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周恩来は中国の知識層中に尊崇に近い思いを持つ人が多いように思われます。
傑出した戦略眼を有し長期政略に優れた特徴があったと思うのですが、第一次天安門事件も彼の追悼作業から端を発した位です。

彼はNO2に徹し、毛沢東に軍事権を譲り、支え続けて来たと思うのですが、その後反毛沢東に変わりました。
なぜ周恩来の毛沢東観が変わっていったのでしょう?

A 回答 (4件)

何となく分かってきたような気がします。


私は今まで、彼に対して、完全に認識不足であったようです。

ちょっと、周恩来礼賛の伝記作家のような文章になってしまいますが、どうやら、彼は本当に偉大な政治家であったようです。

実は、周恩来は、最初から、毛沢東派などでは無かったのです。
しかし、彼は、毛沢東に、その卓越した実務能力を評価され、毛沢東の右腕とまで見なされるようになっていましたが、実は、彼の心中にあった、政治に対する基本姿勢は、民集こそ政治の基本というものだったのです。

それは、彼が若い頃留学していた、日本で培われたもののようです。
彼は、一高から、東大入学を目指しておりました。
その時に、彼が感銘を受けたのは、大正デモクラシーの旗手、東大教授吉野作造氏の唱える民本主義でした。
彼は、吉野作造氏の言う、民集こそが政治の基本という思想に触れ、その後、民集の為の実務中心の政治家となることを目指したのです。

そんな彼の卓越した実務能力は、毛沢東でさえも評価せざるを得ず、常に彼の右腕として行動しておりましたが、毛沢東の進める文化大革命においても、常にその、運動、闘争の勢い、慣性を見さだめ、路線偏向の極端化を内部から制御し、円滑な転換を用意していくことが彼の内実であったのです。
実際、文化大革命に際しては、暴走の抑制と収拾、被迫害幹部の保護に全力をあげました。

彼は1976年に亡くなるまで、毛沢東の信任のもとに執務を続け、国務院総理在職のままその生涯を終えました。
しかし、その間も、毛沢東の威光を傘にして中国全土の制覇までをも目論んでいた、毛沢東の妻である江青は、ことごとく彼を失脚させようと画策しておりましたが、彼の余りに卓越した実務能力の前には、さすがの江青でさえも、手が出せませんでした。

当時、抑圧統制されていたと思われている中国人民でさえも、周恩来の偉大さは、周知のことだったのです。
そして、彼の葬儀の際、多くの人民が涙を流す中、一人帽子を取らず、死者に敬意さえ表さない江青の不遜な様子が全国放送されました。

人民の江青への怒りは一気に爆発しました。
周恩来追悼のため天安門に集まった民衆は、江青打倒のデモ隊と化し、その後の解放運動へのきっかけとなったのです。

う~ん、何だか、私は急に、周恩来シンパの伝記作家にでもなってしまったようですねぇ。
いやー、それにしても、世の中、知ってるようで知らない事って、まだまだいっぱいあるようです・・・。
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NO.1です。



>江青、批林批孔運動、文化大革命などで調べるうち周恩来が毛沢東の忠実な犬といわれながら、最後に反毛沢東となったようです

なるほど・・・、ちょっと調べてみますね。

しばし、お待ちを。
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私も、周恩来は最後まで毛派だったと記憶しているのですが。


(もっともその裏で、失脚した同士たちをこっそり
 救済していたようですが)

反毛派に代わったというリソースを、教えてください。

この回答への補足

これは私の私見ですが、周恩来は晩年の毛沢東の行動に絶望していたのではないでしょうか?
必死に支えてきたのに文化大革命という破壊的思想改革を始めて優れたブレーンを権力欲の為犠牲にしてしまい、折角の共産主義統一した国家を無にするのでは?と危惧したのではないかと考えたのです。

彼の行動を見ますと、毛沢東なき後の政治組織をどう描くかの布石を開始していたように考えられるのですが・・・

補足日時:2005/04/24 15:04
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すみません、鄧小平ではなくて、周恩来ですか?



