プロが教えるわが家の防犯対策術!

60代後半男性です。
なんでみなさん老若男女問わず老後を心配するのでしょうか?
「食えなんだら死ね」と言った僧侶がいましたが、食えなんだら死ねばよいではありませんか。
だが実際には死のうと思ってもそうやすやす死ねません。なぜなら水と米があれば死にません。
ちょっと贅沢?してかつお節かタマゴを食べれば病気にさえかかるの難しいです。
米とかつおとタマゴと光熱費を合わせても一月3万もあればいけるでしょう。
日中は散歩したり(ノロノロがいいです腹減り過ぎないように)自然の四季を感じて過ごせばよいし。
ていうわけでなにが恐ろしいのでしょうか?なにを心配してますか?病気が怖い?。
なぜ怖いのでしょう?命は永遠ではなく治療するも治療しないも命が永遠出ない限り余命は50歩100歩と違いますか?。
質問というより疑問ですみません。ご感想あれば投稿お願いします。

質問者からの補足コメント

  • >米とカツオと卵と光熱費3万しかないとは寂しいですね。
    これくらいの覚悟って意味です。

    >ほかに住む家とか、家族を造るとか、
    このことは済ませているという前提つきです

    No.27の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/10/24 10:00

A 回答 (27件中1~10件)

いまより悪くなると漠然と知っていて、今が苦しいからだと


思いますよ。経験したことが無いので怖いという思いに加え
て今を楽しめていない若者や中年の方が多いのだと思います。

先生に質問されているような気分ですね。
以下は長いですがお付き合いください。

質問者さんの世代と今の世代で環境が違うと思う部分は、縦
の繋がりが殆どない事です。このサイトで回答者を長くやっ
ていますが、違和感に気が付いたのは10年くらい前です。

良いパートナーが見つからないという悩みや恋愛の相談は分
かるのですが友達が居ないという悩みが多すぎました。自分
の世代の経験から、ああだろう、こうだろうと考えましたが
それでも違和感が残ります。

少しは若者のサブカルチャーを見てみるかと調べてみた所、
大人を無視して子供同士で解決するという物語が多いんです
よ。しかもご近所が舞台でした。つまり縦に繋がるという感
覚がなくなっており、その人たちが「当たり前」として物語
を作る大人になっているという事です。

年上の人の支援を受けて大きな舞台で思い悩む。
私の子供の頃はそういうお話が主流でしたから、これは不味
いと思いました。

「頼りになる先輩を見つけては生意気を言って甘える。
 先輩の名誉を守り、遊びに連れて行ってもらう。
 そうやってるうちに自分にも後輩ができる。
 そんなルーティンの繰り返し」

この様なものが「生きる」という事だと思っていました。
そしてこれがどんなに高齢になっても同じだ思っています。

「時代の流れ? いまのスタイル?」

そうなのかもしれませんが、縦の温かさを知らずにいれば生
きてる喜びの大部分を感じられないのでないかと思うんです。

そのため本来は先輩に甘えるところを友達やパートナーに求
めてしまうようです。対等の立場であります。そしてともに
幼いわけですし、答えを知りません。未経験な者同士で負担
を掛け合っているんです。

