与謝野晶子の詩で、ねずみを題材にした詩があったと思うのですが、ご存知の方教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

「晶子詩篇全集」雲片片(小曲五十六章)の章にある2つ目の詩です(初出 「詩十章」明星 昭二・一)。


「青空文庫」で公開されています。





わが家(いへ)の天井に鼠(ねずみ)栖(す)めり、
きしきしと音するは
鑿(のみ)とりて像を彫(きざ)む人
夜(よ)も寝ぬが如(ごと)し。
またその妻と踊りては
廻るひびき
競馬の勢(きほひ)あり。
わが物書く上に
屋根裏の砂ぼこり
はらはらと散るも
彼等いかで知らん。
されど我は思ふ、
我は鼠(ねずみ)と共に栖(す)めるなり、
彼等に食ひ物あれ、
よき温かき巣あれ、
天井に孔(あな)をも開(あ)けて
折折(をりをり)に我を覗(のぞ)けよ。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000885/card2557.html
    • good
    • 0

詩と言うか、作詞しているようですね。



『ねずみ』  と言う題名で合唱曲があるようです。

参考サイト
○「磯部 俶 男声合唱曲集」 出版楽譜 内容紹介
http://www.geocities.com/isobechorus/isobetosi-d …

○ねずみ
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/958 …

この回答への補足

その歌詞の全文が分かれば嬉しいのですが。

補足日時:2005/04/17 23:23
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q適当な詩というものを書いてみたいんですが、どういうものを定義として詩と

適当な詩というものを書いてみたいんですが、どういうものを定義として詩とするのかよく分かりません。文字数はどうとか、どのくらいの長さをもって詩なのか、俳句などのように季語等の入れる必要のあるものはあるのか。

色々教えてください。
なるべく短めで、たくさん書きたいです。
できれば、短めの詩をアップしてくれると嬉しいです。(即興でもいいので回答者様が作ったもの希望)
色々参考にさせてください。

Aベストアンサー

 詩に形はないですよ。

 子供達に書かせた詩なんか自由そのものでしたし。思いを文字にするだけのこと。
 決まった形などはない。決まった長さもない。ありのままで良いのです。

 あの手

 あの手、小さいね。
 あのて、暖かいね。
 あの手、さわってみたいね
 あのて、この手。
 
 赤ちゃんの小さい手。
 お母さんの暖かい手。
 つなぎ合ったあの手、子の手。


 即興で作りました。
 
 あなた自身の言葉のリズムを見つけて下さい。

 画面に苦悶する、あなたという存在が見えてくる。

 と一行で表現してみました。

 私が中学校の時に書いたのはノート。それも小さいノートの1ページ分だけの作品を書きました。
 星が好きだったので、星に関係するポエムを。

 詩の世界は自由な言葉遊びの世界です。言葉を知り、言葉を操り、言葉を感じるのです。

Q与謝野晶子について

与謝野晶子の本を探しています。この2つの俳句が
どちらの出典かご存知でしたら教えてください。

何となく 君にまたるる心地して 出でし 花野の夕月夜かな

高き家に君と登れば春の国 川遠白し 朝の鐘なる

文自体に間違いがあるかもしれませんが
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

何となく君にまたるる心地して出でし花野の夕月よかな
『みだれ髪』です。

高き家に君とのぼれば春の国河遠白し朝の鐘なる
『舞姫』です。

それにしても「俳句」というのはちょっとどうかと思いますけど。

Q馬鹿みたいに詩を書いている

19の女です。

私はずっとやりたいことも目標もなく、毎日が楽しいわけでもなくなんとなく生きてきました。
つまり今の私には取り柄も将来の夢もなんにもありません。

ただ私は小学生くらいからずっと詩(歌詞のような)を書き続けています。
今はケータイで、ケータイを開くと自然に詩が浮かびます。かなりの数の詩を書いてきました。


別にこれが自慢出来るような素晴らしい事じゃない他人から見れば馬鹿馬鹿しくなんの意味もない事だというのはわかっています。


私は、この先の人生本当に何もなかったら何もかも諦めて生きていこうと思ってます。
でも、それでも詩はいくつもいくつも浮かんできます。きっと捨てることなんて出来ません。


なんで私はこんなにも馬鹿みたいに詩を書き続けているのでしょうか?
この行為に何か意味はあるのでしょうか?

