最近ニーチェを読み出した者ですので質問内容が意味不明でしたらご指摘下さい。

ニーチェが後の帝国主義やユダヤ人差別を予測して強く批判しているのにもかかわらず、「ヒトラーがニーチェ思想を利用した」とはどういうことなのでしょうか?

ニーチェの著書を読む限りでは、本人の意図することと言葉自体の意味はしばしばかけ離れていて、矛盾しているようにも思える部分がありますが、そういうことなのでしょうか?

また、このことについて、「ヒトラーはニーチェを曲解したに過ぎず、ニーチェには負うところが無い」という説もききました。(名前は忘れました)

以上について、できれば関連する著書名とともにお教え下さい。

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A 回答 (1件)

こんにちは。



>本人の意図することと言葉自体の意味はしばしばかけ離れていて・・・

私もこの感覚はあります。好きな哲学者の一人ですが、超人思想とか
は結構「あれ?なんでこうなるかな?」と思うところがあります。
(まぁ何よりの理解不足は置いておきまして)

ただ、ニーチェ自身の話はさておき、ヒトラーの曲解に関連しそう
な話は別にあります。
以前TVで見た大まかな流れではヒトラーとニーチェを結ぶ
人としてワーグナー(音楽家)が出てきます。
ワーグナー自体は確かヒトラーが生まれるよりも早く亡くなって
いたと記憶しますが、ヒトラーがワーグナーの選民思想に影響を
受けていて、ワーグナーの選民思想のモチーフとしてニーチェの
「超人」が出てきます。
(勿論ニーチェはこんな選民思想を説いているわけではないです)

また、ヒトラーは良く言えば賢いので、理(力)のあるあらゆる
知識人や思想を取り込もうとしてましたよね。
特に哲学家は標的にされていて、ハイデガーやフッサールも
ナチスに目掛けられていたような・・・

著書はないです。すみません。
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この回答へのお礼

早速のご返答ありがとうございます。ヒトラーはニーチェの超人論を利用していたのですね。ニーチェとワーグナーの関係もまた複雑でわかりづらいですが・・・。また色々と読んで見ますね!

お礼日時:2005/04/08 09:49

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Qニーチェ思想とヒトラー

最近ニーチェを読み出した者ですので質問内容が意味不明でしたらご指摘下さい。

ニーチェが後の帝国主義やユダヤ人差別を予測して強く批判しているのにもかかわらず、「ヒトラーがニーチェ思想を利用した」とはどういうことなのでしょうか?

ニーチェの著書を読む限りでは、本人の意図することと言葉自体の意味はしばしばかけ離れていて、矛盾しているようにも思える部分がありますが、そういうことなのでしょうか?

また、このことについて、「ヒトラーはニーチェを曲解したに過ぎず、ニーチェには負うところが無い」という説もききました。(名前は忘れました)

以上について、できれば関連する著書名とともにお教え下さい。

Aベストアンサー

こんにちは。

>本人の意図することと言葉自体の意味はしばしばかけ離れていて・・・

私もこの感覚はあります。好きな哲学者の一人ですが、超人思想とか
は結構「あれ?なんでこうなるかな?」と思うところがあります。
(まぁ何よりの理解不足は置いておきまして)

ただ、ニーチェ自身の話はさておき、ヒトラーの曲解に関連しそう
な話は別にあります。
以前TVで見た大まかな流れではヒトラーとニーチェを結ぶ
人としてワーグナー(音楽家)が出てきます。
ワーグナー自体は確かヒトラーが生まれるよりも早く亡くなって
いたと記憶しますが、ヒトラーがワーグナーの選民思想に影響を
受けていて、ワーグナーの選民思想のモチーフとしてニーチェの
「超人」が出てきます。
(勿論ニーチェはこんな選民思想を説いているわけではないです)

また、ヒトラーは良く言えば賢いので、理(力)のあるあらゆる
知識人や思想を取り込もうとしてましたよね。
特に哲学家は標的にされていて、ハイデガーやフッサールも
ナチスに目掛けられていたような・・・

著書はないです。すみません。

こんにちは。

>本人の意図することと言葉自体の意味はしばしばかけ離れていて・・・

私もこの感覚はあります。好きな哲学者の一人ですが、超人思想とか
は結構「あれ?なんでこうなるかな?」と思うところがあります。
(まぁ何よりの理解不足は置いておきまして)

