先日義母が亡くなりました。私の実家には仏壇もなく、何も知らなかったので、先祖供養の仕方が何もわからず、悩む毎日です。

 今、毎朝般若心経を唱えていますが、ある本の中には、霊力のない一般人が般若心経を読むのはあまりよくないとかいてありました。浮遊霊を背負い込んだりするそうです。
 霊的な考えからするとやはり止めた方がいいのでしょうか。

 また、すでに納骨を済ませたのですが、お寺の意向もあって、義母の養女先の家のお墓に入れさせてもらうことになりました。養女先には籍は入れず、戸籍上のつながりはありません。実のお母さんのお墓は別にあるようです。

 養女先のお墓は後を継ぐ人がなく、義母がずっと法要をしていました。義母は養女先のお墓に入れるとは思っておらず、しかし、そこのお寺でお世話になることは望んでいました。お寺さんも世話をしてくれる人がいるとありがたいとおっしゃって・・・。

 姓も違うので、墓石を少し削って彫りなおしましょうと言われたのですが、お寺さんがおっしゃったことですから間違いないのかもしれませんが、こんなことしていいのでしょうか。
 
 それから義母が生前に仏壇を買っていたのですが、位牌に自分の生家と、もと旦那さんの家(離婚しています)と義母の叔父さんの家(子供も奥さんもいないためらしい)の3つの姓の先祖代々の霊が一つに書かれた位牌があります。

 別れただんなさんは再婚しており、必要ないように思われますし、叔父さんも永代供養はしてあるようです。何より、一つの位牌に3つの姓が書いてあるのはどうかと思うのですが・・・。
 
 いろいろ書いてしまいましたが、何かこういうことについてご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。
 
 

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A 回答 (7件)

>墓石はもう納骨もしてしまいました。

お寺さんに姓ではなく、南無阿弥陀仏と彫りなおすのはどうですか?と勧められたのですが、それならばいいでしょうか?

この世に「偶然」ということばがありますが、
本当の意味では偶然というものは一切無く、
全て必然として事物は現象化します。

なぜ、こんなことを言うかと申しますと、
そのお墓にお義母さんの遺骨が納められたということは、
お義母さんと、そのお墓の家とのご縁は、
過去世から深い繋がりがあるものと思われます。

ですから、そのお墓に縁のあるお霊さん達が、
それぞれの心のレベルで、
仲良くされるにはどうしたらいいか、
ということを第一に考えるとよいと思います。
これさえはずさなければ、いいわけです。

その方たちが「南無阿弥陀仏」を信仰の対象として、
ありがたいものと感じておられる、
そこまでいかなくとも、イヤなものとは思わない、
(そのお寺さんに縁があるのでたぶんそうだと思われる)
のであれば、
そうしてもおそらく気分を害されることはないと思います。

それとなによりも、
makkuronerinoさんが、心が明るい時に、
そのお墓に一年に数回(?)、足を運ばれて、
手を合わせて心から諸霊を慰安することが、
一番の供養かと思います。
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南無阿弥陀仏と彫ると坊さんに勧められたとは、その坊さんが本願寺系だからでしょうね。


つまり、本願寺という宗旨は、阿弥陀様にすがれば、すべて解決するという教えなので、先祖崇拝思考は、ありえず、葬儀すらも、メインではないのです。

この辺は、法然、親鸞という本願寺の教祖と歴史をお読みください。なお、同じ、仏教系でも、浄土、禅宗系だと、墓石の彫りかたも異なるでしょう。南無釈迦牟尼佛かもしれませんね。きっと、菩提寺は、東本願寺???ですね。

この辺も、よく理解して納得して彫ってもらえばいいのですよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
そういうことは全く知りませんでした。
何も知らずに済ませてしまうのが一番よくないのかもしれませんね。
迷うことなくご供養できそうです。

お礼日時:2005/04/13 06:52

戒名は、佛弟子になった名前、つまりクリスチャンネームとかミドルネームとか、同じ意味ですので、生きている間に貰うのが本当で、生きている間に、位牌を作ったり、墓石に彫ったりするのは、当たり前のことなのです。


残念ながら、戒名=死者の名前との誤解が、世間には強いですがね。
よって、生きている間に自分の戒名を彫った位牌を作って、毎月、寺にやってきて、本人が読経するって、よくありますよ。一般的にこれを祈祷といいますが、現在は、俗名のまま祈祷するケースがほとんどですがね。

だから、生きている人の位牌とは、その3人とも一体で、護り、護りあいたいという願いなのでは?