私の認識では、周恩来は最後まで毛沢東派であったと思っていたのですが・・・。

今も、ちょっと自信がなかったもので、百科事典等を調べてみましたが、周恩来が反毛沢東に変わったというような記述は見つけられませんでした。

鄧小平ということであれば、分かるのですが・・・。
すみません、私の認識不足かもしれません。

この回答への補足

江青、批林批孔運動、文化大革命などで調べるうち周恩来が毛沢東の忠実な犬といわれながら、最後に反毛沢東となったようです。
その真相やいきさつが良く理解できないのです。

補足日時:2005/04/22 15:31
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Qなぜ鄧小平は完全抹殺まではされなかったのか?

鄧小平について教えてください。

文革期の失脚時の党籍留保の温情処分は
毛沢東の意向が働いてのことのようですが、
第一次天安門事件での失脚時に、
なぜ職務剥奪に留まる中途半端(と思える)処分で済み、
党籍剥奪や逮捕といった完全抹殺までされずに済んだのでしょうか。

権力闘争相手の四人組が非情ではなかったからなのか、
このときも晩年の毛沢東の意向が働いたのか、
調べてもいまひとつわからず、モヤモヤしています。


教えていただけますと幸いです。
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

>なぜ鄧小平は完全抹殺まではされなかったのか?

先ず結論から申し上げますが、最初の失脚時同様、鄧小平を温存しようという毛沢東の思惑が明確に働いていた、そう考えるのが妥当であろうかと思われます。

そもそも鄧小平は革命第二世代に当たり、つまりは毛沢東の地位を脅かす存在ではなく、そして何より当時の中国共産党には、思想家は掃いて捨てるほど存在したが、実務に堪能な人材が誠に少なかった。
その稀少な人物の筆頭が周恩来でありましたが、実のところ毛沢東は周恩来をこそ、粛清したかったようです。

但し賢明な周恩来は粛清される口実を与えなかった、加えて当時の中国共産党には、彼に代わる実務者・人材が見当たらず、更には民意の圧倒的支持は、文化大革命に一定の距離を置いていた周恩来にありましたから、自らの保身の観点からみても断念せざるを得なかった。

依って周恩来への数少ない対抗馬として鄧小平を温存した、最初の失脚に際して鄧小平への不完全な処分はその構図であり、第一次天安門事件での失脚時もその延長線上にあった、そう考えるのが合理的な推測かと思われますが・・。

四人組の存在もまた然り、彼らのレゾンデートルは周恩来への牽制にこそあった訳で、毛沢東の意志を無視して、鄧小平を完全抹殺出来るほどの権限の委譲が無かった、そう考えるのが妥当なのでしょう。

但し一方に於いて、第一次天安門事件は、「周恩来追悼=四人組批判(その実毛沢東批判)」といった意味合いを含んでおり、それを沈静化させる為のスケープ・ゴートも必用であった訳で、その全責任を被らせる事が可能な、周恩来派を象徴する大物という事で、粛清の槍玉に挙げられたのが鄧小平、そういう事であろうかと思われます。

世に周恩来の取り巻きとの印象が強い鄧小平ですが、実のところ毛沢東・周恩来・鄧小平の間には、微妙な距離感があった、少なくとも毛沢東が見る鄧小平は、思想性が希薄なテクノクラートであり、周恩来べったりの人物ではなかった、私としてはそう考えますが・・。

>なぜ鄧小平は完全抹殺まではされなかったのか?

先ず結論から申し上げますが、最初の失脚時同様、鄧小平を温存しようという毛沢東の思惑が明確に働いていた、そう考えるのが妥当であろうかと思われます。

そもそも鄧小平は革命第二世代に当たり、つまりは毛沢東の地位を脅かす存在ではなく、そして何より当時の中国共産党には、思想家は掃いて捨てるほど存在したが、実務に堪能な人材が誠に少なかった。
その稀少な人物の筆頭が周恩来でありましたが、実のところ毛沢東は周恩来をこそ、粛清したかったようです...続きを読む

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q東大の理1と理2の違いは?