ただ、ニーチェ自身の話はさておき、ヒトラーの曲解に関連しそう
な話は別にあります。
以前TVで見た大まかな流れではヒトラーとニーチェを結ぶ
人としてワーグナー(音楽家)が出てきます。
ワーグナー自体は確かヒトラーが生ま...続きを読む

Q『ニーチェの言葉』『ニーチェ道をひらく言葉』について。

『ニーチェの言葉』『ニーチェ道をひらく言葉』について。

ニーチェの本を購入しようかと考えています。
どちらかが良さそうだなと思うものの、どちらがお勧めと言うか、内容的にどんな感じなのか、知りたいです。読まれた事がある方、是非とも教えてくださいませ。

よろしくお願いいたします。

※本屋で中身を見ればいいだろう…って思われるでしょうが、『田舎へ泊まろう』以上ともいえる田舎に住んでいるもので…

Aベストアンサー

私は、「ニーチェの言葉」を持っています。
人生に対する肯定的な言葉が並んでいて、好い印象を持ちました。
しかし、ニーチェを知っている人からすると、「ニーチェの言葉を断片的に取り上げているだけ」と、かなり手厳しい声を聞きます。

ニーチェの言葉カスタマーレビュー
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/488759786X/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

ニーチェ道をひらく言葉は、読んでいないです。カスタマーレビューもまだないですね。
しかし、「これがニーチェ哲学の真打ち。善も悪も乗り越えた、すべてのエッセンスがこの一冊に。強く生きるための教え228。」と言う宣伝文句から想像するに・・・228の言葉からニーチェを語れるはずもなく、断片的なニーチェ紹介になるのは、やむおえないと思います。

参考までに・・
 

Q【哲学】ニーチェ→サルトル→?ニーチェ→サルトル→の次は誰ですか?ニーチェ→サルトル→の源流

【哲学】ニーチェ→サルトル→?

ニーチェ→サルトル→の次は誰ですか?

ニーチェ→サルトル→の源流を組むサルトルの次の哲学者の名前と○○主義を教えてください。


ニーチェ→サルトル→以外の源流を組む哲学もあるんですか?

Aベストアンサー

私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

そもそも
ニーチェ→サルトル→?
といふ図式が出てくるのが不可解です。アホの私の頭では、ニーチェとサルトルは単純にはつながりません。ニーチェはキリスト教の腐敗を批判しましたが、聖書の世界を否定したとは思へません。強大な力の必要性を説きました。人間の世界ではどうしても神が必要になる、その神を追ひもとめてゐたのではないでせうか。宗教をふくめた人間そのものを肯定したのがニーチェです。当時のドイツの尊大な学者についてかう書いてゐます。
「学者はこうして自信をもって、その本能によって、宗教的な人間は、自分よりも価値が低い劣った人種だとみなすのである。」
(ニーチェ『善悪の彼岸』第3篇58 中山元訳 光文社文庫 140,141ページ)

先日別の質問にも回答いたしましたが、ネット情報ですませてゐたのでは、プラトン、アリストテレスなどの名前だけでありがたがつて、表面的に高尚な哲学だと信じこむだけです。私なら
プルタルコス→エラスムス→ニーチェ
です。哲学カテゴリのみなさんの見解もさまざまです。マキアベリやモンテーニュの名をお出しになる方もいらつしやいますし、タレスはアルケーだ、アウグスティヌスを崇めるのだ、マッハ以前の哲学はゴミだ、ウィトゲンシュタインの前で沈黙すべきだ、などなど諸説あります。ナナミさんも御自身でお決めになるのがいちばんよろしいかと存じます。

私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

そもそも
ニーチェ→サルトル→?
といふ図式が出てくるのが不可解です。アホの私の頭では、ニーチェとサルトルは単純にはつながりません。ニーチェはキリスト教の腐敗を批判しましたが、聖書の世界を否定したとは思へません。強大な力の必要性を説きました。人間の世界ではどうしても神が必要になる、その...続きを読む

Qユダヤ民族のユダヤ教以前の宗教を知るには?

