私には、正当化しようとしてるとしか、思えないことが、2つあります。1つめは、援助交際についてです。これは、やる方が悪いのか、やらせる方が悪いのか、わかりません。でも、自分の体はそんなに、安いものなのでしょうか。女子高生がよく、テレビなどで、えらそうなことを、いってるのを見ますが、やってることは、男に媚びることですか。矛盾してると、思いますが。それに本にも、なってますよね(本が悪いという、ことではありません)。ケータイ小説か何か、知りませんが、援交するしかなかったようなこと、書いてるし。そうしてしまうと、家出少女の傷のなめあいに、なってるとも知らずに、同情という名の共感を呼び、援交も生きていくための、手段の一つに、なってしまうのです。だからそういう子を、増やさないためにも、本にする暇があったら、大人が夜の街を、見回るべきだと思うんですが。2つめは、不良についてです。不良だったというのは、自分からいうのではなく、他の人から、言われるもんでしょ。なのによく芸能人が、元不良の自分が、いってんだから、間違いないといったり、ヤンキー先生、ヤンキー弁護士、ヤンキー介護士などの、言葉もありますよね。そういう私も、元不良だったので、言いたいことがあります。不良はよく、元不良だったから、今があるみたいに、見られがちです。でもそれは違い、不良だったところを、見てもらいたいんじゃなく、頑張って更生するまでの、過程を見てもらいたいのです。そうでなくっちゃ、不良にならなけりゃ、成功しないなんて、思われたくないですから。皆さんは、この2つの意見、どう思いますか?

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A 回答 (12件中1~10件)

正当化しようとしていると思います。



援助交際(=売春)をしている人は、まわりが何を言っても、
「カンケーナイじゃん」と言って
やったかもしれません。
「自分の体で、これだけお金が稼げるんだから、
自分はえらい」くらいの気持ちの人もいるでしょう。
「自分の価値(若い・女である)でお金稼いで、
何が悪いの?誰にも迷惑かけてない(これは間違いですが)」ということもあると思います。
ですから、ただの犯罪ですが、正当化したいのは当然だと思います。

「昔、不良だった」というのは、
「私はこう見えても、昔はワルだったんだ」というのが、
少しでも自分をかっこよく見せたい、という
貧しい願望の現われのように、
私には思えます。
「今はサラリーマンで、まじめだけど(うだつがあがらないけど)、
実は、ワイルドな一面もあった」と
周りに自慢したい、というような感じに思えます。
「更正した」ということを強調したいのではなく、
「自分の意外な一面も見て見て!」という
子供っぽい自己顕示欲のように思えます。

芸能人などで、自称「昔ワル」は、
不良の間でも人気が出たらいい、という計算も
あるのではないでしょうか?
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援助交際はただ法律上は悪いということになっているだけじゃないですか?


私のまわりには付き合ってもないのにいろんな男とそうゆう行為をしている高校生(中学生も)かなりいっぱいいますが、別に援助交際もそれとかわらないのではないかと思います。

不良は、自分が迷惑をかけたことに対して償うぐらいの気持ちで社会に貢献するべきです。
「元不良だったから、今があるみたい」
なんて、とんでもないと思います。そうゆうバカ者がちゃんと立派な人間として認められている現在の社会がおかしいのだと思います。
肉体労働でこき使われて、安い賃金で、みじめな人生を送ればいいんじゃないのでしょうか?

ちなみにTV朝日のQさまという番組で、いわゆるヤンキーのことを、
「ヤンキーさん」と呼んでいました。実にくだらない。

参考URL:http://www.tv-asahi.co.jp/qsama/backnumber/050113/
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結論から言ってしまえば、今の世の中があまりにも「拝金主義」で、それが子供たちにも伝わってしまっていると言うことです。



