卒論を書いている友人に代わっての質問です。

藤原道長が源氏物語をどのように思っていたのか、ということについて触れている文献やサイトがありましたら教えてください。
また、そのことと関連して紫式部日記について論じているものがありましたらそちらについても教えていただきたく思います。

なかなか見つからず、一ヶ月近く困っているようですので、どうかご存じの方、教えてください。よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

論文情報の件ですが。

以下のような資料はご利用になったかどうか、聞いてみてくださいませんか?

◎国立国会図書館逐次刊行物部編「雑誌記事索引」
(大学図書館なら、CD-ROM版があると思います)
◎「国文学年鑑」
◎「国語年鑑」
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>さんざん苦労して一緒に探してた時間がバカみたいだ…(笑)




いえいえ、その経験が重要なんですよ。
それから、資料探しでわからないことは、大学図書館のレファレンスカウンターを利用するのも方法ですよ。(⌒-⌒)
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ネットでは、以下のようなデータベースがありました。


(単語はあまりよくばって入れない方がいいみたいでした。「藤原道長」だけで、キーワード検索をちょっとやってみてください。)

国文学論文目録データベース
http://base4.nijl.ac.jp:8989/cgi/MetDefault.exe


国文学研究資料館
http://www.nijl.ac.jp/
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この回答へのお礼

早速のご回答、ありがとうございました。ネットでも検索ができるんですね。やってみます。また、No.1で教えてくださった文献についても調べてみるよう友人に伝えます。こんなにすぐにご回答いただけるなんて、本当に嬉しいです。それにしても便利なものがあるもんですね…。さんざん苦労して一緒に探してた時間がバカみたいだ…(笑)

お礼日時:2001/09/11 04:20

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つまり、ひとつの文献を、「注(引用文献)」と「参考文献」の両方に書いてもだいじょうぶでしょうか?
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

両方書いても大丈夫でしょう。

引用した箇所に注を施して末尾に書くのは基本的なルールですが、その引用した箇所以外にも、その文献をすべて読み、その内容を自分で咀嚼した上で、論文中に内容を反映させたとしたとすれば、むしろ、参考文献として必ず挙げておくべきではないかと思います。

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Q太政官布告の効力について。 太政官布告のうちの裁判事務心得などの法令は現在でも効力を持つかどうか争い

太政官布告の効力について。

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法令として効力を持つとすれば、民法等の法律と同列ですか?
そもそも効力のある法令とは何であるかは明文化されていないんですか?

Aベストアンサー

形式的には、法律など法令は、廃止されない限り、存続します。
(もちろん、最高裁により法令違憲とされれば、その条項は無効となる。)
(廃止しなければならない法律を廃止しない立法過誤は、例がある。
ハンセン病患者の人権侵害していた、らい予防法など。)

形式的には存在していても、後の法令により、異なる定めが
設けられた場合、後法が前法に優先するという原則により、
後の法令がある限りで、前法が効力を失う。
この原則は、明文の定めはないが、論理必然のこととして、
確立されている。

太政官布告のほとんどは、後の立法により、廃止されたり
効力を失っているが、後法が存在しないとされる条項は、
なお有効。
後法があるかどうかの判断は人がするから、争いがでる。

国会とかが後法を立法すれば、きれいになるが、
立法するほどの問題は生じてないし、これからも生じない
だろうと思ってるのでしょう。

なお、裁判事務心得は、政府の法令データ提供システム
では、政令扱いで、法律より一段下位の法形式とされています。
なので、民法など法律より一段下位の法形式です。
太政官布告には現在のような、法律(国会が制定)とか政令(政府が
制定)とかの区別がないので、法として効力を残してるとされる
場合、法律扱いか、政令扱いかも解釈による。
爆発物取締罰則なんかは、罪刑法定主義の観点から、
法律と位置付けるしかない。

形式的には、法律など法令は、廃止されない限り、存続します。
(もちろん、最高裁により法令違憲とされれば、その条項は無効となる。)
(廃止しなければならない法律を廃止しない立法過誤は、例がある。
ハンセン病患者の人権侵害していた、らい予防法など。)

形式的には存在していても、後の法令により、異なる定めが
設けられた場合、後法が前法に優先するという原則により、
後の法令がある限りで、前法が効力を失う。
この原則は、明文の定めはないが、論理必然のこととして、
確立されている。

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Q卒論の文献研究について

僕は心理学専攻の大学4年生です。卒論で、「コミュニケーション能力」に関する文献研究をしようと思うのですが、文献研究についてあまり知識が無く、まず何から始めればいいのか分かりません。文献はだいぶ読み進めているのですが・・・。

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無知で申し訳ございません。どなたかアドバイスよろしくお願いします。

Aベストアンサー

まずあなたの考える『仮説』ありきではないでしょうか。
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Q太政官札

太政官札とは、初の全国通用貨幣であるということと習いましたが、
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ちょっといまいちなので教えてください。

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#2です。お礼ありがとうございます。

大政奉還が為されたといっても、まだ幕府と新政府は戦争をしていました。例えは悪いですが、今のイラクと同じ状態です。

この時点では、幕府→新政府と外国への窓口は変わりましたが、各藩はどちらにつくか決めかねていました。もちろん軍事力も温存しています。

新政府としては、とにかくはやく日本国内に主権を確立しなければなりませんでした。そのために太政官札を発行し、通貨と経済をコントロールできるようにしたかったのです。これが第1段階です。しかし、太政官札には信用がありませんでした。
その後、天皇の勅旨と各藩がそれに准じるという約束を経て、ようやく太政官札に信用が生まれます。ようやく国内通貨としての地位を確立するのです。これが第2段階です。
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最初の太政官札は、どちらかというと借金のために発行したという意味合いが強いのです。新通貨体系に成ってから発行した太政官札は、確かに金や銀の兌換を保障し、藩札の回収や金本位・銀本位をひとつの枠に収めることに成功しました。これは政府に信用があって初めてできることです。
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Q卒論の文献について。

