時間・空間論についての論理は、思ったより説得力があるように思えます。すなわち、視覚系には、空間を規定し、聴覚系は、運動を規定するという論理である。
したがって、人間の認識は、言語として表現しようとするとき、どちらかを切り捨てなければならない。すなわち、世界のありのままは、把握し得ないということなのである。このことは、妥当性があるように思われる。以上の論理は、養老岳司の唯脳論にもとずいての私の考えですが、池田晶子の意見によれば、まさにそれは、唯魂論であると断じています。このことの意味がわかりません。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

回答suggestされたのでかきこ


どうしてこの掲示板システムは回答者能力に見合わない質問を提示してくるか分かりません
つか記号列じゃ答えはでないでしょ
    • good
    • 0

#サジェストによって彩度導かれたのでかきこ 


人生の孤独の恐怖経験の有無が理解を左右するとおもいます
時間が存在する限り全ては現象に還元されるとおもいます 
#素人解答
    • good
    • 0

#回答サジェストで表示されたのでカキコ


!高度すぎてわかりません
#どうしてここへ導くのですか>運営
    • good
    • 0

>視覚系には、空間を規定し、聴覚系は、運動を規定するという


ん?なんのこっちゃ?

人の空間と運動の認識の仕方に関する議論か?
運動を認識することは空間を認識することでもあると思うのだが……
運動は時間と空間のパラメーターだからである。

さらに言語に置き換えることができないから、人がそれを認識できていないというのは違うように思う。ただ単に人が使っている言葉の不完全さを示している過ぎないのではないかな?
簡単な例で言ってみよう。
水を温めるとお湯になる。人肌より低い温度の水はぬるま湯と言う。では、ぬるま湯とお湯、ぬるま湯と水の境界にある水はなんと呼べばいい?
少なくとも日本語ではそれに相当する言葉はなく(少なくとも私は知らない)。物事を正確に表現できていないといえる。
しかし、人がその状態の水を認識できていないかというと言うまでもなく認識している。

あなたの言っている事は
1)一度認識した。
2)認識したものを言葉では表せない。
3)人は認識できていない
と言う事かな?
最後の結論がはじめの大前提と矛盾しているのだが?

余談だが科学的に述べると人は世界のすべてを認識することはない。
例として視覚情報について述べる。
紫外線はご存知だろうか?
紫よりも短波長の光のことだ。
さて、人は紫外線を見る事ができるか?
答えはNOだ。
この事象だけでも人が世界をありのままに認識する事はないことはわかる。
―――――――――――――
ところで、もう少しそれぞれの論について述べてくれないかな?
どうにもそれぞれの理論についてよくわからないのだが。
・時間・空間論とは何か
・唯脳論とは何か
・唯魂論とは何か
それぞれの要約を教えてほしい。
    • good
    • 1

「唯魂論」というものが、どういうものか私は知らないのですが、字面からどうも「この世界は魂によって作り出されたものだ」という感じの一元論っぽいですよね。

また「唯脳論=唯魂論」ということなら、おそらく「脳=魂」なのだと思います。つまり池田さんが言いたかったのは、養老さんの考える唯脳論が、脳を魂の座とする魂を根拠にした一元論だということなんじゃないでしょうか? 私、実は唯脳論も唯魂論もどちらも良く(というか「まったく」)知らないんですが、ご質問から単純に推測してそんな感じじゃないかなと、思いました。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

言語 表現」に関するQ&A: 寒さの「ピーク」?

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q唯○論を教えて下さい。唯心論,唯物論,唯識論…他にありますか?

この他にこの唯○論の○にあてはまる言葉があったら教えて下さい。あと私が思いついたのは、養老孟司の唯脳論です。

パロディ的な面白い言葉もあった気がしますが、思い出せません。おふざけな言葉でもいいので教えて下さい。哲学や思想には、他に唯○論がありますか?

Aベストアンサー

唯理論(理性論、合理主義:真の認識は、
    経験から独立した確実な理性的な、
    数学をモデルにしたような根本原理)

というのもあります。
今調べて知ったのですけどね。

唯霊論とか唯金論、とかあっても良さそうです。

唯不倫…。あるにはあるようです。

Q論理哲学論考は超越論的哲学でしょうか?

論理哲学論考は超越論的哲学でしょうか?

