あなたは、自分の先祖のことを、どこまで知っていますか?
先祖の中で、何か印象深いエピソードがあったら、聞かせてください。

例えば、歴史上の人物と親交があったとか、大酒飲みで財産を使い果たしたとか・・・

身近な人や、お知り合いに、こんなエピソードを聞いたことがある、でも結構です。

因みに、私の先祖エピソードは・・・
・静岡市清水(旧清水市)の生まれですが、曾々祖母が若い時に近所のお茶屋を手伝っていて、次郎長からよくからかわれたそうです。

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A 回答 (13件中1~10件)

こんにちは。



先祖ですか。
父方の祖先は菅原家で、鎌倉時代ごろ、公家じゃ食えないってんで菅原から分家した何家かの(商家になったのは神崎、武家になったのは有馬・・・と言う感じですね。)うちの社家になった一つです。
でも、有名どころの菅公さんですが、左遷されて「梅が恋しいよ~!」と泣き言言ってみたり、四十過ぎて「あごヒゲに白髪が混じっちゃったよ~」と悔やんでみたりと・・・ちょっとカッコ悪すぎ(苦笑)おまけに、一応大宰府のお守りまで持って受験したのに、第一希望は×!ちょっと子孫に厳しかないかい!!?と思ったりして・・・(`´)もうちょっとカッコ良い方がご先祖の方が、自慢になるんですけどね(笑)

その父方の曽祖父が、西郷隆盛と懇意の仲(と言うか酒飲み友達(苦笑))だったそうです。
で、その西郷さんに飲みがてら「何か一筆書いてくれよ~!」と頼んだところ、「よか!」との二つ返事でサラサラサラ~!
あまりに達筆すぎて誰も読めないまま、それが我が家の床の間に掛け軸として残っていますが、ある時、近くの大学の国文学者の方がいらっしゃった際にお見せして、何と書いてあるかをお聞きしたところ、

「あ~~・・・あの~・・・・あまりに誤字・・・と言うか、崩れすぎて、何を書いているのか分からないですね~・・・」

ははは・・・酔っ払いのやる事ですね・・・(汗)
その先生、「これはこれで、ある意味『珍しい』ですから、それなりの価値はあると思いますよ(笑)」と言ってはくれましたが・・・ギャグにしかなんないですよね(苦笑)

その息子である祖父は、満州で馬賊になりたいとかアホな事を言って、身一つ大陸に渡ったはいいが、なり方が分からずに大陸をフラフラしている時に、イギリス人の貿易商と出会って飲み友達となり(ここでもか(笑))自分の船を一艘やるから会社を興せと言われて、「タダではイヤだ!」と言ってワガママ言いまくり、貿易商のうら若き娘をもらって、台湾に渡って貿易商になりました。その時に知り合ったのが孫文。祖父の家は当時の志士達が集まってきていたそうで、今でも、宮崎滔天などあの頃の志士達と撮った写真がアルバムに残っています。

あまり個人確定できないところで・・・こんな感じでしょうか・・・
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この回答へのお礼

菅公さんの子孫でも、お守りが必要なんですかねえ。

菅公さんがお酒好きかどうか、知りませんが、相当お酒に縁がありそうな「歴史」をお持ちですね。

お祖父さんは、いわゆる「大陸浪人」でしょうか、自由奔放な生き方をされたようですね。
sophia35さんも、お酒と奔放さを受け継がれているんでしょうか。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/09 19:46

うちの先祖は地元のお城の御用商人で、武士でもないのに帯刀を許されていたそうです。


江戸時代の飢饉では家が檀家になってるお寺をずいぶん援助したそうで、今でもお盆の回向の時には毎年一番に名前が呼ばれ、家長が裃を着て参列します。
子孫は貧乏なんですけどねえ。
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この回答へのお礼

御用商人は、藩に大分貢がされ多様ですね。
お寺にも援助されたんで、子孫が大事にされているのはよかったんではないですか。藩からは後世へのお返しはありませんしね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/16 04:48

