イギリスの産業革命があったというのは分かるんですが、具体的にどんなことをして他の国にどんな影響があったか知りたいので教えてください。お願いします。(信頼できて情報が豊富なサイトなどでもいいです。)

A 回答 (4件)

去年受験生で世界史は得意でした。





 イギリスで産業革命が起きた理由は4つの条件がそろったからです。
その4つとは、機械、資本の蓄積、労働者、市場です。

 まず、機械。ご存知の通り、ワットにより蒸気機関が改良され、ハーグリーブズやクロンプトン、アークライトなどにより織機や紡績機が発明され、生産力が飛躍的に上昇しました。
 
 次に、資本の蓄積。工場を造るにも、新しい機械を発明・導入するにもお金、つまり資本が必要不可欠ですね。その点イギリスは毛織物工業の発達や、イギリスと西アフリカ、新大陸(北米大陸)を結ぶ三角貿易で資本を蓄積しました。
 
 第3に労働者。機械や工場を用意しても労働者がいなくては動かせません。イギリス政府は「第二次囲い込み」と呼ばれる農業政策を行った結果、大量の失地農が都市に流入し、彼らが工場労働者となりました。

 最後に市場。いくら製品を製造できてもそれを売ることができなければ意味がありません。そこでイギリスは北米大陸や、当時半植民地化しつつあったインドへ生産した、綿織物を売りました。機械で大量に生産したものですから当然安く、世界の綿織物市場を席巻することができました。

以上が産業革命です。

産業革命の他国への影響ですね。
まず、大量の安価な綿織物が世界に出回り、イギリスによるインド植民地化が進行した。
イギリスが覇権を獲得し、イギリスによる平和(パックス=ブリタニカ)時代到来の契機となったこと。
その後産業革命が世界へ広まったことにより、欧米列強による帝国主義時代への突入の道を開くことになった。

まだまだありますが、とりあえずこのくらいでどうでしょうか? 
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教科書には、書いていない資本の蓄積(北・南米大陸)での先住民族特の黄金文明の栄えたマヤ・アズテク・インカに対しての金装飾品等の文明を、イギリス・スペイン大航海時代のう勇者たちは、彼らの黄金文明を、単なる金として強奪しインゴットとし、産業革命の原資にした。

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中学の歴史でやったような。

。。

例えば、それ以前は『家内制手工業』とも言われる
親方と弟子、或いは文字通り家族単位で
鍛冶屋を営んだり、織物を織ったりしていたのが
工場に労働者を集め、(蒸気機関等の動力を用い)ることで大量生産を可能にした。
生産性が格段に上がり、商品単価が下がり大量の商品を捌く必要が生じたので
海外に販路を拡大するためと、原材料の確保のために植民地の拡大を行った。

かなり大雑把に言えばこんな感じ
学校の教科書の方が詳しそうな気もしますが
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>信頼できて情報が豊富


 そういった目的の場合は最寄の図書館へいくのがベストです。

この回答への補足

家が田舎なもんで図書館など調べ物ができる機関が近くになくて困っています。あればいいんですけどね~・・・

補足日時:2005/04/19 18:47
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Q産業革命が起こったのに、何故、世界中の人の労働時間が減らない?産業革命は必要だった?

産業革命が起こったのに、何故、世界中の人の労働時間が減らない?産業革命は必要だった?

Aベストアンサー

綿の加工機械が発明された時、これでアメリカの奴隷制度は自然消滅との予想もありましたが、結果は大量生産化、機械でできない工程部分の労働力が必要になり、奴隷の労働条件はさらに悪化しました。
 機械を使うことで、さらに労働量が増えてます。産業革命もよいことばかりではなかったようです。

Qイギリス産業革命

イギリス産業革命の前提条件と展開の特徴について知っている方いましたら教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

簡単に、参考程度に回答してみたいと思います。

前提条件

まず、ルネサンス運動や宗教革命を通じて、科学の向上や宗教思想からの解放(?)があります。
そして、その結果、農業革命が起こり、生産量が向上します。
その帰結として、人口増加が起こります。
人口の増加によって、余剰労働力が生まれ、彼らが都市へと流入していきました。
また、大航海時代を通じて海外市場が形成されていきました。

展開の特徴

産業革命というと、18C~19Cの英国を中心に展開された現象を指すことが多いですね。
これは、英国には広大な海外植民地があったことがその原因と考えられています。
製品を作っても、売る場所がなければその産業は成長しません。
英国は、それを植民地に売って儲けたという論理です。

