人間の記憶がその脳内でどのように記録され、どのようにして保持されるのか、についての疑問です。

人間の脳を観測装置とみなした時、その内部は意志の発現などで神経ネットワークは常に変化が起きているから
機械のような定常状態が持続しているとは考えにくいと思います。  そのように脳内部が変化するのなら
脳に記憶された内容もある程度変化することにはならないでしょうか。

つまりこの疑問は人間の記憶が、日常私たちが使用している機械的な記録方法と同じような様式を脳でも
行なっていて、想起の要請に対して符号化検索のような対応関係を持っているだろうかという疑問です。 
もしそうであればそれは脳内において固定化される必要があります。

記憶の想起に関しては、事故による脳の損傷、老化による脳の病的萎縮、心理的原因での記憶喪失、記憶を開始する時点
での障害など、さまざまな症例がみられます。 これらを総合して記憶の問題を考える時、例えばアルツハイマーの患者さんの
記憶の混乱と喪失は、脳内の記憶そのものが物理的に脱落した、あるいは記憶を想起する手段が障害されたとも考えられます。
臨床的にはどちらでしょうか。

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A 回答 (5件)

No.4です。



私の解釈も、記憶は一つの脳細胞に記録されているのではなく、例えば食事をした時、誰と何をどんな色 味 その時の周りの風景、前後の会話、などなど膨大なデータがそれぞれを司るのにふさわしい場所に分散さる。
その時関連づけみたいなものがされて、格納される と考えています。



夢をみる必要性は、コンピュータのデフラグみたいなもので、あまりひっぱりだされないと、奥の方に配置しなおされる。
人間は一日に一回 脳をデフラグして整理している。

ってイメージでとらえています。


そして記録されたものをひっぱり出すときですが、今処理するものはメモリにアップされている。
それ以外の最近のデータはだいたい1月くらい海馬に記録されている。
その前のデータは側頭葉あたりで、それより前の部分とかは大脳とかに記録されているって思っています。


で、どうやってひっぱり出すかは、神経が興奮して、つぎつぎ伝達していって、じゅずつなぎの部分が反応して、それをどっかがイメージを構築して前の状況になるべく近い状態に再現しようとするのだと思います。(思い出す)
が、決して同じイメージにはならないと思います。
しかし、だいたい合っているので、日常なんとかやっていっているわけで。


障害を持つと、機能の部分が壊れます。
それは回路が壊れるのか、それともデータ自体が消滅したり消えたりするのか? 再現する部分が壊れるので、データは無事でも再現できないのか?


脳を機械によって計ると 健常者が思考する際反応する部分が暗くなっている。
つまりその部分が使われていない。
それは自体が死んでいるのか、それとも崖くづれで通行止めになっているからそこにアクセスできず刺激に対して反応しないのか。


うーーん わからないです。

脳は20歳を過ぎれば脳細胞がどんどん死滅していくと言われています。
では70歳のタクシーの運転手はどうでしょう。
検査したところ、同年代の人より脳自体が大きくなっているとか、とにかく活発なんだそうです。
何年か前計測した時より、もっと活発になっていることから、細胞の数では人間の能力のレベルは到底計れないということがわかります。


障害を持った場合、リハビリによって植物人間に近い人がある程度回復するのか?
場合によっては yes。
というか現実 そういう人知っています。
その方は70代後半ですが、意志の疎通がほぼ無理の状態。
ゆだれを流し言語は無し。
認識もほとんど無し。
自力で座ることも無理。
そこから回復したのだそうです。

言語障害は残りましたが、私の思考をうわまわる理論で私をねじふせてくださいます 笑。


もう一人の人も植物人間になると言われたそうです。
やはり脳溢血が原因らしいです。
ほとんど意志の疎通はできません。
ほとんど話せないし、たまにしゃべっても理解できる意味を含んでいない。
自分の体をコントロールできず、物を握らせるとつかめないか やっと何分もかかって掴んでも潰してしまいます。

が 植物人間にはなりませんでした。

二人とも同年代、障害を持ってから同じ年数。
その二人がどうしてこうも違うのか。
損傷の場所が違った というだけでは不十分に思いました。
回復するか、自我を失うか分れる境目は 性格によると思えました。 
今までどういう信念で生きてきたのか によると思いました。
つまり今までの生き様が障害を持った後に強く影響を与えていると思えました。


