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日本は、なぜ、負けると分かっていて開戦に踏み切ったのでしょうか?

A 回答 (43件中1~10件)

対米開戦煽りまくったのは、コミンテルンからの指令です。

アカが敗戦革命目指してたからです。
今でも全体主義の左翼は変わっていません。
宏池会あたりに引き継がれているのでは?
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日本の情報収集能力不足に過信が有ったからです。

近場の心配国に戦争させない並びに、再発させない抑止力必須です。祖国防衛あるのみ備えあれば憂いなし!又、日本は早くスパイ工作諜報プロパガンダ禁止法案提出して施行するべきだ。
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共産主義者のコミンテルンが、日本、アメリカの両方でスパイ、工作員を送り込んで戦争に導いたからです。

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ルーズベルトやハル達の謀略に引っ掛かったのと、


当時の一般日本国民の多くが情弱の馬鹿だったから。
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昭和天皇が、戦争に踏み切ったから。


(帝国憲法で、天皇以外は戦争を起こす事ができない!)
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天台宗だから

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自分は優秀だと思い込むと客観的な判断ができません。

他者を軽く見ます。
2.21事件を利用して国家権力を乗っ取った唯我独尊軍部はプーチンのやっていることと同じです。軍人は邪魔者(文官)は暴力で片づけるという暴力手段しか持ち合わせない片輪なのです。プーチンも軍事力という暴力手段しか考えておらずウクライナに侵攻しました。習近平はプーチンより慎重ですが暴力しか考えておりません。中国共産党がある限り台湾有事は起こります。

開戦に踏み切ったのは米英の圧迫に何もしなければジリ貧野垂れ死にすると思ったからです。東条が首相に就いたときはすでに戦争は事実上始まっていた(満州国建国以降)ということです。真珠湾攻撃は必然だったのです。追い詰められてからでは遅い。

遠因は大恐慌と東北大飢饉でしょう。ボタンの掛け違いが続いた結果です。
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下の回答者がいうとおりだと思います。



>(日本人は)頭が良くないので。
>今の日本人見てても同じ過ち繰り返しそうな人沢山いますよね。
>学べないんですよ。なのでマッカーサーが日本人は幼稚園児並と言ったんです

このとおりだと思います。

読売新聞は、日本が無謀な戦争をした理由を記事にしています。

読売新聞 2018/08/15刊
大本営発表はなぜ「ウソの宣伝」に成り果てたか
https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory …

当時の日本は大本営発表(嘘発表)で国民を騙し、国民に一億玉砕をさせた。
戦場は死屍累々、広島と長崎に原発を落とされてあっけなく敗戦。

終戦から70年たったいま、日本はまた同じ過ちを繰り返そうとしています。

日本人の大半は、創価学会や与党が起こしたテロ犯罪、内乱、ジェノサイド、犯罪の教唆扇動、一般市民への弾圧や自殺強要、批判者の粛清などの戦争犯罪に加担させられています。

当時の大日本帝国が大本営発表を繰り返していたように、今の日本(与党)も、
「誰も犯罪に反対する者はいない、証拠は握られていないから安心しろ、だからもっとやれ」
などと言って戦争犯罪を焚き付け、一般市民に対して暴力、殺人、暴動、略奪、誹謗中傷、弾圧をするよう煽動しています。
戦時中の大本営発表と与党がおこしたテロ犯罪の大本営発表になんの違いがありあましょうか。

でもね、この犯罪に反対している人は多いし、創価学会はテロをやるなと街宣をしている人もいる。
当然、証拠を握って国賠や政治運動を起こそうと準備をしている人もいる。

創価学会はこの手の犯罪を過去に幾度となく起こしてきたから前科もたくさんある。
海外からカルト指定までされている。
自民党はカルト統一教会やカルト創価学会と手を組んでいる反社会的勢力でもある。
起こるべきして起きた犯罪ですが、テロ犯罪の証拠やカルトの犯罪性は裁判所や海外の機関で証明されることになります。

日本人のように劣等な民族は淘汰されていくのは自然の摂理かもしれませんね。


話がそれましたが、読売新聞の記事を貼っておきます。

8月15日は終戦の日。先の大戦での軍部の独善・ 欺瞞 の象徴として語り継がれるのが「大本営発表」だ。当時、最高レベルのエリート集団だった大本営はなぜ、繰り返しウソの戦果を並べるに至ったのか。真相を探ると、現代の日本社会にも通じる病理が浮かび上がってくる。