僕は次から高1になるのですが、大学は東大の理系を考えています。
理3が医学部だということは分かっている(し、行く気はない)のですが、
理1と理2の違いがあまりはっきりしません。
学部進学の際、どのように振り分けられるのですか?
できれば具体的な人数なんかのデータがあればいいのですが・・・。

Aベストアンサー

>工学が1、農学が2、理学部ではそんな変わんないって感じでしょうか。

理学部はひとくくりにできませんよ。
物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。
#2で示した集計表のとおりです。
細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。

大まかなことを言えば、#2の文中に示した進学振り分けについての資料にありますが、
理科一類 工学部・理学部・薬学部・農学部
理科二類 農学部・理学部・薬学部・医学部・工学部
↑は、それなりに人数比率も反映した順番になっていて、理1なら工・理が大部分を占めるし、理2なら農・理・薬が大部分を占めます。

ここまでいろいろ書きましたが、どちらかというと、momomoredさんには#2の集計表とにらめっこしてほしくありません。
むしろ、大学側からの「進学のためのガイダンス」(http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/guidance/H16_html/index.html)や、#2の進学振り分けの資料の中の各学部の紹介とか、あるいは、各学部のホームページ(学部ごとにホームページをもっています)を見て、できれば研究室のホームページまでチェックして、具体的に何がやりたいか、そしてそれをやるためには東京大学のあの研究室で学びたいんだ、ということをしっかりと意識することのほうが大切だと思います(それがなかなかできないわけですが…ハイ)。

あくまで#2の集計表とかは参考までにね。#2で書いたように、入ってから行きたくても行けない学部・学科なんてものはほとんどないですから(文転もありですよ)。
目標高く勉強のほうがんばってください。

>工学が1、農学が2、理学部ではそんな変わんないって感じでしょうか。

理学部はひとくくりにできませんよ。
物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。
#2で示した集計表のとおりです。
細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。

大まかなことを言えば、#2の文中に示した進学振り分けについての資料にありますが、
理科一類 工学部・理学部・薬学部・農学部
理科二類 農学部・理学部・薬学部・...続きを読む

Q中国人は毛沢東が好きですか?

最近、ワイルドスワンという小説を読んで、疑問に思ったんですが、中国人は歴史的に見て、毛沢東という指導者についてどういう評価をしているんでしょう?私は彼が行ったあまたの政策のあまりのひどさになんていう政治家だったのだろう、と、ただただびっくりしているのですが、いまだに天安門広場には毛沢東の肖像画が掲げられてあったり、建国の父として、一応中国では尊敬される人物なのですか?また彼の妻の江青についてはどう評価されているのでしょう?
文革などあまりにひどいと思うのですが、、、まだいまだに毛沢東批判などはタブーなのでしょうか。

中国の歴史には初心者なので、どなたか分かりやすく説明して頂けるとうれしいです。

Aベストアンサー

中華人民共和国は毛沢東が率いる中国共産党が建国し、支配する国です。中国共産党が毛沢東を否定することは、自らを否定することですのでそれはできません。

中国共産党は、毛沢東が犯した過ちについては「全て無視する」ことで対応しているようです。即ち、毛沢東の過ちについては学校で教えられることもマスコミで取り上げられることも本に書かれる事もありません。

中国に言論の自由はありません。新聞も出版社もインターネットも全て政府が統制しています。政府に都合の良い情報しか、エリートでない一般国民には伝えられません。毛沢東時代を経験していない中国の若い世代は、毛沢東が何をしたのか、毛沢東時代の中国がどうだったのか正確なことは知らないでしょう。

日本人などの外国人は毛沢東の過ちを知っていますから質問者様のような疑問を持ち得ますが、毛沢東の過ちを知らなければ、素直に「毛沢東主席は建国の父なんだ」と考えるでしょう。

中国でどのような歴史が教えられているかについては、下記のような本があります。

逆検定 中国国定教科書
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31584528

中華人民共和国は毛沢東が率いる中国共産党が建国し、支配する国です。中国共産党が毛沢東を否定することは、自らを否定することですのでそれはできません。

中国共産党は、毛沢東が犯した過ちについては「全て無視する」ことで対応しているようです。即ち、毛沢東の過ちについては学校で教えられることもマスコミで取り上げられることも本に書かれる事もありません。

中国に言論の自由はありません。新聞も出版社もインターネットも全て政府が統制しています。政府に都合の良い情報しか、エリートでない一...続きを読む

Q創価学会って実際、なんですか?(長文です)

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私とはもうつき合えない、と言います。人に聞いてみても、創価学会に対して良い感情を持つ人はいないようです。

私自身、学会には色々矛盾を感じています。
でも、彼にそこを聞いても、世間の間違った思い込みだと言われます。

私は仏教には関心があるのですが、創価学会も仏教なんですよね?
それなのに、私には学会員が何を信仰して、何を目的としているのか
さっぱりわかりません。
学会員に聞いても、よくわかっていないようなのですが…
しかも仏教の教えについて批判さえしています。

それでは、創価学会とは一体なんなのでしょう?

