねぇ。ではこのようなことを防ぐためにはどうしたらよいか、私は特定の宗教と意識的に付き合うということが良いのではないかと思います。これは一つの宗教にこだわるということではなく、一つの宗教と意識的に付き合うことで、それ以外の宗教や思想を理解する突破口を手に入れるということです。

 長々自説を述べましたが、最終的にないが言いたいかと申しますと、

>>やはり、欧米の人の感覚はどこか分かりづらいですね(^^;)

 ということは私も分かります。けれども、たぶん向こうの人も日本人の宗教観に関して同じことを思っていると思いますよ。また、もし自分が向こうの方々と同じ環境にいて、同じ感覚にならずにいられるか??きっとそんなことは難しいでしょうね。けれどもそういった考えを理解することはできます。私はそう言った理解に勤めるのが日本人的じゃないかなって思うんですよね。

 またしても長々書き連ねましたが、まとまらぬ文章故読みにくいかと思いますがどうぞご容赦ください。
 合掌 南無阿弥陀佛

 ANo.3です。まぁ、私の言いたいことはすでにお答えくだすった方もいらっしゃいますが、少し疑問が残っていらっしゃるようですのでもう少しだけ。


>>余談ですが、一つの宗教のみを信じるという感覚もよく理解できないのです。

 それも多くの日本人が共通して日本人がもつ宗教倫理の一つの考えのように思います。これは、日本にそもそも備わっていた文化を受け入れることに抵抗が少ない土壌の影響もありますし、私は仏教とですから仏教系のことから言わせてもらえば聖徳太子の作った(歴史学的にはそう...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報