ということで、仮に脳細胞が死滅しても、植物人間状態に近いところから回復することもある。
回路が復旧すれば、死滅した細胞を使わずとも、昔の記憶を蘇らせることはできる。
回路を復旧できるかどうかは 医学以上に その人の根性 悔しさ 自尊心などが強く影響を与えていると思います。
それが刺激となって復旧作業がはかどったのではないかと思うし、別の迂回回路を作っているんじゃないかと思います。
(迂回して目的の場所に記憶の部分にアクセスしているんじゃないか)
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この回答へのお礼

詳細な回答を寄せて頂きありがとうございます。 都合が出来て返事が遅れました。

記憶障害を持つ患者さんの、障害の度合いをよくご存知の方の意見のようですので、
私のように本から得ただけの知識で憶測するのとは違って、とても参考になります。

お礼日時:2005/04/28 10:21

えっと、認識障害(痴呆)の場合は、短期記憶をする機能がうまく働かなくなるらしいです。



認識障害には大きく分けて2種類あったと思います。
アルツハイマータイプと脳血管なんとかって病気で、前者は脳が萎縮していくタイプで、後者は血管が詰まったことで そこから血液が漏れ、脳細胞のダメージを与え、物理的にアクセスできなくなったんじゃなかったかと思います。


痴呆の方は昔の事はよく覚えていますが、障害になってからの人生をふりかえるとぼんやりともやがかかったような状態らしいです。
短期記憶がうまくできないので、今食べたばかりなのに「メシも食わせない 鬼嫁」とか一見被害妄想のような発言をするらしいです。

被害妄想ではなく、実際その人の中では今食事をしたという記録が残っていないからだと思います。
従ってアクセスしたくても、記録されていないのでアクセスできない。

「今食べたでしょ たまごとお魚食べて、赤魚は大好きだって言ったよね。それで赤魚ってどうして赤魚っていうの?って私聞いたよね」って言っても「いいや そんなことわしゃ いっとらん」ってなって、いくら関連した事を話しても出てこないところみると、本当に思い出せないのではなく、記憶してないんじゃないかと思えます。

確か海馬に一時保存され、その後どこかに記憶されるらしいですが、その海馬と側頭葉 大脳 の橋渡しの段階で消えてしまうのではないかと。

100%記憶できないわけじゃあなく、たまに覚えていないと思っていた数時間前の事をしっかり覚えていたりして、「今度 一緒に外で食べにいこうね テンプラ好きでしょ いっぱい食べていいよ あたしが全部おごるよ」って言ったことをしっかりと覚えていられた日には、、、、あなどれない じっちゃん・・・って思ったりします。


>記憶にアクセスする手段に障害が起きたから記憶が混乱しているのかも知れないと思ったのです。

疾病失認の場合、体に麻痺の障害を持ったということを認識できず、例えば左腕は実際麻痺しているのに、本人は普通に動いているとしか認識できない それが疾病失認というものらしいです。

その人の耳の中の特定の場所に水を入れると 大声で泣き出したそうです。
「腕が 腕が 動かない」と。
「いつから動かないのですか?」と聞くと「2週間前 倒れたときから」とちゃんと答えられる。
だけど 30分後にもう一度聞くと「え?腕ですか? はい ちゃんと動きますが それがなにか?」って。

つまり記憶はしているが、何かがあってその記憶部分にアクセスできないので疾病を認識できない状態になっている。
認識させるためには 耳の中の特定の部分を刺激する必要がある。

というのを 脳の中の幽霊 って本で知りました。
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この回答へのお礼

詳しい回答を寄せて頂きありがとうございます。

脳の中の幽霊、という本のタイトルは知っていましたが、まだ読んでいないので参考にしてみます。

記憶の記銘と想起した内容は、脳神経ネットワークの自律的性質の活性と共に、そこに過去の意識が生じている点で、
それが脳の各部位から情報の特徴を集めて構成されたものだとしても、変化しない原型となる要素は依然として必要な気がします。

お礼日時:2005/04/23 10:13

人間の脳は本当に不可思議な構造になっていますね。



機械との違いは、忘れる事(消去)が出来、そして何かのきっかけで、思い出すこれは機械では再現できません。

あなたの言われる神経ネットワークが壊れている部分を見つけてそこを治せばアルツハイマーが治る、そんな単純な構造ではないと思います。

生物全て4つの化学文字(遺伝子)で出来ている、この組み合わせの違いだけで、いろいろな生物や、性格の違いがおこっている事を考えると。解決は遺伝子工学が必要なのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私の疑問の核心は記憶が、現在の学説のような方法で脳内に存在しているのだろうか、という疑問です。
これは意識とは何か、ということにつながるのでこの質問については改めて投稿します。

