エリック・サティの交響的ドラマ《ソクラテス》が日本で上演されたことってありますか?
演奏会に行かれた方、或いは、演奏会があったことをご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

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A 回答 (1件)

ヤフってみました。



http://hw001.gate01.com/~kashiwa/list.html
http://www.pippo-jp.com/classic/y04/local/nagano …

以上二つでどうでしょう。
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この回答へのお礼

お返事おそくなってすみませんでした。
回答ありがとうございます(^^♪
私が調べた中になかったに無かったので、
うれしい発見です。

今後の《ソクラテス》研究の参考にします!

お礼日時:2005/06/15 20:19

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【哲学】ニーチェ→サルトル→?

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私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

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ニーチェ→サルトル→?
といふ図式が出てくるのが不可解です。アホの私の頭では、ニーチェとサルトルは単純にはつながりません。ニーチェはキリスト教の腐敗を批判しましたが、聖書の世界を否定したとは思へません。強大な力の必要性を説きました。人間の世界ではどうしても神が必要になる、その神を追ひもとめてゐたのではないでせうか。宗教をふくめた人間そのものを肯定したのがニーチェです。当時のドイツの尊大な学者についてかう書いてゐます。
「学者はこうして自信をもって、その本能によって、宗教的な人間は、自分よりも価値が低い劣った人種だとみなすのである。」
(ニーチェ『善悪の彼岸』第3篇58 中山元訳 光文社文庫 140,141ページ)

先日別の質問にも回答いたしましたが、ネット情報ですませてゐたのでは、プラトン、アリストテレスなどの名前だけでありがたがつて、表面的に高尚な哲学だと信じこむだけです。私なら
プルタルコス→エラスムス→ニーチェ
です。哲学カテゴリのみなさんの見解もさまざまです。マキアベリやモンテーニュの名をお出しになる方もいらつしやいますし、タレスはアルケーだ、アウグスティヌスを崇めるのだ、マッハ以前の哲学はゴミだ、ウィトゲンシュタインの前で沈黙すべきだ、などなど諸説あります。ナナミさんも御自身でお決めになるのがいちばんよろしいかと存じます。

私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

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出だしの「あなたに好きと言われて~」のフレーズが頭から離れません。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

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Qプラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンの国家、ソクラテスの弁明を読んで、ソクラテスの史実の姿に興味を持ちました。

国家やソクラテスの弁明に描かれるソクラテスの姿は、大体、史実、ありのままと考えていいのでしょうか。
それとも、プラトンが描くソクラテスというものは、大部分が、史実とはかけ離れた空想の産物なのでしょうか。

Aベストアンサー

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかというと「奇跡をつづるといった側面が強いと思います。少なくとも「記述するにふさわしい数奇な内容」のはずです。

この時代に書かれた書籍は
基本的には、「伝説的読み物」といったほうがいいと思います。

トゥキディデス=史実重視の見方・政治的意図で書かれた文章=プログラムは、例外中の例外です。

比較の対象として「クセノフォン」のソクラテス伝をよんでみるのもよいのかもしれませんが、「思想」としては、プラトンのほうが優れています。人から人へ伝えていくといった視点からも明らかに勝っています。

また、「弁明」のほうは、史実に比較的近いということも出来ます。ソクラテスの弟子=プラトンが書いたことですから、内容(こんな感じだったんだろうなというイメージ)だけ
持っていけば
いいと思いますが、

でも、全てが夢物語ではありません。

「聖書のでたらめ」を信じている人たちが、党派的に「哲学全般に対して批判・弾圧を繰り返してきた」という歴史的事実にも着目してください。肩の力を抜いて取り組んでください。

プラトンは、自分に対して「辛口」になることが出来る思想のヒトツです。キリスト教はその逆。

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかとい...続きを読む

Q交響“曲”と交響“詩”、はては“管弦楽曲”の違いは何ですか?

