子供のいない兼業主婦です。
昨日主人と意見が分かれたので
みなさんにご意見いただきたく質問させていただきました。

私は小さい頃、いけないことなどをすると親は殴る蹴るという行為をしていました。口で言っても言うことを聞かなかったからだと思っています。
あとは、親からしたらそういった育て方をしてきたので、育児に暴力は当たり前だと思っていたようです。

一方主人は親が手を上げたことは一度もないのです。お父さんにも殴られたりした経験がないと。確かにとてもやさしいご両親なのです。結果、夫は優しく育ちましたが、愛情をもって手を上げることを知らないと感じます。

子供ができたら手をあげるかあげないかでケンカになりました。私は口で言ってもわからなかったら(言い方をかえたりしても)、手をあげると思います。
でも殴られるなどして痛い思いをしたので、もうあの痛い思いはしたくないと思い、やらなくなったことも多かったです。
本気で叱っていることもわかりました。
(母→しょっちゅう叱っては殴る。父→本当に怒った時だけ年に数回殴る)

みなさんは愛情をもった暴力はするのでしょうか?ひっぱたくとか、そういう行為はしないのですか?
どのくらいまで(ペチッとたたく、げんこつでなぐる、ほっぺたをひっぱたくなど)ならOKしているのでしょうか?
子供ができても、主人は手をあげたりはしないと。
でも本当にいけないときは、やっぱり手をあげることは必要だと思っています。

個人的な考えで結構なので、ご回答等よろしくお願いします。

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A 回答 (33件中1~10件)

私も投稿者さんと同じような家庭で育ちました。


母は厳しくて、殴る蹴る、つねる、物を投げつける、戸外に追い出す、食事を抜く、
などの罰がしょっちゅうでした。
今だったら虐待かもしれませんが、母は愛情を持ってしたことだと、
後悔はしていないようです(厳しすぎたとは認めましたが)。
でも子供ながらに、母はストレスをためていて、どうしようもないんだ、
自分が受け止めるしかないんだとわかっていて悲しかったですね。
本当に怒っていて、わかってほしいからたたくときはちゃんと伝わります。
逆に親が機嫌が悪くて怒りを抑えられずにいるときもちゃんとわかります。
そうした経験から、私は、子供に手をあげるときは、愛情を持って叱ろう、
本当に必要なときだけやろうと決めました。
絶対に子供に手をあげてはならないと思う人もいるでしょうし、
そうした人に押し付ける気はありませんが、本当にわかってほしい
ときには子供はわかろうとしますし、だからこそ言葉ではない、
「痛み」が必要なのだと私は思っています。

あと、男の子か女の子かも大きいかなと思います。女の子は
情緒の発達が早くて、言ってわかることも多いのですが、
男の子、特に2-3歳はものすごい活発なわりに情緒が幼すぎ、いくら言っても
(何百回言い聞かせようが、怒鳴ろうが)きかないってことも
よくありますので。
13番さんのようにお友達に乱暴したり(うちもそうでした)、
あまりに危険が大きいときは、私もおしりをたたきます。
たたくときはしっかりたたきます。ワアワア泣きますが、
私も泣いて怒ります。そうすると泣きながらも、親の感情を理解するようです。
13番さんと同じように私も悩みますが、後悔はしてません。

たたくことは非常手段だと思ってます。いつもやっててはいけないし、
中途半端でもいけないし、ここぞ、というときに出す
切り札みたいな感じです。

ご主人とは、やはり話し合いが大事だと思います。
産まれてみて、そうした事態になったときに、
ご両親で話し合って、お子さんに一番合った対処法を決めるのがいいと思います。
長々とすみません。参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうござます。

質問者さんと、ほぼ同じ環境だったなと感じました。
私も愛情をもってしたことと、ストレスを子供を殴ることで発散していたことも感じていました。

だからなおさら、私をストレスのはけ口にして殴っている!と、母を憎むこともありました。
(父はそういったことがなかったのですが)

でも、母も育児で辛かったのだと思います。
我が家は単身赴任だったので、母が父親役もしていたので、自分に負けないよう、なんとか子供たちを育てなければ!と必死だったのも感じます。

そういう姿が愛情だからこそ、あのストレス発散の暴力も受け入れることができるのだと思います。
ということは、愛情の割合が多いことで
多少ストレスからくる暴力があっても
子供とはうまくいくものなのだなと感じました。

でも、自分もやっぱりストレスによって手をあげることはしたくないと思います。
実際どうなるかはわからないのですが、できるだけ、「今、手をあげたことは、子供のために必要だったことなのか?」と、感じることも大事だと思いました。