生きている人の戒名や位牌は不吉なんていう人がいたら、それこそ、寿陵やエジプトのピラミッド思想とか、宗教を知らない新興宗教の騙しですから、騙されないように。

連名の位牌、生きている人の位牌など、歴史的に一杯あります。徳川家は、生きている間に、位牌に、坊さんに祈祷させ、長生きするようにと、拝ませたくらいですからね。

全く問題ないのですよ。
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この回答へのお礼

私の表現が悪かったようで、位牌は亡くなったご先祖様代々のもので、生きている方のものはありません。
 
生きているうちに位牌を作る人がいるとは知りませんでした。勉強になりました。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/04/13 06:56

makkuronerinoさん、こんにちは。



僕は、宇宙学で、この世とあの世(霊界)の道理を学ぶ者です。

一般にはあまり知られていませんが、
「霊界通信」というものがあります。
それから得た情報を元に、
僕が知り得た範囲でお伝え致したいと思います。

まず、僕達が知らねばならない基本的なことは、
人間が「死ぬ」ということは、
ただ肉体という古着を脱ぎ捨てるだけで、
意識は生きていたときのまま持ち続けるということです。

ですから、例えば大病や事故や自殺等で亡くなり、
不幸と苦痛、悲哀の意識状態で亡くなった場合は、
自分が死んだことも判らず、
また霊界の往くべきところも分からず、
この世に執着し、幽界に迷い霊となり、
悲哀の心を発信し、
この世に生きる子孫に助けを求めるわけです。

多くの先祖霊の中には、
このような霊位の低い先祖霊もおられるはずです。
子孫はこれに災いされることが大変多いので、
その方達に目覚めて頂き、本来の行くべき霊界に
行ってもらうために、先祖供養をするわけです。

ですから、「ありがとう、ありがとう」といって死んでいった人には、
先祖供養の必要性はないわけです。

迷い霊のうち、自家のお墓にくるお霊さんは比較的意識が低く、
仏壇にこれる方はそれよりは少し高いようです。

>一般人が般若心経を読むのはあまりよくないとかいてありました。浮遊霊を背負い込んだりするそうです。
 霊的な考えからするとやはり止めた方がいいのでしょうか。

仏壇は先祖霊に語りかけ、先祖供養をするためのものです。
仏壇に来ているお霊さんにも、
生きている方に対するのと
同様の気持ちで接するのがいいわけです。
makkuronerinoさんが、
まごころで般若心経を読誦されればいいわけですが、
それよりもいつも話している言葉で、
感謝と労わりの気持ちを表された方が
迷っているお霊さんも、
霊界から子孫のことを思うお霊さんにとっても、
ありがたいわけです。
何よりも不安や心配や恐れといった気持ちは捨て、
強く、明るい気持ちで先祖霊に接するのが供養になるわけです。

>姓も違うので、墓石を少し削って彫りなおしましょうと言われたのですが、お寺さんがおっしゃったことですから間違いないのかもしれませんが、こんなことしていいのでしょうか。

makkuronerinoさんが
おそらく直観で思われたことが正しいと思います。
お義母さんがはたして、
そういうことを喜ばれるかどうか、ということと、
自家の墓と頼ってきているお霊さんの気持ちをも
考えてあげて下さい。