そして、どうして非学会員のほとんどが学会を毛嫌いするのでしょう?

学会の方、非学会の方、両方の意見が聞きたいです…

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私と...続きを読む

Aベストアンサー

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いください。

創価学会は日蓮正宗各寺の信徒団体(各寺檀家の、寺をまたいだ横のつながり)だったものが、異様に大きく膨れたものです。本来の教義についてはNo.5様のおっしゃるとおり、オウムのような悪い考えではありません。どちらかというと、むしろ世界の平和を求めている宗教です(と、彼らは言っています)。
歴史的にはそもそも「日蓮」自体が排他的だったそうですし、「日蓮正宗(大石寺)」は「日蓮宗(身延山)」と袂を分かち日蓮の教えを正しく受け継いだはずですが、本来、日蓮正宗寺院の檀家であった創価学会は本山(大石寺)のご僧侶とも袂を分かち、もう10年位前に破門になっています(学会の仕切る葬儀には僧侶がいません)。
つまり、本来の日蓮正宗からも離れ、特定の個人崇拝になって、ますます排他的・独善的になっているということです。

私は仕事上のお付き合いでしたので、部外者の目で内部のことを見聞きする機会がとても多くありました。守秘義務がありますので、ここでその一つひとつを例示するわけには参りませんが、特定の個人とその周辺を中心にした組織の仕組みには、私個人としては首肯できないものがありました。No1様のおっしゃる「巨悪」が真実かどうかは存じませんが、さもありなんと思うところがあるのは確かです。

逆に、日常生活レベルではいいこともあります。
毎日朝晩、正座して背筋を伸ばして腹から声を出してお題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば、冬場に風邪を引きにくくなる程度のご利益はあるのではないでしょうか。まぁこれは冗談です。
学会では地域の会員達の集まり(各地の「会館」で行われるものと、もう少し狭い範囲の「地域の世話役」の自宅で行われるものとがあります)が頻繁に行われます。
組織も年齢、性別や職業(学生・主婦含む)で複合的になっていますので、複数の会合に出席することもあるようです。
昨今隣近所のお付き合いも減り、また、2世代3世代が一緒に暮らす大家族ではなくなりましたので、年寄りの知恵の伝承もなされず、例えば子育てをするヤングミセスにも苦労が多いと聞きますが、学会の地域での会合に出ることにより、フラストレーションが解消される、例えば子育ての先輩の知恵が伝承される、困った時に助け合える、何よりも同じ価値観を持つ仲間がいるなど、町内会やご近所付き合い的な効果により、彼らはとても明るい生活を送っています。

学会員は、それぞれ「仕事」と「家庭」の他に、地域社会でも熱中できる対象を持っているわけですから、それはそれで幸せなんだろうな、ちょっとうらやましい人生かもしれないな、などとふと思うことがあります。

これを、「だまされている」というのは簡単です。でも、これが宗教なのです。
創価学会に限らず宗教は皆そうなのですが、信じない人から見れば全く理解できません。価値の尺度が異なるので、私たちの判断基準と合わないのです。
インチの物差し(学会)とセンチメートルの物差し(一般)ではゼロ以外に一致する個所はありません。
偶然2本の定規の線がそろう所もあります。そこが一般社会との窓口です。
ですが、ゼロからの長さは同じでもインチとセンチですから、お互いに相手の尺度で測らなければ、やっぱり何だかよくわからないのです。
お香典を全部持っていってしまうのも、インチの世界に入って見れば、地元組織として一種の互助会的に対応していると言い換えることも出来ます。