>私も泣いて怒ります。そうすると泣きながらも、親の感情を理解するようです。

叱ることは辛いですものね。
でも今甘やかしてしまうのは、子供の今後のためによくないと思いますし。
そんな葛藤も、ちゃんと伝わるのだと思ったら、手をあげることが頻繁でない限り、必要な範囲では手をあげてもいいなと思っています。

主人は「俺が殴られたら『痛い』としか思わないかも」と言われました。
けれど、体をはって子供をなんとかしなければ!という姿勢はわかってくれているので、その育児に対する気持ちも、主人に伝わっていくかも?と思うと、手をあげるあげないの問題も、少しずつ解決していくかも?という気がしました。

お礼日時:2005/04/23 12:32

>お恥ずかしいのですが、私は蹴るも殴るもお尻をたたくも、手をたたくも経験しており、すべてが同じように感じています。


>つまり、いけないことをしたとき、なんらか親は手をあげてぶってきたというか。。。

mayuclubさんのお礼などを読んでいて感じたことですが、やっぱり「連鎖」っていうのはあるものだなということです。
された人にはそれが普通になってしまうのですね。だから怖いんだと思います。躾で殴る、蹴るは普通のことではないということをまずは知っていただきたいということです。

>蹴りあうことは、そんなに危険だと思わないのですが・・・
>これが、相手のおなかや顔をめがけてだったら問題外ですが、場所によっては安全かと思いました

場所によって安全か、痛いかとかそういう問題でないような気がします。
なぜお尻をたたくのは悪いイメージがないのでしょう?私なりに考えてみたのですが、お尻が他の場所よりも鈍感だということもあるでしょうし、躾として叱るために一呼吸おいてから叩く場所として適切なのかもしれません。
感情的に「怒る」人がわざわざお尻を叩くというのは少ないでしょうからね。感情的になると、頭や顔を叩いたり、とっさに足が出たりするでしょうから。

そういう意味で、愛情もって叱るのなら、親も冷静に一呼吸おき、お尻を叩くというのが理想だと思っています。

自分がされていたことが普通ではないという認識を持っていただきたいです。
これだけの回答のなかで、殴る蹴るもありという人はほとんどいないでしょう?

#30さんのご意見もごもっともだと思います。子供は親がすべてだから、殴られても求めてきます。それを「子供は強いから大丈夫」というのは少々むしがよすぎる考え方だと思ってしまいます。

叩くのに反対ではありません。でもやはり、どのくらいの強さでたたくのか、感情的でないか、冷静になること、それと愛情が必要だと思うのです。痛いならどれも同じというのは違うと思いますよ。

子供も同じことを、友達や自分の子供にするんだということまで考えてみてはどうでしょうか?

この回答への補足

ご回答等をくださったみなさん、不適切な表現等があったにもかかわらず、さまざまなご意見をありがとうございました。
(お礼が遅くなってしまって、締め切りが遅くなってしまいました)

あれから主人とも話し合いました。
みまさんの意見があったおかげで、主人の気持ち等もより受け入れやすくなりましたし、私も自分の意見を伝えやすくなりました。

私は手をあげることがあるかもしれないけれど、感情任せにならないように気をつけてたいと話したところ、その努力を怠らないことを大事にしていこうと話がまとまりました。

自分は、子供に手をあげるあげないについては、賛否両論だと思っています。100人いれば100通り。だからこそ、いろいろな方の意見が聞けて、かつその理由等も書いていただけたので「私だったらこんな風になりたい」というイメージ像を作りやすくなりました。

ポイント発行は悩みましたが、ご回答等の中でも特に強く共感した方に発行させていただきました。
けれど、ポイントに関係なく、自分の考えを今後夫婦で考えていくにとても参考になったことを、重ねてお礼申し上げます。

補足日時:2005/04/25 18:13
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この回答へのお礼

再度ご回答ありがとうございます。

質問者さんの中での蹴ることのイメージの違いがわかりました。

>自分がされていたことが普通ではないという認識を持っていただきたいです。
>これだけの回答のなかで、殴る蹴るもありという人はほとんどいないでしょう?