宗教や歴史に素養のない者の直感として、ある民族が宗教をもつに際して、当初から一神教で出発するとは考え難いです。ユダヤ民族の場合も多神教で出発しながら、他民族との熾烈な相克を通じ、いわば理論武装をする形で一神教へ移行したのではないかと推理しています。この推理の当否を考える上で参考となる啓蒙書、教養書(歴史、宗教、文化人類、生物、民俗など分野は不問)はありませんか。視点が科学に基づくものを希望します。探し方が横着なせいか、旧約聖書より古い時代のユダヤ民族の宗教に触れた書物には出合えません。車中や寝しなに読む程度ですから邦文を希望します。この質問は文化人類学の領域でカテゴリーは「その他(学問&教育)」が相応しいのかも知れませんが、並んでいる表題群とマッチしないので、こちらでお世話になってみます。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

科学に基づくもの にマッチするとは思わず、希望に添えず恐縮ですが。


http://www.ican.zaq.ne.jp/euael900/world_history05.html
『しかし、アメンホテップ4世のアテン神信仰は、ユダヤの預言者たちに受け継がれた。』

つまりモーセがエジプトから持ち出した。 という説があるんですね。
しかもモーセはエジプト人のしかも王家の血筋だという説がある。
その理由のひとつが名前、そして割礼。

科学的に証明するには、イスラエル人の中で大祭司の家系の人はわかっていますので、その遺伝子と、エジプトの王家の血筋をひく人の遺伝子を比較してみるといいのですが、エジプトの古代の王家の血筋をひく人が現在残っているかがネック。



ユダヤ教の祈祷文に「聞け おおイスラエルよ、汝が神なる主は唯一なる神なり」という文句があるそうですが、エジプト語tはヘブライ文字のdに、eはoになる という法則を当てはめて訳しなおすと、「聞け、おおイスラエルよ、我らが神アテンは唯一の神なり」となるそうです。

アテン教はツタンカーメンの父、アメンホテプ4世が信仰していたもの。
ただ、急激な宗教改革で、結局支持を得られず、アメン教の勢いの復活により、エジプトから消えてしまう。
ちなみに、何故かユダヤ人は祈祷文を読んだあと、アメンというのですが、「その通りです 間違いありません」みたいな意味として使う。
「神の言うことは全くその通りでございます 真理です。」として同意の意味 あるいは神の偉大さを讃える意味で使っているんじゃないかと。

でも皮肉なことに、アテン教が元だとしたら、アテン教を迫害したアメン教の名前を唱えていることになる。

モーセに連れられ航海を渡って、エジプトの植民地に移動したモーセについていった人たちは、モーセがなかなか神託を終えて戻ってこないので、金の雄牛を作って拝んだ とありますが、これがアメン教だと思うんですね。
「エジプトの多くの人が信仰していたアメン教を信仰して、モーセについてこなけりゃよかった」ってことでしょうか。


アメンのシンボル 牛には角がある。
モーセには角がある。
語彙は忘れましたが、ヘブライ語のある文字は、角という意味。
そしてもうひとつ 光 という意味を持つ。

エジプトが起源というものとして、他に10戒律。
エジプトでは最後の審判の時に、いくつも質問され、罪の重さを天秤で量られ、マアトが逆に羽を置き、それとつりあえば、オシリスの住む世界にいける とされたんですね。
その時の審判の審議内容が、モーセが神から授かった10戒の内容を含んでいる。

このようなことから、モーセはエジプト人 と言われるようになったわけです。

モーセのみがエジプト人で、ウルからの移住者とともにエジプトの植民地である今のパレスチナに移動したのかもしれないですね。

ダビデ 特にソロモンの時代に栄華を極めましたが、バアル信仰でした。
彼らはバアルによって国家が繁栄したんですね。
ソロモンが贅沢三昧にしていて重税を課していたため、ソロモンの死後、人々が反発して内乱が起こった とされますが、ソロモン神殿の建設は、失業対策でもあったと思います。