>何より、一つの位牌に3つの姓が書いてあるのはどうかと思うのですが・・・。

これも、makkuronerinoさんの直観が正しいと思います。
位牌は迷っているお霊さんにとっては、
この世での肉体の替わりです。
死んで間もない低い意識のお霊さんは、
迷っている可能性があり、単独の位牌が必要です。
さもないと、子孫の体にすがり、体に不調をきたします。

それと、夫婦位牌や繰り出し位牌はよくありません。
霊体波長が違い、一つの位牌では窮屈なのです。
ちなみに、肉体に霊が二人はいった状態が、
医学でいう精神分裂病(統合失調症)なのです。

個別の位牌は、目安として35年を過ぎたら、
「先祖代々の霊位」の位牌に移ってもらうようにお願いし、
お焚き上げします。
お焚き上げは、行う一週間ほど前からそのことを告げ、
丁重に庭の隅などでやればいいのですが、
不安ならお寺さんにお願いすれば良いでしょう。

それと、位牌に三つの家の先祖代々の霊位とのことですが、
これは、一つの家に三家族一緒に住むのと同じです。
供養するべき一つの
「○○家先祖代々の霊位」にされる方が良いと思います。
但し、その位牌には、
多くの霊がかかってきていると思われますので、
やはりお寺さんに丁寧に供養してもらうのがいいと思います。

以上、思いつくまま書き込みました。
参考になれば幸いです。失礼しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お仏壇には私の言葉で感謝の気持ちや労りの言葉を表していきたいと思います。

墓石はもう納骨もしてしまいました。お寺さんに姓ではなく、南無阿弥陀仏と彫りなおすのはどうですか?と勧められたのですが、それならばいいでしょうか?

 重ねて質問させて頂いて申し訳ありませんが、よろしければご回答ください。

お礼日時:2005/04/11 22:19

1)信じる、信じないは、質問者の自由ですが、「浮遊霊を背負い込んだりするそうです・・・・」なんてことは、ありません。

少なくとも、科学的立証は、皆無。マジックのたぐいと思ってください。

2)養女先には籍は入れず、戸籍上のつながりはありません>>>>墓に、戸籍論を持ち込んだのは、特に、租税の徴収と、鎖国政策、キリスト教など、異宗教の伝播による政府打倒の封じ込めなど、政治的要素で歴史的に作られたものです。昔は、子が生まれたとか死産だったとか、補足が、難しいので、墓の管理で、村の人口管理をして、税金をかける。また、墓を中心に、家長に、租税をかけることが、納税人数捕捉方法であったに過ぎません。よって、苗字が異なるものが、墓参をしたり、納骨を分けなければならない理由は、全くありません。過去は、土葬主体でしたから、1墓で、1人しか、埋められず、墓石や塔婆には、戒名が書かれ、OO家の墓という記載は、明治以降、特に戦後のものです。

3)養女先のお墓は後を継ぐ人がなく、義母がずっと法要をしていました。義母は養女先のお墓に入れるとは思っておらず、しかし、そこのお寺でお世話になることは望んでいました。お寺さんも世話をしてくれる人がいるとありがたいとおっしゃって・・・。

 姓も違うので、墓石を少し削って彫りなおしましょうと言われたのですが、お寺さんがおっしゃったことですから間違いないのかもしれませんが、こんなことしていいのでしょうか。
>>>>>>全くかまわないと思っております。
寺側は、籍が、入ってなくとも、実質、親子生活をしていた事実を知ってのことでしょうし、戸籍が発達した今日、石塔の苗字を変えないと、そのうち、その墓を、お参りする人が無くなり、無縁墓として、処分されてしまいます。それなら、どなたかに、お参りしていただいた方が、良い訳です。お参りされない墓なら、不要ですし、合葬してもらいどなたかに、線香をあげてもらったほうが、よほど良いでしょう。