Aベストアンサー

強いて言えば、脳の個体差で、そういう人もいるってことではないでしょうか。
だいたい表現者っていうのはそういうもので、好むと好まざるとにかかわらず、否応なく表現せざるを得ないんだと思います。
  
あらかじめ意味があってそうなってるわけではないでしょうが、あなたの意志次第で意味付けることもできるのではと思います。
個人的には、羨ましいです。 

Q与謝野晶子の歌

筆硯煙草を子等は棺に入る名乗りがたかりわれを愛できと・・・この歌は以前にも質問されていましたが、私は音読みを教えていただきたく書き込ませてもらいました。”棺”はひつぎと読むのでしょうか。”入る”は、「いれる」と音読していいのでしょうか。”愛でき”は「めでき」と音読していいのでしょうか。

Aベストアンサー

 #1さんのおっしゃるとおりでいいと思います。

 ご主人の鉄幹が亡くなった時の歌ですね。晶子の歌は文語(古語)ですし、この歌も「がたかり」「愛で『き』」と文語が用いられているので、「入る」も文語(ラ行下二段活用)で「いる」と読むべきです。「いれる」は口語(現代語)の読み方です(ラ行下一段活用)。

 したがって、三句目は五七五七七の「五」ですから、「かんにいる」です。「ひつぎ」と読むと六音で字余りでリズムがくずれます。(「ひつぎにいれる」と読んでしまうと、五音のところが、七音になってしまいます。)

 「愛でき」は文語のダ行下二段活用の動詞「めづ」の連用形「めで」に同じく文語の過去の助動詞「き」の終止形がついたもので、おっしゃるとおり「めでき」でいいです。

 なお、「私は音読みを教えていただきたく」とお書きになっていますが、「音読み」は普通、「山」という字を「やま」と読む(=訓読み)のに対し、(昔の中国の発音に基づいて)「さん」と読むような場合の読み方のことをいいますので、後でお書きになっているように、「音読」という語を用いて、「音読の仕方を教えていただきたく」という方がいいと思います。

 #1さんのおっしゃるとおりでいいと思います。

 ご主人の鉄幹が亡くなった時の歌ですね。晶子の歌は文語(古語)ですし、この歌も「がたかり」「愛で『き』」と文語が用いられているので、「入る」も文語(ラ行下二段活用)で「いる」と読むべきです。「いれる」は口語(現代語)の読み方です(ラ行下一段活用)。

 したがって、三句目は五七五七七の「五」ですから、「かんにいる」です。「ひつぎ」と読むと六音で字余りでリズムがくずれます。(「ひつぎにいれる」と読んでしまうと、五音のところが...続きを読む

Q詩・詞を書きますか

タイトル通りです。
ちょっと気になったので質問させて下さい!
皆さんは詩を書きますか?
私はよく書くのですが自己満足です。
書くという方は、その詩を友人に見せたり、またはどこかに投稿したり、または私も自己満!というのを加えて答えていただけたら嬉しいです。

Aベストアンサー

昔、作曲活動等を友人達としていたことがあり
僕が作詞担当でした、けっこうウケました

それで言葉などに興味を受け
自己漫的にいろいろ考えてましたね
ネットなどで投稿してたりしてました
ネット以外でもけっこういろんなひとに見てもらったと思います

その中で彼女が気にいってくれたので
彼女に向けて書くのに爆発しましたね
もちろんクサいのもありますが
基本的に言葉あそび的な低俗モノですが、楽しかったです

大人になってしまって徐々に機会が少なくなり
今ではまったく書かなくなりました
書けなくなったとという方が近いですね

質問者さんもおっさん、おばはんになる前に
いろんなトコにのせたり、みせたりしたらいいと思いますよ~。

Q与謝野晶子について

与謝野晶子の本を探しています。この俳句は
どちらの出典がご存知でしたら教えてください。

 筆硯 煙草を子等は棺に入る名のりがたかり 我を愛できと

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「白桜集」のようですよ。

QCoccoのCDに書いてある詩。

 質問させていただきます。
Coccoのアルバムの帯には「詩」のようなものが書かれているのですが、
自分はその帯を失くしてしまいました。
すべてのアルバムにおいて帯に書かれていた言葉を教えてください。