はじめまして、質問者さんのご先祖さんは清水の方ですか、私の祖母は伊豆の出身で同県人ですね。

その祖母の話ですが、皆さんは「唐人お吉」をご存知でしょうか?幕末に黒船でやってきたアメリカ役人のハリスに手込にされて、南蛮の病気をうつされ、周囲の人々にも疎まれ、最後には川に身投げしたと言われ伝わる悲劇の人です。そのお吉さんが、湯治に通っているときその道すがら、よく石を投げつけられたりしたそうです。かわいそうですね。でもその時、私の祖母も石を投げたと言っていました。本当かどうか分かりませんが、そう言っていました。では_(._.)_
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この回答へのお礼

唐人お吉の話はよく知っていますよ。静岡では有名ですよね。
ハリスに手込めにされたというより、幕府によって差し出されたんだと思いましたけど。

しっかりした人だったので、この「仕打ち」にもめげずに頑張って生きていたのですが、ハリスのもとから離れ、日本人と再婚した後で、身を投げて命を絶ったんですね。

まあ、当時の日本人からすれば、石を投げる対象であったのも分りますが、かわいそうなことは確かですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 12:37

おはようございます。


お礼を有難うございます、#6です。

遺伝のお話なんですね。
お酒の方は確かに色んな所で縁があるし、一族みんなが酒に強いのはありますが・・・これは遺伝かな?
放浪癖・・・と言うか、自由に憧れる血と言うのはあるかもしれません。ベース一本持って単身イギリスに渡った従兄とか、一旗あげるために高校卒業して、着の身着のまま渡米して、事業家としてグリーンカードを取得した叔父とか・・・そう考えると貿易商の血と、大陸浪人の血の両方が流れているのかな?私自身も独身時代はあちこちフラフラしてましたし(苦笑)二児の母になった今でも、荒れた海を見ると何処かに船出したくなる衝動に駆られたり、春になると無性に、何処か遠くに行ってしまいたくなる気持ちになったり・・・あんまり褒められた血ではないですが、あるのかもしれませんね。

同じく遺伝なら、菅原から分家した内の二家(うちも含む)の因縁話があって、その家系では必ず男児が生まれず、すべて養子が入っている事。そして、必ずと言っていいほど女児が一人、嫁がずに名前を家系に残している・・・との事。うちの方は曽祖父の代に嫡男が始めてうまれたそうですが、もう一家の方は、未だ嫡男が生まれないそうです。不思議な話ですねえ・・・

遺伝のお話をされていたので、何かのご参考になればと・・・何度も申し訳ございませんでした。
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この回答へのお礼

sophia35さんは、女性だったんですね。
でも、今回のご回答の
>荒れた海を見ると何処かに船出したくなる衝動に駆られたり
なんて拝見すると、すごく男性的な血脈という感じが増しますけど(失礼!)。

皆さんも、「大陸浪人」系のようですし、管公の血が、どこかで変異したみたい?

女系家族が綿々として続いているのも、すごいですね。

再度のご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 09:14

北海道の馬産地の出身です。



祖父の時代に入植でキリスト教団といっしょに、北海道に来ました。
祖父はJRA(当時はこういう名前じゃないです、もちろん。)の
軽種馬牧場が出来る前にその土地を開拓しており、
JRAに土地を明け渡し、今実家があるところを譲り受けました。
もともとの家系は山陰の方の藩士だったようです。
曽祖父はお城つきの剣術指南だったようです。
でも身分はそんなに高くなくて、三人扶持だったらしいです。忍者系統ですから。

祖父の兄弟は英文学者で、
昭和天皇の東宮時代に学習院で教えていたそうですが、
こちらはあまり詳しくありません。

祖父たちが馬産地という礎を築いた。そういうところはすごいなぁとおもいます。
って、よく考えたら、北の零年みたい(笑)(見てないけど

父の兄弟たちや私の従兄弟たちもいろいろと素晴しい人生を
送っているようですが(医者や大学長とかがごろごろw)、
私は何にもすごくないなぁ。
遺伝ってどういう風に出てくるんでしょうかね(笑)
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この回答へのお礼