私も親から受けた暴力は過剰だったなと思います。(ストレス発散としつけの違いがなっていなかったので)
けれど、同じことをそのまましようとは思いません。反面教師な部分もありますから。

育った環境が違うからこそ、客観的な意見が聞きたかったので、考えを書いていただき、とても助かりました。

お礼日時:2005/04/25 18:12

#21です。



>奥さん殴るのはかわいそうだなとおもいますが

いいえ、書き方がまずかったですが、
私が妻を殴るのではなくて、妻も子供を殴ることがあるということです(汗)

ウーン確かに私自信とても立派な親である自覚はないし、体罰にこそ真の愛情があるとも考えた事は特にないのですが・・・・・。

殴られても寄ってくる子云々に関しては、私も不条理に感情に任せて暴力を振るっているわけではありませんよ。
常識的に間違った事をして、叩かれてそれを少しでも理解してくれれば良いと思うし。
恐らく本人たちは怒られて殴られた事以上に、新たな興味や楽しそうな事柄に心が瞬時に切り替わってこちらに寄ってきたり、新たな悪戯をしているように思います。
不条理な度を越えた暴力(=虐待)を受けた子供が虐待から逃れるために親の様子を伺ったり機嫌をとったりするという事とは違います。

その他には叩かれる時の痛みの程度を知ってもらいたいというのもありますね。
子供同士の喧嘩でもそうですが、叩いたり、蹴ったりしたり、されたりして力と痛みの加減を子供時代に知ってもらいたい。
それでこうしたらああなるんだという事がわかっていくのではないかな。
それが分かっていれば普通のまともな人間なら喧嘩やいじめで死ぬほど相手を殴ったり傷つけたりしませんよね。
手加減を知らない子供、こうしたら人が死ぬという事を知らない子供が増えるのが怖いのです。
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この回答へのお礼

再度ご回答ありがとうございます。

他の方へのお返事でしたが、なるほどって思いました。
質問者さんの家族は、ちょっとしたコミュニケーションになっているのでは?と思いました。
そこから痛々しいものは感じなかったので・・・

いろいろ経験してほしい、日常から学んでほしいという感じですよね。

お礼日時:2005/04/25 18:00

子育てをしているとどうしても感情的になってしまい


躾というよりも自分の怒りの発散の為に
手を上げたくなってしまう事とが多いです。
私は親に叩かれた記憶は一度しかありませんが
私は本音で話すと、思いっきりほっぺを叩くと自分の
気持ちもすっきりするし、我が子も言う事を聞くだろう、と
思ってしまう事があります。
でもやった事はありません。それは躾ではなく自分の
怒りの発散をする為になってしまうから。
暴力でわからせようとすると子供は怯えてしまいます。
なぜいけないのか、なぜ叱られてるのか分からないまま
親の言いなりになってしまうのです。

私は全く手を上げないのではありません。
お尻をパシッ、頭に軽くゲンコツ程度です。
それでも子供は時間を掛けると理解し始めます。

躾に手をあげるのは必要です。でも感情を入れて思いっきり
叩く、殴る、ましてや蹴るなんていうのは躾ではなく
ただの暴力だと思います。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。

ストレスや感情というのを、どう問題解決していくかが重要だなと思いました。
しつけ以外の部分で、手をあげることが必要ないとき、感情をどうコントロールしていくのか。

>それでも子供は時間を掛けると理解し始めます。

それが手をあげることでなく、言葉で叱った時でも言葉でも理解しますよね。
向き合っていく姿勢が大事ですね。

お礼日時:2005/04/25 17:56

愛情がありさえすれば許される。

その考え方に違和感をおぼえます。愛情は免罪符なんでしょうか。愛情がらみであっても世間が許さないことはいくらでもありますよ。真の愛情をあらたに出会った女性に感じたから妻子を捨てたなんて、あなたも容認しないでしょう。
体罰容認派の回答にいちばん納得できないのは、まるで体罰にこそ真の愛情があるような言い方をすることです。体罰という名の暴力は、単に親が未熟で克己心に欠けているだけのことかもしれない。「子供はつよいものですよ、殴られても寄ってきます」なんて、あんまりな言い分です。どんな理不尽な親でも、親に頼るしか幼い子は生きていけないのです。私は体罰なしにおとなになりましたが、それで親の愛情を疑ったことはありません。体罰のある親に育ててもらってよかったと思う感覚が特異なのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

愛情にも限度はあると思います。
そしてケースバイケースだとも思っています。

体罰をしてくれた親に感謝するというよりは、親そのものに感謝しています。
言葉にはできない思いです。

手をあげる云々より大事なものが、少し見えてきた感じがしました。

お礼日時:2005/04/25 17:37

まじめな方なんですね。



何故、手はよくて、蹴るは駄目なのか、の線引きですが、「叱る」という行為は、相手に対し、反省を求める行為だと思います。手で叩くと、叩いたほうもいたいですよね。蹴った時、蹴るほうは、そうダメージが無い用に思うのです。更に、背中を向けている子供の背後から、背中や、お尻を蹴るのは、反省を求める行為から、逸脱しているとは思いませんか。