建築ブームになると、失業者は減り、流通が活発になりますよね。

ところが、そのような事業をやる人がその後いなかったため、人々は失業しだし、不満から争いになり、内乱になったのではないかと思います。

ソロモンの死後、東西に分裂し、北王国は10支族で構成されており、南王国はユデアとして、ユダ族とベニアミン族が独立国家を持っていた。

そのユデアが多神教に陥ったために、バビロンに捕囚されることとなった と解釈した人が、モーセから授かった信仰に戻ろうという活動をする人がいて、開放された後に、その意志を持った人は、ユデアに戻った。
そういう考えを持っていなかった人は、バビロニアに残った。


幾度も一神教 多神教 と揺れ動くさまが、聖書に描かれていまないす。
唯一信仰にバビロニア捕囚以降なったようで、それ以降に創世記は作られたようなのですが、内容はアッカド・シュメール神話から取っているみたいです。

だから彼らがユダヤ教を作る前はバビロニアと同じ神を信仰していたかというと、半分 イエス、半分ノー。

アブラハムはウル出身とされるので、その民族だったら、民族が持つ神話を保持していて、後に創世記を作るときの素材にしてもおかしくないです。

ただ、モーセによってもたらされた宗教の影響が無ければ、彼らはバビロニア捕囚後、ユダヤ教を作ることは無かったと思います。

おや その前からあったじゃないか?

でも、それ ユダヤ教と言えるのか。
バビロニア捕囚になる前、今のようなユダヤ教だったのか?

違うと思います。

このようにユダヤ教の歴史には複数の信仰が混在して流れを作っていったと思います。


モーセの時代に、宗教規定を作り、レビ族のみが祭司職をやっていたのですが、だんだんと変化してきて、レビ族じゃない人も大祭司になるという歪みが出てきた。

一方からすれば、独占企業のようなもので、傲慢になり腐敗したから、民間人が と言っているようですが。。。。

どうなんでしょうね。
もともとトーラが人々に対する戒律で、宗教は専門種族がやっていたが、それを俗化しろと要求があったのかもしれません。
王をたてたことで、王が権力を持ち、王が誰が宗教職をやるか任命する権力を持つようになり、歪みがでてきたのかもしれない。


民数記だったか忘れましたが、神は属性の人々を幕屋に近づけないように教えたようなんですね。
でも、後に俗世の人が幕屋の中に入り、牛耳ることになった。
どうして属性の人が幕屋に入ってはならないとしたのか。
ゆがみを畏れてだと思います。

そして、とうとう分裂し、捕囚され、ローマ帝国という異教によって、汚されてしまうまでになった。

モーセは「だから言ったでしょ 預言を信じなかったためそうなった。」って言いたいでしょうね。

ユダヤ教は聖書を読むと流れはわかりますが、ただ、どの方向から読むかで、別の世界が見えてくるかもしれません。

シュメール・バビロニアの神話を呼んだところで、この民族の宗教はよくわかりません。
(縦糸と横糸で織られているから)

だから、縦糸がユダヤ教とするなら、横糸はアテン教じゃないか と仮説をたて、アテン教について調べて比較するのがいいのかもしれません。

が、エジプトには残っていない。
徹底的に抹殺されたのか と思うほど資料が無い。


http://209.85.175.104/search?q=cache:JCMbPDFL5TUJ:pro.tok2.com/~bymn/karakusa/tutankhamen.html+%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%B3%E4%BF%A1%E4%BB%B0&hl=ja&ct=clnk&cd=6

調べた人が書いた書物を読むしかないのですが、どこまで信憑性があるか。
それは聖書の信憑性と同じレベルかもしれない。
(私は聖書に書いてある歴史が実際に起こったとは思っていません。)

信仰についての思想・文学の集大成だと思っています。

科学に基づくもの にマッチするとは思わず、希望に添えず恐縮ですが。


http://www.ican.zaq.ne.jp/euael900/world_history05.html
『しかし、アメンホテップ4世のアテン神信仰は、ユダヤの預言者たちに受け継がれた。』

つまりモーセがエジプトから持ち出した。 という説があるんですね。
しかもモーセはエジプト人のしかも王家の血筋だという説がある。
その理由のひとつが名前、そして割礼。

科学的に証明するには、イスラエル人の中で大祭司の家系の人はわかっていますので、その遺伝子と、エ...続きを読む

Qこれを、ニーチェだったらどう思うのでしょうか?

