僕は父方の祖父に一度しか会ったことがありません。

母の話によると、小学校1年生ごろ父の実家に行った折
おじいちゃんの大事にしていた池の鯉を
ひもの先にチューインガムをつけた物で釣ろうとしていたそうで
母が止めたのですが、おじいちゃんは「いい、いい」と言って
ニコニコ笑っていたそうです。

他にも孫(いとこ)はいっぱいいるのですが
彼らはそんなこと許されません。
遠く離れていて普段会えない僕を
特別可愛がってくれたのかな、申し訳ないことをしたな
と、今思います

みなさん、おじいちゃん、おばあちゃんに
どんな想い出がおありですか?

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A 回答 (10件)

母方の祖父母はとても厳しい方たちでした。


けれど私は初孫で、可愛がられていたが故の厳しさだったのですけれど。

週に2、3日は私の実家に遊びに来ては、働いている母(つまり祖父母からしたら娘ですね)
を気遣って、庭の草取りや、犬の散歩や、洗濯物を取り込んでくれたりしていたのですが、
私が単身上京して暫く経って、母からから「最近おじいちゃんが来ないんだよね」と聞かされました。
具合が悪く、ご飯が食べられず、だるいだるいと言っては寝ている生活だとか。
また極度の病院嫌いで、祖母が言おうと母が言おうと病院には行かなかったそうです。
「ここは初孫の私が!!」と週末を利用して実家に帰省し、祖父に逢いに行きました。
「私が連れてくから病院行こう?」
そう言うと、「じゃあ行くか」って言ってくれて。
その足で病院に連れて行きましたが、癌とのこと。
開腹してしまった為、癌細胞が空気に触れて繁殖し、2週間も経たない内に
そのまま亡くなってしまいました。

私は今でも祖父を病院に連れて行ってしまった事をずっと悔やんでいます。
連れて行かなければ年寄りの癌は進行が遅い為、もう少し生きていたかもしれないのに、
祖母が淋しい思いをしなくて済んだのに、という思いが強いからです。

しかし、葬儀に訪れた親戚一同には祖父を説得して病院に連れて行った事を大感謝されている・・・という複雑な思い出です。
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この回答へのお礼

●>私は今でも祖父を病院に連れて行ってしまった事を
●>ずっと悔やんでいます。

違うと思います。

上手くいえないけど違いますよ。

●>もう少し生きていたかもしれないのに
●>祖母が淋しい思いをしなくて済んだのに

確かにそうかもしれないけど・・・

ほかの人に無理矢理病院に連れられたんじゃなくて
大好きなお孫さんに説得されて、納得して行ったんだから
病院嫌いより、ずっとolivieさん好きだったんだから。
やさしい孫に心配してもらって、おじいちゃん嬉しかったと思うし、
おじいちゃん、後悔してないですよ。絶対。だから、、、。

なんか上手くいえないけど

すいません。

ありがとうございました

お礼日時:2005/04/22 16:39

父方の祖父母は私が生まれる前に他界、母方の祖母も他界していたので、私にとっては唯一母方の祖父が居ました。


私の母親は高齢出産だったので、生まれた時点で祖父は既に75歳でした。
同居はしていませんでしたが住んでいるのが隣町だったこともあり、子どもの頃はよく自転車に乗って色んな所に連れて行ってくれました。
例えば、病院(笑)スーパーのエスカレーター(笑)ただちょっと飽き性なのが玉に瑕で・・・そのまま叔母宅へ預けられたりなんてしょっちゅうでした。
そうそう、よく寝ていましたわ。祖父の家の庭で遊んでいて側溝(子どもの背丈より深い)に落ちた時、必死に助けを求めても助けに来る気配なし・・・何とか這い上がって祖父の姿を探すと案の定寝ていました。子ども心に「仕方ないか」と思ったものです。

今から10年前にその祖父も他界してしまいましたが、100歳近くで大往生でした。亡くなった日も4/1で最後の最後まで印象深い方で時々家族で笑い話として思い出しています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます

●子ども心に「仕方ないか」と思ったもの・・・
なかなかファンキーなおじいちゃんですね。
憎めないっていうか、かわいいっていうか。
こういうおじいちゃんと触れ合うのは
孫にとって楽しかったでしょうね
こんなおじいちゃんになりたいです。

rose-maryさん、ありがとうございました
御礼が遅くなってすいません
<(_ _)>

お礼日時:2005/05/10 18:30

うちのじいちゃんは、年寄り扱いされる事が嫌いだったみたいです。



じいちゃんが「最近、白髪が増えてきた」と嘆いていたとか…
息子である私の父には白髪が多くあり、叔父は頭が薄く…
息子や娘に既に白髪あったり、頭が薄くなってるのに、何言ってるんだか…とみんなで笑った事があります。
勿論、本人の前じゃないですけどね。
そう言えば、じいちゃんは、髪はふさふさだし、染めてるのかと思ってたほど黒々してました。

ばあちゃんの葬儀の時は、自分の息子や娘の所に、じいちゃんは孫の所にやたらと現れました。
現れたといっても、気配だったり足音だったりですが…

母方の祖母は、まだ元気です。毎年うちに遊びにきては、「もう最後かもしれん」と言って帰ります。
かなり天然なばあちゃんでして…その血を母、妹がしっかり受け継いでおります。
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この回答へのお礼

おじいちゃんおばあちゃんの子供っぽいところって
なんか微笑ましいですよね。

●>じいちゃんは、年寄り扱いされる事が嫌いだった・・・

恥ずかしながら我が父母は、孫(甥っ子姪っ子)に
「パパ、ママ」と呼ばせております

(-_-)ゞ・・・ったく。

mikarin624さん
御礼が遅れてごめんなさい
天然ばあちゃん、大事にしてあげてください
ありがとうございました
<(_ _)>

お礼日時:2005/04/25 21:21

思い出と言うか、笑い話なんですが・・・^^;



昔、今は亡きおじいちゃんが何かの病気で(小さい頃
の事なので何の病気かは覚えてません)入院していたんですが、母と兄と一緒にお見舞いに行ったときに僕はおじいちゃんにこう言ったそうです・・・

「なぁなぁ、じいちゃん。いつ死ぬん?」

いくらちっちゃい頃とは言え・・・|||○rz
もちろんおじいちゃんの事嫌いだったわけでもなく、早く死ねと思っていた訳でもなかったんですが^^;

今でこそ笑って家族と話すことができますが、じいちゃんショックだったろうな~・・・
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この回答へのお礼

子供の無邪気さって、ときどき残酷だったりしますね。

でも、子供のいうことですから
おじいちゃんも気にしていらっしゃらないと思いますよ。
きっと。

・ ・ ・たぶん。

zasikiinuさん、お礼が遅くなってごめんなさい
ありがとうございました

お礼日時:2005/04/25 20:56

信じていただけないでしょうけど・・・。



その1:父方の祖父が亡くなって初めてのお盆の入りの日の出来事です。会社の帰り道(まだ、うっすらと明るい時間帯)、私が信号待ちをしていると、通りの反対側にボーっと光の輪が見えました。青信号になったので通り(東京の環状6号:山手通り)を渡ると、その光の輪は祖父でした。

「どうしたの?おじいちゃん」と言うと、祖父は戸惑ったような表情でこう言いました。
「お盆だから帰ってきたけど、どこへ帰っていいのか分からないんだよ」と。
家に帰って母に報告すると、突然「あっ!迎え火を焚いてない!」と言うのです。

その2:同じく父方の祖父が住んでいた家を取り壊すことになりました。ある晩、私の夢に祖父が現れこう言いました。
「家を壊すことは知っているし、仕方ないことだと分かっているよ。でも○○(私の父、つまり祖父の息子の名)から、一度も報告がないんだ。」
これも翌朝すぐに父に報告し、仏壇に報告をしたところ、その夜「ありがとう」と祖父に言われました。

その3:母方の祖母が亡くなった時、私の腕時計がその時刻で止まりました。
「思い出」じゃなくて、ヘンな投稿でごめんなさい。
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この回答へのお礼