親も人間なので、ストレスもあります。でも、子供を叱り飛ばさなくても、発散の方法は幾らでもあります。多くの親御さんはそうされていると思います。
子育て自体がストレスの場合があります。2,3才のこどもって本当に大変ですから。若い保育士さんの中には、その学年を持ちたくないという子もいますよ。
年齢ごとの発達特性や、適切な接し方が分からないからだと思うのですが。(川越の先生もそうなのかなとニュースを見ていて思いましたが。)
悩んでいるお母さんには、親も人間なのだし、感情的になる事もあるし、子供も、ここまでやれば怒られると係わる中で覚えていくから、悩まなくても大丈夫と話します。
でも、基本は、「言葉で言って聞かせる」ですね。園児位の年齢でしたら。

>今時のような「殺戮をしたい」とか「人を殺したらどうなるか試す」とか言う凶悪な子供はいませんでしたよ

これは、また別の問題かなと思います。叩けば、そういう考えを持たなくなるというものでもありませんし。今は、事件が起こると、マスコミが一斉に報道するから大騒ぎになりますが、昔から、DVは表に出にくいだけであったようですし、このような事件もあったのかも。その辺り、不勉強で御免なさい。

何でも危ない、駄目で、けんかもすぐに止めてしまっていた時期がありましたが、今は、どこの園でも、危なく無い程度に見守ってやらせていると思います。
でも、それ以前に、殴られて育ったお子さんは、他児とコミュニケーションがとれなかったりします。
将来的に、言葉で解決する力を身に付けさせてあげた方が、親として賢い接し方ではないかなと思います。

お互い育った環境が違うので、ご主人とは違うと思うことが沢山あると思います。あそこが違う、ここが違うとあげつらうより、お互いのいい所を見つけて、認めていった方がいいように思います。
認め合い、初めて、話しあうという事が出来るのだと思いますよ。
#21さんも、叩かれた先生には、認めてもらっていると思えることがあったのでしょうね。でも、やはり、奥さんは殴っては駄目ですよ。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。

人へのレスでも、読んでいてとても参考になりました。
特に「あそこが違う、ここが違うとあげつらうより、お互いのいい所を見つけて、認めていった方がいいように思います」という意見は、強く共感できました。

お礼日時:2005/04/25 17:25

恥ずかしながら、ペチッとたたく事は日常茶飯事です。


その程度でも子供は『すごく痛い』と言いますし、『ママは怖い』と言い
ますし、『ゾンビ、火星人!!!』とまで言われます。

日々、このペチッとでさえも、せずに、たたかずに済めば、どれだけ子供に
良いだろうと思います。でも、手が出ます。
多分、すぐに言う事をきかせたい時にたたいているのだろうと思います。
だから、自己弁護するようですが、注意喚起のつもりでおります。

多分自分の中に、『1回単独でならペチッとはオッケー』という基準が
あるのだろうと思います。

たたいたり、殴ったり、蹴ったり、そういう風にする事はいけないことだと
親は多分みな思っていると思います。わかっているけどペチッとやってしまう
その瞬間の衝動をどうやってとどめたら良いか、それを教えてくれいっ!
と思います。数なんか、数える前にペチッとやっていますから。

動物の調教を見れば明らかなように、たたいたり、物を与える躾は、
実際かなり有効だと思います。ということは、親的に『どうしても子供に
叩き込みたい躾』の場合には、ある程度のたたいたりという行為は
許されるのでしょうかね???

でも、ここで『育児に殴る行為は必要です。』という意見が多数になれば、
それぞれのご家庭で手の上がる率は増えるように思います。

きれいごとでも理想でも、やはり親の姿勢としては、『育児にたたく行為は
ない』という姿勢、『殴るのは絶対にだめ!!!』という気概がなくては
と思います。どんな正当な理由からでも、力を使って解決するのは間違って
いるように思います。たたく行為は、体罰でも虐待でもどちらも同じ事、
都合の良い言い方にしているだけのように思います。

でも.............ペチッと程度の行為でもダメといわれたら、言葉で子供を
痛めつける方に走ってしまうかもしれないとも思いますし.............。

難しくって、............矛盾だらけですね^^;

一つ言える事は、こんな風に考える機会はとても大切だという事です!!!
皆さんの意見、とても参考にさせていただきました。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

叱ることを正当化してしまうことってありますね。
「しつけだからいい」という風に。
でも「これでいいのか?」と考えながら、自分なりのスタイルをみつけていくことが、大事なのだと思います。