次に、技術革新が新たな需要を作り出したことがあげられます。
例えば、燃料の消費が増えるにつれて森林伐採が問題視されるようになり、木から石炭へと燃料が切り替えられていきました。
すると、炭坑での水が溜まるという問題が生まれてきました。
それを解決するために、蒸気機関が開発されましたが燃料の石炭が益々必要になりました。
また、蒸気機関車の発明なども石炭の需要拡大に拍車をかけていくことになります。
つまり、石炭の需要が高まったことで問題が生まれ、その問題の解決のために技術革新が起こったが、その結果より多くの石炭が必要になったということです。

もっと細かく見ていけば、色々な例が見いだせると思います。
まだまだ私自身勉強中なので、これ以上は言及できませんが、参考になれば幸いです。

簡単に、参考程度に回答してみたいと思います。

前提条件

まず、ルネサンス運動や宗教革命を通じて、科学の向上や宗教思想からの解放(?)があります。
そして、その結果、農業革命が起こり、生産量が向上します。
その帰結として、人口増加が起こります。
人口の増加によって、余剰労働力が生まれ、彼らが都市へと流入していきました。
また、大航海時代を通じて海外市場が形成されていきました。

展開の特徴

産業革命というと、18C~19Cの英国を中心に展開された現象を指すことが多いですね。
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Q産業革命

これから世界経済が飛躍するには産業革命が起きないと無理と思うが
どの分野で産業革命が起きそうでしょうか?

Aベストアンサー

エネルギー革命です。そもそも産業革命は、人力・奴隷から蒸気機関へといったエネルギー革命だった訳です。いろんなベクトルがあって、ここでその全貌を説明するのは不可能です。イギリスが奴隷制を廃止したのは、奴隷の労働力がイギリスの産業機械売り込みの邪魔になったからです。だからエネルギー革命は社会そのものを変革します。逆に言えば、社会が変わらない限り産業革命は成功しないともいえる。

「世田谷電力」設立でエネルギー革命 - 太陽のまちから - Asahi Shimbun Digital[and]
http://www.asahi.com/and_w/life/TKY201304090070.html

次に食料革命です。増大する世界人口を賄う食料の確保が喫緊の課題です。世界の飢えてる人々を尻目に日本人だけが飽食を貪り、食料を残飯にし、そうかと思えばダイエットに狂奔している。人口増大だけでなく、中国・インドといった人口大国の経済発展や地球温暖化による干ばつ・豪雨も問題を深刻にしています。そうした世界の現状を知らず、食料品の値上げ値下げに一喜一憂する愚民の有様は救いようがない。

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Qイギリス産業革命について・・・

社会の授業で宿題が出て、いろいろ調べてみましたが、わからなかったので、誰か、教えてください。
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http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kindai/67-sangyou5.html
http://www.crane-club.com/lecture/revolution.htm
http://www.dino.or.jp/shiba/geohist/geohist04.html#4

参考URL:http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kindai/67-sangyou5.html

Q英国イギリスの食が美味しくないのは、産業革命で人が

英国イギリスの食が美味しくないのは、産業革命で人が忙しくなった為だと言っていましたが、産業革命前のイギリス料理は美味しかったのでしょうか?産業革命って人間の仕事が楽になったんじゃなかったんですか?逆に忙しくなったのはなぜでしょう?ロボットが作ってくれて、人間は働かなくなったのではなかったのでしょうか?

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産業革命は関係ないと思います。

価値観の違いでしょう。

英国の料理が不味いのは、そういう価値観、つまり
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ということでしょう。

大体、ラテン系は人生を楽しもうという考えで、
極めて享楽的です。
だから美食にも価値を置く訳です。

質素倹約質実剛健、という気風がなせる技じゃ
ないですか。

だいたい美食にうつつを抜かしている国に
ろくな国はありません。
フランスなどは美食と恋愛にうつつを抜かしている
間に、英国やドイツに差をつけられました。

もう一つの美食大国、中国にいたっては説明の
必要もありません。

近年、日本もグルメブームとやらで嘆かわしい限りです。
このままでは日本も、中国の後追いです。

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これをテーマにしたレポートを提出しなければなりません。
よくわからないのでよろしければ教えてください。

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>書物でなかなかよい参考文献が見つからなかったの
岩波講座 世界歴史
で大体用は足りるはずです。

Q産業革命について。

産業革命について。
第2次産業革命期にエネルギーが石油に変わったり、流通やサービスが変わったり、大量生産に移り変わったりしたと思いますが、この頃に発生した産業や変化した産業をできるだけ教えて頂けますか??