こんにちは、お世話になります。このカテゴリーで幾度かお世話になりながら、
相変わらずクラシック音楽への取り組みに進歩の無い輩です。(苦笑)

最近、某国産自動車のCMに使われたことから、以下の2曲を好んで聴くようになりました。(笑)
○ドヴォルザーク 交響曲 ホ短調 作品95〔新世界より〕より第4楽章
※この曲は、今年の2月に“かの将軍様ご統治の国”でロリン・マゼール氏指揮による
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の演奏でも話題になりましたが・・・
それから、もう1曲・・・
○スメタナ 連作交響詩〔わが祖国〕より第2曲:モルダウ

お二方のこの曲は、どう言う訳か、併記されることも多いようですが、それはさておき・・・

交響“曲”と交響“詩”の違いについて・・・
“交響曲”とは“多楽章”を用いて主に管弦楽によって演奏される大規模な楽曲、
(そのうちの少なくとも1つの楽章がソナタ形式であることが定義云々
などと言ったことは、当てはまらない事例も、まま有るとか・・・)
また、“交響詩”とは、文学的または絵画的内容をオーケストラで表現しようという音楽形式であり、
原則として“一楽章形式”のもので切れ目なく演奏される・・・との説明も多いようです。

たしかに、手持ちのCDの表記を見れば〔新世界より〕は4つの“楽章”に分かれていますし、
〔我が祖国〕は第1曲~第6曲の“パート”により成り立っていますが、
門外漢の輩としては、いずれも“オーケストラ演奏による名曲”として捉えてしまいます。(苦笑)
いずれも曲全編を通して聴いてみれば、一つのテーマ(曲名)に向けて、
言葉の違いこそあれど、それは叙情豊かな、かつ、壮大な演奏が繰り広げられるひとときであり、
また、心地よい空間、至福のひとときへのいざないでもあります。(笑)

また、そもそも“管弦楽”とは、オーケストラによる演奏そのものを指した言葉ではなかったか?・・・

交響“曲”と交響“詩”・・・“多楽章”と“複数のパートからなる一楽章”
はたまた“管弦楽曲”・・・何が違うの?とは門外漢ゆえの尽きぬ疑問、
申し訳ありませんが、よろしければお教え下さい。(苦笑)

なにぶん、持つ語彙の貧弱さゆえ、たいしたお礼も出来ませんし、
申し訳ありませんが、個人的都合により、お礼は遅れ気味になります。
どうか悪しからず、ご了承願います。それでは、宜しくお願い致します。

こんにちは、お世話になります。このカテゴリーで幾度かお世話になりながら、
相変わらずクラシック音楽への取り組みに進歩の無い輩です。(苦笑)

最近、某国産自動車のCMに使われたことから、以下の2曲を好んで聴くようになりました。(笑)
○ドヴォルザーク 交響曲 ホ短調 作品95〔新世界より〕より第4楽章
※この曲は、今年の2月に“かの将軍様ご統治の国”でロリン・マゼール氏指揮による
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の演奏でも話題になりましたが・・・
それから、もう1曲・・・
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Aベストアンサー

こんにちは。
すごい長文ですが,お許しくださいませ(笑)

基本的には,

☆交響曲
ソナタ形式を(普通は第1楽章に)もつ多楽章(普通は4楽章)形式の楽曲
19世紀後半以降にあらわれる例外のことはとりあえず除くと,交響曲と呼ばれるために最も重要な条件は「ソナタ形式の楽章を含むこと」です。第2楽章以降にもだいたいのお約束はあります。

☆交響詩
形式については特に決まりのない管弦楽による標題音楽
交響曲の発生からかなりあとの時代にできあがったもので,形式にはあまりこだわらず書きたいことを自由に書けばいいじゃないか,という感じでできあがったものだと理解しています。
(交響曲の中にも,ベートーヴェンの「田園」やベルリオーズの「幻想交響曲」など,交響詩へ進みそうな例外はかなり前からありましたが)

☆管弦楽曲
曲のタイトルの中に「管弦楽曲」とつくものは私の知る限りないと思います。
ジャンル分けのための便宜上の名称で,単純に,管弦楽で演奏される楽曲ということでしょうか。CD屋さんでは,交響曲あるいは協奏曲と名前のついていないオーケストラのための作品がこうやってまとめて分類されていることが多いようですね。
(どの楽器が入っていて,何人以上いたら管弦楽か,というのは,厳密な決まりはないようです。個人的には,複数種類の弦楽器と複数種類の管楽器が入っていて,ヴァイオリンのパートをひとパートあたり複数人数で演奏していれば,まあ管弦楽と言ってもよかろうとは思っています)