Aベストアンサー

カントの使う「超越論的」という言葉には、幅があります。

まず、人間が、理性のうちにある「経験を可能にする条件」にもとづいて、空想や夢から「客観的な実在世界」を抽出する手続きが「超越論的統覚」や「超越論的構想力」として、「超越論的」と呼ばれます。

一方で、別の使い方をされている場合もあります。
カントが『純粋理性批判』でやろうとしたことは、人間の認識の限界を設定することでした。限界を設定することにおいて、可能なことを保証しようとしたのです。

ところがその限界を設定しようと思えば、その外側に位置する「超越的なもの」に対して、認識できなくても、何らかのかたちで関与することが必要になってきます。そうして、人間は、「超越的なもの」の仮象をもつ。この仮象を通じて「超越的なもの」をとらえようとします。
これらもまた「超越論的仮象」として「超越論的弁証論」の中で批判的にとらえられています。

従って、カントのいう「超越論的」には、つねに二重の意味がこめられています。
人間の認識の限界のこちらがわで、客観的な実在世界が構成される、ということ。
認識の限界の向こうがわをとらえようとすると、仮象に陥ってしまうこと。

このことを頭においておけば、『論考』の6.4以下が超越論的哲学に踏み込んでいることがよくわかります。
ここらへんのことは、野矢茂樹さんの『『論理哲学論考』を読む』で展開されていますから、ぜひご一読を(というか、読まれた上で出された質問のような気がしないではないのですが)。

『草稿1914-1916』を読むと、もっとそのことがはっきりと実感されます。この時期のウィトゲンシュタインは一貫して「幸福」ということを考えています。そうして、「幸福」の問題を解決するための論理哲学が模索されている。これを「超越論的」と呼ばずして、いったい何を「超越論的」と呼ぶことができるか、と、個人的には思います。

以上、参考まで。

カントの使う「超越論的」という言葉には、幅があります。

まず、人間が、理性のうちにある「経験を可能にする条件」にもとづいて、空想や夢から「客観的な実在世界」を抽出する手続きが「超越論的統覚」や「超越論的構想力」として、「超越論的」と呼ばれます。

一方で、別の使い方をされている場合もあります。
カントが『純粋理性批判』でやろうとしたことは、人間の認識の限界を設定することでした。限界を設定することにおいて、可能なことを保証しようとしたのです。

ところがその限界を設定しようと思え...続きを読む

Q経験論と帰納、合理論と演繹、および論理学

経験論と帰納、合理論と演繹、および論理学
経験論と帰納の関係を教えてください。
合理論と演繹の関係を教えてください。
また、経験論、合理論、帰納、演繹と論理学の関係を教えてください。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>経験論と帰納の関係を教えてください。

大阪府在住のAさん、Bさん、Cさん・・・・府民全員と面談(経験)して大阪府民の一般的意識は○○であると結論付けるのが帰納的方法です。

>合理論と演繹の関係を教えてください。

一般的な事実から個別の事実を合理的に結論付けるのが演繹的方法です。

Q唯我論について

以前どこかで「唯我論はすでに論理的に否定されているからありえない」というようなことを読んだ覚えがあります。
その根拠は何なのでしょうか?
またはそのことについて述べた本があったら教えてください。

Aベストアンサー

デヴィッド・ドイッチュの『世界の究極理論は存在するか』に
そのような記述があったと思います。
今手元にないので内容は確認できませんが。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022574097/249-3693930-2578762

Q唯我論を否定することはできるか

唯我論を否定することはできますか?
最近意識を持っているのは自分だけなのでは?などと考えてしまい
夜も眠れません…
死んだら世界がなくなってしまうのでは?などと考えると目が回ってきてしまいます…

誰か否定できる人はいますか?

Aベストアンサー

こんな思考実験を考えてみました。
あなたAと、あなた以外の誰かBさんを連れてきて
未来の医療技術で脳細胞を一個づつ交換移植してゆくのです。
未来の技術ですので出血もないし、細胞をまったく傷つける事のなく
細胞同士の接合も完璧です。しいて言うなら脳細胞の瞬間移動みたいなもんです。
もちろん、免疫問題も完全にクリア、

ちょうどお互いの脳細胞を100%交換した時あなたの意識が
Bにあり、その手術中あなたの意識が連続していたのであれば
意識のある人は自分だけでは無いといえるのではないでしょうか?
なにせその間最大で他人の脳が50%の状態があってその時でも
(50%の時あなたの意識はA、Bどちらにあるのでしょうね)
意識があるのですから、きっと他人の脳100%の人も意識があるのでは
ないかと思えるのではないでしょうか?
ちなみに100%脳細胞を交換した時、あなたの意識がAにったとすれば
自分の意識に自分の脳は関係ないと言えるかもしれませんね。

50%でははまだ不満なら100人で脳細胞を交換しあえばそれぞれの人の脳細胞が
99/100が他人の脳という状態になる時があります。それでもあなたの意識がどこかに
あるとすれば、きっと自分と違う脳をもった人もそれぞれ自我があるのではと
思えるのではないでしょうか?

まぁ実際実験する事は今の技術ではできませんでしょうけど・・

こんな思考実験を考えてみました。
あなたAと、あなた以外の誰かBさんを連れてきて
未来の医療技術で脳細胞を一個づつ交換移植してゆくのです。
未来の技術ですので出血もないし、細胞をまったく傷つける事のなく
細胞同士の接合も完璧です。しいて言うなら脳細胞の瞬間移動みたいなもんです。
もちろん、免疫問題も完全にクリア、

ちょうどお互いの脳細胞を100%交換した時あなたの意識が
Bにあり、その手術中あなたの意識が連続していたのであれば
意識のある人は自分だけでは無いといえるので...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報