その意味で脳の物理的な損傷や萎縮によって、記憶そのものが消失するようには思えないのです。

お礼日時:2005/04/23 09:54

興味深い質問ですね。

思わず書いてしまいます。

>脳に記憶された内容もある程度変化することにはならないでしょうか。

例えば、「赤」の色を眼をつぶって、再現できますか。
出来ませんよね、「記憶の内容」これ、無いんじゃないでしょうか。
問題は、夢の中で「赤」が見られることを説明できないのですが。

最後の質問は、後者が正しいようです、脳の障害により特定の記憶が失われることは無いようです。

詳しいことは、専門家にお任せします。失礼しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。   記憶について私が思う疑問の要点とは

例えば20年位前の子供のころに有名な観光名所に1度だけ行ったとします。その時の情景やその他の全ての
情報を取り込む訳ではなく、得られた情報は特徴を抽出して脳内部の広範囲に分散されるようです。
その時の記憶が今でも明瞭に思い出せるのは、記憶した時点での特徴付けによってそれが分散していても
相互に関連付けられているので、一つのまとまりを持った記憶内容として保存されるから、となっています。

それでは記憶がネットワーク化しているなら、脳手術で部分を切除した時、記憶にどの程度の変化が起きるのでしょうね。

お礼日時:2005/04/20 10:11

 人工頭脳の説明と似ていますよね。

ゴリラなどの高等哺乳類を研究材料にされてください。その際、近隣の人が怖がるといけませんので、実験計画やモデリングを周囲に十分、知らしめることが必要です。モラルの高い地域での研究所が必要になると思います。
 脳は高次の中枢とされていて、抹消な器官からの指令を届けているのです。器官のほうに問題があって、体力が低下しているのに、脳について研究しても無意味です。手術しても、体力、精神力がなければ生きていけませんよね。わかりますか。
 ご本人が記憶の混乱と喪失について、疑問に思われているのでしょうか。しかし、被害者は暴行、脅迫、強要の加害者のことを、人間ではない生物だと思っています。考えたり、思い出すのさえ拒否します。当然の反応です。植木だって、根を掘り起こすと、そのうち弱って枯れてしまうでしょう?
 まず、お体の苦痛を訴えているところに気がつくべきです。ご家族ではなく、ご本人が治さなければと言い張り、ほかに方法がなく、可能性にかけたいと思われるのなら、仕方がないと思います。

この回答への補足

質問が分かりづらいと思われるので、補足します。

人間の脳はさまざまな記憶を持っていますが、脳内部は機械と違ってそのつど変化しています。
物事を記憶する時、神経細胞はネットワークを作って外から得た情報を、神経電位信号の強度や神経ホルモンの濃度に変換して伝えます。
そのようにして任意の記憶を、ネットワークとなった神経細胞群が貯えると考えられています。

しかし一旦記憶された内容はそのままの状態で保存されなければ、脳の活性によって神経細胞群が
変化してしまうと記憶まで変化するように思われます。 その時脳全体が変化する訳ではありませんが、
ず~っと過去の記憶を思い出す場合、長い期間を経ていれば脳全体が変化していると言ってもよいでしょう。

だから脳はどのような方法で記憶するのか疑問なのです。 現在考えられている方法ではないかも知れない。
ですからアルツハイマーの患者さんが記憶の喪失や混乱を起こす原因は、脳の萎縮によって記憶が脱落したのではなく、
記憶にアクセスする手段に障害が起きたから記憶が混乱しているのかも知れないと思ったのです。 

これは事故での損傷や病気での脳の部分切除でも、それに相関して長期記憶が消失しないことも理由の一つです。

補足日時:2005/04/19 16:31
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。 正直言って分かりづらい部分もあるけど、分かる所は参考にします。

お礼日時:2005/04/20 10:13

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Q記憶についての疑問

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ご関心があれば、そちらも宜しくお願いします。

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Aベストアンサー

失礼をすいません。
おそらくカテが違うと思います。記憶でしたら心理学、医学関係などが適当だと思います。特に心理学だと記憶の研究をされてる方が多いと思いますよ。

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もしあなたが松の枝振りまで重要な情報と考えているのなら、その光景は鮮明に残されているはずです。例えばあなたも感銘を受けた風景画だと、描かれている木の枝振りはおろか、光の差し方だって覚えているのではないのですか?

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