私は、好奇心が旺盛とでも言うのか、これからも自分の中で、まだ知らない
いろんな知識や教養などを高めて今よりももっとレベルの高い世界にいきたいって
いつも思ってるんです。これって上昇志向??(金銭的に裕福になりたいという
気持ちはまったくありません)

少し前に久しぶりにずっと仲の良かった親友と会いましたが「話が噛み合わない」んです。
ハッキリ言ってしまえば、多分私の言っている意味とかわかってないんです。
ようするに、バカじゃない?っていうような。
実際の話、低いレベルの話ではあるのですが、勉強は昔から私の
方ができました(学歴も上)。その子は地元が同じで小学校から一緒です。
ひどい話かもしれませんが、それっておおいに関係しますよね、人間関係において。

あとは頭の面ではなくて家のこととかです。
つまりうまく言えないけど、うちもそこまで良い家という訳ではないけれど
少なくとも私の周りの友達の家庭よりはしつけも厳しくきちんとしているという
意味です。
だから、合わないんです。今思えば昔は無理してつき合ってたのかなって。
その事は昔から親も言っていました。別につき合うのをやめろなどとは
一度も言ったことはありませんでしたけど、最近改めて実感します。

よく昔の彼とは今でも友達だっていう人いますけど、
私には理解できないです。その時の自分には合っていたかもしれないけど、
もう今の自分には必要ない、みたいな。自分を否定することになるのかも
知れないけど、私は嫌です。

これからも、私は自分がどんどん違う世界に足を踏み入れて、その
度にずっとその場所にとどまったままの友達を置いていく気がします。
でもそれって自分の過去がなくなってしまうみたいでなんだか悲しいんです。
皆さんはどう思いますか?
このような事を感じたことのある方やまた何でも良いので
意見下さい。

A 回答 (6件)

合わない相手を友達として無理につきあう必要もないでしょう。


ただ、無理に遠ざける必要もない、と。

相手にも人格がありますし、成長もしています。興味のあるところも昔のままではないでしょう。友人関係も、こちら側に常に主導権があるわけでもありません。あくまでも相互の問題です。こちらに違和感があれば、相手にも当然、以前と同じではないあなたに違和感が生まれているはずです。

学力、頭の良さ、知識、などといったものは、人の特徴のひとつにしか過ぎません。学校の勉強にたまたま向いてたというだけの事です。成績の劣るものが人としても劣る、という事は絶対にありません。
生きるセンス、というか、人生を楽しむ事への適性、というか、そういうものは学力や知識レベルとは別のところにあるように思えます。

いわゆる勉強というものは苦手でも、熱中できる何かを持っている人、人に好かれる人、話し易い人、笑顔が素晴らしい人、などというのは得難い個性を持っていると言えるでしょう。学力以上に人生の糧となる財産だと思います。

単純に収入(所得)で人の幸せを測るという無謀な事をやってみても、それは決して成績順ではないはずです。雑学王や模範的な常識人が必ずしも人生の成功者というわけではありません。極端な話、学校の成績で優越感や劣等感を持つ事など、学生時代のゲームの中での出来事でしかありません。社会に出てどう生きるかということのセンスとは無関係です。

友人関係、人間関係においても、自分のレベルにちょうど合った人しか受け入れられないというのは、ひとつのマイナスの個性でしょう。誰とでもつきあえる、という個性にはかないません。レベルが劣る、といっても、それは学力面などのごく限られた一面でしか比較できていないからこそ言える事でしょう。自分が相手より劣っている側面に気がついていないのではないかと思います。全面的に、どこをとっても自分の方が上だ、と言い切れる相手など、そうそういるものではないと思います。

相手がバカに見えてつき合うのが苦痛、というのは、相手がよく見えていないという事だろうと思います。まあ、それにしても、そういう事を繰り返して、いずれ気の置けない無二の親友というものにも巡り会う事になるのでしょう。それがたまたま幼馴染である可能性はあまり高くはないのかもしれません。

その折々で気の合う相手は変わって当然だとも思います。だからといって、旧来の知人を気分的に切り捨てる必要もないでしょう。自分の置かれている立場や環境が変われば、人を見る目も変わってきます。一度見下した相手がとても立派に見える事も、かなわないと尊敬する事も珍しい事ではないです。

友達を置いていく、というのは、あなたの主観的な感じ方であり、客観的にはあなたの方が面接でハネられて友達に置いていかれているのかもしれません。つき合うのに値しないヤツだ、ということで。

人間の数だけ人生があります。人は人と関わって生きていく動物です。より多くの人と関係を保てる事は必然的に有利な環境を作ります。孤高の人は概して悲劇的です。
どんなに環境を整えても、人生を生きていく中では自分のレベルに合った人たちだけを身の回りに配する事は不可能です。どんなレベルのどんな個性の人とも上手に付き合えるセンスは持っているにこした事はないでしょう。