金さえ稼げれは、何もしたっていい

こういう生き方が、世の中に蔓延しているからだと思います。

売春(援助交際)>金が稼げるから良いじゃない
元ヤンキー>珍しがられるし、金が稼げるから良いじゃない

同じ発想です。

カネより大切なものがあるんじゃない?
でも今の世の中の風潮では、そういうことを言う人が異端扱いされます。

個人を変えるのではなく、世の中の風潮を変える必要がありそうです。
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質問とは離れてしまうかもしれませんが 以前雑誌に笑い話として載っていたのは ソープランドに行ったおやじが女の子に 私の娘と同じ年頃でこんな所で働いていたらダメじゃないか 理由はどうあれ真面目に働きなさいと説教し その後おやじはお客としてちゃんとする事はして帰ったそうです。



元不良ですか 御免なさいこちらも話が離れてしまうかも
つい最近男性俳優で 昔暴走族のヘッドだったという事で 当時の写真をテレビで見せていました。寄り道したけど今は俳優でガンバッテいますなんて言ってました。ふざけんな~あんたが不良だった時 どれだけの人が迷惑して どれだけの人が人生狂わされたと思ってんだ 自分だけこんなに立派になりましたなんて堂々とテレビで放送しないで頂きたい
私も人生真面目に生きてきた訳ではないし 迷惑もかけたと思うが、そういった番組を見ると頭にくる
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どうもおはようございます。


不良について・・・
別に、元不良だったから・・・今がある。とか思ってませんよ。
そういう人が実際に誰かに教えるとき、やっぱり何も経験していない(同じ立場の)人間より説得力あるし、そういう人が同じ立場の人間の気持ちがわかるから・・・という感じですね。
それに、不良時代のことが褒められるとも思いません。
ただ、そういうところから立ち直って今がある・・・そういう過程はとっても大切だと思います。
何もなく過ごしてきた人に比べれば、色々影響を受ける人に出会って(人生をよい方向に導いてくれた人とか)色々なことを学んできたと思いますから、その人の人生はとっても貴重な時間を過ごしてきたんだなぁ。。。と感じます。
そういう人に出会うってとってもすばらしいことだと私は思うし、そういう時に学んだ大切なことを聞いたときにとっても勉強になります。
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1の援助交際について。


シニカルに語ると、援助交際は特別悪いことではありません。出来れば強者、弱者の関係ではなく相互援助に近づけば理想的ですね。なんて書くと、もの凄い非難を浴びそうなので補足します。日本語の持つ本来の意味としての援助交際という語句は、売春行為と直結するものではありません。「売春をしている」と言うのは聞こえが悪いので、売春という犯罪行為を美化して語りやすくした言葉が「援助交際」だったり「エンコー」だったりするのではないでしょうか。「売春行為」の高等表現のように使われているだけではないでしょうか?
「私、知らないオジサンに体を売って3万稼いだ」「俺、女を買って4万円支払った」と本来の行為をそのまま表現すれば、非道徳な行為にしか聞こえませんが、「知らないオジサンから3万円援助してもらった」「女の子に4万円援助してやった」といえば、後者は「人格者に助けられた」「困っている女の子を救った」かの様に聞こえます。
切り口は違いますが、売春行為を援助交際と呼び変えた時点で、売春行為の美化、正当化につながると思うのですが・・・?

>援交するしかなかったようなこと、書いてるし。
これらは殆どが自己正当化でしょうね。売春するしかない理由が、教育も受けさせてもらえなかったので、働きたくとも雇用先が無いとか、必要最低限の衣食住を得る為ってな理由はほぼないでしょうから。流行の服やブランド品、分不相応の贅沢をするためってのが大半でしょう。

買う大人が悪いと言い放てば反論の余地は有りませんが、「売春はいけない」と義務教育で習っている以上、それを理解できない子供の能力も問題です。数学や英語が出来たところで自分の身体を守る能力が無いのではねぇ。
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質問者はお若い方だと思いますが、


援助交際(売春)については、発想を変えて欲しいです。

未成年の売春は、その女子高校生が悪いのではなく、「買う大人」が悪いと言うこと。
未成年が何を言おうが、人生経験の豊富な大人が「援助交際」を実行しているのです。
「おじさん、万引きしたいんだけど。」と言って「よし、では万引きをしに本屋へ行こう。」と言う大人?
何かが変ではないですか。
その大人が「そんなことをしてはだめだ。」と言えば、その女子高校生は人生が変わっていた。と思いませんか。