一般に毛嫌いされるのは、「あなたのため」と、学会の考えを強要するように感じさせるからです。実は彼ら一般会員は善意なのですが、センチの領域に入ってこようとしないからです。
これは最初に書いた日蓮自体の排他的な歴史の流れと、第二次大戦中の弾圧への反動もありますが、昭和40年代ごろの全国的に行われた強引な折伏(これにより大きな組織になった)が、「学会は・・・」という評価を定着させてしまったことが大きいでしょう。

試しにインチの世界に入って見れば(1~2ヶ月一緒に活動して見れば)ひょっとすると何か分かるかもしれません。
ただ、No1様ご指摘のような、裏と表までは見分けられないでしょうが・・・
いやなら戻ってこられるうちに戻ってくればいいのですが、おそらくその時は彼とはお別れしなければなりません。きっと「金縛り」から逃れる時のように、思い切った動きが必要でしょうから・・・。みんな良い人たちだし、結構楽しいし、このままでいいやと思えば、あなたには新しい世界が開ける代わりに、今のお友達とは縁遠くなる可能性があります。

今の状態のままで結婚なさっても、ご両親が熱心な学会員であればいつかは入信することになるか、さもなければ価値観の相違に耐えられなくなるかのいずれかのような気がします。

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いくだ...続きを読む

Q台湾:蒋介石はなぜ崇められているのか

今度台湾に行くので、台湾の歴史をかじっています。
中正紀念堂など、台湾には蒋介石を記念する建物などがあります。彼は、二二八事件で多くの台湾人を殺害を容認したのに、現在ではどうして彼が未だ崇められている(?)のでしょうか?
反蒋介石とか、そういう立場で質問したわけではありません。どうしてなのかな?という小さな疑問です。
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、お願いいたします。

Aベストアンサー

台湾のことは台湾人に聞けば判ると思いますが、台湾には本省人、と外省人が住んでいます。外省人とは蒋介石が中国内戦で現政権の中共軍に敗れて台湾に逃げ込んで来た人々でその武力で日本統治時代に生活していた多数の住民を反抗出来なくしただけです。その証拠に最近まで戒厳令が敷かれていました。普通選挙が実施されたのも李登記総統が誕生してからでしょう。現政権の中にはまだ外省人が多数いるでしょうから蒋介石を擁護する勢力は強いはずです。台湾の高地住民の高砂族が日本軍として出征して戦死した人々を慰霊する慰霊碑の再建するため産経新聞が寄付金を集め再建したところ一部銘版を削除するよう圧力をかけられたり、まだまだ外省人勢力は強いようです。
今の経済を発展させたのは蒋介石の功績だなど本省人でそのように言った人は私は知りません。むしろ中国共産党政権が国連に加盟する時蒋介石は中国本土復帰など諦めて台湾独立を宣言しておれば現在の不安定な
状況は避けられたはずです。蒋介石が台湾人のためにどのような良い事
をしたかしりませんが、彼の政党の国民党資金源は全て日本統治時代の
政府施設、日本人私有財産等で莫大な財産が日本敗戦で転がり込んだため日本に戦後賠償を請求しなかったそうです。
最近台湾人が書いた本に日本統治時代は犯罪がない平和な世の中で夜中
でも戸締りせずに生活できる街であったが外省人が入ってきてからは犯罪が多発する街に変化したと書いてありました。台湾も韓国も植民地統治したとされていますが日本は現地人を日本人にしようとした政策をとっていました勿論日本人が有利な政策もあり差別があったのはのは事実ですが、台湾が日本統治後約10年で日本の税金を投入しなくとも自立経済を確立出来たそうですが、韓国は日本敗戦まで日本の税金を投入しつずけなければならなかったそうです。その国が一番の反日国で自立出来ていた所が一番の親日国とは皮肉なことです。台湾国内には日本人を顕彰する史跡などあり昔の日本精神が生きているのが台湾です。決して蒋介石を称える台湾人などいないはずです、彼自身が日本との戦争をやっていなければ今の中国共産党政権にならず彼の国民党政権になっていたはず、と後悔していたようです、彼の仲間の汪兆銘はこのまま日本と戦争していれば中国は共産党政権になると言って日本に協力したのですから。蒋介石が日本との戦争拡大がなければ日本の戦争突入も防げたし、台湾人虐殺も無かったでしょう。蒋介石を顕彰する中正祈念堂以外には何もないはずです。日本の広島の原爆記念碑に原爆を日本人が原爆投下したような記念碑があるようなものでしょう。彼等も過去のことはとやかく言っても仕方ないと、おおらかな精神の民族なのでしょう。