またアルバムの最後に書いてある詩も教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは。
回答させて頂きます。

「ブーゲンビリア」
帯:朱く腫れあがる愛の歌
詩:私を捨てた人へ、私が捨てた人へ、私を残して死んだ人へ、
  私を愛した人へ、私が愛した人へ、私の愛した美しい島へ、
  心からのキスを込めて。

「クムイウタ」
帯:降り続く飴が終る時
詩:消えない過去たちへ
  消したい過去たちへ
  消せない想い出たちへ
  限りない憎しみと
  おびただしいほどの愛と
  おやすみのキスを込めて

「ラプンツェル」
帯:祈りは 今 放たれて
詩:亡き想いへ
  生まれてくる想いへ
  降り続く想いへ
  大潮の夜明けを待つ
  わたしの海へ
  終りのないキスを込めて

「サングローズ」
帯:潮に焦がれて咲いた花
詩:この喉が紡いだ全ての歌へ
  その愛に差し伸べられた
  愛しい音たち全てへ
  私を信じていてくれる人へ
  私が信じたいと願う人へ
  やさしいハグと
  さよならのキスを込めて

「ザンサイアン」
帯:人魚が見た碧 ムラサキの雲の その先へ
詩:音楽の神様へ
  
  ジュゴンの見える丘より
  キスを込めて


以上です。

こんにちは。
回答させて頂きます。

「ブーゲンビリア」
帯:朱く腫れあがる愛の歌
詩:私を捨てた人へ、私が捨てた人へ、私を残して死んだ人へ、
  私を愛した人へ、私が愛した人へ、私の愛した美しい島へ、
  心からのキスを込めて。

「クムイウタ」
帯:降り続く飴が終る時
詩:消えない過去たちへ
  消したい過去たちへ
  消せない想い出たちへ
  限りない憎しみと
  おびただしいほどの愛と
  おやすみのキスを込めて

「ラプンツェル」
帯:祈りは 今 放たれて
詩:...続きを読む

Q与謝野晶子さんの弟は?

無躾な質問ですみません。
与謝野晶子さんの「君死にたまふことなかれ」のモデルとなった弟さんは、その後どうなったのか、ご存知の方は教えて下さい。
子供と詩集を読んでいて、「そして、どーなったの~?」と聞かれて、困窮してしまいました。
生死だけでよいのですが、、、しっかり教えたいと思っています。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

戦争からは無事帰還されたようですよ。
詳しくは参考URLを見て下さい。

参考URL:http://www.melma.com/backnumber_111318_1995239/

Q詩または小説の入門書、解説書(作り方指南の書ではない)

詩と小説の形式と代表作についてしつもんです。
(1)詩入門、もしくは詩概論みたいな本を探しています。
人間の歴史が始まってからの古今東西の
詩の形式(ソネット、和歌、漢詩、自由詩、定型詩など)と
その形式を踏まえた代表的作品が載っているような書物をご存知ないですか。

古代から現代、また日本から世界へかけての詩の研究書をご存知でしたら、教えてください。

(2)同様に、小説概論、小説入門的な書籍を探しています。どうように長い歴史の中で小説は変貌し、小説の分野で、古今東西の代表的な表現形式、それをささえた詩想、そういったものを、
いっかつで把握できるような本があれば教えて下さい。

とにかく、ある作家や作品に固執することなく、歴史の要所要所に起こってくる古今東西の文学というものの原点の形式、テーマ、その代表的作家、作品に触れたい。

Aベストアンサー

ご質問を拝見して考えたのですが、あまりに言っておられる範囲が広すぎて、該当するものといったら、正直、百科事典しか思い浮かびません。
それこそブリタニカでもなんでもいいのですが、百科事典の「詩」なり、「文学」なりの項目には、おっしゃられているようなことが、ひととおり載っていますし、代表的な作品こそないけれど、時代時代を切り開いていく詩人なり、作家なりはあげられているでしょうし、そこから実作品をたどっていけばよいかと思います。

>古今東西
とおっしゃるのはほんとうに簡単ですが、詩の形式、それが成立した過程から、どう発展していったかをたどる多くの本は、中国、日本、英・米、フランス、ドイツ、ロシア、と、最低その六つ(アメリカ・イギリスをひとくくりにするのも相当ムリがあるので、実際は七つ)ぐらいには分かれているのではないかと思います。

