一昨年に母が死に、その前年に祖父の弟が死に、今月に隣の家のおばあさんが亡くなりました。
確かに、死んだ人とは一生会えないので時々寂しく悲しい気持ちになります。
しかし身近な死んだ人は、手の届かないどこか遠くへ行ってしまったというイメージより、ちょっと長い旅行に出かけているだけで、ひょいっと帰ってくるような気がします。
私の考え方は、ちょっと変わっているのでしょうか?

A 回答 (9件)

私も同じです。

おかしくないと思います。

「死」という事実と、悲しみは別なものかも知れません。
何かの観念が悲しみを引き起こすような気がします。

だって、「物理的に」会えないというのは、引っ越し、旅行とか転勤とか色々な場面である事で、そのまま一生会えないこともよくあります。でも大泣きはしない。
それに死が永遠の別れ・・とは言えないのかも知れませんし・・・
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
やはり、人それぞれ死にたいする価値観は違うのですね。

お礼日時:2005/04/18 13:09

親を失って、まだ3週間過ぎていません。


まだ何処かに居るような気がします。
(考えているのではなく、そんな感覚がします。)
不思議な感覚です。

確かに臨終を見届け、火葬をして、葬式、埋葬を済ませました。最初はとても悲しく、辛く、永遠の故人との断絶を感じました。さすがに断絶とか喪失感の絶頂を感じたのは、私の場合は、出棺して火葬場に至り、ボイラーの点火ボタンを押す時で、数十秒間、躊躇し点火できませんでした。

死を受け入れたくないと言う気持ちは更々無いですし、死を忘却したいと言う事もないんです。
・・・・ただ、生前に親が使っていた部屋が、生前時のまま散らかっているので、片付けなきゃいけないのですが、片付けると親が困るのではないか、何か言われるのではないかと言う感覚になり、どうしてもその部屋を片付けられずに居ます。
ほんとに、ひょっこり、日常生活の何かの瞬間(今すぐにでも)、声を掛けられるんじゃないかと思う時がしばしばです。
(迷信や特別な信仰を信じているわけではないですが)

>ちょっと変わっているのでしょうか?
強いて言えば、世の中で言う所の、故人が親しい人の心の中で生きている・・・と言う状態なのかもしれません。(←かなり自信なしです)
他の回答者さんも似た経験をしているなら、こう言うことは人間として当たり前なのかもしれませんね。上手く回答できなくてすみませんでした。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
不思議な気持ち、私も共感できます。

火葬の時が一番辛かったです。

人間は二度死ぬとよく言いますよ。その意味が、理解できたような気がします。

お礼日時:2005/04/18 13:33

私も似た様な考え方です。



私は実父を亡くしましたが
当時、私は結婚して遠くに住んでた為
今でもそこに父が住んでる気がします。

だから普段は亡くなって会えないというより、
遠くに住んでるから会えないという感じです。

だから質問者さんも変わってるとは思いませんよ。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
母の生きているときより死んだ後の方が、私の心の中に占める母を思う割合が大きくなりました。

お礼日時:2005/04/18 13:31

興味深いご質問だったもので、回答とはいえないかもしれませんが、私も発言したくなりました。



私は46歳の男ですが、中学時代に仲の良かった友人が事故で死に、大学生の時には後輩のひとりが突然死して、数年後には中学時代の親友だった男が自殺しました。三十五くらいの時には大学時代の親友が自殺して、その後叔父が3人続けて病死しました。老衰で亡くなった祖父母も3人います。

仲の良かった友人の死というのは、悲しくて涙がとまらなかったのですが、いつしか絵空事のように感じていて、いまもどこかで暮らしているような感覚で捉えている事を自覚します。
叔父などの死というのは、来るべきものが来たか、という、案外割り切った他人事のような受け止め方である事に我ながら驚きます。

しかし、昨年1月、敬愛する父が死にました。長い闘病の末の死でしたが、これはたまりません。別格です。どこか遠くへ、というのとは違います。焼かれて骨になって、ああ、あの人格を作り上げていた言葉も仕草も顔も身体もなにもかも、消えてなくなった、という喪失感を噛み締める毎日です。

愛する人が死ぬということは、自分の生きがいにも直結しているように思います。生きる事の虚しさをひしひしと感じます。
それじゃあダメだという事はわかっているので、なんとかその思いから抜け出そうとあがいている毎日です。

ひょいと帰ってくるような気がしていられるのが、いちばん良い死の受け入れ方だと思います。変わっていようといなかろうと、打ちひしがれているよりは断然すばらしいと思います。

まったく信心深くない私も今は毎日仏壇に手を合わせますが、その心は、たぶん自分が救われたいのだと思います。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
私の母も病死だったので、とても辛かったです。
私も、老衰と病死や事故では死に対する価値観がちょっと違うと思います。

お礼日時:2005/04/18 13:26

通常,見られる心的変化でしょう。

最初は、死んだという事実を受け入れられない時期があります。普段の生活の一部になっていたわけですから、その部分が穴になったような間隔でしょう。そしてそれをなかなか受け入れ難い状況にあるわけです。それが怒りに転化することもありますし、死んだ人の分の食事を配膳しようとしたりすることもあるわけです。どこかに旅行に行ったように感じるのも自然な間隔です。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
数年後になったら、私の考え方も変わってるかもしれませんね。