<ここから先は個人的な憶測がほとんどですのでご了承ください>
誤解をおそれずに言ってしまえば,18世紀末くらいまでの交響曲は,「美しく均整のとれた形式」を作ることが目的だったとしてしまっても,大きく間違ってはいないと思います。

ところが,19世紀にベートーヴェンという人があらわれまして,「大事なのは美しい形式ではなくてオレ様のこの熱いハートを表現することである!」・・・と言い出しました(すいません,変な口調で・・・^^;)。そうして出来上がったのが交響曲第3番「英雄」であり,ここが実質的なロマン派音楽の誕生とされています。

このとき,交響曲に対して,最初にあげた形式としての定義に加え,内容としての定義がベートーヴェンによって加えられたことになります。つまり,

「交響曲とは作曲家が自分の思いのたけをありったけぶちまけるための最も偉大な楽曲形式である」

ということです。ハイドンやモーツアルトの時代でどうだったかは分かりませんが,ベートーヴェンによって,交響曲というジャンルは他のジャンルから一歩抜け出た特権を与えられたような形になりました。(だから,ベートーヴェン以降の作曲家は軽い気持ちで交響曲が書けなくなってしまった)

私の個人的な印象では,19世紀中盤~後半以降の交響曲という名前は,作曲家がその作品に相当の覚悟を持って取り組んだのだ,というサインであるようにも思っています。
その上でどの程度古典的な様式に敬意を払うかは作曲家次第,という感じでしょうか。(古典的な形式を尊重したブラームスやドヴォルザークやチャイコフスキー,どこまでも形式が肥大化するブルックナーやマーラー,むしろ凝縮への道をたどったシベリウス,作曲家として「生き残る(文字通りの意味で)」ために形式という仮面をかぶったショスタコーヴィチ,などなど)
ただし,やはり「ソナタ形式」は,ほとんど残骸となっていても,ほとんどの交響曲の中ではしぶとく生き残っているものと思われます。


私の現段階での見解は,
 交響曲⇒「作曲家の覚悟とソナタ形式」
 交響詩⇒「特定の形式のない標題音楽」
です。

---
実際には,たぶん,

「作曲家がそう名づけたらそうである」

なんですけどね(爆)

こんにちは。
すごい長文ですが,お許しくださいませ(笑)

基本的には,

☆交響曲
ソナタ形式を(普通は第1楽章に)もつ多楽章(普通は4楽章)形式の楽曲
19世紀後半以降にあらわれる例外のことはとりあえず除くと,交響曲と呼ばれるために最も重要な条件は「ソナタ形式の楽章を含むこと」です。第2楽章以降にもだいたいのお約束はあります。

☆交響詩
形式については特に決まりのない管弦楽による標題音楽
交響曲の発生からかなりあとの時代にできあがったもので,形式にはあまりこだわらず書きたい...続きを読む

Qソクラテスと豚、または生産的議論と消費的理論

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそうなんです・・・

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8641327.html
(回答番号15への質問者のコメント)

*** *** *** *** ***

教えて!gooで数数の名言を読んできましたが、これはベスト5に入る内容だと私は判断します。ちなみに私は回答番号17,23で参加してゐます。また私なら回答番号21をベストアンサーにします。

「不満足なソクラテス」による生産的議論、「満足した豚」の消費的理論、どちらを支持するか見解が大きくわかれるのはなぜですか。

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそう...続きを読む

Aベストアンサー

plapotiさんが何故このような問題提起をされたかが
わかりました。

「他者排除」は人間の持つ、「慢心」「保身」「差別」
「攻撃性」などの悪い心が起こすもので、「ソクラテス」
「豚」の区別はないと思います。

日本中どこに行っても、「序列」「いじめ」があるのは
実感しています(私はけっこういろんなところへ行きまし
た)。
つまり、「ソクラテス」の責任ではないということです。

それに、あなたの説では、生粋の豚(つまり怠け者)を弁護
し、健気なソクラテス(働き者)のやる気を削いでしまう危
険性があると思います。

Qピアノのみで演奏されるクラッシック(エリック・サティなど)の分野はピアノ・クラッシックと呼んでも構いませんか??