話が合わなくなった友達は、とりあえず「留保」しておけばよいと思います。自然消滅の関係も沢山でてくるでしょうが、あえてこちら側で線引きをして、ケジメをつける必要もないはずです。
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この回答へのお礼

深く考え過ぎていたところもありました。
本当に合わないのなら、自分からでなくても、
相手からも自然と離れていくと思います。
考えてみれば、子供の頃からそれをずっと繰り返してきてて、
でもその中で今でも仲の良い友達はいる。
私には夢があって、でも周りの友達には何にもなくて、
いずれは結婚でもするんだろうからって毎日なんとなく生きてる。
そんなところが嫌でしょうがなくて、私とは違うんだって
思ってました。でもある大人の人に私のように
夢を持ってる若い人って案外少ないものだって言われました。
(私の場合年齢が関係あるので今しかできないんです)
今はそんな私はとても幸せだって思っています。
でもそう思っているのは私だけなんですよね。
全てにおいて客観的に物事を考えるという事を忘れていた
気がします。いろんな人がいるんだっていうことを。
ましてや自分の友人にこんな事を言ってるのなら、これから
先いろいろな人と出会っていく中でやっていけませんものね。
人との付き合い全般を考え直すいい機会になりました。

お礼日時:2001/09/10 19:20

んふふ。

人を見る目が狭いわね(^^)

全てを個性と考えたら深く考えるような事でもないわね
心の深さにはレベルがあると思うけどそれ以外はどうかしら?
友達の方から見たら逆にあなたが狭い奴って思われるかもしれないわね
あわないならあわないと思うほうが離れるしかないわよん
そのときの自分にはあってたけど逢わなくなることはよくあることさぁ

好奇心が旺盛で上昇志向があってというけど
自分を基準に狭い周りの人間関係に優劣つけて
低いとか高いとか考えてる事自体あんま上昇志向があるとはいえないよん

自分の人間関係ってその人たちだけじゃないよね
これから新しいひとにだって逢うわけだし
だからといって今まわりにいる人を否定する事もないんじゃない?
まっ馬鹿と思うのに付き合ったって向こうも迷惑だろうから無理する事ないけど
あなたのみてる彼らが彼らの全てかしら?
人をトータルで見られるかも人のレベルならその辺あなたはどうかしら?

あなた自身が思うレベルが高い人間関係を求めてゆくことは
あなたの自由だからどんどんしてよしだと思うよん
人は変わってゆくものだしね
また自分があわないと思ってることは相手にも通じるもの
ayumiの周りの友達も結婚して子供うんでそれでよしって人が多くて
若い時みんなと話し合わないなと思ってた
で、むこうもなんかayumiって落ち着かない存在だった見たい
退屈しない色もんなんだけどって感じでね
でも色んな社会に出ると自分と響く人もたくさんいることがわかったし
あわないと決め付けてた人もその心はみんな同じで
個性や生き方が違うだけなんだなって認められるようになったよん
きっと昔のayumiって煙たい変人だっただろうなぁ

あなたは今自分の方が選ぶ立場でしか考えていないけど
相手もまた選ぶ人。相手が持つ感情を考えてみた事があるかな?
あの人なんかお高く止まってるよねとかいわれても平気かな?

自分とは違う人と共存しながら自分でいることそれが本当に大きな人間よん
本当の上昇志向は包容力の隣にあるさぁ
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この回答へのお礼

もともと、人と同じなのが嫌で、我が道を行くタイプなので
人に何を言われようと平気です。
一人で行動できない女友達たちにはうんざりでした。
でもなぜかいつも周りには人がたくさんいるのですが
それが息苦しくなって自然と遠ざけてしまうこともあります。
でも、それは私だけの考えであって世間では私の方が
きっと変わっているんですよね。
いろいろな人を受け入れていく
心の広さと広い視野をもてるよう頑張りたいと思います。