文系の学部に通っている大学4年生です。
日本の児童教育観について、日本人論や文化史の視点を用いて論じたいと思っています。
参考になりそうな文献をぜひ教えていただきたいです。
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よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

面白そうな課題なので、ネット検索や私の街の図書館の蔵書検索を試みましたが、さしたる答えは出ませんでした。

この件については、専門の方からの答えが出て来なかったら、図書館の司書の方に相談してみるのが良いと思います。
司書の方々のメインの出身分野ですから、良い答えが出てくると思います。

出来るだけ利用者の多そうな図書館または自分の大学の図書館に行って、370(教育)の棚を見て、隣接する分野と比べ、何となく充実した蔵書を持っているな、と思ったら、聞いてみれば良いのです。
(開架の蔵書状況を見れば、その図書館の司書の方の実力・得意分野がひと目で分かります。本当に良い本は、軒並み貸出中ということも有りますが、教育論なら大丈夫でしょう。)

それと、今の時期なら、まだ大学生協で教科書用の図書が並んでいるでしょうから、教育学部用のコーナーを見てみるのも良いでしょう。(教科書用ではなく、「学部推薦図書」あたりに、その分野の定本が入っているものです。)
自分より上位の大学の生協に行って買って来ても良いのです。

Q太政官三院制について

太政官三院制はなぜ制定されたのでしょうか?

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こんにちは。

まあ、建て前はいろいろあるんでしょうが、
ようするに明治維新で力を持っていた
薩摩・長州・土佐・肥前の連中が、
自分たちの受け皿としてポストを作ったんじゃないかと。。。
まわりも「あの連中がケンカしたらかなわんな」と。

ポストひとつだとケンカになりますからね。

これが本音だと思いますよ。

Q卒論 目次と参考文献へのページ数の割り振りについて

大学4回生です。卒業論文についての基本的な質問ですがよろしくお願いします。卒業論文を目次・本文・参考文献の順に作成しました。そこで質問なのですが、目次と参考文献のページにはページ数を割り振るべきでしょうか。それとも割り振らないべきでしょうか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>目次と参考文献のページにはページ数を割り振るべきでしょうか。

この意味は、“規定枚数の中に目次と参考文献の枚数を入れるべきかどうか”という意味でしょうか。それとも、“通し番号でノンブルを振っていくかどうか”という意味でしょうか。

規定枚数に含まれるかどうかについては、大学(学部)によってまちまちだと思いますが、普通、目次や参考文献は規定枚数外だと思います。ですから、普通はノンブルは別だてにします。
つまり、目次は目次でノンブルを振り、本文に入ったところでまた1からノンブルを振り、最後に参考文献の部分にまた1からノンブルを振ります。この場合、目次や参考文献のノンブルはi、ii、iiiのような文字にしたり、本文のノンブルとは書体を変える場合が多いと思います。

とはいえ、先にも書いたように、目次や参考文献の部分の扱いは、学部などによってまちまちです。文末の注すら規定枚数に入れない(実質的な本文だけが規定枚数に入る)という場合もあります。
ですから、正確なところは指導教授や大学院の先輩などに聞いた方が賢明だと思います。

Q藤原道長の業績

藤原道長の業績

高校の時の古文の先生が、「藤原道長というのはすごい政治家だ。権力を守ること以外何もやっていない。」と言っていました。確かに、娘を次々と天皇家に嫁がせたことしか思い浮かばないのですが、本当に権力闘争以外何もしていなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

うーーん、そうとも言いますね^^;

しかし、政治的業績以外ならば彼の書いた「御堂関白記」は国宝ですし、それよりも何よりも彼がパトロンとなって紫式部に「源氏物語」を書かせなければ、日本が世界に誇る世界最古の小説はできなかったわけで、その一点だけでも、政治的に功績がないことを補って余りあります^^。

ちなみに「源氏物語」は本来は道長家のうちうちの読み物として書かれており、道長をモデルにした人物も登場します。道長はその作品を一番に読むのを楽しみにしていたそうです。

QSS400 許容引張応力値 機械文献or建築文献 どちらを採用?

 SS400の各温度における許容引張応力は0°Cから350°Cにおいて100N/mm2(JIS G3101 1995)なので通常室温にて用いる際は100N/mm2と理解しています。
一方 一般構造用鋼材 許容応力(引張)は結果的に基準強度と同等で2400キログラム毎平方センチメートル(建築基準法令行令 第90条、昭和55年建設省告示第1794号)となっております。
つまり前者は10000N/cm2、後者は24000N/cm2 どうしてこんなに違うのでしょうか?
機械計算がらみの場合は前者を、建築物がらみの場合は後者の許容引張応力の値を使うことになるんでしょうか?

Aベストアンサー

なるほど、経験者の方でしたか。しかも圧力容器ですか。
私は全く設計したことがありません。(失礼しました)

私の持っている材力のテキストの「フープ応力」の例題を見ると
「板の引張強さを、40kg/mm^2として、安全率を4とする」と
なっていました。これぞ、まさに許容応力=100N/mm^2ですね。

そこで調べてみると、「圧力容器構造規格」なるものが見つかり
ました。(参考URLの第4条、一のイ ヤッター!)

あと他に、こんなものも見つかりました。
 ↓
http://www2u.biglobe.ne.jp/~xbm95632/hp110.htm
これは、ちょっと…という内容ですが、勉強になりますよ。
(ちょっと酔いますが)

では、失礼します。

参考URL:http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-10/hor1-10-4-1h1-0.htm


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