台湾のことは台湾人に聞けば判ると思いますが、台湾には本省人、と外省人が住んでいます。外省人とは蒋介石が中国内戦で現政権の中共軍に敗れて台湾に逃げ込んで来た人々でその武力で日本統治時代に生活していた多数の住民を反抗出来なくしただけです。その証拠に最近まで戒厳令が敷かれていました。普通選挙が実施されたのも李登記総統が誕生してからでしょう。現政権の中にはまだ外省人が多数いるでしょうから蒋介石を擁護する勢力は強いはずです。台湾の高地住民の高砂族が日本軍として出征して戦死した人々を...続きを読む

Qなぜ中国の国民は毛沢東のしたことに非難の声を上げないのか?

 毛沢東は生涯に7000万人もの自国民を死なせたと言います。(“マオ”を読みました)
 それも、昔の話ではなく、多くは日中戦争の後の話です。つまり、最近と言える時代に行われているのですから、それを体験し見てきた人が今も沢山いるということです。
 南京の30万の殺戮←事実だったと認めてもいいです。しかし、同胞を殺したのは70万人でも、700万人でもありません、7000万人です!日本軍がやった悪事の比ではない。
 それもヒットラーやスターリンがやったような秘密裏の粛清はなく、公開で見せしめに行われてきた。(「人が死ぬのはけっこうなことだ、土地が肥えるから、その上に植物を植えなさい」毛沢東語録より)
 共産政権の触れられたくない部分ですから、言論の自由が規制されていることは知っています。そのガス抜きでのために反日教育や抗日記念館の拡張・新設も進めていることも知っています。
 しかし、それにしても-----日本軍の悪事を非難するなら、同時に同胞の指導者がしたことにたいして、どうして中国民自身が非難の声を上げないのか不思議でなりません。
 民意が低いということなのか?有史以来、民主主義を経験したことのない国民だからですか?

 毛沢東は生涯に7000万人もの自国民を死なせたと言います。(“マオ”を読みました)
 それも、昔の話ではなく、多くは日中戦争の後の話です。つまり、最近と言える時代に行われているのですから、それを体験し見てきた人が今も沢山いるということです。
 南京の30万の殺戮←事実だったと認めてもいいです。しかし、同胞を殺したのは70万人でも、700万人でもありません、7000万人です!日本軍がやった悪事の比ではない。
 それもヒットラーやスターリンがやったような秘密裏の粛清はなく、公開で見せしめに行...続きを読む

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中国で起きている事が、グローバルスタンダードです。多分!
ソ連・中国・北朝鮮と社会主義国の末路はあんなものです。
何処も独裁や専制国家になっています。
言論の自由はなく、情報の統制も行われています。
反勢力はすべて粛清されています。
アメリカや日本のように指導者に文句を言えない国なのです。
言えば、確実に死が待つのみです。

反日教育により、民意を操作し、大虐殺をでっち上げ(ゲリラに対しての虐殺は在ったのかも知れません)いまだに、ODAの支援対象国!
そのお金でミサイルや兵器を作ったり買ったりしています。

あの軍事費の1割でも国民に還元すればよいのに!
ともあれ、国民をマインドコントロールしている国です。

マルクス主義を唱えた指導者、スターリン・毛沢東(の妻、江青)・金日成など大粛清を行った、独裁者ばかりです。
共産主義とは人間が強い理性を持っていることが、前提となっている思想です。

現在、共産国の歴史家はすべてプロパガンダであり、遠い将来に歴史家がどのように判断するか?というう事ぐらいしか私たちはいえないのです。
多分、最悪の独裁者ということに、なると私は思います。
毛沢東については、とりあえず政治能力は皆無、優秀な人間は追放か粛清となったため馬鹿な方策ばかりで失敗続き。

こんなことが言えるの日本に住めてよかったとつくづく感じます。
日本は、唯一、民間技術が軍事技術の上を行く国です。
各国は、軍事転用を狙い輸入したくてたまらないようです。