残念ながら、僕にはこういう経験がありませんが、それはきっとおじいちゃんと過ごした時間が、とても短いからなのでしょうね。

neko0305さん、ありがとうございました

お礼日時:2005/04/22 14:51

父方の祖父とは同居しいていました。



全盲で、歯が1本もないのに、入れ歯もせずに何でも食べていました。
いつも、タバコ盆に入れた『わかば』を吸っていて、お駄賃をもらっては
お遣いに行っていました。
小学生の高学年になっても早寝の祖父と一緒に床に入り、しぶい昔話(忠臣蔵
など)を聞きました。中学生になると、祖父のお財布からこっそり借金したり
して...........。

就職して実家を離れていた私が、その年度で退職して実家に戻り、
ボケかかった祖父の世話を、母と交代でしようと言っていた矢先、自宅で
ポックリと逝ってしまいました。87歳、大往生でしたね。

壁掛けのボンボン時計のネジを巻く係でした。
『おじいさんの古時計』の歌を聴くと、この祖父を思い出して涙が出ます。
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この回答へのお礼

g-g-canadaさん、ありがとうございます

同居していらっしゃったのなら、たくさん想い出があるのでしょうね。

●>壁掛けのボンボン時計のネジを巻く係・・・
うーん、切ないけど、いいなぁ。

素敵な想い出、ありがとうございました

お礼日時:2005/04/22 14:44

父方のおじいちゃんが朝、犬の散歩に行ってセミの抜け殻や


羽を乾かしているオニヤンマ(トンボ)を採ってきてくれました。
羽を乾かして飛んで行くんだと教えてくれ、飛び立つまで
ずっと眺めていた覚えがあります。

母方のおじいちゃんは実の祖父ではないものの、
血のつながりを感じさせない接し方をしてくれました。
戦争の話などもしてくれ色々考えさせられることもありましたが
やっぱりとてもやさしい人でした。

もう会えませんが、法事や里帰りの度に仏壇で話し掛けています。

質問者さまのおじいさまも普段会えないからこそ
余計に可愛いくて仕方がなかったのでしょうね。
素敵な思い出をきかせてくれてありがとうございます。
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この回答へのお礼

おじいちゃんって、何でも知ってましたね

おじいちゃんが魚を釣ってくれたのですが
竿を使わず、船から糸を垂らして釣るんです。
子供の目からは、まるで魔法のようでした。

おじいちゃんって不思議でした。

BELL-wonwonさん、ありがとうございました

お礼日時:2005/04/21 19:20

おじいちゃんの財布から50円取って、「アイスクリームでも食べな」とおばあちゃんがよくくれました^^;



いつまでも言葉を発しなかった私が何かを言ったら「喋ったぞ」とおじいちゃんが、おばあちゃんに言ったそうです。
それに対しておばあちゃんは「そんなわけない!」と言ったそうな^^;

「おやつ」というものはなかった時代ですが^^;、唯一、おばあちゃんがいつも作ってくれたおやつがあります。
田舎に帰ると必ず作ってくれましたね^^

大きなムカデが自分の足に居るのを見つけて、手で触ろうとしたら、おじいちゃんが慌てて払いのけてくれたこともあります。
その後、そのムカデをおじいちゃんがこれでもか!ってほどやっつけてました^^;
(幼いなりに「何でそこまでするの?」と思いました^^;)

いろいろあるけど、確かに祖父母には怒られたことないですね。
でも、そんな中「これはしてはいけない」「これは言ってはいけない」など、どこかで教えてもらったようにも思います。
力のない祖父母が一生懸命何かをしていたら、手伝いたくなる→無言で手伝うというかんじで。
(小さい自分が手伝えることは限られてるはずなんですけどね^^;)

祖父は亡くなる前によく話をしてくれました。
話題は私の幼いころのことばかりですけど^^;
「へぇ」と思うことばかりでしたよ。
「跡を頼む」とも言われましたが、それはただただ聞くだけでした^^;
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この回答へのお礼