お礼日時:2005/04/18 13:23

別に変わった考え方とは思いません。


普通の感情ではないのでしょうか?
亡くなるという事、亡くなった方はその後どうなるのかという事をはっきりと説明できる方はいないわけですから、すぐに状況を受け入れることは難しいと思います。このような感情は、時間というものが自然に解決し、徐々に意識する事無く自然と気持ちの中で受け入れていくことが出来ると感じます。ちなみに私などは、昔(もう数十年前)付き合っていた彼女が(亡くなったわけではないのですが)突然「元気!」とか言って連絡をくれるのではないかと考えたりする事は、しょっちゅうありますから。
それと同じような感情だと思います。
それだけ、気にもなり、なつかしくもありという事ではないでしょうか?
ご心配なさる事はないと考えます。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
私は、死んだ人の事より生きている人の事の方が、考えてることが多いかもしれません。

お礼日時:2005/04/18 13:20

おかしくないと思いますよ~。



存在が身近だったり、存在が「濃い」人
だったりすると、そんな感じがします。

質問者様とは、ちょっとケースが違うのですが、
自分も友人だった人を亡くしています。

友人は遠くに引越し、その地で亡くなりました。
なかなか簡単にいける距離ではなく、
また、一緒にいた期間も短かったので
(「濃い」付き合いでしたけど)、失礼かと
思いましたが、弔電のみでお悔やみを伝えました。

弔電の文面を考えているときも、
電報のオペレーターにそれを伝えているときも、
不思議な感覚でした。
実感がわかないのに、弔電を打っているんです。

事実として認識していても、
亡くなったってことには違和感があって。
今でも、友人がその遠い地で元気に暮らしている
ような気がします。

事実を丸ごと受け止めるとあまりに辛すぎるから、
脳がクッションを作っているのかも…なんてことを
考えたりします。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
確かに、私も身近な人が死んだ実感があまりありません。

お礼日時:2005/04/18 13:13

はじめまして。



わたしにはまだ、身近な人が亡くなったという経験がありません。子供が3人いますが、その子供が死んでしまったことを想像すると、やはりどうしようもなく悲しい気分になります。

死についてはよく考えました。聖書や仏教の本当をよく読みました。わたしが結局行き着いたのは、生れてきた全てのものは、間違いなく死ぬ、という当たり前のことでした。しかし、現在では、その当たり前である死を直視しない傾向があるようですね。

人が死ぬことは確かに悲しいことです。その悲しみの乗り越え方は人それぞれだと思います。SUPERBITさんの「ちょっと長い旅行に出かけているだけ」という考え方もわたしは好きです。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
私も、身近な人が死ぬことを考えるだけで悲しくなりま。

お礼日時:2005/04/18 13:12

変わっていると言えば変わっている感じもしますし、そうではないとも思います。



身近な人が死ぬと本当に悲しいですね。
私なら「その人がもうこの世のどこにも存在しない」ということを認めたくないと思うでしょう。
あまりに辛すぎて、現実を認めたくないんです。
その時、質問者様のおっしゃるような「ちょっと長い旅行に出かけているだけで、ひょいっと帰ってくるはず」と思い込みたくなりますね。

でもきっと頭では「どこか遠くへ行ってしまった」ということを理解していると思います。
ただショックがあまりに強い場合、そのことが頭でも理解できず「長い旅行」のイメージを持ってしまうのかな?と思いました。

まったく的外れな推測だったら申し訳ないです。
私自身身近な人が亡くなるという経験がまだなく、想像で書いてみました。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
確かに、現実逃避で自分のような考えをしてしまうのかもしれません。

お礼日時:2005/04/18 13:10

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お母様のスタンスはまったく正しいと思います。
いさぎよい、といってもいいかもしれません。

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(消費期限となると微妙。基本は鼻と目と舌で判断)

>>学生時代の弁当は開けた途端悪臭が鼻をつくことしばしば

これはよくあることです・・・って言いたいところですがちょっと違いますね。このスタンスで弁当をつくるのだけは、「ちょっと違いだろう、ぉぃぉぃ」です(^_^)。

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>>というスタンスです。

これは、いつもいつも正解とはいえませんが、基本的に正解。例の目と鼻と舌です。

以降、洗濯に関することなんて、まるっきり正解。
--------

1.食品は自分で判断

自分の目と鼻と舌で判断するのが、この国では普通だったのです。ほんの20年ほど前までは。
それは、食品がどのような過程で作られていくか、だいたい把握できていたということと、今ほど加工食品がなかった、ということからだと思います。

いまだって「消費期限」と書いてあるのは守ったほうが無難ですが、「賞味期限」に関しては「これを過ぎたから捨てる」っていうのは、いきすぎ、だと思います。基本的に、そんなにすぎていないなら、目と鼻と舌で確認できます。

2.煩悩ということ

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つぎのようなたとえ話を聞いたことがあります。

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 そして、そのコップの汚物が捨てられて、コップがきれいに洗われているのを見ました。
 つづけて、そのコップが殺菌され、完全にきれいになっていることを確認しました。

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 さあ、水を飲んでください。
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--------

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まず、賞味期限。これは過ぎていても大丈夫です。自分の鼻と目と舌で判断するのが正解です。
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