4)それから義母が生前に仏壇を買っていたのですが、位牌に自分の生家と、もと旦那さんの家(離婚しています)と義母の叔父さんの家(子供も奥さんもいないためらしい)の3つの姓の先祖代々の霊が一つに書かれた位牌があります>>>>>過去は、1位牌にたくさんの戒名を彫るのは、当たり前で、最近になり、経済事情が良くなって、1戒名=1位牌となったり、仏具屋としても、その方が商売になるので、そうなっただけです。夫婦位牌もあれば、繰り出し位牌(何人もの位牌の板を、重ねて入れておく)、過去帖位牌(その家系を過去帖として、記載して位牌の中に納める)など、位牌も種類がありますが、現在は、1人=1位牌が、仏具屋が儲かるので、勧められますし、1対1の方が、管理が楽なので、そうなってきただけです。

5)別れただんなさんは再婚しており、必要ないように思われますし、叔父さんも永代供養はしてあるようです。何より、一つの位牌に3つの姓が書いてあるのはどうかと思うのですが・・・。
>>>お別れになった理由は、存じ上げませんが、少なくとも、その3人の故人を供養したかったので、そのような、位牌を作られたのだと思います。血縁とか苗字とかにこだわるのでなく、供養したいという気持ちに従うべきと考えます。

#2さんの考え方が、普通に思いますが。。。
霊による災い説は、ほとんど、そういううわさで、何か、商売をしたいとか、政治的に民衆を誘導したいとか、背景があるものです。これは、歴史的に証明されております。

この回答への補足

私の書き方が悪かったようです。
別れただんなさんはご健在で、位牌には叔父さんの姓と前のだんなさんの姓との二つの家の ○○家先祖代々となっています。

補足日時:2005/04/09 23:17
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

供養したいという気持ちに従うべきだというお言葉、もっともなことと思いました。

霊による災い云々も歴史的に証明されているならば安心なのでしょうね。

義母の人生が苦労続きで、若くして亡くなっただけにいろいろ気になってしまいまして・・・。

お礼日時:2005/04/09 23:14

先祖の供養とは、残された人の安心感・満足感だと思います。



故人が望まれた事・喜ばれると思われる事をするのが最大の供養です。

宗派やお寺によって色々と言われる事がありますが、参考であって絶対では無いと思います。
 残された人の安心・満足が最大の供養です。

お墓やお位牌については問題ないと思います。
 不安があればお寺さんに相談され参考にして下さい。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
お寺さんは問題ないとおっしゃっていました。
情報が多いというのも、いいような悪いような、ですね。


やはり気持ち次第というのが一番になってくるのでしょうか。

お礼日時:2005/04/09 23:03

般若心経についてですが、もちろんいろいろな宗派や信仰によって意味合いや解釈が違います。

ですので一解釈としてお答えします。

般若心経を唱えると霊にとってはとても気持ちのいい霊威となって見えますので当然ですが浮遊霊も舞い込んできます。
それを毎日唱えるとなると浮遊霊の溜まり場になってしまうのでやはり止めておいたほうが無難でしょう。

また、お経は意味を知って心の中でその像を広げて霊身一身でわだかまりなく唱えないと無意味です。邪念があればそれに呼応する霊がやってきますので、「かわいそうだ」などの悲観的な思いで唱えてはいけません。そういうかわいそうな思いに何百年も浸っている霊がやってきてしまいます(自分で呼ぶことになります)。

般若心経を唱える前に不動明王や毘沙門天の真言を唱えて邪霊から身を守っておいてから唱えないといけません。
ただ、この真言もその意味を知って唱えないと逆効果になってしまいます。

それほどお経を唱えるというのは難しいのであって気軽に唱えればいいというものではありません。お坊さんが日々修行して現世の即物的なものに囚われない心をもつように努力されているのもそういう意味合いがあります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
お坊さんに唱えていただくということにはやはり
深い意味があるのですね。

お礼日時:2005/04/09 22:58

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仏壇は浄土真宗であるのに般若心経を写経するのは良くないことでしょうか、教えてください。

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なるほど……

つまり、貴家の菩提寺宗派“浄土真宗”の教義と、貴女の信仰は“違う”ということなんです。
般若心経を写経することは浄土真宗の教義に反します。貴女が貴家菩提寺宗派浄土真宗の教義を信仰していらっしゃるのならば、
般若心経を写経しようとか、お大師様の方に親しみを感じたりはしません。