求めても得られず、争って余計なストレスを感じる。
これが私たちの時代よりも多いのだと想像できました。

また、年上から教えられるときのやり方も知らないんです。
怒られていると感じる人が多いようで、子供みたいに反発を
します。

「俺らはうまく行かなかったけど。終わってみればそれほど
 難しいものじゃなかった。君らは失敗するな」

と言っているだけなのですが、

「見捨てられる、切られる、周囲の人から馬鹿にされる。
 誰にも守られていないとバレれば誰かに狙われる」

こんな風に感じるらしいです。
そういう強迫観念がある以上、良かれと思って教える事も難
しいんです。このせいで余計に縦の関係が希薄に成ります。

そうして思い出すのは、

「自分が子供の頃には学校の先生が良く言っていた。
 『おまえら見たいな馬鹿が大人になって先生(親)になる
  から、馬鹿ばっか増える』」

です。これはうちの父が良く言っていたことです。
質問者さんもよく聞いたかもしれませんね。

いま生きている人がどうであれ、それはもっと上の世代が見
過ごした何かが原因なんだと思います。

そこで思い出してほしいのは、

「そういえば、俺の世代から自由を謳歌しようという風潮が
 強くなったな。一種の流行りだった。堅苦しいのを無くし
 て自分を晒すことが美化されたっけ」

こういう時期があったように思うんです。

つまり、

「大人としてのお手本を示す仕事から逃げた」

世代がいるという事です。

この時期から子供や若者は年上の人を信用しなくなった。
そして漠然と煩いだけの存在であると思う様に成った。

質問者さんが言う様に「いずれ来るものは嫌がって逃げても、
嫌がっている時間分損をする。楽しくないから」と言う話は私
も賛同です。本当に真理ですよ。

しかし、そういう心を持てるように誘う仕事が年上にあったと
いう事を忘れた(逃げた)世代がいるんです。

私の世代では、老後に向けてのんびりと生活できるように準備
をするというのが老後の心配の内容でした。

しかし、今の世代は、

「自分が忌み嫌い、憎むべきものに自分が変化する」

という絶望感をもっているようなんです。

年上の人は、
何歳になっても年下の人を(礼儀さえ守れば)可愛がる。
これは、いまでも変わらないと思います。

年上の人の世話ばかりして、甘えたことが無い。
甘えても大丈夫だと安心感を持っていない。
これは生きていて苦しいでしょう。

そういう苦しさ(昔の人はそんな苦しさを持ってなかった)に
気が付いていないんだと思います。そして年配の方もよもやそ
ういう状態(甘えても大丈夫なんだと知らない若者が多い)で
あると気が付いていないんです。

昔も今も貧乏はあります。
経験の差もあります。

しかし自分をかまってくれる年上の人が全くいないとなったら?
逆に自分に甘えてくれて、なんやかと世話を焼く後輩がいなか
ったら? 常に対等という関係で気遣いをし続けて自分を抑え
る事ばかりをしていたら?

ご質問の答えとかなりズレると思いますが、先生の知らない今の
環境と言う意味で「昔と想像以上に違っていてマズイ」と言う部
分を挙げてみました。ペットの様に育てられ、縦の繋がりを得ず、
対等の関係ばかりで苦しみ、幼いまま甘えあい、傷つけあい、誰
にも相談できずに貧困に晒される。

そして、

「超高齢化社会だから。若さだけで優遇される。
 だけど・・・年を取ったらそう言うのが無くなるんだ。
 どうなっちゃうの?」

唯一の心の支えがいずれなくなる。
いまの時代の方々は私たち年配の世代と違って、若さだけが頼り
なんです。

恐らくは「若いから可愛がられる」と今の方は誤解しています。
本当は「年下だから可愛がられる」だけなんですが。縦の繋がり
が希薄に成ると上の様な認知の違いが出てくるんだと思います。

質問者さんが「いずれ・・・なるのに?」と言えば言う程、今の
方は「考えない様にしてたのに!この野郎!」と思う訳です。

今の方々に死んでも死にきれない未練があるとすれば、

「もっと先輩方に甘えて温かさに包まれる経験をしたかった」

ではないでしょうか?
そして、昔はもっと違ったとのに今の人は知らないわけです。
知らないまま辛いと言っているようにみえます。

高齢化社会だから社会から引退して老後をまっとうするという生
き方も大事だと思いますが、もっと積極的に後輩の悩みにつきあ
い、美味い物を食べさせるべきでしょう。

そういう経済力が無いという話なら、そこが問題だと思います。
そこまでやらないで良いという感覚も最近作られたものですよね?
幾つになっても若者の面倒を見るために貯えるというのが、少し
前の老人の役割だったはずです。世話になるだけの老人世代が主
流に成ったのは、ここ最近のはずです。これはズルでしょう。

「自分が若い時は年上に甘え、ご馳走になり、しかし後輩を指導
 せず甘えさせず好きに生き、老後は若者のために資産を分け与
 える事をせず、単に世話になろうとする」

そういう世代が確かにいます。

そういう世代に向けて怒りが貯まっている。
いまの日本人は良く我慢をしていると思います。

縦の温かさを失った対等社会で精神的に疲弊をし、ストレスで何
事も楽しめず、若さだけで優遇される。こんな歪な社会で若さを
失うという事が絶望に直結するというのは仕方ないでしょう。

そしてそれは若者が悪いのではなく、年上として面倒を見る事を
放棄した皆様の責任であると私は思います。

それを踏まえずに今の質問をしてしまえば反発もありますよ。
今までほおっておいて悪かったと、より積極的に年下の面倒を見
る、関わるべき。それが今後の日本であるべきと思います。

以上、ご参考になれば。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

おっしゃってることはだいたいわかりました。
縦の繋がりで心豊かに育った世代が縦の繋がりを次の世代に継承せず、個々人の幸せを追求するようになった、で自分達はいいとこどりし(年上から面倒みてもらう)、次の世代にはそのいいとこ(年下を面倒みる)継承を放棄した。
結果として横の繋がりだけの若者社会ができその世代がいよいよ老後が視野に入ってきて、老後不安に苛まされるようになっている。
こんな感じでよいでしょうか?。