北海道には、全国各地から入植していたようですね。特に、武士に開墾をさせることで、軍備と生産を兼ねさせたのではないかと思います。

馬産地の礎を築かれたご先祖は立派ですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 08:03

父方はひぃお爺さんまで、ずっと力士だったそうです。

地方の草相撲ですが。
大関で(横綱という地位は無いそうです)姿形が良かったので
地元の民謡に残っています。
お陰で、ナチュラル肥満体の家系です、、、って、先祖のせいにしてますが。
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この回答へのお礼

草相撲では、大関が最高位だったというのは、聞いたことがあります。
しかし、民謡に残っているというのも、大したものですね。

ところで、#4の方も、体型遺伝説を言われていましたよ。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 07:55

先祖は武士で、北条という姓でした。


何かの折に追われる身となり、逃げる中でかくまってくださった高貴な方が、隠し名(偽名)としてその方の苗字をくださり難を逃れたとか。
なので、私の苗字は北条ではなく、その方の苗字のままです。
歴史の教科書にも出てくる有名な天皇なのですが、どこまでほんとなのかなーと子孫は思っております。
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この回答へのお礼

平家の隠し名は全国に相当あるようですが、北条氏もあるんですね。

隠し名の場合、住み着いた土地から取るケースが多いのですが、高貴な方からその苗字をいただいたのは珍しいかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 04:01

No.1


回答者:miracle3535
05-04-09 18:05
補足です。250年前まで遡れています。
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この回答へのお礼

250年というと、10代程のご先祖に遡れることになりましょうか。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/10 03:58

母方の祖母は子供の病気を治そうと山にこもって滝に打たれているうちに、人の病気を治せるようになったそうです。

信者も少なからずいて、山に庵みたいなのを建てて家族と離れて住んでいたそうで、その祖母がたまに家に帰るとよくない事が起きた為、母は滅多に自分の母親に会えなかったと話しています。
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この回答へのお礼

人の病気を治せるのに、家族にはよくないことを起こしてしまう・・・困ったものですね。

duckcallさんには、その能力は遺伝していないんでしょうかね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/09 18:59

父方の先祖は海賊だったそうです。

苗字で分かりました。
母方の先祖からは、昔力士が出たそうで、子孫はみな肥満体型をしております(=_=)
もちろん私もその一人ですが。
代々看板屋だったようで、字や絵がとてもうまい人が多いです。
親戚にグラフィックデザイナーがいます。
でも、身分は水飲み百姓だったそうです。
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この回答へのお礼

昔、新入生の女性が「村上さん」でして、私はすぐに苗字の薀蓄を披露したがるので、「村上さんは、海賊の出身?」と聞きましたら、本当に先祖が村上水軍だったそうです。

肥満体型って、長く遺伝するんですかね。
「代々看板屋だから字や絵が上手い」というのも、字が上手い先祖が看板屋を始められて、字の上手さが遺伝しているとも考えられますね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/09 18:56

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さて、手がかりは家計図かお寺の過去帳です。おそらく墨書きで記録されていますが、古文書を読めれば藩の中でどんな地位だったか書かれている可能性は高いです。今の青森のお家に率直に聞きにくい間柄でしたら、菩提寺に問い合わせてみてはいかがでしょうか。

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Qあなたは知っていますか?・・・自分の家の、宗派・家紋・先祖の名前

自分の家のことなのに、意外と知らない人が多いかもしれないこと・・・

「宗派」
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宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「宗派」
・聞いても聞いても忘れてしまうんです。よっぽど興味がないんでしょうね(汗)

「家紋」
・これはお墓に彫ってあります。菖蒲みたいなのが。
ところが数年前祖母が亡くなった時、お墓に彫ってある家紋が祖父方の家紋ではなく、祖母の実家の家紋だったことが発覚して、父が大騒ぎしていました。
このお墓は父が若い頃、幼少時に亡くした祖父(父の父)を祀るため(?)に買ったんですよね。
祖母の葬儀や法事には、もちろん祖父方の親戚も出席していたので、
「大変だ~。家紋が違うことを変に思われたに違いない」と、大騒ぎでした。
それにしても、お墓を建ててから30年以上、誰もそのことに気づかなかったなんて・・・。
祖母は知ってて黙っていたのだろうか?(自分の実家への思い入れが強かったので)
今となっては謎ですが、そんなわけで正式な家紋は知らないままです。
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「先祖の名前」
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Aの家族は、両親と兄が2人います。
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それを苦にした母親が、信仰宗教にハマッてしまい、マインドコントロールで多額の借金を作ったそうです。