女性は貞操を守るもの的な男尊女卑な思考から、
援助交際=悪いのは女子。と考えるのはわかりますが、未成年の場合は大人が悪い。

私にとっては、自分を正当化?する売春女子の意見も含め、かわいそうでしょうがないと思います。
「そんなことをしてはいけない。」と言う大人に出会えなかったが故に、彼女の人生(特に男性観)は変わってしまうでしょうから。
そんな彼女らもある程度大人になったら、自分のしたことを恥じてその事実を封印するでしょう。

売春した女子を責めれば責めるほど「買った方の大人」の罪深さが見た目的に薄れてしまうので、援助交際や売春について世間が語る場合、「援交も生きていくための、手段」側の女子になって行くのです。
「男の欲望の醜さ」をもっと取り上げるべきですね。
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援助交際については、メディアでそういう動きがあるのを知らなかったので、コメントできませんが、「元不良」については、実は、人間として、特に親としてとても励みになっています。



息子は不良ではありませんが、人生の中でとても迷っています。自分も若い頃は、思春期のご多聞に漏れず迷っていました。だけど、迷っていた人が、それなりに更生したのを、テレビや雑誌・新聞といえども「目の当たりにする」のは、やはりプラス思考になるものです。「ああ、やっぱり明けない夜はないんだな」と感じて、明日も頑張ろうという気になります。

だから、興味のない方は、励みになる人もいることをご理解いただき、そっとしておいていただけると助かります。

ちなみに、私はとりたてて「元不良だったから、今があるみたいに」見ているつもりはないし、注目点は、やはり過程です。厳密に言うと、不良じゃなかった人でも、今までの人生の過程があるからこそ今があるわけで、それがたまたま不良だと、派手な分、娯楽性があるのでメディアはちやほやするんじゃないでしょうかねえ。

また、メディアで生き残る人たちは、過去はどうあれ、今、(それなりに)優れた人材となっているので生き残るのだと思います。私は、過去だけで売っている人には興味がないし、そういう人は、見ていると、たいてい消えていきますね。今が優れている人でも、過去の話の繰り返しは聞き飽きました。でも、まだ話を聞いてなかった誰かを励ますために話しているんだろうな、と思っています。
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昨日、ベルリンの至宝展という展覧会を見てきました。


そこには紀元前3000年前から近代に至るまでの様々な絵画、彫刻、そのほかありとあらゆる人類の足跡が展示されていました。
エジプト、メソポタミア、ローマ、ビサンチウム・・・
あまたの栄華を誇った文明は今は博物館の展示品としてその過去を振り返る事しか出来ません。

それは何故でしょう?

盗人にも三分の理ではありませんが、当事者が「自分のしている事、してきた事」を正当化するのは当然の事なのではないでしょうか。
それは恋愛でも、戦争でも、宗教でも、おおよそこの世の中で人が行っている行為の全てに当てはまると私は考えます。
極端な言い方をすれば「絶対的な正しさ」など存在していないのだと私は思います。

最後に永井俊哉先生のHPにある「何故売売春してはいけないのか」を紹介しておきます。結構がっつりした文章ですが、結論も含め面白いですよ。

参考URL:http://www.nagaitosiya.com/lecture/0155.htm
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愛さんもやってたって話ですね。


本も出てましたし。

援交も、見回りしたくらいで直るとは思えませんね。
もともと、お金が欲しいからやってるんでしょうし。
お金を使わなくても良い環境を作り上げないとまず無理だと思います。
援交の一歩進んだ形が愛人関係ですよね。
特定の対象については処罰に該当しない。

不良について。
若いころいろいろやらかしてるほうが、大人になってそういうことで失敗しないということがよく言われいてますね。
実際、元不良組が大手の幹部になってたり。
ガッツもなんたら・・・。
まあ、これも「昇華」できるかどうかですよね。
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