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断絶的な変化としての「革命性」への疑義のため
産業革命という言葉自体が、近年は、使われなくなってきたように思います。

それを留保した上で、19世紀末、産業革命の生みの親の英国から
米独へと工業化が波及したとき、
その主導部門が、従来の綿工業中心の軽工業から、
製鉄や化学などの重工業部門へと変化しています。
第二次産業革命は、この主導部門の転換として位置づけられると思います。

Qイギリスの産業革命について

困ってます。
イギリスの産業革命によって、日本が受けた被害と現在への影響
を知りたいのですが、
調べても分かりません。 この時代、日本は鎖国でしたので、ヨーロッパとの交流はなかったのだと思いますが・・・。
なにか、小さなことでも知ってましたら、教えてください。

Aベストアンサー

>この時代、日本は鎖国でしたので、ヨーロッパとの交流はなかったのだと思いますが・・・。

そうです。
今の内に産業革命と第二次産業革命(それに伴う帝国、植民地主義)は違うと言う認識を持つべきです。


イギリスの産業革命によって家内製手工業体制は崩れ、大量生産の時代へ移ります。
生産の3要素、土地、資本、労働力と言う資本主義へステップします。

巨大な紡績工場で工女を雇って大量生産する時代になります。
特権階級である華族や財閥。それに対する労働者の貧富の差は歴然としました。

英国の綿布は安く高品質で大量でした。

家内製手工業の衰退は農家の副収入を激減させました。
その上、綿は綿布の価格を抑える為に安く買い叩かれ、農家の小作化が進みます。


綿布の輸出は主に中国であり、英国との競争でした。
日本は大陸への利権に固執し、満州国建設へ暴走します。

日本経済は綿布の輸出と言うグローバル化が進み、その結果景気不景気の波が激しくなります。
第一次大戦による好景気→不景気→関東大震災→昭和恐慌→世界恐慌→太平洋戦争へ進みます。

Qイギリスの産業革命について

イギリスの産業革命について
1755~63年に起こったフレンチ・インディアン戦争のおかげでイギリスは深刻な財政難に陥って、新大陸の13植民地に対して課税を増やしたんですよね?
でもそれって産業革命の最中じゃないですか。産業革命では工場制機械工業があったりして、イギリスはかなりもうかってたんですよね?
なんかすごい矛盾してませんか?
わかりやすく詳細を教えてください。

Aベストアンサー

工場制機械工業云々とか産業革命というのは、19世紀前半になってから「そういえば、あのころから変化したなぁ」というのをまとめた話で、その当時で言えば大した産業ではない。
経済が成長したというのは早くて1800年ころ、あるいは1820年以降(豊かさの誕生 ウィリアムバーンスタイ著 より)最近では、「あんな、ゆっくりの変化を革命って言うかよ?」という説も強い。
http://ameblo.jp/08vg001f/entry-10270847794.html
ヨーロッパという大まかな集計だが、ヨーロッパはそんなに成長していない。

Qイギリスの産業革命において技術革新の質問です。

イギリスでは、燃料としていた木炭の消費が激しくなったことで森林破壊が進んでいた。こうした中、木炭から石炭へと燃料が切り替えられた。これを「燃料革命」とも称する。また、石炭を加工して作られるコークスを用いたコークス製鉄法がダービーによって開発されたことで、鉄製機械の生産が容易になった。のようにイギリスの産業革命の技術革新をなにかあれば詳しく教えてください。
お願いします。

Aベストアンサー

 イギリスで興った第一次の産業革命といえば、高校の頃だったかの教科書に書かれていたように、たしかに蒸気機関の改良と自動織機、そして蒸気機関車の発明と鉄道と敷設、これらから始まったということは間違いないところでしょう。

 まず動力としての蒸気機関、蒸気によって高回転で高出力を得られる「軸回転型」の動力が得られたということが産業革命のすべての発端にあると言えます。ニューコメンが発明した蒸気機関は高温高圧の蒸気で機関を作動させながら、蒸気を冷やすというサイクルを持つ作動原理から作動効率が低かったものですが、J.ワットが発明した蒸気機関では高温高圧の蒸気で同様にピストンを動かしながらも、ピストンの往復運動よって作用が終わった蒸気を排出させながらまた新しい蒸気を導入するというリニアで連続的な作動を実現し、さらにピストンの往復運動をクランクとフライホイールによって軸の回転運動へ転換させることに成功したものです。これによって、それまでの機器のすべてが「高速で高出力な回転する動力」を得た効率の高いものに発展する糸口になりました。