お礼日時:2001/09/10 19:38

こんにちは。

私なりに思うことは。
学歴や育った環境などで、合う合わないと決めてしまうのは、結局はあなたにとっては、マイナスになってしまうような気がします。学歴なんかは、その人の個性の一部というか特徴というか・・・そんなものだと思います。
小さい頃から貧しくて、お金に困っていた家庭で育ったなら、将来お金持ちになりたい、というのも立派な上昇志向だと思うし、生活には困ってない家庭で育った人が、将来人の役に立ちたい、世の中の事をもっと知りたいと思うのも、
同じくです。これはほんの例えですが。人それぞれ、こうなりたい、こうでありたいという内容は違うだろうし、そこへ行き着くまでの過程も様々だと思います。それは個人の人生なのだから、やり方も道のりも、選ぶのは自由だと。同時に、自分以外のすべての人が、違う考え、やり方だということで、だから人に遠慮する必要もなければ、人を自分と比較する必要もない、と私は思います。そこは自分の中でキッチリ分けて考えて、自信を持って進んで行かれたらといいんじゃないかと考えます。
自分の過去を否定するみたい、過去が無くなっていくみたい・・・そんなことはないと思います。過去には戻れないというだけであって、過去自体も、今のあなたを作ってる大切な1部だから、あなたが少しでも覚えていて生きてさえいれば、なくなるものではないでしょう?変わっていく自分に怯える事はないですよ。他の人も皆、少しずつ変わっていくものだと思いますから。それは極々、ナチュラルなことだと、私は思います。その結果、疎遠になったとしても、それは誰のせいでも、誰の落ち度でもなく、ただ時間がゆっくり流れただけ・・・なんじゃないでしょうか。限られた時間を生きていくわけだから、あなたが主体でいいと思います。ただ、ずっと友達だった人を無理に遠ざけたりは、しないで欲しいです。そんな事するつもりもないから、悩んでたんだろうし。置いていくなんて考えないで、今はただ、思うことに打ち込んでいいんだと思います。何年かしたらその人ともいろんな話が出来るかもしれないし。今の段階ですべて結論を出さなくてもいいんじゃないかな?と思いました。私の思うことは、こんな感じです。
支離滅裂な文章で、ごめんなさい。頑張ってください。
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この回答へのお礼

今はとっても孤独を感じていたので
(自分で選んだ道ですが)
よけいにいろいろと考えてしまった気がします。
深く考え過ぎていたところもありました。
きっとこの先また私の中の時計が動き出したら
これまでと変わらず友達とつき合っていくだろうし、
その中でやっぱり合わないと感じたら自然と
どちらからとなく離れていくと思います。
今回の事は自分の中でとても勉強になりました。
今は、自分の周りの友人関係の話だけで済むけれど、
これから仕事をしていく社会の中で、あるいは結婚して子供ができたりすれば
なおさら自分の周りには本当にいろんな人達が関わってきますよね。
いろいろな価値観の中でどう生きていくか、それは自分で選べないと
言えば選べない事でもあるので頑張りたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/10 19:28

現実問題として、大人になると友人は選択する必要が出てきます。



選択したくなくても「もうつきあえない」と思う友達は出てきます。あなたの悩みは、他の友達より少し早く大人になろうとしていることが原因かも知れません。それで良いと思います。私の友人でも、30歳を過ぎてからマルチ商法などに魅せられて、現実を直視できなくなった者がいます。そのような友人には現実に引き戻すために色々忠告しますが、聞き入れない場合はやはりつき合いを断ることになります。こんなケースとusachangさんのケースは違うかも知れませんが、共通の話題や感性がないとつき合いは難しいと思います。さもなくば相手を尊敬できるとか。

いろんな意味で、全ての物を手に入れることは不可能です。仕事を手に入れれば時間が無くなる、完全な時間の自由を手に入れればお金が無くなる、結婚すれば一人だけの勝手気ままな生活はなくなる、外務大臣になれば他国への批判の自由は著しく制限される、スーパーアイドルになればプライバシーは限界まで削られる。何かを得るためには何かを手放さないといけません。それでも失いたくないと思う友人はあなたにとって大切な友人となるでしょう。そんな友人を捜してください。

それと…
あなたが理解できる範囲のことが、あなたの友人の全てではありません。あなたからはくだらなく見える事でも、例えあなたが「そんなこと知ってるから、そんなこと出来るから、それが何の役に立つっていうの?」と思っていても、あなたより優れている面を必ず持っています。そこが大事なところです。そこに目を向けられるようになることが人間としての成長ではないかと思います。あなたがその友達を失いたくないと思うのなら、友人の良いところを探してみましょう。

昔の彼だって、一時期心を通じ合えた大事な人かも知れません。その時のあなたの気持ちを一番理解できた人かも知れません。男女間のことは色々複雑ですから、必ずしも友達でいることがよいとは思いませんが、あるいは良い相談相手になるかも知れません。

友人が踏みとどまっていると思うのは今だけかも知れません。少し遅れて動き出して、あっという間に追い抜かれてしまうかも知れません。その時に、今あなたが取った態度をその友人に取られたとしても、あなたは友人を責めることは出来ません。ですから、「もうあなたとは付き合わない」なんて事は軽々しく口に出さないようにしてください。あなたは頭がいい娘ですから、きっと「やりたいことがいっぱいあって、忙しくってしょうが無いんだよ。時間が出来たらまた遊ぼうね!」と言ってくれると思いますが。