こんにちは。

最近クラッシックを聴き始めました。
エリック・サティが好きです。
質問なのですが、エリック・サティのようにピアノのみで演奏される音楽のジャンルを一括りに「ピアノ・クラッシック」と呼ぶのは間違いでしょうか??
もっと明確なジャンルの呼び方はあるのでしょうか。
よく分からないのですが他のクラッシックだと、弦楽四重奏曲だとか交響曲だとかジャンルがあるようなのですが・・・。

クラッシック初心者なので、変な質問ですみません。
教えて頂けるとありがたいです。

Aベストアンサー

 ピアノクラシックと言うジャンル分けは、ありません。
 あるとすれば、音楽コンテンツ産業・音楽教室など、音楽産業が、ピアノと言う名を付けて、括る事で、ユーザーが具体的に解り易く感じるからでしょう。数十年前に比し減ったとは言うものの、ピアノは、今でも一般家庭の所持率・ピアノ習得(ピアノ教室)は、他の楽器の追随を許さない人気楽器ですから、産業としては、ピアノだけは括ってやる事で、多く居るであろうピアノに対し強い関心を持つ層を、より確実に引き付ける手段と言った方が現実的だと思います。
 ピアノのソロ演奏作品が、確かに多い為、このグループ名は便利とは思いますが、この呼び名を使う方が居たとしても、それは、クラシックの世界では、便宜上だけの事で正式にその様な括りで呼ぶ事は有りません。
 ソロ演奏の作品は、他の楽器にも複数の楽器にも存在していますが、その楽器の名前を付けて、○○クラシックなどと言う、言い方はしておりません。
(他楽器の有名どころでは)
 ヴァイオリンはピアノに次ぐソロ作品が有り、数は減りますがチェロ・オルガン(パイプオルガン)フルート等も、挙げられましょう。調べれば、更に多くの楽器の為のソロ作品がクラシックのジャンル内に存在している筈です。

>他のクラッシックだと、弦楽四重奏曲だとか交響曲だとかジャンルがあるようなのですが・・・。
 この疑問についても、《他のクラシック》と言う概念が、おかしいのです。
 クラシックと言うジャンルの曲に様々な演奏形態の作品があり、その姿で区分する事が便利であるから利用していますが、あくまで便宜上と言う事です。
 一般的便宜的区分けとして(CDショップ・クラシック解説書)
 ◆交響曲◆管弦楽曲◆室内楽(弦楽四重奏曲などの小編成の器楽曲や30人以下程度の小編成管弦楽曲を含む事もある)◆器楽曲(ピアノ・バイオリン・チェロ・フルート・他)◆声楽曲などが、演奏形態での区分けです。
 一方、時代や用途で区分けしています。例えば、◆ルネッサンス◆バロック◆古典派◆ロマン派◆印象派◆現代◆アバンギャルドなど、時代背景や作曲法の発達、楽器の発達、演奏法の発達などと供に生まれた新ジャンルとでも言う世界を、分ける為の区分けも有ります。
 用途で区分されているのでハッキリしているのは、◆宗教曲というジャンル区分です。このジャンルの中には、時代の変遷や政治でも影響を受けていますし、楽器の変遷・演奏携帯の変遷との関わり方でも影響を受けている為、宗教と言う別な括りを設けたのかも知れません。しかし、この宗教曲とても、本当に宗教行事に使われて来た曲も有れば、ある作曲家の作品として有名でも宗教の現場では使われる事の無い宗教曲も同居しています。
 ですから、こう呼ばなければならない!とか、こう呼ぶべきである!などの様な硬直した呼び名がある訳ではありません。
 クラシックを多く取り揃えている、CDショップの商品台の区分けの中に、どの様な作品が入れて有るかお確かめになったら、実感されるのではないでしょうか?更には、別なショップでは、別な区分け方で並べている事も解ります。そして、どちらも間違いではない事も・・・
(無知でとんでもない並べ方の店も有りますが、そんな店には、癒しの~・頭の良くなる~・元気が出る~、など、ろくな品揃えしかしてないところが多いので参考にするのはNGです。酷い所は、ヒーリングやフュージョン・イージーリスニングまで、クラシックの棚に入れてありますが、クラシックファーンは品良く大人しいので何も言わず二度と行かない。)・・・・・脱線しました(苦笑)!
 難しく考えず、今後のクラシック全般との付き合いを、末長~く、して頂けたら、気付かない内に自然に頭の中で整理区分出来ているご自分を認識される事でしょう(微笑み)!