中国で起きている事が、グローバルスタンダードです。多分!
ソ連・中国・北朝鮮と社会主義国の末路はあんなものです。
何処も独裁や専制国家になっています。
言論の自由はなく、情報の統制も行われています。
反勢力はすべて粛清されています。
アメリカや日本のように指導者に文句を言えない国なのです。
言えば、確実に死が待つのみです。

反日教育により、民意を操作し、大虐殺をでっち上げ(ゲリラに対しての虐殺は在ったのかも知れません)いまだに、ODAの支援対象国!
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Q土日眠りっぱなし、これは病気なんでしょうか?

 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。
 まず、朝、起きることができません。昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。例えば、友達と約束をしていても外出することができません。着替えたり、髪型を整えるのが“大きなハードル”となり、『もう10分ゴロゴロしたら着替えよう。休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。
 つまり、土日はまるまる2日、ほとんど寝ているんです。熱はないし、食欲がない、いくらでも眠れる・・・という感じで、とにかく衰弱してるんです。今日も20時間ほど、トイレもいかずに寝ていました。
 月曜日になると、朝6時に起きて、始業時刻の1時間前には出勤し、12時間以上働いて帰宅します。平日はこの調子で金曜まで元気いっぱいです。でも、この土日になると、とたんに無気力になり何にもできないんです。この症状は、ここ数ヶ月続いており、夜に“見舞い”に来る友達は“1人暮らしゆえの甘え”だと言い呆れています。
 世間には、私のような人はいらっしゃらないでしょうか?ほんとに怖いくらい無気力になってしまうんですが、これって、病気ではないでしょうか?

 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。
 まず、朝、起きることができません。昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。例えば、友達と約束をしていても外出することができません。着替えたり、髪型を整えるのが“大きなハードル”となり、『もう10分ゴロゴロしたら着替えよう。休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。
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Aベストアンサー

私は病気でした。
同じように月曜から金曜までは仕事に行くのですが
土日は寝たきりでした。
結局、うつ病による過眠とわかりました。
当時は精神的落ち込みなど感じませんでしたが。
一度、受診なさることをお勧めします。お大事に。

Qいわゆる江戸時代の娼婦はどうやって避妊してたんでしょうか

コンドームのない時代にどうやってたのかな?
とよく思うんです。

事のあとで洗浄するとか、外出しですか?
(あの時代にはピンと来ない方法ですが…)
それとも妊娠の都度、堕胎したんでしょうか?

ご存知の方いらっしゃったら、教えてください。

Aベストアンサー

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなものと、女性用として御簾紙という薄い髪を丸めたタンポンのようなものとがあったそうです。いずれも紙製の頼りないもので避妊率は極めて低い、ほんの気持ち程度のものでしかなかったようです。
それでも妊娠すると堕胎する場合がほとんどだったそうで、場合によっては遣り手(遊女を取り仕切る年寄り女…「遣り手ババア」は吉原のこの役職の女性が語源)に強引に堕胎させられていたとか。当然ダメージを負った女性の中には性病や容姿の悪さなどで追いやられた遊女達と一緒に羅生門河岸という最下級の場所に送られたとか。

…というと江戸時代=昔=封建社会という背景も助長して「女性がとても虐げられている」というイメージが強いですが、実は江戸市中でも最も女性が強かった地域でもあるのです。特に花魁ともなると容姿はもちろん最高級の教育を受けた教養の高い女性であり、「源氏物語は、全部読んでありんす」というスーパーウーマンであり、それぞれの廓屋の看板であり、身分の高い武家階級や大金持ちの大店の主人を相手にするにふさわしい女性であったのです。
廓屋が大枚を叩いて徹底的な教育を仕込む所なんざ映画「プリティ・ウーマン」を思い起こさせますが、あの程度の金の掛け方では花魁の簪ひとつ分くらいじゃない?というくらい破格のものでした。今風に言えば伊東美咲に叶姉妹やマリエやデヴィ夫人や西川先生の持っているそれぞれ10倍くらいのものを与えちゃった、って感じです。
おまけにこれだけのスーパーウーマンだから、誰でも床入りできるような「安い女じゃない」のです。なんと花魁が気に入らなかったら床入りを拒否出来ちゃったんです。「いっくら金積んだって、あちきはあんたみたいな下衆とは、お断りでありんす」だったんですな。それだけに花魁目的で廓屋に通う男達は身だしなみに気を使いセンス良く知的におしゃれして花魁に気に入られようと必死だったのです。事実一生処女のまま生涯を閉じた花魁もいたのです。