そのうえで、わたしは漢詩については何も知りませんし、ヨーロッパ各国もあまり詳しくはありません。
日本文学史と英米に関しては、多少は読んできたので、その程度の回答であることをご理解ください。

まず日本のものに関して。
古典中の古典ですが、小西甚一『日本文学史』(講談社学芸文庫)。
日本文学史という森のなかに踏み込んでいく際の道標になるのではないか、と思います。
実はこれはわたしが最初に巡り会った文学史関係の本なのですが、歴史に対するアプローチの仕方、みたいなところで、いまなお影響を受けているなぁ、と思うこともしばしばです。
さらに、韻文について理解を深めたければ、同じ著者の『日本文藝史』(講談社)を。
これは全五巻ありますし、おそらく現在流通してないんじゃないかと思うんですが、少し大きめの図書館に行けば、確実に読める本であると思います。非常に参考になります。

西洋文学史に関しては何がいいだろう。
教科書的なものはたくさんあるんですが、そうだな、文学ということに限定していけば、岩波文庫のシリーズ『ロシア文学案内』『ドイツ文学案内』『フランス文学案内』なんかは、実作品をたどりながら、その国の独自性みたいなものが概括できていいでしょうね(ここらへん、もっと知りたい、という分野があれば、補足要求なさってください)。

西洋の詩に関しては、
まずC.D.ルイス『詩を読む若き人々のために』(筑摩書房)を。これはアイルランド生まれでイギリスの桂冠詩人ルイスが二人の息子(ひとりは俳優のダニエル・デイ・ルイス!)を念頭に書いた、ヤングアダルトぐらいを対象とした本ですが、詩とは何か、種類、効果、鑑賞と、実際の作品も含めて、非常にわかりやすく書かれています。深瀬基寛氏の訳もすばらしいものです。何よりも、この本をお薦めします。古書ではある程度流通しているんではないでしょうか。これも図書館に行くと、必ずあると思います(というか、この本がないような図書館、わたしは図書館とは認めません)。

もうひとり、詩人の本を。
エズラ・パウンド『詩学入門』(冨山房百科文庫)。
これまた手に入りにくい本ですが、良い本です。
二十世紀を代表する詩人のひとりでもあるエズラ・パウンドが、詩をいかに読むか、ということを念頭に置いて、教科書として書いたものです。
歴史的な部分もありますし、韻律論にまでふれられていて、おそらく詩論という分野でも、第一級の本であると思います。ルイスに較べると、決して読みやすいとはいえないのですが、がんばって探して、読んでみてください。

新しい本として、これはわたしは読んだことはないのですが、戦後から現代にかけての日本の詩の流れをたどるためには、野村 喜和夫『現代詩作マニュアル―詩の森に踏み込むために』(詩の森文庫) がいいみたいです。評判が高いです。

こんなところをもっと知りたい、というのがあれば、補足要求なさってください。ただし、中国はわかりません(笑)。

ご質問を拝見して考えたのですが、あまりに言っておられる範囲が広すぎて、該当するものといったら、正直、百科事典しか思い浮かびません。
それこそブリタニカでもなんでもいいのですが、百科事典の「詩」なり、「文学」なりの項目には、おっしゃられているようなことが、ひととおり載っていますし、代表的な作品こそないけれど、時代時代を切り開いていく詩人なり、作家なりはあげられているでしょうし、そこから実作品をたどっていけばよいかと思います。

>古今東西
とおっしゃるのはほんとうに簡単ですが...続きを読む

Q春がテーマの詩をご存知の方!

春がテーマの一部になっている詩をご存知の方いらっしゃいませんか?

現代詩で、作者は日本の詩人で探しています。
※宮澤賢治『春と修羅』、歌詞除く

出来ればサイト等で閲覧可能の詩が嬉しいのですが。。。

出来るだけ名の知れた人がいいのですが(受賞歴がある等)、有名無名に関わらず、春がテーマで素敵な詩をご存知の方教えていただけませんか?