ならまさしくそのとおりかもしれないですね。
しかし書かれてるように{時代が「自由を謳歌しようという風潮が
 強くなったな。一種の流行りだった。堅苦しいのを無くし
 て自分を晒すことが美化されたっけ」こういう時期があったように思うんです。}日本の絶頂期を(ジャパン・アズ・ナンバーワン)を迎え老人は年金だけで生活できる社会、子の世代は(ジャパン・アズ・ナンバーワン)を謳歌それぞれの世代が幸せであり日本の経済大国は「永遠に不滅」を信じた時代があった。そう私の20代の頃です。

時代の流れで積極的に年下面倒を放棄したのでなく面倒みなくても豊な暮らし豊な精神生活を全国民が享受できると信じたことが全てかなって気もします。

そしてバブル崩壊して現在に至るまで一度も
経済の復活のきざしなく今や国が滅びると言っても言い過ぎでないくらいの惨状。

ではこれをどう乗り切るか、その答え問いかけが質問文です。

こうなってしまった現実は結果的に貴殿の見解どおりとしても過去に戻ってやり直すことはできない。

その処方箋として食べていければいいじゃないかです。
老後のために今を犠牲にして生きるのは生き方としてどうか?。
若いときは二度とないのだから今を楽しみ老後のための対策はほどほどでよい、病気も命が永遠でない限り50才で死ぬのと100才で死ぬのとどう違いがあるの?です。

お礼日時:2022/10/22 18:05

一番最後はそうなる人もいるでしょうか。


でも人はそんな簡単に死なぬもの。
それなりに死ぬときはぎりぎりの抵抗を試みて、立ち直ろうと戦い、場合によっては再起して、再び活動を始める。
人はそういう物だと思いますよ。

そして、國も消防署や救急隊とか警察とか、あるいは保険とか福祉とか様々の手段を設けて、国民救済を行うものではないですか。

米とカツオと卵と光熱費3万しかないとは寂しいですね。
ほかに住む家とか、家族を造るとか、
そういえば、このグーもいろいろ質問コーナー設けて、役に立たぬかな。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2022/10/24 09:55

>並みのことができるなら立派な社会人と思います。


私もそう思いますが、定年まで働くことが前提の人生プランになっています。

>なぜまたコンビニで???スーパーを利用してください、スーパーが安いです。
コンビニに行くのは趣味です。
生活のための買い出しとは、少々性格が異なります。
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この回答へのお礼

>コンビニに行くのは趣味です。
スーパーでなくコンビニでの買い物が趣味なのですね、趣味ならその差額分は安上がりの趣味かもですね。

お礼日時:2022/10/24 09:53

私も同じ歳くらいです。



私もおっしゃる通りだと思いますよ( ◠‿◠ )
「足るを知る」の幸せを身にしみて感じながら、日々に感謝しながら、自分なりに何が起こるかわからぬ人生を面白がり楽しみながら、自然のなすがままに身を委ね、人様の邪魔にならぬよう、煩わせぬよう、極力配慮しながら、思うがままに日々を淡々と過ごす。

それで良いのだと。
それが一番幸せなのだと。(´∀`=)
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>人様の邪魔にならぬよう、煩わせぬよう、極力配慮しながら、思うがままに日々を淡々と過ごす。

よいですね。

お礼日時:2022/10/23 10:13

生きて健康なら無理して死ぬ必要なし。



問題は金とか、生きることを妨げる障害ですね。

生きようとする以上、欲望があるからこれを満たすにはかなりお金がかかる。3万ではかなりの禁欲ですね。
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この回答へのお礼

>3万ではかなりの禁欲ですね。
まあ生存するための実費だけです。
まあ賃貸費用や持家の固定資産税は人それぞれですから当然にここの読者は計算されるとの前提です。

>生きようとする以上、欲望があるからこれを満たすにはかなりお金がかかる。
その欲望はどんな欲望でしょうか?その欲望を満たせないと不幸になるほどの
欲望を僕は知りません。
65才迄に享楽的な欲望はほぼ満たしてきたので、いまこの欲望を満たせないと生きてる価値がないみたいな欲望はとくにはないですね。
で上記の3万+数万で生活し、それでお金に余裕があればあなたの欲望とやらを満たせばよいと思います。まさか高齢になっても竜宮城にいるような生活は望まないでしょ?