 その先陣を切ったのがイギリスの主幹産業であった繊維業界、まず自動織機の発明です。ジョン・ケイが織機の真髄ともいえるシャトル(飛び杼)を発明したことで織機の高速化が実現し綿布の生産効率が飛躍的に高まりましたが、そのために今度は原料の綿花そのものが不足に。そこで、ハーグリーヴズがジェニー紡績機を、アークライトが水力紡績機を、クロンプトンがこれらを改良したミュール紡績機をと、紡績機そのものの改良が急速に進みました。そしてさらに、カートライトが折からの蒸気機関を動力とした織機を発明するに至って繊維業界では一気に生産量が増加しました。

 このように繊維産業を中心に急速に高まった生産効率、それは、とりもなおさず原料や燃料、そして製品や人などの移送に問題を投げかけました。多量の物資や大勢の人を高速で運送する手段が求められました。フルトンによる蒸気船の発明、トレビシックによる蒸気機関車の発明、さらに、スティブンソンによる実用的な蒸気機関車への改良、そして、ストックトンとダーリントンの間に敷設された最初の鉄道、こうして運輸関係もまた急速な進歩を見せることになりました。

 このようなことは既に教科書にも書かれていますからご質問者様もご存知でしょう。こうして見ますと産業革命とは繊維業界と運輸業界だけが急速に・・・といったように見えますが、もう少し考えて見ましょう。

 高効率な織機や紡績機、あるいは蒸気機関や機関車を作り出しさらに改良するには、なんと言っても高効率でしかもより精密な加工ができる工作機械が欠かせません。旋盤やドリル、フライスなどといった工作機械はそれまでにもありましたが、高速で作動し、しかも耐久性に富んだ性能の高い機器を製造するには、まず工作機械そのものの性能や精度が高くなくてはなりません。当然のことながら鉄や合金をはじめとする素材の面でも研究と開発が進むなど、他の様々な分野もまた革命の影響を受けて急速に進化し革新を果たすことになりました。

 こうしたより性能の高い機器の開発、そこには、それまでにないほどの斬新なアイデアもまた求められました。逆に言えば、斬新なアイデアそのものは以前からあったものの、それを実現させるだけの設備も材料もなかった、それが産業革命によって一気に可能になり始めた、そうしたものも少なくなかったでしょう。

 こうした斬新なアイデアとそれを実現可能にする設備、これによって、繊維業界だけでなく、すべての産業の高効率化が進み始めました。それは一種の波及現象、あるいは連鎖反応とでも言うべきでしょうか。一例をあげれば錠前(カギ)ですらそうです。古代から中世を経てほとんど変わらなかった錠前もこの時代に一気に進化しています。今日のシリンダー錠はこの時代に作られ始めたものですが、それを可能にしたのはなによりも優れた素材を使って精密な加工が出来るようになったということ。アイデアそのものは古代エジプトの時代に既にあったのです。

 言葉では産業革命と言いますが、この大革命は産業界だけに留まりませんでした。このように新しい機械や新しい設備へと業界が活性化する、それには莫大な資金が必要になります。それまでは一部の金持ちが細々と経営していた銀行・・・というよりも金貸し業、これが一気に経営体系を整えた銀行業として発展しました。また株式の考え方で一般から資金を調達する方法も発達しました。そして金融業界が活性化することになるとともに、投資によって大きな利益を得る者も現れ、景気もまた向上することになりました。また、生産の拡大には人材も必要です。多くの人に仕事と収入が約束されました。こうして、当時のイギリスでは大変な経済発展と高度成長を遂げることになりましたが、こうした傾向は当然政治の世界にも大きな変革をもたらしていますし、かのフランス革命も、隣国イギリスで興ったこの大革命が遠因となったと言われています。もっと書きたいことがありますが、とりあえずこのぐらいで。

 イギリスで興った第一次の産業革命といえば、高校の頃だったかの教科書に書かれていたように、たしかに蒸気機関の改良と自動織機、そして蒸気機関車の発明と鉄道と敷設、これらから始まったということは間違いないところでしょう。

 まず動力としての蒸気機関、蒸気によって高回転で高出力を得られる「軸回転型」の動力が得られたということが産業革命のすべての発端にあると言えます。ニューコメンが発明した蒸気機関は高温高圧の蒸気で機関を作動させながら、蒸気を冷やすというサイクルを持つ作動原理か...続きを読む


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