最後に。いろんな友人とのつき合いからいろんな事を得て、意識せずとも友人に何かしらを与えて、共に成長していってください。「友人」とは、そのためにいるのだと思います。
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この回答へのお礼

もっと他人の事やいろんな事に関して
広い心を持って接していかなければ、と反省しました。
今私は人生についていろいろと考えている時期でもあるので、
視野が狭くなっていたんだと思います。
いつも自分を中心に考えるところがあると
親にもいつも言われているので気をつけていきたいと思います。
与えられることばかりを望まずに、与えるということも大事。
頑張ります。

お礼日時:2001/09/10 19:04

usachangさんはまだまだお若い方ですか?


気分は上昇中、というところでしょうか。

18~30才で、人の生活は大きく変わりますよ。
過去、自分は大学進学で東京に出てきましたが、
地元で就職したり、地元の同じ科目の大学に行った友人達に
「もうすこし上を目指そうよ~」といった覚えもあります。
新しい世界に踏み出して、新しいことを経験して
卒業して数年後、
地元で小さいながらも独立開業したその友人と
会社の中のただの企業デザイナーの自分。

ちょっと考えました。

さらに数年後、その友人は結婚して一戸建て購入、
こちらは仕事に追われる毎日。

かなり考えました。

最近やっと落ち着いて、ゆっくり二人で呑む機会がありました。
その友人は「東京にデザイナーの友人がいる」ってことを自慢に思っててくれたようです。
すごく恥ずかしくなりましたが、自分もその友人が自慢です。
(これからしばらく一緒に仕事をするんですが、結構昔の気分に戻れてわくわくしています)

済みません。
参考にならないかもしれませんが
そういうこともあるってことで。(^_^;;
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この回答へのお礼

人それぞれ、価値観はいろいろあるという事を
忘れていた気がします。
その人にとって何が良い、悪いはその人の問題だし、
人生を長い目で見たときにその時はたとえ良くても
結果的には、という事だってたくさんありますものね。
独りよがりになっていた部分があると反省しました。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/10 18:55

ちょっと話の流れがつかみかねるところもあるのですが、(^^;


ほんとに感じたままを書かせていただきます。
今何歳なのかは分かりませんが、ちょっと小難しく言うと、
「アイデンティティーの確立の問題」に直面されているのではないか、という
印象を受けました。
つまり、自分は要するにどんな人間で、何がしたくて、どういう人とどういうふうに付きあっていきたいのか(望み)、また、どうすべきなのか(価値観)…等、自分と、自分をとりまく世界をどうやって認識していけばよいのか、迷われているように感じました。
これは、例えば親のいうことを鵜呑みにしてすぐ受け入れていれば、あまり迷わなくてすむことかもしれません。また、もともとそんなことを考えずに、日常生活を送れる人も多いかもしれません。
しかし、自分に関して何か新しい可能性の予感や迷いがあるときは、それが友達との関係をふと見直す気になったり、「自分の過去がなくなってしまう」といった、自分の立っている足場(精神的なささえとなっているもの)がぐらついてくるような感覚や違和感が出てくるのではないでしょうか。
これは一般に、青年期の一番の問題として語られることが多いです。といっても、青年期が具体的にいつを指すのかはすぐには決められないし、人それぞれに「ああ、あれが自分の青年期だったんだ」というふうに、過ぎてから思うものかも知れません。
さらに青年期に関わらず、ずいぶん年輩になってから改めて、一体自分は何なのだろう、ということを考える人もでてくるわけです。
自分の過去がなくなってしまうみたいで悲しい、というのは孤独感のようなものですよね。人がなにか次のところに進むには、喪失感とそれに伴う寂しさを味わうものです。(それは親に対してかもしれないし、一概にはいえないですけどね。)でも、それを何とか自分で消化してから新しい人間関係の持ち方が出てくると思います。
何だかまとまりがなくなりましたが、感想をかかせてもらいました。
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この回答へのお礼

こういった事を感じないまま年を取っていく人も
きっとたくさんいるだろうと思います。
確かに今私は人生の過渡期にあります。
今自分のやりたいことがあってそれに
向かって頑張っています。
同じものを目指している友達も周りにたくさんいるけど、
昔からの友人達とは今自分が目指しているものが違うから、
それを共有できない(当たり前ですけど)孤独を感じていたんだと思います。
でも、これから自分の進むべき道が見えてきたらきっとまた昔の
ように戻る気がします。プラス、そこで出会えた新しい人達とも
良い関係を築いていきたいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/10 18:51

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