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百姓という語は、江戸時代には農民の意味で使われたと聞いています。

では、その直前の時代には、国民の意味でしか使われてなかったのですか?

それとも、その直前の時代から徐々に農民の意味で使われ始めて、江戸時代になって農民の意味として定着したのでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 2の回答者さんが紹介してくれた辞書の説明に下記のような記述がありますね。

    だが江戸時代では、百姓はすべて農民であり、農村に居住する人々はすべて百姓という体制が実現した。その意味で、今日の百姓=農民という意味は、江戸時代に確立した。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/09/24 18:08

A 回答 (7件)

古代は庶民全般。


中世は荘園などの中で土地を持つ有力庶民(農民が多いが農民以外もいた。土地を持っていない農民は除外。)。
近世は農村にいた庶民(農民が多いが農民以外もいた)。
近代は農民のこと。
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本来の意味では皇帝以外の全ての人という意味ですが、後に「下々の民草」という意味合いになりました。


江戸時代になると下々の者は、職業に関係なく町場に住む「町人」、農村部に住む「百姓」という区分けが一般化します。農村部には、農民だけでなく商人や職人、漁師や林業従事者などなど様々な業種の人がいますが、ほとんどは農民であったことや、その他の業種従事者も少なからず耕作地を保持していたりしたので、百姓=農民という概念が作られたのです。
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No.3です。


どっちを信じるかはあなたの自由です。
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百姓という語は、江戸時代には農民の意味で


使われたと聞いています。
 ↑
これは間違いです。
漁師とか猟師のような人たちも
含む概念でした。



では、その直前の時代には、国民の意味でしか
使われてなかったのですか?
それとも、その直前の時代から徐々に農民の意味で使われ始めて、
江戸時代になって農民の意味として定着したのでしょうか?
 ↑
これは中国から来た言葉です。

百、というのは沢山、どこにでも沢山
いる、という意味です。

だから、百姓というのは、どこにでも沢山いる
人たち、という意味で、庶民を意味していました。

中国語では、老百姓、つまり一般人、という
意味になります。

老とは、「さん」みたいな感じです。
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明治以降って書いたんですが・・・。

この回答への補足あり
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https://kotobank.jp/word/%E7%99%BE%E5%A7%93-1209 …

これからすると
古代では百姓 ひゃくせいと庶民を呼んでいたみたいですね。
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「日本においても当初は中国と同じ天下万民を指す語であった。

しかし、古代末期以降、多様な生業に従事する特定の身分の呼称となり、具体的には支配者層が在地社会において直接把握の対象とした社会階層が百姓とされた。この階層は現実には農業経営に従事する者のみならず、商業や手工業、漁業などの経営者も包括していた。だが、中世以降次第に百姓の本分を農とすべきとする、実態とは必ずしも符合しない農本主義的理念が浸透・普及し、明治時代以降は、一般的に農民の事を指すと理解されるようになった。」
ウィキより。
明治以降のようですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
日本の中世とは、院政期から戦国時代までの11世紀後半から16世紀後半までの期間を指すそうですが、では、戦国時代には、ほぼ農民を意味する語に代わり始めたという意味ですかね。だから江戸時代には農民の意味として定着して、「百姓一揆」は、農民の蜂起を意味するようになったのでしょうか?

お礼日時:2022/09/24 17:57

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