1.石高制は、なぜ徳川社会を支える基礎原理であると言われるのですか?
2.なぜ石高制は、明治維新後における日本の近代化を促す前提条件となったので すか?

A 回答 (1件)

石高とは米を経済の基礎としていたからです。


徳川時代以前から諸国の大名,公家達は自分の所領から収穫される米の量で
経済力をあらわしていました。

その当時貨幣経済は未発達で、全国的に通用するのは米でした。戦国時代から
貨幣が通用し始めましたがまだ完全ではありませんでした。

古くは和銅???などの硬貨も有りますが経済上では通用しませんでした。
徳川幕府が成立しても諸藩の大名は米の収穫高で藩の経済力を示されました。

徳川幕府も時代の経過と共に貨幣経済が発展し米そのもが通過の役割が減り
ましたが、幕府,大名は家臣には米を支給しました。

この米を換金する市場が出来ました。確か大阪の堂島に米会所があったと記憶
します。諸国の米はこの市場に集まり通貨に交換されて、全国で通用しました。

農業の技術が未発達の時代、天候で米の作柄の変動が激しく換金も不安定でした。
農民が税の基礎でした。その年できた米で五公五民などの割合で米を集めました。

不作でもこの割合は厳しくなっても緩やかになることはなっかたようです。
一方米を換金する業者(札差)等は莫大な利ざやを稼ぎました。

これらの商人に大名,幕府等が翌年の収穫米を担保に借金をし、金銭的には武士が
商人に頭が上らなくなったそうです。

それでもこの制度を徳川幕府は変えませんでした。この弊害を無くすため明治政府は石高による制度を廃止したものと考えれます。

余り自信はないのですが、こんなところでいかがですか。
もっと詳しい人の回答を貴方と共に待ちたいです。
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この回答へのお礼

お忙しいなかどうもありがとうございました。
私も、もう少しいろいろな人の解答を集めたいとおもいます。
ご協力ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/10 15:36

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