しかしながら、“家の宗派”という考え方はもう捨ててしまったほうがいいのです。
家の宗派の根拠になった“寺請け制度(檀家制度)”は100年以上前に廃止されておりますので、現代においては自由に信仰を持つべきです。
ただ、家のお墓が菩提寺にあると、どうしても菩提寺に縛られがちですが、これは本当は悪しき慣習なのです。


さて、本題に入ります。
以上のことから、仏壇が浄土真宗であっても、貴女は浄土真宗を信仰しているわけでは無いので般若心経を写経することはよくないことではないと言うことがおわかりになったはずです。
ですから、思う存分に般若心経を写経なさるのがよろしいでしょう。

貴女は般若心経に導かれていますよ。



以下、余談です。
そもそも貴女にこのような場所で、お尋ねのような質問をさせてしまう貴家菩提寺の教化(“きょうけ”と読む)不足に最大の問題があります。

浄土真宗の開祖である親鸞は天台宗の出身であるためか、浄土真宗のお坊さんと話しをしていると、当方はその宗派のお坊さんなので非常に敬った接し方をなさいますが、
浄土真宗の阿弥陀信仰は非常に偏った執着(“しゅうぢゃく”と読む)だと、つくづく感じさせられます。

般若心経は簡単に言えば“執着”しないことの大切さを教えています。
浄土真宗が執着するのは教義に般若心経がないことが理由です。
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このことに気が付くことが本当の“他力”であり、般若心経の経力にあやかり、お嬢様の病気を治すことにつながるのです。

末筆乍ら、貴女さまの心願成就とお嬢さまの闘病平癒を祈願いたします。

南無阿弥陀佛 南無阿弥陀佛 南無……



台門大阿闍梨 susiddhi 敬 白

なるほど……

つまり、貴家の菩提寺宗派“浄土真宗”の教義と、貴女の信仰は“違う”ということなんです。
般若心経を写経することは浄土真宗の教義に反します。貴女が貴家菩提寺宗派浄土真宗の教義を信仰していらっしゃるのならば、
般若心経を写経しようとか、お大師様の方に親しみを感じたりはしません。

しかしながら、“家の宗派”という考え方はもう捨ててしまったほうがいいのです。
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ちなみに、戸籍は母方ですが、名字は父方です。このような場合は、どちら側の先祖の位牌を作れば良いのでしょうか?

Aベストアンサー

位牌だけなら、両方供養されればいいのでは?

貴女は、「母親」だけでは、生まれてこられなかったのですから、、。

父方、母方の両方のご先祖がいたから、

貴女が生まれてきたのですから。

お墓、、となると、これはまた、話が違ってきます。

いくら両親が離婚しておられたとしても

メインは 父方優先で、仏壇とかに母親の位牌は置かないほうがいいです。

だって、貴女は、父方の血の人間なのですから。

仏壇も置いて両親を供養したいのなら、父方のほうを優先して、

母方は、そばに小さいのをおいて供養する、、、。

ですね。

我が家にも畳一枚くらいの大きさの仏壇がありますが、この仏壇には、夫の先祖を供養しています。

私の両親の供養は、実家に弟がいますから、私が供養する必要はありませんが、

娘としての気持ちで、両親の位牌を作ってその仏壇の隣にお盆に乗せて供養しています。

貴女は、まだ、未婚でしょうから、お父さんの先祖の供養をメインにして、

お母さんの位牌は、その隣に小さいのを作られたらいいと思います。

両親が離婚していても、貴女の血は、父方の血です。

位牌だけなら、両方供養されればいいのでは?