お礼日時:2022/10/23 10:10

>>短時間で効率よく


>まずこの考え方が問題かなって思いました。
それができるだなんて、書いていないです。
並みのことしかできないから、時間がそちらに取られるんです。

>物欲をなるべく我慢しなくてすむ
>これも心配ないです我慢しなくとも自然にどうでもよくなってきます。
車も愛人も興味はないですが、コンビニで買い控えをしなければならないような生活はきついですね。
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この回答へのお礼

>並みのことしかできないから、時間がそちらに取られるんです。
並みのことができるなら立派な社会人と思います。

>コンビニで買い控えをしなければならないような生活はきついですね。
なぜまたコンビニで???スーパーを利用してください、スーパーが安いです。

お礼日時:2022/10/23 09:56

同感です。


老後の心配というより、人生に対する不安や不満が根底にあるとおもいます。
この不安や不満は、常に産み出され、ばらまかれています。
まったく解消されませんし、その必要もないのかもしれません。
ちょっと前の時代では、餓死、戦死、事故死、病死が多かった。
ところが、最近は肥満からの心臓病、ちほう、自殺、長生きし過ぎてガンで死ぬ。
昔の人は無念の死を死なざるを得なかった。選べなかった。
ところが、今は生きることの平均レベルが上がってしまった。
「天寿」をまっとうするのが当たり前になったわけです。
古稀など死語ですよね。
老後の心配をするほど、豊かで暇な人が多いのですから、結構なことではないでしょうかね。
滑稽ではありますが、、
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この回答へのお礼

事実と不安の区別をよくできないまま、SNS等での情報過多で混乱している人が多いと思うのですね、情報整理を学ぶ前に情報が洪水のごとく押し寄せて情報の中をうまく泳ぎきれず溺れ不安に苛まされている人が多い気がします。
で不安は本来人が生きていく用心しなさいとのサインなのですがあまりにも不安材料があふれすぎて不安を正しく機能させていないと思うのです。
で冷静に事実を考えてみましょうが質問の意図でした。
冷静になれば「幽霊の正体見たり枯れ尾花」だと思います。

お礼日時:2022/10/23 09:52

>なんでみなさん老若男女問わず老後を心配するのでしょうか



質問に書かれたような生活をしていても病に侵される可能性があるからです
例えば「がん」などです
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2022/10/23 09:41

>明日死ぬかもしれないし、50年後に死ぬかもしれません。


>時間足りないと嘆いても意味はないと思いますけどね。
お金を作るためには労働が必要で、それには時間を取られます。
短時間で効率よく稼げればいいのでしょうが、能力は人それぞれ。
自分でできる範囲内で努力しています。

>お金が足りないのでなく物欲が旺盛なだけだと思いますけど。
>今日食べるコメと味噌汁を買えないなら足りないでしょうけど。
はい、ですから物欲をなるべく我慢しなくてすむ老後を送れるよう、現役時代から対策をしているわけです。
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この回答へのお礼

>短時間で効率よく
まずこの考え方が問題かなって思いました。
これが出来る人は達人ですよ。
私を含めて凡人に見合ったやり方があります。
「誰でも出来ることを、誰でも出来ないくらいやる」能力のないものが
勝つにはこれしかないと思っています。

>物欲をなるべく我慢しなくてすむ
これも心配ないです我慢しなくとも自然にどうでもよくなってきます。
90才でベンツ欲しいか。物欲ではないですが95才で20代の愛人が欲しいか、極端な話ですがいやでもそんな欲望に悩まされなくなります。
こんな欲望の大半は虚栄心からですから、虚栄心もなくなってきます。
大丈夫です。お金はそんなにいりません。

お礼日時:2022/10/22 16:49

回答いただきました。


何事なく100歳まで生きるというのは、子供達からしたら相当迷惑です。
相続しても、子は立派な老人、孫も現役リタイア寸前。
適度な寿命じゃないと、面倒なことだけが先送りになります。
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この回答へのお礼

>何事なく100歳まで生きるというのは、子供達からしたら相当迷惑です。
まあそれぞれ家庭で違うと思いますけど貴方の考えでは迷惑なのですね。

>人はなかなか自分では死ねないですからね。
でもこのように書かれているようになかなか、いえ精神の死にたい病に罹らない限り死ねないです。

人は死ぬ時期がくればいやでも死にます、死なないことに成功した人一人も
いません。大統領になるより難しいです(笑)いえ不可能です。
病気でも事故でも避けれないときは避けれません。身悶えする病にかかり検査と治療で死ぬより辛い思いするかもしれません。

貧乏でも病でも避けれない事態になればどんなに避けようとも避けること不可能です(ウクライナ民が今そうです)。苦も苦そのものの真っ只中に入ってしまえば今が地獄にいるのか極楽にいるのかさえわからなくなるのが人の脳です。数時間後に死ぬかもしれない戦場でも食欲や性欲の快楽はあります。
平和な日本の中で近所付き合い友人関係職場のトラブルとかで食欲も性欲も
なくなる人もいます。なにを言いたいか絶対的不幸の環境なんて想像の世界で現実にはないと言うことを申し上げたいのですね。老後を想像して不安にオノノク生活から解放されたらどうでしょうか。

お礼日時:2022/10/22 13:01

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