組織の欠陥が生んだ「ウソとでたらめ」

終戦の日が来るたびに「日本はなぜ無謀な戦争に突き進んだのか」という反省が繰り返される。特に罪深いとされるのが、国民を 騙 し続けた大本営発表だ。

 ウソとでたらめに満ちた発表は、今でも「あてにならない当局に都合のいい発表」の代名詞として使われる。「戦果のごまかしはどこの国でもやっている」というのはその通りとしても、大本営のでたらめぶりは常軌を逸しており、「国民の士気を鼓舞するためだった」では片付けられない。そもそも大本営は天皇に直属する最高の統帥機関で、陸海軍のエリートが集められていた。発表は幾重ものチェックを経ていたし、ウソがばれれば国民の信頼を失い、戦争遂行が難しくなることも分かっていたはずではないか。

 近現代史研究者の 辻田真佐憲 さんは、でたらめ発表が行われた背景には、「情報軽視」と「内部対立」という二つの構造的な欠陥があったと分析している。

情報軽視の悪癖、現場の報告を鵜呑みに

大本営発表が最初からでたらめだったわけではない。真珠湾攻撃の戦果は、航空写真を綿密に確認するなどした上で、3度も修正されている。戦闘機から見た艦船は点のようなもので、本当に沈んだのか、沈んだ艦は戦艦なのか、駆逐艦なのかを判別するのは、熟練度が高い搭乗員でも簡単ではないのだ。

 戦線が拡大し、熟練度が低い搭乗員が増えるにつれ、戦果の誤認が急増した。誤認は米軍にもあったが、大本営には情報を精査したり、複数の情報を突き合わせたりする仕組みがなかった。特に作戦部には、現場からの情報を軽視する悪癖があった。根拠もなく報告を疑えば、「現場の労苦を過小評価するのか」と現場に突き上げられる。誤った報告は鵜呑うのみにされ、そのまま発表されていった。

敵空母11隻、戦艦2隻撃沈…」幻の大戦果

誤報の極みとされるのが、昭和19年(1944年)10月の台湾沖航空戦に関する大本営発表だ。5日間の航空攻撃の戦果をまとめた発表は、「敵空母11隻、戦艦2隻、巡洋艦3隻を 轟 撃沈、空母8隻、戦艦2隻、巡洋艦4隻を撃破」。米機動部隊を壊滅させる大勝利に、昭和天皇(1901~89)からは戦果を賞する勅語が出された。だが、実際には米空母や戦艦は1隻も沈んでおらず、日本の惨敗だった。
(中略)

「撤退」を「転進」に言い換え責任不問に

昭和18年(1943年)には、ごまかしが戦果以外にも及ぶようになる。ガダルカナル島からの撤退は「転進」に、アッツ島の守備隊全滅は「玉砕」に言い換えられ、大本営の作戦や補給の失敗は不問とされた。

 昭和19年(1944年)以降、本土が空襲にさらされ、戦いの前線が迫ってきても、大本営はウソを発表し続けた。ごまかしや帳尻あわせが破綻した後は、神風特別攻撃隊の攻撃が発表の目玉に据えられた。特攻隊の戦果は大幅に水増しされたが、国に身を 捧 げて得た戦果を疑うことは許されない。大本営は特攻隊まで戦果の取り繕いに利用したのだ。

辻田さんの集計によると、大本営発表では太平洋戦争中に敵の空母は84隻、戦艦は43隻が撃沈されているが、実際には空母は11隻、戦艦は4隻しか沈んでいなかった。でたらめな戦果は昭和天皇にも奏上され、天皇は戦争末期に「(米空母)サラトガが沈んだのは、今度で確か4回目だったと思うが」と苦言を呈したといわれる。

暴走を誰も止められず…メディアの責任も

太平洋戦争を首相として主導した東条英機(1884~1948)は、大本営発表の内容については電話で数回要望を伝えてきただけで、「敗北を隠せ」といった指示はしていない。

 東条については、日米開戦前日に昭和天皇が開戦を決意したことに安堵し、「すでに勝った」と高揚していた様子を記すメモの存在が明らかになった。東条は人に弱みを見せることも多く、軍内部すら完全に掌握できていなかったという。辻田さんも「形式上は天皇が最高指揮官だったが、実際にはトップ不在のまま手足が勝手に動いていたのが大本営の実態。誰もコントロールしないからウソがまかり通り、それを誰も止めなかった」と見ている。

