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ロンドン海軍軍縮条約って昔からよく分からないんですが、そもそも戦争イケイケドンドンの時代に、軍縮を主題に掲げた国際会議がなんで開かれたんでしょうか?軍縮のルールなんか誰も守るワケない、とは思われなかったんでしょうか?

A 回答 (3件)

当時の海軍列強国は軍拡競争で国家財政が破綻しかけていたので、


ブレーキが必要だったわけです。

1922年(大正11年) ワシントン海軍軍縮条約
主力艦(戦艦・空母)の新規建造を10年間停止。
英:米:日:仏:伊の艦艇保有比率を
5:5:5:1.67:1.67とする。
新造艦は主砲口径16インチ以下、排水量35,000トン以下とする。 など。

1930年(昭和5年) ロンドン海軍軍縮条約
主力艦の建造休止期限を5年延長。
英・米・日の補助艦保有比率を
100:100:69.75 とする。    など。


第二次世界大戦後の東西冷戦時に米・ソが核軍縮条約を結んだのも、
お互いに歯止めが必要不だったからでしょう。
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この回答へのお礼

詳しく教えていただき、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2022/11/29 00:47

ロンドン海軍軍縮条約について言えば、その前に締結されたワシントン海軍軍縮条約を補完するためです。


ワシントン海軍軍縮条約が結ばれたのは、戦艦の巨大化に伴い、カネがかかりすぎて国家財政が危なくなってきたからです。
その当時の日本の建艦計画は、艦艇の建造費だけで年間国家予算を上回り、完成後の維持費だけでも年間国家予算の4割を占めるものでした。
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いやいや、戦前は日本に限らず列強という列強は、国力に比して過大な軍事費負担に悩んでいたのです。

軍人はイケイケドンドンでも政治家は、そういう認識を共有していました。ところが野党は、そういう与党と軍部の対立を利用して政争に持ち込んだ。その結果が太平洋戦争です。そういう広い視野で理解しないとロンドン海軍軍縮条約を理解できないのは当たり前です。


(34) 【海軍省vs軍令部】ロンドン軍縮会議が統帥権干犯問題にまで発展!艦隊派と条約派の対立。漫画動画。アニメ。大東亜戦争。 - YouTube
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