最近ニーチェの考え方を理解しようと、いろいろ調べていて思ったのですが、
女性が哲学(ニーチェ含め)を理解しようとする行為は、
ニーチェに言わせたら「女性にはもったいない行為だ」と言うでしょうか?

どうしてこう思ったかというと、
女性はもっと直感的なところに生きている、つかもうと思ってもつかめない、理解しようと思っても理解できない、自由で限界がない、そしてまたそれが女性の魅力でもあると、ニーチェは考えていそうだと感じたからです。
そうだとすれば、私がニーチェを理解しようとする行為も、ニーチェの言う「女性が男性化する」ということなのでしょうか?

Aベストアンサー

ニーチェに言わせたら「女性には必要ない行為だ」と言うでしょう。

哲学ってのは、愛情に恵まれない御仁が好むもので、もちろん女性にも愛情に恵まれない人は居るでしょうが、それでも、観念としての女性は「愛情を与えることが出来る」性ですから、愛の無い人生を送る必要はまだ少ない。

いえ、男性だって、愛情を与えるケースはあるのでしょうが、紋切り型で言う限り、愛情に満ちた○○、といえば、○○には女性が入るのが正解ですよね。

余計なお世話ですが、哲学に傾倒して幸せになることは稀ですから、幸せになりたければ、哲学なんて見て見ぬふりをするに限ります(*^_^*)。

Qイエスのユダヤ教観とユダヤ教徒のイエス観は?

1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E5%8F%97%E5%AE%B9 
ここに
>>イエスは自身をユダヤ教徒であると認識しており、真正のユダヤ教徒として当時の保守化・教条化したユダヤ教を批判していたのであって新たな宗教を起こす意図はなかったとされている。<<
との記述があります。素人の直感とよく合いますが、「保守化・教条化したユダヤ教」を具体的に幾つか例示することができますか。

2
また、
>>神の子を自称したとされ、最高法院の裁判にかけられた後、ローマ帝国側に引き渡されて、反逆者として磔刑に処せられた<<
との記述もあります。
ユダヤ教徒の立場で見るとき、イエスの罪状は「神の子の自称」だけでしたか、他にもありましたか。

3
「最高法院」の構成員は分かっていますか。ユダヤ教徒に議決権があったのですか。

よろしくお願いします。

1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E5%8F%97%E5%AE%B9 
ここに
>>イエスは自身をユダヤ教徒であると認識しており、真正のユダヤ教徒として当時の保守化・教条化したユダヤ教を批判していたのであって新たな宗教を起こす意図はなかったとされている。<<
との記述があります。素人の直感とよく合いますが、「保守化・教条化したユダヤ教」を具体的に幾つか例示することができますか。

2
ま...続きを読む

Aベストアンサー

>>1
ユダヤ律法は、公正、忠実、憐れみ、神に対する愛といった原則の下に制定されていますが、当時の独善的なユダヤの宗教指導者(以下、宗教指導者)たちはそうした原則を忘れ、律法の内容を細分化し、膨大な数の規則で民を縛る事で、その価値を損なっていました。

例えば、宗教指導者たちは「清さ」に関わる律法を拡大解釈し、食事の前に手を肘まで洗う事を義務付けていました。それを守らない者は違反者であり、汚れた者だと主張したのです。
言うまでも無く、律法にはそのような項目はありません。
(マタイ15章1-2節;マルコ7章1-5節)

安息日とは、神への崇拝をささげるために取り分けられた日であり、安息日に仕事をする事を律法は非としています。
ある安息日に、イエスの弟子が歩きながら穀物の穂をむしって食べるのを見た宗教指導者は、その行為が収穫の業、つまり仕事に相当するとして、イエスと弟子たちを非難しました。
(ルカ6章1-2節;マタイ2章1-2節)

宗教指導者は立場の低い人々を蔑む一方で、そうした人々に救いと慰めを差し伸べるイエスを、目の上のたんこぶのように思っていました。それゆえ、彼らはあらゆる手段を講じてイエスを攻撃したのです。