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そこでAは、「先祖供養が必要だ。供養してほしい先祖が家族に訴えているから鬱になる。」といわれたそうです。

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「先祖が早く供養してほしいといっているから、すぐにでもやらなければならない。今すぐ100万円用意して。」
といわれました。

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Aベストアンサー

騙されてる、とは一概に言えません。
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内訳を確認してから質問しましょう。

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平素お世話になっております。
いつもさまざまな質問に親身になってご回答いただき感謝しております。

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皆さんのご先祖様はどのような方でしたか?
また、その方の知られざるエピソードなどがあればお聞かせ下さい。

以上よろしくお願い申し上げます。

Aベストアンサー

百姓ながらとある戦で手柄を立て武士に取り立ててやるという殿様の誘いを断って農民に留まったそうです
あぁ もったいない

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さすがです

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わからないものをわからないっていうと理解しようとしていないだけだとか言ってくる人なんなんですか?
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私は何かを熱心にしようとしても努力してないと思われてるんです。教えてもらったりしてる時にわからない時ってもっかい教えてとか言うじゃないですか?
わからないから何度もその言葉を発してるのに。

Aベストアンサー

人にはそれぞれ能力に差があるので、ある人が簡単に理解できることでも別のある人には理解が難しい、ということもあります。
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Q自分のご先祖様のことをどの程度知っていますか?

自分の家系や、ご先祖様のことについてどの程度知っていますか?
知っている方は差し支えのない程度に、ご先祖様や家系のことについて教えてください。

ちなみに私の場合、父方の家は源氏の武士だったそうです。
家来が数人はいたような武士だったとのこと。
家には十二単や日本刀、鎧、槍などが残っていたそうです。
ちなみに刀や鎧は戦争中に差し出したそうで残っていません。
家系図などもあったそうですが三陸大津波で流されてしまったそうです
(十二単などもその時になくなったらしい)

江戸末期まで武士だったかどうかはわからないそうですが、
(もしかしたら町人に成り下がっていたかもしれないとのこと)
明治になっても昔の身分の違いが残っていたために、うちの家の
土間より上には上がらなかった人達もいたそうです。

それからわりと最近のご先祖様(といっても4~5代前くらい?)は
天皇にお仕えしていたそうです。絵姿になるほどの美人もいたとのこと。
話を聞いた時は、家系図や刀が今でも残っていたらなぁと思いました。

皆さんのお家はどうなんだろう?と思い質問させていただきました。

自分の家系や、ご先祖様のことについてどの程度知っていますか?
知っている方は差し支えのない程度に、ご先祖様や家系のことについて教えてください。

ちなみに私の場合、父方の家は源氏の武士だったそうです。
家来が数人はいたような武士だったとのこと。
家には十二単や日本刀、鎧、槍などが残っていたそうです。
ちなみに刀や鎧は戦争中に差し出したそうで残っていません。
家系図などもあったそうですが三陸大津波で流されてしまったそうです
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江戸末...続きを読む

Aベストアンサー

本家には家系図もあるし、明治の写真も残っているし、マイナーな歴史書には登場するので、大雑把なところは、何世紀も前のことまで結構わかっています。ただし、ほんの半世紀前に、ふらりと家を出た親族がどこで暮らし、どこで亡くなったのか(あるいは生きているのか)は、役所に問い合わせても、戸籍の書き換えなどで記録が途切れてしまったようで、わかりませんでした。結局、わかるものも、わからないものも、記録や語り継ぐ人次第というわけですね。

ちなみに、固有名詞をネット検索するだけでも、結構、いろんなことがわかりますよ。ご親族がご健在の間に、いろいろな人の名前だけでも記録しておくといいでしょう。


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