 評論家の山本七平(1921~91)は『「空気」の研究』のなかで、戦争末期の戦艦大和の出撃について「全般の空気よりして、特攻出撃は当然と思う」という軍令部幹部の証言を紹介している。出撃が無謀なことを示す論理やデータはそろっていたが、「全般の空気」がそれに勝ってしまったのだ。

 でたらめな大本営発表には、記者発表で仕上げの尾ひれがつけられた。発表後に軍の担当者が「この発表の意図はこうだ」「ここはこう書いてくれ」とオフレコでレクチャーし、記者たちは軍の意向に寄り添った記事を書いた。軍の意向に逆らわず、むしろ積極的に「空気」を読んで戦争の片棒を担いだメディアの責任も大きい。

「空気を読む」公権力には歯止めを

森友学園問題では、役人の忖度が公文書の改ざんにまで発展した。辻田さんは「今の政治を戦時中と同一視するつもりは全くない。だが、だから歴史から学ぶことなどない、というのも間違っている」という。

 書類の電子化が進んでいる今でも、役所や会社の中を回る決裁文書にはハンコを押す欄がずらりと並ぶ。権力がトップに集中する組織ほど、「上はこう望んでいるだろう」と忖度した文書が回る。ハンコは起案者が読んだ空気に同意した証し。正しく空気を読んだ文書ほどハンコがそろいやすく、効率的に仕事が進み、起案者は上の覚えもめでたくなって出世できるわけだ。

 物事がうまくいっているうちはいいのだが、ひとたび問題が起きた時は、上が指示をした証拠はなく、たくさんのハンコもかえって責任の所在を不明確にしてしまう。辻田さんは「空気を読むことがすべて悪いわけではないが、日本には他国以上に空気を読む文化がある。だからこそ、特に公権力を持つ組織では、他国以上に権力集中に歯止めを設ける仕組みが必要ではないか」と指摘している。

余話 ナチスドイツにもあった忖度の暴走

「忖度」は外国語に訳しにくい日本駐在の外国特派員泣かせの言葉というが、組織内を忖度が支配し、誰も責任をとらないまま組織が暴走してしまう例は外国にもある。ドイツには「先回り服従(フォラウスアイレンダー・ゲホルザム)」という言葉があり、この言葉がホロコーストの大量虐殺が起きた一因とされている。

 忖度や先回り服従は、上の意向に異議を唱えず、波風を立てない「事なかれ主義」に通じる。摩擦や対立を恐れずに多様な意見や価値を尊重する社会にするには、誰が指示したのか、指示された方は異議を唱えなかったのかといった経緯を明確に残し、検証できる仕組みをつくることが重要だ。公文書が民主主義の根幹とされるのは、このためだ。


雑誌プレジデントの記事もどうぞ
「なぜ日本は絶対に負ける戦争に突入したのか」戦争で負けないためにやるべきだったこと
https://president.jp/articles/-/52260
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頭が良くないので。

今の日本人見てても同じ過ち繰り返しそうな人沢山いますよね。学べないんですよ。なのでマッカーサーが日本人は幼稚園児並と言ったんです
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米国とソ連にはめられた開戦でした。


開戦の決め手になったのは反日大統領ルーズベルトからハルノートを日本は押し付けられたからです。
ハルノートは日本にとって屈辱的なもので、大陸の全ての権益を放棄し、撤退しろと強硬な押し付け、しかも日米の会談を事実上拒否しつづけたルーズベルト。日本への石油の輸出も禁じたルーズベルト。後で判った事だが、ハルノートを草案したのはソ連のスパイ。反日大統領ルーズベルトにゴメンなさいと言う選択もあっただろうが、先人の犠牲の上に獲得した権益、石油はない・大陸からの撤退は現実的でなく、日本には死ねと言っている事に等しい。米ソに嵌められたとも知らず、やむを得ず真珠湾攻撃を始めた日本。ルーズベルトは真珠湾攻撃を内心喜んだに違いない。反戦ムードの米国を一挙にギアチェンジ出来、参戦に切り替える事が出来たからです。
その後、日本は敗戦、大陸から全て撤退させられ、満州国解体、樺太・千島・北方四島・台湾を放棄・略奪されてルーズベルトの思っていた日本となった。
皮肉な事に現在、大陸を日本から解放した積りのルーズベルトの母国米国は習近平独裁率いいる中共から軍事的・経済的に脅迫される立場になっている。
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