>>2
厳密に言うならば、イエスの罪状は「神の子を自称する事で、神を冒涜した」というものです。旧約聖書の約束のメシアに関する預言の中には、イエスと合致するものが数多くありますが、宗教指導者たちは最後までそれを認めませんでした。
しかし、自分たちがイエスを殺せば、イエスを尊敬する大勢のユダヤ人の反感を買う事になると考え、「ローマ帝国の政治的理由による処刑」という形をとる事によって、自分たちの責任を逃れようと考えたのです。それゆえローマ帝国側には、
[1]ユダヤ国民を撹乱し
[2]ローマに税を払う事を禁じ
[3]自分は王キリストだと主張した
という濡れ衣を着せて告訴したのです。

>>3
ユダヤ教最高法廷は「サンヘドリン」と呼ばれています。サンヘドリンは71名の成員から構成されており、パリサイ派、サドカイ派という二つの派閥に分かれていました。成員すべての名前は聖書には記されていませんが、カヤファ、アンナス、後にはアナニアといった著名な人物の名前は記されています。
当時ユダヤ地方はローマ帝国の属州であり、本国から派遣された総督が監督の任に就いていました。サンヘドリンには、当時の総督であるポンテオ・ピラトの管理下の下で一定の自治権を認められていましたが、飽くまでローマ帝国の支配下における限定的なものでした。
ちなみに、イエスに直接死刑宣告を下したのはポンテオ・ピラトですが、彼自身はイエスを無実だと考えていたようです。しかし、宗教指導者に扇動された大勢の群集が、イエスを殺せといきり立っていたため、恐れのあまり、彼はイエスを死に処しました。

>>1
ユダヤ律法は、公正、忠実、憐れみ、神に対する愛といった原則の下に制定されていますが、当時の独善的なユダヤの宗教指導者(以下、宗教指導者)たちはそうした原則を忘れ、律法の内容を細分化し、膨大な数の規則で民を縛る事で、その価値を損なっていました。

例えば、宗教指導者たちは「清さ」に関わる律法を拡大解釈し、食事の前に手を肘まで洗う事を義務付けていました。それを守らない者は違反者であり、汚れた者だと主張したのです。
言うまでも無く、律法にはそのような項目はありません。
(マ...続きを読む

Qニーチェについて教えてください

高校生の時、女優の広末さんがニーチェに傾倒していることを知り、
広末さんのようになりたかった私は、ニーチェを読もうとしましたが、すぐに挫折しました。
ニーチェは結局どんなことを伝えたかったのでしょうか?
ニーチェについて教えてください。

Aベストアンサー

かなり極論すると、「人間は皆“超人”になりなさい。そうすればどんな困難が来ても打ち勝つ事ができて、みんな幸せになれますよ。」という事だったと思います。

ようするに「精神的にみんな自立しなさい」という意味(簡単に言えば)です。
しかし、そう言ったニーチェ先生は、超人にはなれず発狂してしまいました。

ウィキあたりにニーチェについて簡単な説明が出ているので、参考にするとよいかも知れません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7

Q思想としてのゴロツキやチンピラがのさばるのは ふつうにまともな人が亜流の思想を追い求めるからでは?

1. 思想としてのゴロツキやチンピラがのさばるのは ふつうにまともな人たちが 一般に
亜流の思想を追い求めているからではないか?

 2. ゴロツキ等というのは 経験合理性にもとづいてものごとの認識や判断をみちびくこと
をしないその状態を言います。

 3. 亜流の思想というのは そのままでもありますが 特には 個人の信仰がクリスチアニ
ズムという宗教となった思潮を言います。

 4. あるいはまた そもそもブディズムは無神論としての信仰であるはずなのにこれをああ
たらこうたらいじくりまわしたその結果としての思潮を言います。

 5. クリスチアニズム一般は 非思考の場としての個人の信仰が 教義を信じるという矛盾
をかかえた組織宗教となった場合であり あるいは単に道徳規範としてしまいこれを抱き続ける
ということに変身した場合を言います。

 6. 教義は 思考するものであり 信じるものではありません。倫理規範も考えるものであ
り 信じるものではなく その実践ということもそれだけでは 信仰そのものとは直截の関係が
なくなっています。

 6-1. 神の言葉が街を歩いているとか その言葉に逆らった思想がやはり街にのさばって
いるとかとは 直截に判定することは無理です。後者であってもそれは 人間の下す判断である
に過ぎず 神の言葉とまるまる関係しているとは見ないはずです。

 7. ブディズムについては ひとつだけその亜流の特徴を挙げれば:
 さとりが いま・ここなるわたしを離れたところにあると思っていることです。
 
 8. このへだたり・この時間差が 亜流であり チンピラの振る舞いと何ら変わらないと見
なされることになります。少しづつだんだんさとりに近づくというのなら ゴロツキの成仏と変
わらないということになるからです。

 ご見解ご批判をお寄せください。

1. 思想としてのゴロツキやチンピラがのさばるのは ふつうにまともな人たちが 一般に
亜流の思想を追い求めているからではないか?