それから手をあげる回数が減るのなら、それは質問者の成長だと思いますし、育児への向上心はとても大切だと思いました。

お礼日時:2005/04/25 17:22

#21です。


暴力の連鎖については確かに聞いた事があります。
でもそれは不条理な暴力、度を越えた暴力の事だと思います。
昔は親に殴られたり、蹴られたり、お仕置きされたり、又は学校の先生に殴られたり、ピンタされたり(親のほうから先生に厳しくしてくれって頼むぐらいでした)普通でしたが、今時のような「殺戮をしたい」とか「人を殺したらどうなるか試す」とか言う凶悪な子供はいませんでしたよ。
私の場合は先生も怖くて厳しかったけど、信頼関係はあったな。
理由無く体罰は受けなかったから。

子供に喧嘩はつきものでしょ。
といいますか喧嘩ぐらい出来なきゃおかしいもの。
勿論単なるいじめっ子ではいけませんが、正当な理由があって殴ったり、蹴ったりというのは大いに結構だと思っています。
それで逞しく正常に育って行くように思うのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>私の場合は先生も怖くて厳しかったけど、信頼関係はあったな。

信頼関係、大事ですよね。
私も近所のおばさんにものすごく叱られましたが、車道を飛び出したあと、ガツンと言われて叩かれました。
いけないことをしたこともわかり、それ以来、車道に飛び出さなくなりました。

なんかのハムのCMに「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」みたいなのがありましたよね。
暴力ばっかりではどうかと思いますが、たくましさや集団の中から学ぶことも大事だなぁと漠然と思ったりします。

お礼日時:2005/04/25 17:15

こんばんは。


両親は「口より先に手」のタイプでした。
でもほとんど「他の事が原因の八つ当たり」で手の届きやすい頭を「殴られて」いました。
その件については、正直、20年以上たった今でも根に持ってたりする根暗な私・・。
親を反面教師として、現在、自分の子供には八つ当たりで暴力をふるったりしません。躾で叱る時は、お尻を軽くペンとする程度です。
言葉でわかってもらいたい・・。何が悪かったのか、どうしてママが怒ったのか・・。なかなか難しいものなんですけどね。

とりあえず経験談でした。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私も根に持っていました。
「ストレス発散に子供を使うなんて!」
と。

けれど、気持ちもコントロールできないくらい親は
いっぱいいっぱいだったのだなと感じます。
やっぱりそういうときに、手をあげましたから。

自分もそこは反面教師としていきたいです。
叱り方にはコツもあると思いますが、子供それぞれだと思うので、模索していくのがいいのだろうなと思っています。

反面教師も大事ですよね。

お礼日時:2005/04/25 17:08

本当は回答者全員のコメントを読むのですが、


わたしの考え方を書きたいので、
読まないで回答します。(影響されやすいので)

わたしの子供は、過去の事を話す時があります。
きつく叱られた時のことです。
でも、叱られた内容は覚えていません。
親に、叩かれたことだけ覚えてます。
そこで、「理由もなく叱らないから、きっと、都合の良い事だけ忘れてるんだね。」と、
子供と話したことがありますね。

叱る時は、自分のしたことを分からせる事が重要だと思います。
わたしは、叱られて(子供が)パニックになった時にだけ、
叩く事があります。
そして、何度も言い聞かせます。
それでも納得しない時は、隔離します。
部屋から出して廊下で反省です。
頭が冷えた頃に、もう一度話し合いをします。
どこが悪かったのか、どうしたら良いか。

叩かれたり、つねったり、蹴られたりしても、
その事が心に残る事が多いので、
最終段階としての方法にしています。
原因を覚えている事は難しいです。
子供はそんなに利口ではありません。
叩く場合も考えながら叩きます。

最近はなるべく抱きしめるようにします。
覚えていないことが分かったので。W
これも、結構効果がありますよ。
まず、受け止めてあげて意見を聞いてあげます。
子供にも理由があるのです。
でも、寝ぐずで我ままになりパニックになった時は、
叩く事もありますね。

親の気持ちが高ぶって叩くのは、
躾ではないと思ってます。
それは、怒りであり愛情からではないと思うのです。
個人的な意見ですので、反論もあると思いますが、
こんな感じですかね。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

>最終段階としての方法にしています。

そうですね。
位置づけるならやっぱり最後の手段という感じですね。

回答者さんはケアの仕方(抱きしめる)はいいなと思いました。
確かに叱ったことをひきずっていると、子供のモチベーションはよくならないですよね。

私も叱った後にいつも以上にほめた時、とても嬉しそうにし、救われたような気持ちになっている表情を見てきました。

ひきずらないこと、ケア、大事にしていきたいです。

お礼日時:2005/04/25 17:05

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