告!上記に述べました中には、詳しい方や専門家の方から見れば、間違っている箇所などが有るかと思います。鑑賞暦が長いだけのど素人が、日常の中でのクラシックとの付き合いから書いたものですので、「捨て置けぬ間違い」が有りましたら、修正の程お願い申し上げます。

 ピアノクラシックと言うジャンル分けは、ありません。
 あるとすれば、音楽コンテンツ産業・音楽教室など、音楽産業が、ピアノと言う名を付けて、括る事で、ユーザーが具体的に解り易く感じるからでしょう。数十年前に比し減ったとは言うものの、ピアノは、今でも一般家庭の所持率・ピアノ習得(ピアノ教室)は、他の楽器の追随を許さない人気楽器ですから、産業としては、ピアノだけは括ってやる事で、多く居るであろうピアノに対し強い関心を持つ層を、より確実に引き付ける手段と言った方が現実的だと思い...続きを読む

Qソクラテスの無知の知は矛盾していませんか?

ソクラテスの無知の知についてです。
高校の倫理でソクラテスのことを学び、
その中でソクラテスの思想に「無知の知」というものがありました。

ソクラテスは、
「あなたは自分の無知を知らないが、私は自分の無知を知っている(=無知の知)」
と習いました。

しかしここで思うのが、
ソクラテスは自分が無知であると言うことを知っていると言いましたが、
これを同じく返されたらどうなるのでしょうか?

ソクラテスは無知について知っているとは言えないのではないでしょうか?
ソクラテスに対して、
「あなたは実は無知であることを知らない」
と返した場合無知の知は無くなってしまうのでないでしょうか?

Aベストアンサー

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

ソクラテスは考えます。
俺が一番賢いわけがない。


ソクラテスは、この神の言葉は間違いであることを証明しようと試み、自分より知者であると思われる、評判高い人々を訪れるわけです。その人達の職業は詩人であったり大工であったり様々です。


ソクラテスは彼らが自分よりも知者であることを期待して訪ねたのですが、話をしてみるとどうも勝手がちがいました。


といのも、彼らは確かに専門的な知識はソクラテスよりも優れていました。しかしそれに奢って
「徳であったり、本当に善いものに関する知識」
を持っていないにも関わらず知ったかぶりをして話をしていたのです。


その一方で自分は、徳とか善きものについて知らないということを自覚している。
その点で彼らよりも自分は賢い。
ソクラテスはそう考えました。


ここでソクラテスに初めて「無知の知」が自覚されます。


「無知の知」は「不知の知」とも表記されていて、私は後者の方がしっくりきます。

といのも、
「知っているものが何も無い」
という状態ではなく
「知らない(不知)ということを知っている」


と解釈しているからです。

ですから、質問者さんが問うように
「ソクラテス、あなたは無知(不知)を知らない」
と言われれば、きっとソクラテスは
「いや知っている、自分は善とか徳については何も知らないことを知って(自覚して)いるよ」
と答えると思います。


付け加えるなら
「ぜひ教えてくれないか、君も知らないならば一緒に探求しようではないか」
とも言いそうです(笑)



気になるようでしたらぜひ『ソクラテスの弁明』を実際に読んでみてください。文量は多くないので気軽に読むことができると思いますよ。


長文失礼しましたm(__)m

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

ソクラテ...続きを読む

Qフランク交響的変奏曲の良い盤を紹介下さい。

表題の通りですが、特に、18番の
Variation From Rhapsody On Thema Of Paganini Op.43
が感動的な演奏となっている盤をお願いします。

Aベストアンサー

先ず、フランク交響的変奏曲とVariation From Rhapsody On Thema Of Paganini Op.43は全く違う曲ではないでしょうか?

前者は特にCDが少なく(私自身は彼独特の循環形式が盛り込まれた渋いいぶし銀とでもいえる晩年の傑作だと思いますが)、カサドシュ(Pf)、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(CBSソニー)や、ワイセンベルク(Pf)、カラヤン指揮ベルリン・フィル(東芝EMI)などが良いかと。

後者、ラフマニノフの(特に最後の第18変奏)感動的な演奏といえば、何と本人自身がピアノを弾いている貴重な盤があります。一聴の価値はあるでしょうね。
http://www.voiceblog.jp/andotowa/285429.html


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