貴女は、「母親」だけでは、生まれてこられなかったのですから、、。

父方、母方の両方のご先祖がいたから、

貴女が生まれてきたのですから。

お墓、、となると、これはまた、話が違ってきます。

いくら両親が離婚しておられたとしても

メインは 父方優先で、仏壇とかに母親の位牌は置かないほうがいいです。

だって、貴女は、父方の血の人間なのですから。

仏壇も置いて両親を供養したいのなら、父方のほうを優先して、

母方は、そばに小さいのをおいて供養...続きを読む

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仏壇は、古い物ですが義父が毎日御参りしており、言い方がいけないかもしれませんが、義父が亡くなった時に新しく仏壇を買い替え我が家におきたいと考えております。そのため母の位牌は仏壇を購入し、そのサイズに合わせた物にしたいと考えております、ので暫くは白木の位牌のままになってしまいます。

いつまで、白木の位牌のままで良いのでしょうか?やはりある程度サイズを考えて49日には塗りの位牌に変えていった方が良いのでしょうか?

Aベストアンサー

宗派は分かりませんが一般的に白木の位牌(野位牌)はお寺様からお借りしているものです。亡くなった方は四十九日には仏様になるので、それを区切りに本位牌を作り白木の位牌はお寺様にお返しするものと思います。新しい仏壇の大きさを想定することはできないのでしょうか、多少小さめの本位牌を作れば良いのではないでしょうか。

Q浄土真宗と般若心経

どうぞ教えて下さい。
私の嫁ぎ先は浄土真宗です。だからお仏壇も阿弥陀様を祭っています。月に一度お寺様に来てもらいお経を上げていただいています。しかし、私は霊の存在を信じています。と、言うより、そういった経験があるもので、その時は真言宗のお寺でいつも祈祷や相談をしてもらっています。そのせいか、般若心経の教えが支えです。私は毎日お仏壇に、「南無阿弥陀仏」と、「般若心経5回」となえています。これってご先祖さまに失礼なのでしょうか。真言宗は私だけの信仰です。

Aベストアンサー

>。私は毎日お仏壇に、「南無阿弥陀仏」と、「般若心経5回」となえています。

それで結構だと思います。何の問題もありません。

今までの回答者の皆さんのおっしゃることは、すべて正しいと思います。
浄土経も般若経も、ともに釈尊の教えであることは間違いありません。○○経は良くて△△経は良くないなどということは、絶対にありません。
釈尊の教えは本質的には一つですが、「八万四千の法門」と言われるように、様々な側面があり、「病に応じて薬を与える」ということが行なわれています。
教派教団によって特定の経典を重視するのは構いませんが、他を排除しようというのは、明らかに間違いです。そういう偏狭なことを主張する人は、真の信仰心よりも教派教団を絶対視するものであって、そもそも仏教の根本を知らないというべきです。

私の経験談をお話させてください。
数年前になりますが、私の昔の恩師が亡くなり、いろんな事情で、しばらく私がそれを知らずにいたことがありました。
遅くなって、ひとりでお悔やみに伺いました。
その先生も奥様も、敬虔なクリスチャンでした。片や私は参禅経験もある仏教徒です。
御遺影の前で、どんなふうにご挨拶したものかと、考えてしまいました。
仕方なく奥様に、「私は仏教徒なのですが、どのようにご挨拶したらよろしいでしょうか」とお聞きしました。
すると、「どんな形でも結構ですよ。あなたのお心は必ず夫に通じると思いますので。」というお答えでした。

これこそ本当の信仰心のある方の姿だと感銘いたしました。

前の回答者の方々もおっしゃっている通り、信仰心と教派教団は別物です。
ご自身の信仰心こそ大切です。
ご参考になれば幸いです。

>。私は毎日お仏壇に、「南無阿弥陀仏」と、「般若心経5回」となえています。

それで結構だと思います。何の問題もありません。

今までの回答者の皆さんのおっしゃることは、すべて正しいと思います。
浄土経も般若経も、ともに釈尊の教えであることは間違いありません。○○経は良くて△△経は良くないなどということは、絶対にありません。
釈尊の教えは本質的には一つですが、「八万四千の法門」と言われるように、様々な側面があり、「病に応じて薬を与える」ということが行なわれています。
教派教団...続きを読む


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