 2. ゴロツキ等というのは 経験合理性にもとづいてものごとの認識や判断をみちびくこと
をしないその状態を言います。

 3. 亜流の思想というのは そのままでもありますが 特には 個人の信仰がクリスチアニ
ズムという宗教となった思潮を言います。

 4. あるいはまた そもそもブディズムは無神論としての信仰であるはずなのにこれをああ
たらこ...続きを読む

Aベストアンサー

No.3です。
「21.そうですか。それは ちょっと困りました」
→大丈夫ですよ。
その程度なら、あまり大きな弊害は生みません。
「22.ほんとうに《すくわれる》のですか? 一時的ではないですか?」
→それで救われている人がいるのも事実です。
私の家は代々浄土真宗、学校はプロテスタント、現在は地元神社の総代をしています。
神社への祈願は神様に救いのお願いをするのではなく、今困難に立ち向かっている自分を元気付け、心を落ち着かせるためだといい伝える活動をしています。

Q「ニーチェ事典」について

弘文堂から出ている「ニーチェ事典」について質問します。
ニーチェの事を勉強するためには必携でしょうか。
どんな本なのか、その内容または感想を教えてください。

Aベストアンサー

図書館で少し見た程度ですが、参考までに印象を。

「事典」というだけあって、ニーチェに関連する事柄が五十音順に纏められています。
ニーチェの生涯、ニーチェ哲学の概念について、ニーチェ哲学に影響された人々との関係についてetc...と、範囲は広範囲に及びます。
また、一項目についての文章量もそこそこあり詳しく解説されています。
ただ、ニーチェ哲学の用語を分かりやすく解説した「辞典」では無いので注意を。

ピンポイントでニーチェに関する事柄を調べたい時には便利だと思います。
教科書や解説書のようなモノというよりは、補助的な参考書のようなものだと思います。

Qニーチェを読んで

ニーチェの本をはじめて読みました。
哲学というものもはじめてだったので、とても衝撃的でした。

しかし、ニーチェを読んでから生きる意味がない価値のないものと書いてありました。
生きる意味がないのにそれに耐えるのが強い人間という内容でした。

はじめは感心していたのですが、ニーチェの言葉が頭から離れず生きることが意味のないものと思えて人生がつまらなくなりました。

最近、結婚もして、かなり熱中している趣味もあります。仕事も順調ですが
人生に何も意味がないと思うと

今、病気や事故で死んでも怖くないと言うか、悔いがないような気持ちです。

もう一度、ニーチェを読み直そうか(解釈がぼやけているので)迷っています(*_*)
元の思考に戻りたいです(((^^;)

Aベストアンサー

なにごとも批判的に読むことが肝心かと。

ニーチェの思想と彼自身の行動・人生とは一致しているだろうか? 特に健康という面。

人生に意味がない思想は、ニーチェの重視する健康面ではマイナスになるものではないだろうか:
ある心理学者によれば、極限状況で、個人的な人生の意味を見出した者は、見出さなかった者より、より多く生き残ったとする研究結果を残しています。

当時はキリスト教の外的権威や欺瞞を批判するために、ニーチェは自由やルサンチマン(恨みが動機)をかかげてはいるものの、こういう批判を改良しとりこむだけの力がキリスト教には存在しています。アメリカのキリスト教は自由をとりこんでいるものが多いし、恨みがあれば心理学でも仏教修行でもとりくんでいるキリスト教宗派もあります。「神は死んだ」などどいっていても、2000年を生き残ってきたキリスト教は強固です。

>元の思考に戻りたいです
広く様々な思想にふれられると、ニーチェの主張を相対化してとらえられるのではないでしょうか?


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