おじいちゃん、おばあちゃんの想い出が、たくさんおありなんですね。
とても羨ましいです。

■>でも、そんな中・・・どこかで教えてもらったようにも思います。
とても素敵なおじいちゃん、おばあちゃんだったんですね。

もっとたくさんいろんな話を聞いておけばよかったと、
今つくづくそう思います。

himeyuriさん、ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/21 18:43

私には3人のおばあちゃんがいます。

二人は血縁関係のあるおばあちゃん、もう一人は、母方のおばあちゃんのお姉さんにあたる人で、旦那さんを早くに亡くし、母方のおばあちゃんと同居していたんです。
そのおばあちゃんに対する想い出。
このおばあちゃん、やたらとシワが多く、子供心ながらに、「このおばあちゃんはもうすぐ死んじゃうんだろうなぁ・・・」と思っていました。血縁関係のあるおばあちゃんに対しては、全然そんな風に思っていなかったのに。
私がまだ幼稚園に通っている頃、おばあちゃんの家に訪問している際、鼻血を出しました。その時、このおばあちゃんがコットンをくれました。今普通にあるような純白なコットンではなく、漂白されていない白(すみません・・・、どういう色なのか、単語を忘れました・・・)のコットン。
そのコットン、おばあちゃんの形見だ・・・と思って、ずーっと大事にしまっておきました。
でも、おばあちゃんは、その後10年以上生きていました。
亡くなってから13年の月日が経ちますが、今でもそのコットンは持っています。
なんだか不思議な想い出です。
ちなみに、このおばあちゃん、桐のタンスを持ってお嫁入りし、亡くなってから紆余曲折あって、そのタンスを私がもらうことになりました。時価総額300万くらいのものだそうです。
でも、そのタンスより、コットンの方が、私には大切な形見です!
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この回答へのお礼

そうなんですよね。
形見って、いろいろ謂れがある高級なものじゃなくて
そのときの気持ちとか匂いとかイメージが瞬時に甦ってくる、
そんな品ですよね。

でもタンスも大切にしてくださいね。
そしていつか、canda790825さんの孫か、親戚の子かに、
3人のおばあちゃんの想い出と一緒に伝えてあげてください。

とてもいいお話、ありがとうございました

お礼日時:2005/04/21 18:35

まだ健在の祖母との思い出。

小さい頃、祖母の家に遊びに行くたびに、入れ歯を外して「○○って言って!」とおねだりしていました。当時の祖母は取り外し式の総入れ歯だったので、入れ歯を外すと口がシワシワになるのと、うまく発音できないのが楽しかったみたい^^;
(おばあちゃん、ごめんなさい m(_ _;)m )
今でも祖母の家に行くたびに「あんたは小さい頃、よくばーちゃんの入れ歯を…」と言われます^^;


祖父は私が生まれる前に二人とも他界していたので、記憶がありません。
私の母はバツ一の連れ子(つまり私)で父と再婚したのですが、初婚の父はバツ一の母との結婚を反対されもめていました。そのことを知らなかった父方の祖父の妹さんが、そのころに見た夢におじいちゃんが出てきたそうです。

「井戸で洗濯していたら、じーちゃんが5歳くらいの女の子と手をつないで歩いてきてね、『孫なんだ』って嬉しそうに紹介してくれた」

という内容です。その話を父のお姉さんに話したところ、結婚の話を聞いてとても驚いたそうです。だって、当時の私の年齢が5歳でしたから。

先日、実家に帰って整理したら出てきたといって、父がおじいちゃんの写真をくれました。初めて会ったおじいちゃん。今では私の宝物、そして会ったことはないけれどおばさんが見た夢の話は私とおじいちゃんの大切な思い出です。
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この回答へのお礼

逢ったことのない、血のつながらないおじいちゃんと孫が
結果的にお父さんとお母さんを繋ぎ止めた。
なんとも不思議で、そして素敵なお話ですね。

おばあちゃんはご健在の由、大切にしてあげてください。

orange_marmaladeさん、素敵なお話ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/21 18:24

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