それなりに格のある身分の遊女はおいそれと抱く事はできなかった、というわけですが…今の時代もそうですね。銀座の高級クラブはもちろん六本木の超有名キャバクラ嬢だって、気に入らなきゃ「おめえとなんか寝ないよ、バーカ」です。故杉浦日向子さんは「江戸時代の江戸市中は女性主導の社会だった」と指摘している通り、実は花のお江戸は女性によって成り立っていたようです。それが男尊女卑に一変したのは明治維新以後…長州と薩摩の習慣が入ってきたせいかなぁ、と個人的には考えています。
もちろん廓屋という特異な世界では劇になるような悲惨な面もありますが、実は現代とさほど変わらない面もたくさんあるんですね。

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなもの...続きを読む

Qなぜ中国は北朝鮮をかばうのですか

中国は北朝鮮にあまり厳しい態度をしないみたいですが、なぜ中国は北朝鮮をかばうのですか?
仲良しな国なんですか?

それとなぜアメリカはイラクの独裁政権をやっつけたみたいに、北朝鮮の独裁政権をやっつけないのですか?

Aベストアンサー

まず中国ですが、中国は北朝鮮と国交のある数少ない国の1つです。同じ共産主義政権という事もありますし、共産主義独特の思考で「同志」をかばうのは、これ当然の事なんです。

かつて連合赤軍や赤軍派・京浜安保共闘・反日武装戦線グループが日本の共産化を目指し、あちこちで犯罪を犯しましたが(よど号ハイジャック事件・ダッカ事件・連続企業爆破事件・あさま山荘事件・塚田銃砲店襲撃事件・M作戦・クリスマスツリー爆弾事件など)、結局彼らのした事は鎮圧・制圧されました。こいつ等も仲間を「同志」と呼び、裏切り行為があれば、リンチにかけて激しい制裁を加え、挙句殺してしまうところまでいっています。中国が死刑を強硬に行うのは、所謂、同志の「裏切り行為」に対する制裁と見せしめです。おっかないんですよ、中国って。日本でも共産党委員長になった宮本顕治元議員も同志を殺害したという事実があります。とにかく危険な主義・思考なんです。


アメリカが北朝鮮の独裁政権を潰せないのは、イラクの時みたいに大量破壊兵器を持っているのは分かってはいるんですが、問題はその兵器にあるんです。CIAが入手した情報によれば、核ミサイルは勿論、生物兵器・細菌兵器という怖っそろしい武器をゴロゴロ持っているからです。それと並行してアメリカは北朝鮮に対し「攻撃」の大義名分を持っていない。それがアメリカが北朝鮮に対し攻撃できない理由なんです。もしアメリカと北朝鮮が戦争状態に突入したら、アメリカの同盟国である日本にも甚大な被害が出ると、きちんと計算してるからなんです。それと中国にも。


北は中国の言う事なら何でも「ハイハイ」と聞きます。それでアメリカは今懸命に中国を通して北を何とかしろと影の部分で交渉しているのですが、先にも書いた通り、北と中国は「同志」。かばっているからいつまで経っても進展が無いんです。

まず中国ですが、中国は北朝鮮と国交のある数少ない国の1つです。同じ共産主義政権という事もありますし、共産主義独特の思考で「同志」をかばうのは、これ当然の事なんです。

かつて連合赤軍や赤軍派・京浜安保共闘・反日武装戦線グループが日本の共産化を目指し、あちこちで犯罪を犯しましたが(よど号ハイジャック事件・ダッカ事件・連続企業爆破事件・あさま山荘事件・塚田銃砲店襲撃事件・M作戦・クリスマスツリー爆弾事件など)、結局彼らのした事は鎮圧・制圧されました。こいつ等も仲間を「同志」と呼び...続きを読む


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