Aベストアンサー

近代から現代にかけての詩の中からいくつか。
真っ先に思い浮かべるのが安西冬衛の次の一行詩の傑作です。
 
   春

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

http://uraaozora.jpn.org/poan2.html

宮沢賢治の詩「春と修羅」は私も大好きです。
これとテーマが似ていて、より直截的なのが室生犀星の「寂しき春」です。
http://uraaozora.jpn.org/pomuro2.html
また犀星には「春の寺」という、これまた有名な詩もあります。
終生の親友だった萩原朔太郎には「旅上」という、

 ふらんすへ行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し

と始まる、これも有名な詩です。
堀口大學は訳詩集『月下の一群』によって殊に有名です。
その中の一つ、ギー・シャルル・クロス「リュクサンブール公園で」は全詩引いてみましょう。
訳詩といいながら、これは創作詩と変わりないと思います。

 私は一人の小さな女の子を思ひ出す、
 それはリュクサンブール公園の五月の或る日のことだつた。
 私は一人で坐つてた。私はパイプを吹かしてた。
 すると女の子はじつと私を見つめてた。
 大きなマロニエの木陰には桃色の花がふつてゐた、
 女の子は音なしく遊びながらじつと私を見つめてた。
 女の子は私が言葉をかけてくれればいいがと思つてゐたのだ。
 彼女は私が幸福でないと感じたのだ、
 でも幼い彼女は私に言葉をかけることは出来なかつたのだ。
 榛(はしばみ)の実のやうに円い目をした女の子よ、やさしい心よ、
 お前ばかりが私の苦悩を察してくれたのだ、
 彼方(むかう)をお向き、どうして今のあんたに理解が出来ませう?
 彼方へ行つてお遊びなさい、姉さんが待つてゐます。
 ああ誰も治すことも慰めることも出来ないのだ。
 小さな女の子よ、何時かあんたにそれが分る日が来るでせう。
 その日、遠いやうで近いその日、あんたも今日の私のやうに、
 リュクサンブール公園へ、あんたの悲みを考へに来るでせう。

西脇順三郎「皿」も短い詩だし、大好きなので全詩引きます。

 黄色い菫(すみれ)が咲く頃の昔、
 海豚(いるか)は天にも海にも頭をもたげ
 尖った船に花が飾られ
 ディオニソスは夢みつつ航海する
 模様のある皿の中で顔を洗って
 宝石商人と一緒に地中海を渡った
 その少年の名は忘れられた
 麗(うららか)な忘却の朝

かなり難解なところのある詩ですが、前四行は皿の模様のことだと気がつけばわかりいいでしょう。
北海道生まれの伊藤整にも「雪解」とか「春夜」とか春の詩が多く目につきます。
丸山薫にも「白い自由画」「まんさくの花」など遅い北国の春の訪れをまんさくの花に託したいい詩がありました。
嵯峨信之「春雨」は抒情詩の典型のような詩です。

 ぼくが消えてしまうところが
 この地上のどこかにある
 死は時の小さな爆発にあって
 ふいに小鳥のようにそこに落ちてくるだろう

 その場所はどんな地図にも書いてない
 しかし誰かがすでにそこを通ったようにおもわれるのは
 その上に灰いろの空が重く垂れさがっていて
 ひとの顔のような大きな葉のある木が立っているからだ
 あなたは歩みを速めて木の下を通りかかる
 そしてなにかふしぎな恐れと温かな悲しみを感じる
 ぼくの死があなたの過去をゆるやかに横切っているのだろう

 春雨がしめやかに降りだした
 いますべての木の葉が泣きぬれた顔のように
 いつまでもじっとあなたを見おろしている

第二連最終行は詩特有の、かなり屈折した表現です。
ここで詩的ヴォルテージが最高潮に達しますが、春雨の詩にふさわしくあくまでしめやかです。

現代詩はいわゆる花鳥風月をほとんどうたわなくなっています。
なぜかというと、たぶん作るのがむつかしいからでしょう。詩は何より斬新さをもとめます。

近代から現代にかけての詩の中からいくつか。
真っ先に思い浮かべるのが安西冬衛の次の一行詩の傑作です。
 
   春

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

http://uraaozora.jpn.org/poan2.html

宮沢賢治の詩「春と修羅」は私も大好きです。
これとテーマが似ていて、より直截的なのが室生犀星の「寂しき春」です。
http://uraaozora.jpn.org/pomuro2.html
また犀星には「春の寺」という、これまた有名な詩もあります。
終生の親友だった萩原朔太郎には「旅上」という、

 ふらんすへ...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報